檸文高校の七不思議 2/2
春心たち三人が購買部へと向かう途中、生徒会室から出てくるルシアに偶然出くわした。
「なんだルシア、また生徒会の仕事か? 昼休みくらい休めよ」
朱音が声をかけると、ルシアは生徒会室の扉を閉めながら、にこりと微笑む。
「大丈夫よ、私は好きでやってるんだから」
ルシアは一年生ながら、既に生徒会役員として活躍している。
彼女はその美貌で入学当初から有名だったのだが、さらに学業も優秀で人当たりもいいという噂が広まると、いよいよ彼女の人気は不動のものとなった。
そのカリスマ性を現生徒会長に見初められ、生徒会選挙の出馬を薦められたのが四月の末のこと。そして五月の末に行われた選挙で、生徒会書記として見事に当選。制度上可能とは言え、新入生が五月の選挙で当選するのは異例のことだった。
そんな経緯があるわけだが、彼女はやらされているとは思っていないようで、進んで生徒会の仕事に精を出している。
「それで、みんなはどこに行くの?」
ルシアの質問に、春心が応じる。
「購買部だよ」
「奇遇ね。私もよ」
「ルシアちゃんも買い物?」
ルシアは首を横に振った。
「ううん。そうじゃなくて、噂の調査」
「う わ さ」
噂と聞いた瞬間、春心の背筋に嫌なものが走った。
もしかしてこの流れは……? え、まさかまた……? 嘘でしょ……?
春心は恐る恐る――自分の予想が外れていることを願って――ルシアに尋ねた。
「もしかして……七不思議のこと?」
「よくわかったね」
ルシアが驚いて目を瞬かせた。
その一方で春心は「やっぱりかぁ」という気持ちだった。
どうせアレでしょ、どうせまた、偶数月の第三木曜日に購買部のおばちゃんになにかが起こる系の七不思議なんでしょと、この時点で半分諦めた。
それでも一応希望は捨てずに、確認だけしてみる。
「ち、ちなみに、どんな噂か聞いていい?」
「“偶数月の第三木曜日になると、購買部のおばちゃんの眉毛がなくなる”って噂なんだけど」
「はい三冠王!」
逆にずっこけなかった。
「とうとう七つのうち三つまで来ちゃったよ! あと一個取ったら過半数だよ! そのうち七冠制覇して、『私が七不思議だよ!』とか言い出しそう! ねえ、だめかなぁ……その購買部のおばちゃんのやつ、一つにまとめちゃだめなのかなぁ……。『購買部のおばちゃんが変』っていう、一不思議じゃだめなのかなぁ……!?」
「そう、その通りなの!」
と、そこでルシアが意外な反応を示した。春心のツッコミの内容に完全に同意しているのだ。
「春心ちゃんがいま言ったことがね、そのまま生徒会で問題になっているの!」
「え? 生徒会で?」
今度は春心が目を瞬かせる番だった。
どうして七不思議が生徒会で問題になっているのだろう。いや、まあ、たしかに問題だらけの七不思議ではあるのだけれど、校内における公的組織の生徒会で、ただの噂が問題視される理由とは。
「それがね、会長が『七不思議のうち三つが購買部のおばちゃんで埋まるってどうなの?』と、疑問を呈されて。そこで実際に噂を調査をしてみて、その不思議さの度合いが一定以下であれば、購買部のおばちゃんに関する七不思議をひとまとめにしようって話になったの」
「かいちょう~っ!」
春心は歓喜し、涙した。
まさか自分と同じツッコミを入れてくれる人がいたなんて。それも、この学校の生徒のトップが!
