今宵あなたとSINGINGトゥナイ…… 3/4
ロボット、原始人、正座部の部長、情報屋、魔法使い――今日たまたま揃っただけの風変わりな五人組が、カラオケ店を目指して繁華街を歩いている。
「ねえねえ、ペンタトニックから見て、この時代ってどんな感じ……?」
しづくが尋ねると、ペンタトニックは悩む間もなく答えた。
「滑稽な町並みだなァ!」
「滑稽なんだ……」
五万年前の時代の人から見たら、現代の日本の町並みって、滑稽なんだ。どういう感想?
「だってよお、ワケのわかんねぇ物体ばっかりで、どこからど~コメントしていいかわっかんねえよ! も~、お手上げお手上げ、お手上げちゃん、ピロピロ~つって! なんつって! へっ! しかも緑が足んねェ!」
「あー、緑は足んないよね……」
「あと音が多いな!」
「音が多い……? まあ、言おうとしてることはわかるかも……」
原始時代と比べたら、人類が出す騒音のレベルは桁違いに上がっていることだろう。自動車・街頭のスピーカー・エアコンの室外機・工事現場……現代の街中には、音を出すもので溢れている。大昔からやってきたペンタトニックが『音が多い』と感じるのも無理はない。
ペンタトニックが車道を見ながら言った。
「そんでずーっと誰かに訊きたかったんだけどよ、あのBIGで速い物体、なんなんだ?」
「あれはね、自動車って言うんだよ……。人が乗って移動するやつだよ……」
「まじwwwまじでwwwあれwww人間が乗ってんのwwwヤバすぎだろwwwwww」
なぜかペンタトニックが腹を抱えて笑いだした。
「ええ……車のなにが面白いの……?」
「あんなでかい物体がよwwwコロコロコロ~つってwww丸い部分がコロコロ~つってwwwあんな速く移動してるの、面白すぎだろwwwコロコロ~つってwww」
「いや、えーっと……そう……?」
しづくからすれば、自動車なんて見慣れすぎて、なにがどう面白いのかピンと来ない。いまさら自動車を先入観無しで見ることなんて、できそうもない。
「しっかし、マンモス、本当に絶滅しちまったのかァ」
笑顔から一転して、ペンタトニックはどこか寂しそうに呟いた。ただ、ガスマスクをつけた状態で、絶えず『コシュー……コシュー……』という呼吸音を挟みながら喋っているせいで、あまりシリアスな雰囲気には見えない。
「あんなに強かったマンモスが滅んで、ちっぽけな人間はうじゃうじゃ生き残っている……どういう基準なんだよ。びっくり滑稽だぜェ……」
「どういう基準なんだろうね……」
「人類しぶとすぎだろォ」
確かにしぶとい。恐竜だって滅んだのに。
余談だが、しづくはかつてこんな妄想をしたことがある。
神様が生命を創造し始めてからウン十億年。ついに最高傑作、でっかくて超強い、ティラノサウルスを完成させた。しかしなんか間違って隕石を落としてしまい、恐竜は絶滅した。
まるでこつこつ進めてきたゲームのセーブデータが飛んでしまったかのように、最高傑作のティラノサウルスが突然死んだ。神様は自暴自棄になり、もうすべてがど~でもよくなって、適当に作り上げたのが、いまの人類だ。
「人類よ、知性を与えるから、あとは勝手に発展しろ。わしゃもう知らん」
神様は自宅に引きこもり、それ以来、ずっとふて寝を続けている。そして毎夜毎夜、間違って絶滅させてしまったティラノサウルスのことを思いながら枕を濡らしているのだ――そんな妄想。
しづくは神様をなんだと思っているのか。
「ねえ、しづっちょん。そちらのガスマスクのかたとは、どういうご関係なんですかァ? ずっと気になってるんですよねェ」
と、小松が質問してきた。
「あー、留学生だよ……」
「留学? どこの?」
「どこって……? 国……?」
「それ以外なにがあるんですかァ」
「えーと、ベルギー……じゃなくて……どうしよ……。バング……バングラデシュ……?」
「バングラデシュ? おかしいですねェ。あっしの情報によれば、バングラデシュの公用語はベンガル語ですが、そちらのガスマスクのかたが喋っているのはベンガル語ではありやせん。それどころか、あっしのどの情報にもない、未知の言語を喋っておられやす。ねえ、しづっちょん……そちらのかた、本当にバングラデシュの留学生なんですかァ?」
「あうう……」
簡単に追い詰められた。
