檸文高校のネオ七不思議 2/?
【めちゃ怪奇! ネオベートーヴェン!】
・放課後、学校で人気のないところを歩いていると、どこからともなく『ドドドドリアーン! ドドドドリアーン!』という歌声が聞こえてくる。歌声が聞こえてくる方へ行くと、音符が書かれた紙が落ちており、その紙からはオレンジの香りがうっすらと漂ってくる。
「ふざけてますよね……?」
宗像があらかじめて調べておいた『ネオベートーヴェン』のメモを見て、メーベルは思わず毒づいてしまった。
もちろん宗像がふざけているのではなく、この噂自体がふざけているように感じる。全然怖くない。どこからツッコミを入れていいのやら……。
「確かに内容はずいぶん奇抜だけど、あまり見ないタイプの怪談で、僕としては興味深いけどな」
青柳が述べた感想に対して、メーベルは素直に頷けない。
「いや、部長。これ、怪談ですらなくないですか?」
「そうかい? 想像してごらんよ。学校の中、人気のないところを歩いているときに、突然知らない歌が聞こえてくる――それなりの怖さはあるよね?」
「まあ……言われてみたら怖いですけど。どちらかというと、幽霊の怖さというか不審者の怖さに近い気がしますが」
「はは、それはたしかにね。ただ、この噂をただのおふざけと決めつけるのは早いと思うよ。実際に目撃者だっているようだし」
「え、目撃者!?」
青柳に、宗像から預かったデータを見るよう促されて、メーベルは思わずうなった。
どうやら、オカルト研究部が事前に調べた範囲だけで、このネオベートーヴェンの噂を実際に体験した人が二人いるらしいのだ。何年何組の誰々という、具体的な名前が載っている。
平間がわずかに戸惑ったような表情を浮かべた。
「実際に七不思議を目撃した人がいるパターンって……あんまりないわよね?」
「だいたいこの手の話は『友達の友達が言ってたんだけど』っていうのが定番だからね。こんなにダイレクトに目撃者が出てくるっていうのは珍しいよ」
実際に、目撃者がいる。
それが本当だとしたら、今回出回っている七不思議は、根拠もなく広がっている噂話ではないということになってしまう。
ネオベートーヴェンは、本当にいる? まさか。
「先輩たちはどう思います? じゃあこの七不思議は、本物だと思いますか?」
メーベルが尋ねると、青柳と平間はそれぞれこう答えた。
「怪異がこの世に実在するかどうか、という意味の質問なのだとしたら、僕には答えられない。ただ、今回の七不思議は、必ず誰かの意図が絡んでいるはずだと思う。じゃなきゃ、こんなに急に学校中に噂が広がるわけがないんだ。噂に実体があるという点で見れば、この七不思議は本物かもね」
「私も、この七不思議はどこかの誰かが意図的に流していると思ってる。それが誰かと言ったら、幽霊よりも生身の人間がやっていると考えるほうが自然だと思うけれど」
メーベルの考えも、二人とほとんど同じようなものだ。
今回の七不思議は、たぶん誰かが広めているものだし、それは幽霊や妖怪じゃなくて、生身の人間がやっている。そう考えている。
怪異なんてそうそう存在しない。だけど、絶対に存在しないとも言い切れない。
メーベルは知ってしまっている。この世には不思議なことがあるということを。
身近に、魔法を使える人物がいる。怪異の世界を知っている人物がいる。そしてなにより、メーベル自身が、ボツキャラクターが自我を持って生きているという、不思議そのものの存在なのだ。
だから、今回の七不思議に具体的な目撃者がいると聞いて、メーベルは動揺した。
もしかしたら、いま学校で流行っている七不思議には、実体があるのかもしれない。
重要なのは、その実体が、生きている人間であるとは限らないということだ。奇妙な噂の裏に、本物の怪異が潜んでいる可能性を、メーベルは否定することができない。
※
放課後、十八時四十分過ぎ。メーベルと平間は、人気のないところを探して校舎中を歩き回っていた。
この学校では、おおよそどの部活も十八時三十分には終了し、完全下校時刻の十九時までに学校の敷地外へ出るという流れになっている。
生徒数も部活数も多いこの檸文高校では、放課後になってもいたるところで誰かがなにかしらの活動をしているものだが、さすがに完全下校時刻前ともなると、校舎の中にうら寂しげな雰囲気が漂い始める。むしろ普段の賑やかな雰囲気に慣れているだけに、人の気配が薄れている校舎は、メーベルとしては少しゾッとするものがあった。
初めはメーベルと平間とで二手に別れる予定だったのだが、人気のない校舎が思いの外怖かったので、メーベルは「一人で行動した場合、なにかあったときに危険です」みたいな台詞を並べて、なんとか二人で行動できるように持っていった。
