今宵あなたとSINGINGトゥナイ…… 2/4
「小松、なにしに来たの……?」
しづくが尋ねると、小松はニヤニヤしながら近づいてきた。
「愚問ですよォ、しづっちょん。情報を収集するためですェ。この街にマッチョが出現したっていう噂を聞きましたんでねェ、その情報の裏を取りに来たんですよォ」
「なんか大変だね……」
「大変なんて言っちゃあいられませんよェ。情報は頭と足を使って稼ぐものです。基本中の基本だァ」
「ふ~ん……。でもマッチョがいるなんて情報、なんの役に立つの……?」
「それはあっしの知るところじゃあありやせんよォ。情報の価値は受け手が決めるもんです。ただ、これだけは言えますねェ。どんな情報も場合によっては宝石になる。だからあっしは情報を集めるんでさァ。一に情報、二に情報! 三四を飛ばして五に情報! しづっちょん……この世で一番大事なものはなんだかわかりますかァ!?」
「情報……?」
「愛ですよォ」
「へぇ~……」
しづくと小松が話しているところに、結善が入ってきた。その表情には、穏やかな笑みがたたえられている。
「小松。こんなところまでご苦労なことですね」
「どうも、栃ノ木さァん」
「がんばっているあなたに、ひとつ有益な情報を差し上げましょう。『あっち向いてホイ』の『ホイ』という掛け声は、方角を意味する『方位』が語源なんですよ。ご存知でしたか?」
「それ、嘘ですよねェ?」
「はい、嘘です」
会話の雰囲気が初対面のそれではない。二人は知り合いなのかとしづくが訊くと、結善が答えた。
「ええ。わたくしは、学校で小松とすれ違うたびに、必ず誤情報を流すことにしているのですよ」
「困ったお人だァ……本当に困ったお人だヨォ……どうして誤情報なんか流すんですェ? あなたは正しさを大事にしているんじゃあなかったんですかァ?」
「正しさを知るには、まず誤りを知らなければなりません。だから私は誤情報を流すのです」
「へへぇ、こりゃ一本取られやした」
小松はニヤつきながら、肩をすくめた。
どの辺が一本取られたんだろうとしづくは思うが、春心じゃないので、毎回ツッコミは入れない。
「○✕△□~ッ!」
突然、ペンタトニックが両手を叩きながら笑い始めた。その笑いの意味はまったくわからない。
「あ、そうだ、忘れてた……。ペンタトニック、これ着けて……」
しづくは、夏目から預かったショルダーバッグから、ガスマスクを取り出す。
このマスクは、夏目が開発した超高性能の空気清浄装置だ。
ペンタトニックは五万年前の人間なので、現代人が当たり前のように持っている病原菌への耐性がない。もしかしたら、ただの風邪が命取りになってしまう可能性だってある。夏目はそれを危惧して、しづくにこのマスクを預けたのだった。
しづくがジェスチャーで促すと、ペンタトニックは面白がりながらマスクを顔面に装着した。
「コシュー……コシュー……○✕△□……△✕@$Ω……コシュー……△○……コシュー……△Θδ……」
なにを言っているかわからなく、呼吸音がうるさい、ガスマスクを着けたガタイのいいスーツ姿の原始人という、哀しい怪物が誕生してしまった。
「あら素敵……。わびさびを感じますわ」
「えェ、クールジャパン、ここに極まれりって感じですねェ」
ガスマスクの化物を見た結善が感銘を受けたように呟き、そこに小松がなにも考えていなさそうな適当な口調で同調した。
ツッコミがいない。
そしてただでさえ混沌としているこの輪の中に、さらにもう一人の人物が加わるのだった。
「よかったわね。もう見つかったんだ」
やってきたのは、ウェイトレス姿の女性だ。
彼女の名前は据野瑠璃。ファンタジーのボツキャラクターだ。魔法使いが集まる喫茶店『ウィル』でバイトをしており、今年の春から大学に通っている。
しづくよりはルシアと関係が深い人物なのだが、しづくから見ても、身近にいる中でもっとも年齢が近いボツキャラクターの先輩ということもあって、実は交流がある。
「るりさん、なんでここに……?」
「人探し、狩欺さんに手伝ってやれって言われてね」
据野は、部外者である小松や結善がこの場にいることを考慮してか、詳しい事情は口にせず、“人探し”とぼかした言いかたをした。
しかし、しづくは正直に「タイムスリップしてきた原始人を探している」と結善に言ってしまっているので、この据野の気遣いは実はあまり意味がない。
ちなみに、なぜ据野がウェイトレス姿なのかというと、バイトを抜け出してきたからではない。
彼女にとってウェイトレスの衣装は、魔法少女にとってのコスチュームと同じで、それを着ていないと、魔法使いとしての本領を発揮することができないのだ。
ペンタトニックを探す際に魔法の力が必要になるかもしれないと判断したからこその服装なのだろうが、しづくはその辺の事情を知らないので、据野のことを単にウェイトレスのコスプレ――というか、メイドのコスプレが好きなお姉さんだと思っている。
