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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第四章

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檸文高校のネオ七不思議 1/?

 ――ねえ、ダッシュババアMK(マーク)(ツー) withジェットブースターって知ってる?


 ――知ってる知ってる。夜に通学路を歩いていると、『ファイヤーッ!』って叫びながら追いかけてくるんでしょ? 


 ――そうそう。怖いよね。


 二学期が始まって一か月以上が経ったころ、そんな奇妙な噂が学校のあちこちから聞こえてくるようになった。


 数日前、メーベルが初めてこの噂を聞いたときはひっくり返りそうになったし、いまだにひっくり返りそうになる。何回聞いても聞き慣れない。


 ダッシュババアまではわかる。


 ダッシュババアとは都市伝説の一種で、簡単に言ってしまえば、物凄く素早い老婆が現れるというものだ。ババアが常識外のスピードで移動し、時には車と並走してきたり、時には人を追いかけてきたりする。


 割とメジャーな都市伝説だから、噂や呼び名には様々なバリエーションがある。しかし、今回のは聞いたことがない。ダッシュババアのあとに付いている横文字はなんなんだ。都市伝説にしてはハイカラすぎる。


『ダッシュババアMK(マーク)(ツー) withジェットブースター』という奇妙すぎる噂にメーベルが悶々としていると、春心がこんなことを教えてくれた。


「いま流れてる噂って、この学校の新しい七不思議なんだって」


「七不思議……ですか?」


「うん。最近噂になってるみたい。私がほかに聞いた噂だと、『放課後、その辺でネオベートーヴェンがドリアンの歌を大熱唱している』っていうのがあったかな」


「めちゃくちゃじゃないですか。その辺って。ネオって。この学校の七不思議ってそんなのでしたっけ? 購買部のおばちゃんにまつわるやつだった気がするんですけど」


 前にもメーベルと春心のあいだで、この学校の七不思議が話題になったことがある。

(※第一章『檸文高校の七不思議』参照)


 そのときに発覚した七不思議は、『偶数月の第三木曜日になると、購買部のおばちゃんがカラーコンタクトを入れてくる』や『偶数月の第三木曜日になると、購買部のおばちゃんが太陽と月のイヤリングをしてくる』など、やたらと購買部のおばちゃんが関係していた。


 しかしそんな購買部のおばちゃんの噂が流れていたころ、ダッシュババアMK(マーク)(ツー)だの、ネオベートーヴェンだのという話は一度も聞かなかった。


「だから、“新しい”七不思議なんじゃない?」


「七不思議が、上書きされたってことですか?」


「うん。この新しい七不思議が、いまなんて呼ばれてるか知ってる?」


 春心はなぜか得意げに言うのだった。


「ズバリ! 檸文高校のネオ七不思議!」


「ううん……それは……」


 ズバリ、ダサい。



 ※



 放課後にメーベルが謎部の部室へ行くと、先に副部長の平間ひらまかえでが来ていて、文庫本を読んでいた。


 彼女は涼しげな目元とストレートの黒髪が特徴――だったはずなのだが、いまの平間副部長は髪をがっつり茶色に染めていた。しかも緩く巻いている。


 見た目ががらりと変わっていたせいで、一瞬彼女が誰なのかわからなかった。触れていいものかどうか迷いつつ、しかしなにも言わないのも不自然だと思い、メーベルはゆっくりと口を開く。


「先輩、どうしたんですか、その髪……」


 平間は苦笑いしながら答えた。


「ちょっと、ムカついたことがあってね」


「い、いいんですか? 受験ありますよね?」


「いいのよ。必要ならまた染め直すし」


 この学校の生徒会長が髪をピンクに染めているので、茶髪にするくらいなんの問題もないような気がしてくるが、それはやっぱりこの学校の中だけの話であって、世間的に言えば、受験生が急に髪を染めるというのは、それなりにやんちゃな行動だ。そして平間がそんなやんちゃな行動をするようなタイプの人だとは思っていなかったので、メーベルは少し意外に感じる。