実はしづくはしづくで、ペンタトニックがタイムスリップしてきた原始人であることを、結善に素直に喋ってしまったことを少しだけ反省していた。
だから小松に対しては、多少はごまかそうとしたものの、深く考えないで適当に話したせいで、一瞬で綻びが生まれてしまった。
もっとも、結善が同席しているこの場で、小松にだけ嘘をついたとしてもどうせすぐにボロが出てしまうはずなのだが――しづくはそこまで考えていない。
追い詰められたしづくは、結局、そしてやっぱり、正直にぶちまけてしまうのだった。
「本当はね、この人、ペンタトニックって言って、五万年前の時代からタイムスリップしてきた原始人なの……」
「え゛」という濁った声を上げて驚いたのは小松ではなく。据野だった。(なんで正直に喋っちゃうの!?)と、困惑しながら視線で問いかけてくる。そこから逃げるように、しづくはゆっくりと目を逸らした。
その一方で、小松は興奮気味に叫んでいた。
「うおおおお~ッ!? マ!? それ、マ!? タイムスリップしてきた原始人って、とても信じられやせんが……もしも本当だったら……とんでもねえ情報だぞェ! 情報情報! 原始の情報ォ!」
結善がブルーシートを肩にかつぎながら、『これから上手いこと言いますよ、聞き逃さないでくださいね』とでも言いたげなすました顔で、こう言った。
「これぞ、プリミティブインフォメーションですね♪」
当然、なにも上手くない。
カラオケ店に到着して、受付を済ませる。
受付をしているあいだ、ブルーシートを担いでいる結善と、ガスマスクをつけたペンタトニックと、ウェイトレスの恰好をしている据野の三人を、店員が怪訝そうにちらちら見ていた。
その視線に気づいた結善が「いえ、このブルーシートは正座用なのでご心配なく」と、丁寧な口調で言った。店員はより心配そうな表情になった。
「ここが宴の会場かァ~ッ! なんつーかちょっと、コンパクトだなッ!」
個室に入るなり、ペンタトニックがそんな感想を漏らした。要は、思っていたよりも狭いということだろう。
しづくが五万年前に飛ばされたとき、宴会の会場となったのは【国際フォーラム】と呼ばれている広大な洞窟だった。あんな大自然と、普通のカラオケボックスとでは、スケールが比べ物にならないくらい違う。ペンタトニックが狭いと感じるのも当たり前かもしれない。
「まあ、あれだよ……。この時代はね、場所を取るのにもお金がかかるんだよ……」
と、しづくは説明する。できるものなら、ホテルのパーティ会場でも貸し切って、盛大に祝ってあげたいところだけれど、ここにいるのはペンタトニック以外、全員学生だ。金銭面を考えたら、なかなか豪華な会場は借りられない。
「へぇ~ッ、未来の世の中って、みみっちいんだなァ! でも狭い場所も俺は好きだゼッ! 安心するぅ~っ!」
そう言って、ペンタトニックが突然ヘッドスライディングを始めた。それを見た結善が、「負けません!」と呟き、即座にヘッドスライディングを開始する。
「情報情報、ヘッドスライディングの情報ォ!」
続けて、小松が床を滑りだす。けして広いとは言えないカラオケボックスの床が、わけのわからない三人の奇行で埋まってしまった。
ここでしづくは、なんとなく、「よっ……!」と合いの手を入れてみた。
「いや、やめなさいよ……服が汚れるでしょう……」
据野が呆れた顔をする。
近所のスーパーで、小さな子供が床に寝そべりだして、母親に「汚れるからやめなさい!」と叱られているさまを、しづくはときどき見かけることがある。
それと同じ光景を、いまここで見ることになるとは思わなかった。ここにいる人は全員、しづくよりも年上なのに……。
それから座る場所を決め、ドリンクをそれぞれ持ってきて(ペンタトニックがドリンクバーでテンションが上がりすぎて、逆に眩暈を起こしてしばらくその場にうずくまるという事件があった)、フードを頼み、いざ歌おうという段になった。
ところが意外にも、一番手で歌いたいという人がいない。しづくはペンタトニックが最初に歌いたがるのではないかと思ったが、冷静に考えてみれば、ペンタトニックからすれば、現代のカラオケ事情なんてすべてが未知の世界だ。まずは誰かがお手本を見せなくては。
「じゃあ、私が歌うわ」
ということで、まずは据野が歌うことになった。彼女が選曲したのは――
【♪ライライホーホー/ボーローマオ】
(え、誰のなんて曲……?)
