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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第一章 ボツキャラクターの日常
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いざないマンモス 2/4

 夏目の発明品の置いてある部屋はとにかく広く、ちょっとした物流倉庫と言っていいほどの空間に、ざっと見ても百や二百じゃきかない数の発明品が並べてある。


「うわあ、また増えたんじゃない……?」

 

 前回しづくがここに来たのは二か月ほど前だったが、そのときと比べても物が増えている気がした。


「そっから先が、最近作ったやつだよ」

 

 と、夏目が大雑把に部屋の奥の方を指で示した。

 

 しづくが小走りでそこへ向かうと、まだ見たことのない新しい発明品がずらっと棚に並んでいた。その中から一つ、四角い箱を指さして言う。


「ねえねえ、これはなに……?」

 

 夏目がゆったりとした足取りで追いついてきて、言った。


「これはたしか、なんだったかねえ。…………ああ、そうだね、食べ物を入れてスイッチを押すと、その食べ物のカロリーがゼロになる装置だよ」


「天才すぎない……?」

 

 ダイエットという概念が吹っ飛びそう。どういう原理なのだろう。

 

 続けて、しづくはその隣にあるノートパソコンにそっくりな機械を指さした。


「じゃあ、こっちはなに……?」


「それは、ええと、なんだったかねえ……」

 

 夏目は顔をしかめながら、記憶を辿るように、


「そうそう、これはあれだね、脳内に浮かんだイメージを画像データに変換する装置だよ」


「そんなすごいものを作って忘れちゃうの……?」


「こんくらいのものは毎日作ってるからねえ」


「天才すぎない……?」

 

 それからしづくは『永遠に回り続ける駒』や、『目の前に立っている人物のイメージソングを自動で作ってくれるピアノ』、『どんな汚れでも絶対に取れる布巾』などのを発明品を見せてもらった。


 ちなみに夏目の作る発明品しては、それらは特段クオリティが高いほうではない。


 この部屋にはもっと、世界の常識を根幹から揺るがすような道具がいくらでも転がっているのだ。


「ねえ、前から思ってたんだけど……なつめ先生はどうしてこんなすごいものを作れるのに、みんなに内緒にしているの……? なつめ先生の発明品があれば、きっと救われる人もいっぱいいるのに……」

 

 そう、夏目はこれだけ多くの発明品を作っていながら、それらを全く世に発表していない。世間的には夏目フミノはただの駄菓子屋のおばちゃんだ。


 しづくにはそれが不思議だった。なつめ先生ならもっと、ずっと、色んな人に尊敬されてもいいのに……と。


 夏目は少し難しい顔をしながら言った。


「救われる人がいるだけ、傷つく人も出ちまうからねえ」


「どういうこと……?」


「あまりにも便利すぎる技術ってのは、余計なものも引き寄せちまうのさ。利権だ、政治だ、戦争だってねえ。そうして世の中が混乱したとき、割を食うのは善良な市民なんだよ」


「……………」 


「あたしたちはボツキャラクターさ。本当は居場所なんてないはずの存在なんだよ。それが運よく、この地球に置いてもらえている。だからこそ、地球の皆さんに迷惑をかけるわけにはいかないのさ。社会を乱すようなことはできない。あたしたちはね、内々でひっそり暮らすのが一番なんだよ」


「ふうん……? そーなのかな……」 


 しづくには、夏目の言っていることの意味がいまいちわからなかった。


「まあ、しづちゃんもいつかわかるよ」

 

 でもね、と。


 それまで難しい顔をしていた夏目の表情が、ふっと緩んだ。


「作った物が日の目を見ないってのは悲しいもんだよ。だから、しづちゃんがこうして遊びに来てくれんのは、本当に嬉しいのさ」


「ほんとう……?」


「そうさ。立派なことを言っておいてね、やっぱり、誰にも知られないのは嫌なんだろうね、あたしは」


「だいじょうぶ、安心して……? 私はなつめ先生のすごさ、誰よりも知ってるから……」

 

 しづくが健康診断の度に発明品を見せてもらいにきているのは、単に楽しいから、という理由だけではない。


 夏目が喜んでくれるのが嬉しいのだ。

 

 しづくが発明品を見たいと言うと、夏目は目を細めてくしゃっとした笑顔を見せてくれる。その笑顔を見る度に、自分におばあちゃんがいたらこんな感じなのかなあと、しづくは思うのだった。