小松が据野にすり寄りながら言った。
「据野さァん、お久しぶりですェ。お元気でしたかァ?」
「え、誰……? なんで私の名前を知っているの……?」
「おおっと、そうでした。初対面でしたねェ」
馴れ馴れしく話しかけるものだから、てっきり小松と据野は知り合いなのかとしづくは思ったけれど、全然そんなことなかった。
普通に据野が引いている。
「わたくしも存じておりますよ。据野瑠璃先輩?」
と、結善が言う。
その口振りから、据野はなにかを察したようだった。
「もしかして、きみたちって高校の後輩?」
据野は今年の春に檸文高校を卒業したばかりだ。つまり、学校の後輩として、結善や小松が据野のことを知っていてもおかしくはない。おかしくはないのだが……。
「でも私たち、直接喋ったことはないわよね? どうして私のこと知ってるの?」
そんな疑問に、結善が満面の笑みで答えた。
「当然です。わたくしは、あの学校でヤバいことをした人のことは、一人残らず記憶しているのですよ」
しづくは据野の横顔を見ながら尋ねた。
「るりさん、ヤバいことしたの……?」
「訊かないで」
それだけ言って、据野は罰が悪そうに目を伏せた。詳しいことは教えてくれないようだ。
誰にだって負の歴史はある。
「コシュー……○✕△□……」
ガスマスクの化物が、なにか言っている。
不思議なメンバーが集ったせいで忘れそうになるけれど、今日のしづくの目的は、ペンタトニックを無事に連れて帰ることだ。
しづくは翻訳機能を再びONにした。このまま会話を拒否し続けるのはかわいそうだし、意思の疎通ができないといろいろと困る。
「ペンタトニック、帰るよ……」
「なぁ~に言ってんババンばァ~ん!!!!」
「そっちがなに言ってるの……?」
「流れ星にしてやるゥ!」
「それ、なに……?」
正座の痺れが治まったのか、ペンタトニックは勢いよくその場で飛び上がり、頭上の木の枝にぶつかり、その反動で再びブルーシートの上に倒れ込み、そして叫んだ。
「宴をしようぜェ~ッ!!!!!」
「ずっとなに言ってるの……?」
相手の言葉がわかるようになったからと言って、相手のことを理解できるようになるとは限らない。
ペンタトニックは大の字に寝転がりながら、なおも叫ぶ。
「食べて、歌って、踊るんだよォッ! なにかの縁でこうして集まったんだッ! このまま帰るなんてもったいねえだろォウ!?」
本当になにを言っているんだろう……と、一瞬思いかけたが、しづくはすぐに考え直した。
しづくが五万年前に飛んでしまったとき、ペンタトニックはなにをしてくれた?
別の時代にたった一人で飛んでしまったしづくを、仲間たちと一緒になって、盛大に歓迎してくれたのではなかったか?
そしていま、別の時代に来てしまったのは、ペンタトニックのほうだ。孤独なのは彼のほうなのだ。
ここで彼の話も聞かずに連れて帰るのは、あまりにも冷たすぎないか?
あのとき温かく迎え入れてくれ、元気づけてくれたペンタトニックへの恩を、いま返すときではないのか?
「わかった……。いいよ、宴、しよっか……」
どうでもいいことだけれど、『宴』という単語を実際に口に出して言ったの、人生で初めてかもしれない。『宴』ってなかなか言わない。
しづくは据野たちのほうへ向き直り、それぞれの目を見て言った。
「みんな、お願いがあるんだけど……一緒にカラオケに行ってくれない……?」
食べて歌って踊れる場所と言われて、しづくが思いつくのはカラオケしかなかった。
据野が、結善が、小松が、口々に返事をした。
「いいわよ」
「わたくしも」
「あっしもェ!」
二つ返事で全員がOKした。誰も事情を訊いてこないのがちょっと怖い。
でも、しづくが逆の立場だったら、やはり事情も聞かずに賛成していただろう。その辺はしづくも適当だから。
「さて、そうと決まれば、出発いたしましょう。爺や! ブルーシートを片付けなさい!」
結善が立ち上がり、両手をパンと叩く。
すると、近くの木の陰から執事服の老年の男性が現れる――なんてことはまったくなく、誰も現れず、奇妙な間だけが生まれた。
「おっと、爺やは七年前にもう死んでるんでしたね♪」
結善は自身の頭をコツンと叩きながら、舌をペロリと出した。
冗談にしてはどう反応したらいいのかわからない、どんな意図で発せられたのかもわからないその発言に、場の空気がちょっとだけ変になる。
やがて結善は、大の字になっているペンタトニックを転がすようにどかしてから(ペンタトニックも喜んで自分から転がっていった)、ブルーシートを畳み、肩にかついだ。
「では、参りましょう」
こうして、不思議な五人衆は出発したのだった。
ちょっとだけ変な空気のまま、出発したのだった。