まったく知らない。ぱっと見、どっちが曲名でどっちがアーティスト名なのかもわからない。たぶん、『ライライホーホー』が曲名だと思うけれど。
でも、もしかしたら、しづくが知らないだけで、ものすごく有名な曲なのかもしれない。もしくは、タイトルを知らないだけで、実際に聴いてみたら『あ、あの曲だ!』とすぐに思いつくかもしれない。
据野が美しくも芯のある歌声で、力強く歌い上げる。
「ライライホーホー♪ ライホーホー♪ ベーハンベーハン・ライホーホー♪」
ものすごく知らない曲だ……。
そもそも画面に表示されている歌詞が全部漢字なので、絶対に日本の歌ではない。自分だけがこの曲を知らないのかと思い、しづくは結善と小松の様子を見やるが――
「据野瑠璃先輩、やはり只者ではありませんね。わたくしですら知らない曲を歌うだなんて」
「ヘッ、誰も知らない曲を歌うのは、カラオケの基本ですェ」
どうやら二人も知らないらしい。
しづくは気になりすぎて、思わずスマホで『ボーローマオ』と検索してしまう。
ところが、ほとんどなんの情報も出てこない。動画サイトで検索しても、まったくヒットしない。
カラオケで歌えるということは、それなりに有名な曲のはずなのに、不自然なほどに情報がない。この『ボーローマオ』というアーティストは、いったい何者なのだろう?
そのとき、しづくの視界の端に、猛烈に動くなにかがよぎる。そこには、タンバリンを叩きながら踊りまくるペンタトニックの姿があった。
知らない曲――という話をするのなら、ペンタトニックからすれば、この時代の曲はすべてが知らない曲のはずなのに、それでも彼は四肢が千切れんばかりの勢いで、アホみたいに踊り散らかしている。
「ペンタトニック、初めての曲でよくそんな踊れるね……」
「ヘッ! 初めてじゃねぇッ!」
「え……? どうしてこの時代を曲を知ってるの……?」
「違ェ! 聴いたことがあるとかないとか、そういうことじゃねェ!」
ペンタトニックは自身の胸を『トントン』と叩きながら、どこか誇らしげに言った。
「本当にいい音楽ってのは、生まれた瞬間から、魂が知ってるんだゼ」
「ひゅ~っ……!」
なんかかっこいいこと言ってる。
適当に発言している感は否めないけれど、でも、だからこそ、見習いたいところもある。細かいことをごちゃごちゃ考えるよりも前に、純粋に目の前のものを楽しもうとするペンタトニックの姿勢は、きっと間違っていない。
(うん、楽しめばそれでいいんだよね……)
知っている曲だとか、知らない曲だとか急にどうでもよくなった。
改めて聴いてみると、据野が歌うライライホーホーという曲、異様にノリがいい。ペンタトニックが踊りだすのも納得だ。サビのキャッチーさも異常で、初見のしづくですら「ライライホーホー♪」と口ずさめてしまう。
終わってみれば、一曲目からなかなかの盛り上がりだった。
「それでは次はわたくしが歌いましょうか」
据野が場を温めたあと、次に名乗りを上げたのは結善だった。彼女が選曲したのは――
【♪おっぱいプラネタリウム/ヴィーナス親子】
(すごいタイトルだあ……)