 とは言え、本人がそこまできっぱりといいと言うのなら、これ以上はなにも言えない。


「ところで、メーベルはオカ研の部長がここに来るって聞いてる?」


「オカ研……オカルト研究部ですか。いえ、聞いてませんが。なんでオカルト研究部の部長がここに来るんですか」


「頼みたいことがあるみたい。最近、変な七不思議が流行っているでしょう? あれ関係だと思うわよ」


 ここでも例の七不思議の話題が挙がったことに、メーベルは少し驚いた。少なくともあの妙な噂は、一年生のあいだでだけ流行っているというわけではなさそうだ。


「たしかに、オカルト研究部からしたらこんなに興味を惹かれることはないでしょうね。リアルタイムで新しい七不思議が生まれるなんて。ただ、なんでそのことで謎部に相談なんてするんです?」


「それはわからないけれど、まあ、説明くらいはしてもらえるでしょう。青柳もそろそろ来るはずだし」


 平間がそう言うと、タイミングを見計らったかのように、二人の人物が謎部の部室にやってきた。


 一人は謎部部長の青柳あおやぎ植人うえひと。そしてもう一人は、眼帯を付けた恰幅のいい男子生徒だった。



 ※



「この学校で流行りだした七不思議……その正体を探っちゃあくれねえか」


 オカルト研究部の部長は、メーベルと自己紹介を交わしたあと、雑談に逸れることもなく、すぐに本題に移った。


 彼の名前は宗像むなかた 勇雄いさお。どこか高校生離れした剣呑な空気をまとっており、眼帯で隠れていないほうの目には、知性と暴力性を同時に秘めたような、危険な鋭さを携えている。


 早い話が、メーベルからすれば、“その筋の人”にしか見えない。どうしてこの学校の上級生は、こうもなにかのキャラクターみたいな人物ばかりなのだろうか。


 青柳と平間とは入学当初から顔見知りのようで、今回はその縁もあって依頼をしてきたらしい。


「ここ最近、変な噂が流行ってるだろ? 俺はその真相を知りてえ。七不思議の誕生だなんて、こんな魅力的な話はねえからな。だが、こんなときに限って――」


 言葉を区切り、宗像は自嘲的な笑みを浮かべながら、一瞬だけ視線を落とす。その先にあるのは、ギプスに巻かれた彼自身の右足だ。


 そう、彼は右足を負傷している。この部室に入ってくるときも、松葉杖をついて入ってきた。


「――肝心の俺が、このザマだ。先月にちょっとしたドンパチがあってな。やらかしちまった。この折れてる足で、どうやってダッシュババアを追いかけたらいい? 無理だろう?」


 だから謎部に相談に来たってわけだ。と、宗像は言う。


 普通の高校生は、ドンパチなんてしない。やっぱり“その筋の人”なんじゃないかとメーベルは思ったが、余計なことは言わないでおいた。ちょっと怖いし。


「オカ研のほかの部員はなにしてるのかって? ハッ。オカ研には俺も含めて三人しかいなくてな。そのうち一人は幽霊部員で、もうずっと部室に顔を出してすらいねえ。オカ研で“幽霊”部員ってのは皮肉が利いてるよな? で、もう一人は今回の七不思議に興味がなくて、頼りにならねえんだ。……オカルト好きのくせに七不思議に興味がないなんて変だと思うか? そうでもねえんだよな。オカルトが扱う範囲は広すぎる。同じオカルトでも、このジャンルは好きだが、このジャンルはあまり興味がない、ってことはよくあるんだよ」


 そう言われてみると、『オカルト』にもいろいろあるなとメーベルは思う。


 陰謀論、未確認生命体、心霊現象、タイムスリップ、宇宙の神秘、歴史の真実――これらを全部一緒くたに『オカルト』と呼ぶのは、そもそも無理があるのかもしれない。


 いくらスポーツが好きだからと言って、じゃあ野球もサッカーも相撲もアイススケートもアーチェリーも全部同じ熱量で愛していますという人はなかなかいない。


 それと同じように、一口にオカルト好きと言っても、人によって好きな分野と嫌いな分野が分かれるのは――まあ、たしかに、不自然ではないのだろう。


「オカ研のほかの部員は役に立たねえ。だから頼みにきたんだよ。青柳が部長やってるってんなら信用できる。それに七不思議だって、いわば“謎”だろう? 謎部ならきっと力になってくれるはずだ」


