レッツ☆ダイナマイ 9/10
朱音は自信に満ちた表情で、久浪に言い放った。
「先輩、一回死ねェッ!!!!」
「え!?」
「あ、いや……すいません……間違えました……」
朱音は顔に手を当てながら、あからさまに落ち込んだ雰囲気で、ぼそぼそと呟く。
「すいません……ほんと……本当に最悪な言い間違いだ……。最低だ……先輩に死ねとか……」
「横で聞いてる私もびっくりしましたよ。どう言い間違えたんですか。いや、悪気がないなら、なんか……まあ、大丈夫だと思いますよ? げ、元気出してください!」
あまりに朱音がへこんでいるので、メーベルは珍しく慰めの言葉をかける。その落ち込み具合からして、ただ言い間違えただけのようだが、悪気がないだけに、おかしくなった空気の収めどころがない。
言われた側の久浪も、慌てた様子でフォローに回る。
「だ、大丈夫だよ? 私も全然気にしてないし!」
朱音は気合いを入れ直すように、両手で頬を叩く。そして続けて肩と太ももを交互に七回叩いた。
「じゃあ、仕切り直しさせてもらいます」
気持ちが切り替わったのか、朱音の表情はさっぱりしていた。肩と太ももを叩いたことで、どう気持ちの整理がついたのか、メーベルにはよくわからない。なんの儀式?
なにはともあれ、改めて、朱音のターンが始まった。
「久浪先輩、自分が死ぬ瞬間を思い浮かべてみてくれ」
「死ぬ瞬間?」
「そうだ。自分がいまこの瞬間死ぬってなったとき、なにを思う? あれをやっておけばよかった、これをやっておけばよかったって、後悔するんじゃねえか? 少なくとも、他人がなにをどれだけ成し遂げたかなんて、まじでどうでもよくなると思うぜ。そんな余裕はない。それよりも、絶対に自分の後悔が先に来る。そう思わねえか?」
「まあ、言われてみたら、そうなる気はするかも……」
「誰かに嫉妬しそうになったら、自分が死ぬ瞬間を思い浮かべるんだ。そうすりゃ、いま死んだらあれも後悔する、これも後悔するって気持ちが湧いてくるはずだ。そういう気持ちになったら、嫉妬をしてる暇なんかなくなるぞ! 自分がするかもしれない後悔を先回りで潰していくだけで、あっという間に時間は過ぎちまうんだからな!」
「んー、わかるような、わからないような」
「じゃあ逆にこれだけははっきり言っとくぞ。嫉妬にまみれて生きていたら、死ぬときに絶対に後悔する。絶対だ。『なんで他人の成功や失敗ばかり気にして、自分のことをおろそかにしちまったんだ』って、絶対に後悔するぞ! そんなの嫌だろ? 私は『楽しんだもん勝ち』って言葉は好きじゃねえ。悲しんだやつが負けたみたいになるからな。辛くたって悲しんだって勝ちなんだよ。でも、後悔だけは負けだ。いいか久浪先輩、このまま嫉妬に飲み込まれたら、絶対に後悔する。それだけはわかってくれ!」
朱音が話し終えると、久浪は感銘を受けたかのような晴れやかな表情で頷いた。
「そうか、そうだね。朱音ちゃんの言う通りだ。嫉妬なんかしても、いつか後悔するだけだもんね」
「わかってくれたか」
「でもね」
久浪は大きく息を吸い、鬼の形相で叫んだ。
「でもねェッ! 人の心は理屈じゃないのよォッ!!!!!」
「そうだよなあああああああああああああああああ!?」
「人間はアホだからねえ! 死ぬ直前のメンタルを想像することはできても、それをキープすることはできないのよおおおおおおおおお! 風邪が治ったあとに健康のありがたみを感じても、そのありがたみをすぐ忘れちゃうのと一緒よおおおおおおお! 死ぬ気でがんばろうと決意しても、その死ぬ気が持続するやつなんてほとんどいないのよおおおおおお! 人間はすぐ怠けるから! アホだからああああああああ!」
「そうだよなあああああああああああああああああ!?」
「なんで朱音が共鳴してるんですか」
思わずメーベルは朱音と久浪のあいだに割って入る。このままでは互いの叫びが新たな叫びを呼ぶ、どうでもいい永久機関が完成してしまう。
朱音はからっとした笑顔で言った。
「ま、こんな説教なんかまじで意味ねえよ。うんこ」
「あーあーあー、いま最低なことを二連続で言いましたよ」
仮にも女子なんだから、うんことか言わないでほしいとメーベルは思う。
そして白鷺が小声で「論破失敗☆ダイナマイ……」と呟いた。本当に黙っていてほしい。
「や~れ、やれ……最後は私の出番ですか、っと……。最終兵器の登場ですよぉ……」