ちなみに青柳は別行動で、『実際にネオベートーヴェンの歌を聞いたことがある』という生徒に話を聞きに行っている。宗像の事前情報の裏を取る意味もあるし、やはり同じ情報でも、自身の耳で聞くか聞かないかではかなり印象が変わってくるものだ。
「しかし、急に『ネオーベートーヴェン、見たんだって?』なんて質問をして、答えてもらえますかね?」
「そこは言いかたの問題でしょう。大丈夫よ、青柳はその辺の要領はいいし。顔も良いしね。聞きに行く相手、二人とも女子でしょう?」
「そうみたいですね」
ん? 平間先輩って、青柳先輩の顔をいいと思ってるんだ――と、メーベルは引っかかりを覚えた。
いや、青柳はどう客観的に見ても顔が整っているほうだとは思うのだが、それはそれとして、平間が彼の容姿を『良い』と口に出して言うのが、なんとなく意外だった。
十月に入って、日が落ちるのがずいぶん早くなってきた。窓の外がすっかり暗い。それが放課後の校舎の不気味さを後押ししているような気がする。
メーベルは感じている怖さをごまかすように、わざと場にそぐわない話題を出してみた。
「平間先輩って、青柳先輩とどうなんですか?」
「え? どうって?」
「ええと、具体的に言うんですか……? その、先輩たちって……付き合ったりとかしてるんですか?」
メーベルが本格的に「あれ?」と思ったのは、夏休みの後半あたりだ。青柳と平間が、揃って大学のオープンキャンパスに行ったため、部活を休んだときがあった。
いくら部活の仲間だからって、二人でわざわざ大学の見学に行くものだろうか。まあ、どうせ行くなら、知り合い同士で行ったほうが都合がいい――いや、それでも夏休みに予定を合わせてまで一緒に行くものなのか?
そこからは、メーベルは二人のことを“そういう目”で見るようになってしまった。
周りからは誤解されているかもしれないけれど、メーベル自身は、色恋沙汰にそれなりの興味があるほうだと思っている。推理小説以外では、ほぼ少女漫画しか読まないし。
ただし、メーベルにはまだ恋愛というものは現実の物語としてピンと来るものではなく、あくまでファンタジーの域を出ない物語でしかない。
でも、そんな幸せなファンタジーが、もしも現実にあるのだとしたら――それは、好きな部活の先輩たちのあいだにあってほしいなと思っていたのだ。
しかしそんなメーベルの予想は大いに外れていたようで、平間は圧のある声で「え?」と言いながら、露骨に顔を歪ませていく。やがて彼女は、ゆっくりと首を横に振った。
「ない……ないわね。あいつとそういうのは、考えられない」
「そんな嫌そうな顔をしなくても……いや、なんかすいません。いろいろ」
この“いろいろ”というのは、平間に見当違いのことを訊いてしまったことに対してのすいませんでもあり、青柳に対するすいませんでもある。
勝手に、なんかフラれたことになってしまった青柳に対する申し訳なさだ。本人はなにも言っていないのに。
校舎中を歩き回っていたメーベルと平間は、ここで校舎の五階に差しかかった。
このフロアは、ほかのフロアと比べて少し狭いのだが、そのぶん普通教室や職員室がないため、使う人がいなければ本当に誰も立ち寄らない階となっている。
そしていまこのとき、五階から完全に人の気配は途絶えていた。
「この時間って、こんなに人がいないものですか」
「そうね。ここまで静かだとは私も知らなかったわ」
今日は活動している部活がないのか、それとももう帰ってしまったあとなのか、どの教室にも明かりが点いていない。
無人の被服室や化学実験室を通りすぎるたびに、そこにありもしない黒い人影を思い浮かべ、メーベルは平間のほうへ一歩寄ってしまう。
当然ながら、トイレにも人の気配はまるでなかった。こんな下校時間ギリギリに、トイレのために五階まで上がってくる生徒なんていないのだろう。
メーベルは心のどこかで古典的な学校の怪談をバカにしていたけれど、実際にこうして誰もいない放課後のトイレまで来てみると、『トイレの花子さん』がとても恐ろしい存在に思えてくる。バカにできたものではない。
「いま、なにか聞こえなかった?」
平間が険しい顔をしている。メーベルは耳を澄ませてみるが、特に怪しい物音は聞こえない。
「気のせいかしら」
と、平間は首を傾げた。
「おどかさないでくださいよ」
「たしかに聞こえたと思ったんだけれど。歌のようなものが」
「歌って、どんな」
「それはもちろん――」
平間が口を開きかけた、そのときだった。
――ドドドドリアーン! ドドドドリアーン!