「ああ、ルシアちゃん、この学校はもう安泰だよ!」
そして、そこから一歩引いて黙って話を聞いていたメーベルが、ぼそりと呟いた。
「いや、うちの会長たぶんバカですよそれ」
購買部のおばちゃんのイメージがおかしな方向に肥大したまま、ついに春心たちは購買部へと辿り着いた。
檸文高校の購買部はコンビニや大学の売店とは違い、少し大きめのカウンターがあるだけのこじんまりとした店構えだ。
取り扱っているものは惣菜パンや菓子パンなどの軽食、文房具、選択芸術で使う道具、あとは学校指定のジャージ(事前予約が必要)くらい。
購買部の周りには自販機が並んでいて、生徒達が集まって休憩できるようなスペースもあるのだが、もう昼休みも終わりかけているからか、人気は少ない。
そして肝心の購買部のおばちゃんは、カウンターの奥でなにかの確認作業をしていた。春心たちに背を向けて、ダンボールの中身とにらめっこしている。角度的に、こちらからはおばちゃんの顔は見えない。
春心たちのあいだに、緊張が走る。
「ついにここまで来ましたね」
「なんかアレだよな……この感じ……アレだよな……!」
「ね、誰が声をかける?」
「私がいくよ。どうせパンを買いに来たんだし」
買い物を口実に、春心は率先して名乗り出た。
噂の真偽がどうあれ、ここまで来たからには、いの一番に購買部のおばちゃんにツッコミを入れないともはや気が済まなくなっていたのだ。ボツになったとは言え、ツッコミキャラクターとして生まれた性には抗えない。
「すいませーん!」
春心がカウンターの奥に向けて声を張る。
「はいよぉ」
購買部のおばちゃんは、返事をしながら立ち上がった。
そして、ゆっくりとこちらを振り返る。
いよいよ、その素顔が明らかになろうとしていた。
七不思議の真相や、いかに!
そのとき、誰かが叫んだ。
「購買部のおばちゃん……! お願いです……クレープを置いてくださいっ……!」
しづくだった。
いつの間にかしづくがやってきて、春心の隣で叫びだしたのだった。
「クレープを……クレープを置いてくださいっ……! クレープを……なにとぞっ……! クレープはいいものです……! なぜなら……クレープはいいものだからです……! お願いです……クレープを……クレープを……お願いしますっ……!」
「ちょっと待ってしづくちゃん話がぼやけるから!」
急にぶっこんできたしづくを制するように、春心は彼女の両肩を掴んだ。
「なに……? はるこ、どうしたの……?」
「それ完璧にこっちのセリフ! どうしたの? いまのしづくちゃん、ただのクレープ狂だよ!」
「だってクレープはいいものだし……。って言うか、話がぼやけるってどういうこと……?」
しづくのその一言で、春心の中のなにかがハジけた。
「だってそうでしょ! ここに来るまで散々購買部のおばちゃんの噂を聞いてね、ああ、購買部のおばちゃんってどんな人なんだろうって、こう、溜めに溜めてね、そしていよいよ、満を持して、おばちゃん登場! さぁ噂の真偽はどうでしょうか! ってなったタイミングで、しづくちゃんがいきなり脇から出てきてクレープクレープ言いだすもんだから、もう話の流れがかっちゃかちゃになっちゃってるの! ボケが渋滞しちゃって、話の焦点がぼやけちゃったの! もうね、どうすればオチがつくのかわかんなくなっちゃってんの! なにこの流れ! なにこの流れ! もおおおおお!」
「えぇ……そんなこと言われても……」
春心は猛り。
しづくは困惑した表情を浮かべる。
そして購買部のカウンターの奥から、誰かが言った。
「まぁまぁ、あんたたち、喧嘩しなさんな。それじゃあ腐った蜂蜜の五度塗りになっちまうよ」
購買部のおばちゃんだった。おばちゃんは水色のカラコンと、太陽と月のイヤリングを装備した眉毛のない顔で、にっと笑った。
「ほらボケが渋滞してるぅ!」
春心は猛り、猛った。
「なんっっっの溜めもなくおばちゃん出てきちゃったし! 七不思議は本当だったし! そんで蜂蜜の五度塗りって表現! なに!? 知らない!」
しづくが懇願するように頭を下げる。
「おばちゃん……クレープがだめなら……海苔巻きでもいいです……どうか……!」
「ごめんしづくちゃんちょっと黙ってて!」
購買部のおばちゃんは水色のカラコンと、太陽と月のイヤリングを装備した眉毛のない顔で、にっと笑う。
「こらこら、喧嘩しなさんな。腐った蜂蜜の六度塗りになっちまうよ」
「その表現知らないの! 全然知らないの! いつの時代のどこの国のことわざ!?」
購買部のカウンター前での騒がしいやり取りを、ルシアとメーベルと朱音は、ちょっとだけ微笑ましそうに眺めていた。
「ねえ、春心ちゃんって、ツッコミを入れてるときが一番いきいきしてるよね」
「目の輝きが違いますもんね。なんだかんだ言って」
「まあ、あいつが元気ならそれでいいんじゃねえの?」
「ところで、七不思議は本当でしたけど、生徒会はどうするんですか?」
「うーん、とりあえず、これから会議かな」
「そうですか」
「生徒会も結構アホなことしてるよな」
さて、檸文高校の七不思議がどうなったのかは、また別のお話……。