「しづちゃん、あんたは優しい子になったね」


「まあね……。私だって、いつまでも昔のままじゃないんだよ……。それより、まだ発明品はたくさんあるんでしょ……? もっと見ていっていい……?」


「ああ、もちろんだよ。いくらでも見ておいき」


「わーい……」

 

 先ほど夏目に見せてもらった発明品は氷山の一角に過ぎない。この部屋にはまだまだ面白そうな道具や機械がそこかしこに置かれている。


 しづくは元気に部屋を駆け回りながら、気になったものを手に取っては、「これなあに?」と言う。すると、夏目が後ろからゆっくりついてきて、発明品の説明をしてくれるのだった。


 そうしていく中で、しづくは棚の奥に小さなスイッチを見つけた。赤い、手のひらサイズのスイッチだ。


 なんだろうと思い、しづくはそのスイッチをえいっと押してみた。


 押してから、夏目に尋ねた。


「ねえねえ……なつめ先生、これなあに……?」

 

 そうして振り返ったとき、しづくは夏目の顔が真っ青になっているのに気づいた。


「しづちゃん……いま……それを押さなかったかい?」


「押したけど……?」


「なんてこったい」


「え、もしかして、押さないほうがよか――」 


 言い終わる前に、しづくは光に包まれ、消えた。





 夏目は焦った。


 なぜなら、いましづくが押したスイッチは、ほぼタイムマシンだからだ。

 

 正確に言えば、五万年前のヨーロッパに飛ぶマシンだ。

 

 夏目の技術力を持ってしても、自在に時空を飛び回れるタイムマシンはいまだに作りだせていない。しかしつい最近、偶然にも五万年前のヨーロッパにだけピンポイントで飛べるスイッチを開発してしまったのだ。


 とにかく困ったことになった。夏目にとってかわいいかわいいしづくが、遠い過去へ飛ばされてしまったのだから。

 

 夏目は慌てて、しづくの健康診断をした部屋へと戻った。そして壁一面に並んだモニター群の前に立ち、操作パネルのキーを素早く叩く。

 

 その操作パネルはスイッチやつまみが大量についたごてごてのアナログ仕様なのだが、そこは単に夏目の趣味だ。もっとスマートでコンパクトな入力装置くらいいくらでも作れるのだが、それではなんとなく味気ない。


「……よし、繋がったね」


 夏目はいま、過去に飛んだしづくと連絡を取ろうとしていた。


 こんなときのために、夏目は緊急用の回線を作っておいたのだ。いつ、どこからでも、絶対に、しづくに繋がるという、最強の回線を。

 

 夏目はモニター前に設置してあるマイクに向かって叫ぶ。


「しづちゃん、無事かい!」


 スピーカーから、ザー……というノイズ音が流れる。そしてその向こうから、しづくの声が聞こえてきた。


『夏目先生……?』


「よかった、通じたみたいだね」

 

 本当に通じた。


 時を越えて通じる回線を作るなんて、あたしゃ天才かねと夏目は内心自画自賛した。

 

 と言っても、まだまだ安心はできない。問題はなにも解決していない。

 

 しづくを安心させるよう、夏目はなるべく落ち着いた口調で語りかける。


「よく聞くんだよ、しづちゃん。さっきしづちゃんが押したのは、五万年前のヨーロッパに飛んでしまう、タイムマシンなんだよ」


『ええ……どおりで……。いま……すっごい自然の中にいるもん……』


「安心するんだよ、しづちゃんは必ず連れ戻すからね。一時間……いや、四十分あれば充分さね、四十分で元の時代に帰してあげるからね」


『さすがなつめ先生……天才すぎる……』


「そのあいだ、しづちゃんは大人しくしていてくれるかい? しづちゃんの身体なら、気候や病原菌の心配をしなくても平気だし、野生動物と戦っても負けないはずさ。ただ――」


『なに……?』


「問題なのは、現地の人だよ。歴史ってのはちょっとしたことで変わっちまうんだ。だから、現地の人たちとは接触しないようにしておくれ。いいかい?」


「…………」

 

 そこで、しづくから急に返事が返ってこなくなった。


「どうかしたのかい?」


『それなんだけど、あの……ええっとね……』

 

 しづくは途切れ途切れに、申し訳なさそうに言うのだった。


『それがね、もうね、五人くらいに囲まれちゃってるんだけど……原始人に……」

 

 そこで夏目が一言。


「まじかい」

次回、旧石器時代編。

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