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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第一章 ボツキャラクターの日常
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いざないマンモス 1/4

 期末テストと共に六月が過ぎ、いよいよ夏の盛り、七月がやってきた。

 

 この時期にしては涼しいな、という日が数日続いたかと思えば、それが春の最後の抵抗だったのだろうか、七月に入ってからは連日のように猛暑日が続くようになった。


 爽やかというにはいささか湿度のありすぎる日曜日の午前中、海羽しづくは一人、紙袋を片手にとある駄菓子屋を訪れていた。

 

 その駄菓子屋はいまどき珍しい平屋建ての木造家屋で、赤茶色のトタン壁が独特の風情を醸し出している。表には色のあせたガチャガチャと飲料自販機が並んでいて、塗装の薄くなった看板には「だがしのなつめ屋」の文字。


 入口の扉はぴったり閉じられており、店先に小さな手書きの札が下がっている――“休業中”。

 

 しづくはその文字をじいっと見つめると、堂々と扉を開け、店内に入った。


「すいませーん……」

 

 子供のいない駄菓子屋は妙に静かで、寂しいというよりも不気味ですらあった。

 

 明かりはついておらず、店内に所狭しと並べられているガラスケースや陳列棚の隙間から、妙に深い影が伸びている。


 しづくが店内で待つこと十数秒、店の奥から齢七十は超えているであろう老婆が出てきた。彼女は柔らかい表情で、


「おお、しづちゃん、来たね」


「うん……久しぶり……なつめ先生は元気してた……?」


「毎日毎日、肩も腰も痛くてしょうがなくてねえ。まあ、元気ってことさね」


「そっかぁ……元気ならいいんだけど……」

 

 しづくは手に下げていた紙袋を老婆に手渡した。中身はフルーツゼリーの詰め合わせ。出がけに高崎がお土産に持たせてくれた。


「これ、たかさきさんから……つまらないものですが……」


「おや、そんな気を遣わんでいいのにねえ」


「今日は大事な健康診断の日だからね……。よろしくお願いします、先生……」

 

 老婆が孫娘を見るような優しい目つきになる。


「まあ、上がんな」


「はーい……」

 

 夏目が店の奥へ歩いていく。しづくはその後ろをついていく。


 レジの裏を進んだ先にあるのは八畳ほどの客間だ。駄菓子屋の外観と同じく年季の入っている和室で、畳は劣化していて柔らかく、壁がところどころくすんでいる。部屋のまんなかには小さなちゃぶ台がちょこんと置かれていた。


「しづちゃん、ちょっと待っといで」


 老婆はしづくを客間に待たせると、どこかほかの部屋へ行った。しづくが持ってきたお土産をしまいに行ったのだろう。

 

 一分もせずに老婆は戻ってきて、「どっこいしょ」と、客間にあったちゃぶ台をかつぎ、部屋の隅にどけた。それから客間の棚に置かれているまねき猫の腕を、六回連続で倒す。

 

 すると、客間のどまんなかの畳がひとりでにずれ、地下へと続くエスカレーターがせり上がってきた。


「さ、こっちだね」

 

 老婆に先導されながら、しづくはエスカレーターに乗った。


 先ほどまでのノスタルジックな空間はどこへやら。エスカレーターは地下に向かって長く長く伸びていて、その周囲の壁は真っ白。まるでどこかの研究施設のようだ。

 

 三分近く乗り続け、ようやくエスカレーターの降り口が見えてくる。そしてそこから先に続いているのは、やはり床も壁も真っ白な廊下だ。

 

 廊下は細長く、左右にいくつもの扉が並んでいるのだが、そのうち手前から右側、二番目の部屋に老婆としづくは入った。

 

 その部屋に入ってまず目につくものは二つ。

 

 一つは片側の壁一面に並ぶ巨大なモニター群。もはや研究施設じゃなくて、どこかの地球防衛組織が司令室として使っているんじゃないのかという物々しさがある。


 そしてもう一つは椅子だ。部屋の中心に歯科医院で使う診療チェアのような椅子が設置されていて、その周囲には用途不明の見慣れない機器が並んでいる。


「しづちゃん、そこにお座り」


「はーい……」

 

 言われるままにしづくが椅子に座ると、老婆は慣れた手つきでしづくの身体にケーブルを接続しだした。そのケーブルは椅子の隣にある黒い冷蔵庫のような長方形の機器から伸びている。


 これから始まるのは、しづくの健康診断だ。

 

 とは言っても、しづくは機械の身体を持つロボットだ。それもオーバーテクノロジーの塊とも言っていいほどの。まず、普通の医者や科学者には彼女の身体は診れない。

 

 そこで登場してくるのが、しづくになつめ先生と呼ばれるこの老婆だ。


 彼女は本名、夏目フミノと言う。

 

 夏目は現在よりおよそ六十年前に地球にやってきたSF作品のボツキャラクターであり、言わばしづくの遠い先輩にあたる。

 

 おそらく、遥か未来の科学者のキャラクターとして作られたのだろう。夏目は現代の科学水準を圧倒的に凌駕する知識と技術を有しているため、しづくの身体を診ることができるのだ。


 準備が整ったのか、やがて夏目は言った。


「さて、楽にしとくんだよ、すぐ終わるからね」


 その声を聞いたのを最後に、しづくの意識はふわりと遠のいていった。

 


 ※



「終わったよ、しづちゃん」

 

 夏目の声に、しづくは目を覚ます。身体からはすでにケーブルは取り外されていた。


「はわぁ……おはよ……先生……」


「はい、おはようさん」


 夏目は小型のモニターを引っ張ってきて、そこに診断の結果を表示させた。

 

 と言っても、そこには難しい数字やグラフが並んでいるばかりで、しづくが見てもよくわからない。だから、夏目の言葉を待つ。


「特に異常はないね」


「よかった……」


「ただ、一つ気になんのがね」

 

 夏目は若干表情を曇らせた。


「クレープに異常な執着を見せてる点だね。これはなんだい? そういうバグなのかい?」


「いいえ、信念です……」


「じゃあいいさね」

 

 しづくがはっきり否定すると、夏目もあっさりと引き下がった。

 

 実際、夏目は本気で心配しているわけではないのだろう。クレープが好きすぎることくらい。


「今日はもうこれで終わりだよ」


「それじゃあ、今日もなつめ先生の発明品、見て行っていい……?」


「もちろんさ、嬉しいねえ」

 

 夏目は趣味で様々な発明品を作っている。


 そしてしづくはいつも、その発明品を見せてもらってから帰ることにしていた。それがしづくが健康診断に来るときの、お決まりの流れだった。


 しづくと夏目は真っ白な廊下に出ると、発明品の置いてある部屋へと向かった。

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