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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第一章 ボツキャラクターの日常
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中国四千年の土踏まずに翼が生える話

 期末テストが終了した。


 春心としてはまずまずの手応えだった。得意な教科に関してはもっとうまくやれたような気もするし、苦手な教科に関してはもっとがんばれたんじゃないかという気もする。


 でもそれは、多かれ少なかれ、誰だって思うことだろう。欲を言えばキリがない。客観的に考えれば概ねできていたほうなんじゃないのか、というのが今回の春心の自己評価だった。


 そして、テストが終わった日の夜。


 春心はずっと読むのを我慢していた、間違い探しの本を読んでいた。


 間違い探しは春心の趣味の一つだ。


 生まれながらのツッコミ気質が関係しているのだろうか、おかしい部分を見つけておかしいと指摘するのがとにかく楽しい。


 間違い探しは子供の遊びと侮ることなかれ。大人向けに作られている問題は本当に難しく、答えを見てもピンと来ない場合すらある。


 春心の好みとしては、細かすぎる模様の違いで引っ掛けてくるタイプよりも、心理的な錯覚を突いてくるようなタイプの問題のほうが好きだ。前者は疲れるだけで面白くないことが多いが、後者は違いを見つけたときの爽快感が癖になる。


 そうしてこの日も集中して間違い探しを楽しんでいたのだが、気づけば日付が変わるほどに夜が深まっていた。時計を見て少し焦る。もうこんな時間。

 

 明日は土曜日だが、部活動があるため、あまり夜更かしをしてもいけない。春心は間違い探しもそこそこに就寝することにした。


「……喉が渇いちゃったな」

 

 寝る前に水を飲んでこようと、春心は自室を出た。そして階段を下りてキッチンへ向かおうとしたところで、ふと気づく。


 朱音とルシアが、階段の中ほどに座り込んで会話をしている。


 やましいことはないのだけれど、なにやら真面目そうな雰囲気だったため、春心は反射的に一歩引いて身を隠してしまった。


 こんな時間に、二人っきりでなにを話しているんだろう?

 

 朱音の声が聞こえてくる。


「なあルシア、『中国四千年の歴史』ってよ、どのタイミングで『中国五千年の歴史』になると思う?」


(あ、すっごいどうでもいい話だった!)


 春心が心の中でツッコミを入れているあいだにも、朱音の言葉は続く。


「私の記憶だと、去年も中国の歴史は四千年だったし、今年も中国の歴史は四千年だった。つまりだな、一年一年細かくカウントしてるわけじゃねえんだよ。でも、時間ってのは常に進んでいくだろ? ってことはだ、いつかは『中国五千年の歴史』になるはずなんだよ。じゃあ、そのいつかってのはいつなんだって話だよ。気になるだろ?」

 

 ルシアの感心したような声が聞こえてくる。


「たしかに、いつかは変えなきゃいけないことよね」


(ルシアちゃん、その話拾うんだ!? その話広げちゃうんだ!?) 

 

 春心は二人のあいだに飛び出し、ツッコミを入れたい衝動に駆られたが、それをギリギリで律した。


 二人の会話は続く。


「変わるとしたら、やっぱり四千五百年になったら……かな。四捨五入で」


「その辺りが妥当っつーことになんのかな。ただ、本当の問題はそっから先だよなあ」


「と言うと?」


「世間は『中国四千年の歴史』って呼び方に慣れすぎてるだろ? それが突然『今日から中国五千年の歴史です』って言われても、こう、馴染まねえっつーかな。言いたいことわかるか?」


「うん。芸能人が改名しても、つい前のほうの芸名で呼んじゃう、みたいなことでしょ?」


「そうそう! そう簡単に『中国五千年の歴史』って言い方は定着しねえんじゃねえかって思うんだよ! ……ところでルシア、一発ギャグやっていいか?」


「もちろん」


「“ジャンガリアンどぶねずみ”」


「かわいい~」


(な に そ の 会 話 !)

 

 ツッコミがいない。

 

 しかしこうなることは春心にはわかっていた。


 ルシアはよっぽどのことがない限り人の話を否定しない。特にこの高崎家で共に過ごす家族を相手にするときは。


 聞き上手で面倒見のいい長女。それが高崎家におけるルシア・リフレインの立ち位置なのかもしれない。少なくとも、常識的な人間とは言えるだろう。


 ところがそこに朱音が絡むことで、化学反応が起こる。

 

 ボケたがる朱音。

 

 否定しないルシア。

 

 この二人が相見あいまみえるとき、魔のツッコミ不在地獄が顕現する。

 

 魔のツッコミ不在地獄。

 

 そこに方角や距離という概念は存在しない。東は西であり、北であると同時に南なのだ。行き先が現在位置となり、現在位置は遥か彼方を意味する。

 

 ただただ常識の通用しない空間。それが、魔のツッコミ不在地獄。 

 

 そしてそんな二人の会話が春心は好きだった。朱音とルシアのあいだでしか成り立たない、その不思議な会話が。

 

 朱音の楽しそうな声が聞こえる。


「土踏まずってかわいいよなぁ」


「へぇ~、それはどうして?」


(話が変わっちゃった!) 