男とも女ともつかない、甲高い奇妙な声が、突然響き渡った。
メーベルと平間は顔を見合わせる。
そして、平間が躊躇なく声のするほうへ早足で歩きだした。ワンテンポ遅れて、メーベルも足を踏み出す。
声がしているのは地学実験室からだ。
メーベルたちが到着する直前、歌声が止んだ。電気の消えた地学実験室の中で、人影が揺らめくのが見えた気がする。
不審者だろうが幽霊だろうが関係ないとでも言わんばかりの勢いで、平間は扉を開け、電気を点け、実験室の中へ進んでいく。メーベルがあとに続こうとすると、
「メーベルは入口を見張ってて!」
「は、はい!」
思わず返事をしてしまったが、逃げようとする歌声の主と入口で鉢合わせてしまったらどうしようと不安になる。
地学実験室の中には隠れられる場所なんてないに等しい。平間が机の陰や掃除用具入れをチェックしていくあいだ、不審者がメーベルの元へ飛び出してくることはなかった。
「誰もいない」
平間が釈然としないように呟く。
歌声の出所を勘違いしたのだろうか? いや、しかし、聞き間違いをしようがないと言ってもいいくらい、絶対に地学実験室の中から聞こえてきていた。そこは断言してもいい。
なのに、誰もいない。
ほかに出入りできそうな場所と言えば、いちおう一か所だけ窓が開けっ放しになっているが、外にベランダはない。まさか五階から飛び降りて逃げたはずもないし……。
地学実験室の奥には、地学準備室に繋がる扉がある。物理的に考えて、歌声の主はそこから逃げたとみなすのが、一見は自然だが――
「地学準備室は鍵が閉まってるわ。教室に入って一番最初に確かめたけど、その時点でもう閉まってた」
と、平間が言う。
急いで鍵を閉めて逃げたんだと言えばそうかもしれないが、そもそも、そう簡単に開け閉めできるものだろうか? 理科系の準備室には危険な薬品が置いてあることもあるため、担当教師のような、限られた人しか鍵を開けられないはずだ。
では、やはり、窓から逃げたのだろうか? いや、それはそれで信じられない。
部屋の中から誰も出てこない。その代わり、外からやってくる人物はいた。息を切らしながら、春心がやってきたのだ。
「春心、どうしてここに?」
「メーベルちゃんこそ! ていうか、変な歌聞こえたよね!?」
聞いてみると、どうやらラフ&ピース部もとある人物から依頼を受けて、『ネオ七不思議』を追っているらしかった。
考えてみれば変な話ではない。ネオ七不思議は学校中で流行っている。正体を知りたがるのは、なにも謎部やオカルト研究部だけとは限らないだろう。
「メーベル。……と、たしか、春心ちゃんだったかしら」
言いながら、平間が入口のほうへ歩いてくる。
「実際に人が歌っていたんじゃなくて、スピーカーのようなものから音を出していたのかもしれないと思ったんだけれど、パッと見、それらしいものはないわね。その代わり、こんなものを見つけたわ」
平間が差し出したのは、雑に音符のマークが描かれた、小さなメモ用紙だった。
「この紙、オレンジの香りがするのよ。うっすらとね」
【めちゃ怪奇! ネオベートーヴェン!】
・放課後、学校で人気のないところを歩いていると、どこからともなく『ドドドドリアーン! ドドドドリアーン!』という歌声が聞こえてくる。歌声が聞こえてくる方へ行くと、音符が書かれた紙が落ちており、その紙からはオレンジの香りがうっすらと漂ってくる。