 高校生らしからぬ迫力のある眼力で、宗像は謎部全員の顔を見渡す。


「オカ研には、運動部やメジャーな文化部と違って、いわゆる“最後の大会”なんかねえ。目標らしい目標や区切りもないまま、なんとなく引退するってのは寂しいもんだ。そしてそれは、謎部も一緒だろう? そんなところに、こうして新しい七不思議というどでかい花火が上がったんだ。これに乗らない手はねえ。オカ研が持ってる情報はすべてやる。だから力を貸してくれ」


 引退前、部活の最後の思い出として、この祭りを楽しもうや――そう言って、宗像はニヤリと笑った。



 ※



 ほぼ即決で、謎部は宗像からの依頼を引き受けることに決めた。


 新たな七不思議が流行りだすという現象は、魅力的な“オカルト”であると同時に“ミステリー”でもある。それを青柳や平間も面白がっているようだった。


 もちろんメーベルも面白そうだとは思ったが、しかしそれよりも、七不思議そのものではなく、宗像の言葉の一部に惹かれるものがあった。


 ――オカ研には、いわゆる“最後の大会”なんてねえ。


 それは謎部も同じことだ。インターハイやコンクールといった、『これが終わったら引退』というイベントがない。


 強いて言うのなら、文化祭が終わったら引退という区切りはあるのだろうが、それにしたって不完全燃焼の感がある。軽音楽部や演劇部だったら、文化祭で卒業ライブをおこなうことで、三年間の活動にきっぱりと一区切りをつけることもできそうだけれど、謎部には卒業ライブなんてものはない。


 メーベルは一年生であって、まだまだ引退の時期は遠い。でも、三年生である青柳や平間と一緒に活動できるのは、今年度で最後なのだ。


 謎部という、学校にできた大事な居場所のひとつが、明確な区切りもなく、よくわからないままなんとなくで解散してしまうことを、メーベルは心のどこかで残念に思っていた。


 しかしここに来て、最後にみんなで立ち向かうべき謎ができた。それはなんだかとても嬉しいことだった。


「真相を究明できたときは、みんなでさかずき交わそうや」


 そう言って、宗像は謎部の部室を去っていった。メーベルは、高校生が『盃』というワードを使っているところを初めて見た。


「言いづらいんですけど、あの宗像先輩って人、怖くないですか? どことなくヤクザっぽいというか……」


 こっそりと青柳に尋ねてみると、彼は爽やかに笑って答えた。


「はは。彼は見た目ほど悪い人じゃないよ」


 平間が涼しげな顔で付け加える。


「いろいろな家庭があるものよ」


 二人とも、怖くないともヤクザじゃないとも言ってくれない。ちょっと不安になる。


 なんとなく深入りしたくなかったので、メーベルは話題を変えることにした。


「しかし、新しい七不思議を追うと言っても、どうやって調べます?」


「そこは足を使おう。これがもしも『町の七不思議』だったら範囲が広くて大変だけれど、これは『学校の七不思議』だ。調べる範囲はほぼ学校の中だけで完結する。だったら、自分の足で地道に検証してまわるのが結局は一番早い思うんだ。宗像くんも、有益なデータを預けてくれたことだしね」


 部長らしく、青柳が今後の方針を簡潔にまとめた。


 宗像がオカルト研究部として事前に集めていた七不思議の情報は、いま、謎部全員にPDFで共有されている。


 その情報を、足が折れた宗像に代わって、現場で検証してくるのが謎部の役割だと言えそうだ。


「で、なんの噂から検証するの?」


 平間が質問をすると、青柳は「順番はどれでもよさそうなんだけれど――」と呟きながら、スマートフォンを操作し、とある画面をメーベルたちに向けた。


「まずはこれにしようか」


 その画面には、宗像が記したであろう、こんな見出しが表示されていた。


【めちゃ怪奇! ネオベートーヴェンの噂!】

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