 

 中国の話がどこかへ行った。

 

 そして土踏まずがかわいいとは。聞きようによっては猟奇的な話題だけど。


「考えてみてくれよ。土踏まずって名前な、自分の意思で土を踏んでません。みたいな感じがするだろ? 『まあいつでも土を踏めますよ。その気になればね』みたいな」


「うん、たしかに」


「でも実際はどうだ? 土、踏めてねえだろ? つま先とかかとのあいだで浮いてるだろ?」


「ほんとね! じゃあ土踏まずじゃなくて、土踏めずじゃない!」


「そうなんだよ! 土踏めずなんだよ、本当は! 踏めねえんだよ、あいつ! でも、強がってんだよな! 地面につかないのはあくまで自分の意思ですけど? って、強がってんだよ! その強がってる感じがかわいいよな、土踏まず!」


「あ~、朱音ちゃんの言ってること、わかっちゃった。私も、自分の足の裏がかわいく見えてきたかも」


「だろ?」


「でも、いまの話を聞いてね、私思ったの。強がってるのもかわいいけれど、もう少し自分のことを認めてあげてもいいんじゃないのかなって」


「お? それは新解釈だな。どういうことだ」


「地面から浮いていることを、もう少し誇ってもいいんじゃない? ってこと。たしかに、足の裏で地面から浮いているのは土踏まずだけよ? でもそれはきっと、仲間外れって意味じゃない。オンリーワンって意味よ」


「ああ、そりゃそうだな。お前の言う通りだ。土踏まずには土踏まずにしかできねえことがある。まったくその通りだ。土を踏めねえのは短所じゃねえ、長所だ」


「だからね、私、土踏まずのことを今度からこう呼ぼうと思うの。希望を込めて」


「新しい名前……か。どんなのだ?」


「“自由の翼”」


「いいじゃん」

 

 ここで、春心のツッコミゲージが限界を迎えた。

 

 実は春心、ツッコミを一定量我慢すると蕁麻疹が出てくる。そしてそこからさらに我慢を重ねると、暴走状態になる。

 

 この現象、バカにできない。

 

 ほんの数か月前に、春心はツッコミを我慢しすぎてある騒動を起こしてしまっているのだ。場合によっては退学もあり得ただろう。

 

 その失敗は春心の中でも苦い記憶として刻まれている。あのときのことを繰り返すわけにはいかない。

 

 ここらで春心は二人の前に出て行くことにした。それに、どんな内容であれ、盗み聞きは褒められたことではない。

 

 階段を下りようとすると、朱音がこちらに気づき、声をかけてきた。


「よぉ春心。いいところに来たな。いまな、猫ってなんであんな足してんだろうな~って話をしてたんだよ」


「そんな話してないよね!」

 

 秒でツッコんだ。かぶせ気味にいった。いままで我慢していた分。 

 

 すると朱音はニヤリとして、


「なんだ、人の話、聞いてたのかよ」

 

 ルシアもいたずらっぽい表情を浮かべる。


「あんまり行儀はよくないわね」

 

 春心は両手を合わせて、「ごめん!」と謝った。


「二人の話が面白くてさ、つい聞いていたくなっちゃって……」


「なんだよ、だったらこっちに来て混ざればよかったのに」


「そうよ。聞かれて困ることだったら、こんなところで話さないわ」


「でも、私が会話に入ったら絶対ツッコミを入れちゃうでしょ?」

 

 それのなにが問題か、と朱音もルシアも目を瞬かせた。

 

 ところがそれが春心にとっては大きな問題だった。

 

 春心とツッコミには切っても切れない関係がある。それゆえに、春心はそう何度もツッコミを見送ることができない。

 

 だからこそ憧れ、惹かれるのだ。朱音とルシアのツッコミ不在の会話に。自分にはできないことに。わざわざ離れて二人の会話を聞いていたのもそれが理由だ。自分がその場に入れば、ツッコミを入れてしまう。壊してしまう。

 

 聞いていたい。でも近づけない。そんな微妙な心理を、いまここで朱音とルシアに打ち明けるつもりもないけれど。


「ところでさ」と春心は言う。


「なんで二人とも階段で話してるの?」

 

 ゆっくり会話したいのなら、どちらかの部屋で話せばいいのに。

 

 すると、朱音とルシアは顔を見合わせ、それから同時にこう答えた。


「だって、なんかいいだろ?」

「だって、なんかいいじゃない?」

 

 朱音とルシア。

 

 性格が正反対のようでいて、相性は意外と悪くない。

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