そう言って、しづくが堂々とした足取りで久浪の前に歩み出る。てっきり参戦しないとばかり思っていたので、メーベルは少し意表を突かれた気分だ。
「え、しづく、やるんですか? できるんですか?」
「O・K・K」
「なんでKが一個増えたんですか」
「これが都会人のオシャレだよ……?」
「春心、助けてください……。今日は誰もツッコミがいないんですよ……」
メーベルには、やはり専門家のようなツッコミはできない。こんなときに春心の偉大さを感じる。常にいてほしい。
しづくは背筋を伸ばし、人差し指をぴんと立て、久浪に語りかけた。
「先輩、嫉妬心をなくしたいんですよね……?」
「う、うん」
「それ、なくさなくていいんじゃない……?」
部室内に『いや、それを言いだしたらおしまいなんじゃないか』という空気が流れだす。
それに構わず、しづくは続ける。
「人の身体って、ひとりひとり違いますよね……? サイズも、見た目も、体質も、人によって全然違う……」
「うん、それはそうだよね」
「たとえば、身体にコンプレックスがあったとしても、そう簡単に変えられないですよね……? 整形とか手術はあるかもしれないけど、魔法のように別人にはなれない……。身長が150センチの人が、ある日突然180センチにはなりませんよね……。だからみんな、自分のコンプレックスを抱えながら、しょうがなくそれを受け入れて生きてる……」
「そうじゃないとやってられないってところはあるかもね」
「それって、たぶん、心もそうなんですよ……。自分の性格の嫌なところに気づいていても、ある日突然それがよくなることってないですよね……? 心だって、身体と同じくらい変えるのが難しいんじゃないのかな……。それを変えよう、変えようって思って苦しむくらいだったら、受け入れるのもありなんじゃないかなって、思います……」
「受け入れる、かあ」
「嫉妬をしちゃうっていうのは、言い換えれば、ほかの人のことをよく見ているとか、ほかの人の長所にすぐ気づけるってことになりませんか……? 受け取りかたで、長所にも短所にもなる……。どっちにしても、それは久浪先輩の心の個性だから、直そうとしなくていいんじゃないかな……って、思います……。以上です……」
しづくが話し終えると、久浪は感銘を受けたかのような晴れやかな表情で頷いた。
「そうだね。しづくちゃんの言う通りだね。そっか、私は私のままでいいんだ」
「うん……」
「でもね」
久浪は大きく息を吸い、鬼の形相で叫んだ。
「でもねェッ! 人の心は理屈じゃないのよォッ!!!!! 」
「フゥーッ……!」
「そのままでいいんだよ、ありのままでいいんだよ、きみはきみのままでいいんだよ。そんなふうに言われると、一時的に気持ちが楽になるけどねえ! でも不安な気持ちって、いずれまたぶり返してくるのよおおおおおおおおお! 自分の悩み、コンプレックス、嫌なところ……そういうのはね、生きてる限り、何度でも、何度でも、ぶり返してくるのよおおおおおおおおおお! ありのままでいいんだよっていうのはね、しょせんただの痛み止めなのよおおおおおおおおおおおお!」
「よっ、痛み止めっ……!」
「しづく、なに合いの手を入れてるんですか! これ、そういうイベントじゃないんですよ!」
思わずメーベルはしづくと久浪のあいだに割って入る。このままでは変なコール&レスポンスが完成してしまう。
「でも、しづく、いいこと言ってましたね。正直に言って、ちょっと予想外でした」
「まあ、半分くらいはルシアが言ってたことなんだけど……」
「ルシアが?」
「この前、ルシアと二人で話したの……。夏休みにいろいろあったみたいだし……私にも、思うところがあったから……」
しづくがなんの話をしているのか、メーベルにはすぐにわかった。
夏休みのあいだ、ルシアと沙杏のあいだに起こった出来事について、メーベルはルシア本人から教えてもらっている。また、どうやら噂では、その出来事はいまやファンタジー界隈だけでなく、SF界隈も巻き込む事態に発展しているらしい。詳しくは知らないが、しづくが“先生”と慕う夏目フミノにも影響が及んでいるようだ。
きっとその辺のことについて、ルシアとしづくはなにか話したのだろう。その内容について、詮索はしない。それが無粋なことだということくらい、メーベルにもわかる。それに、ボツキャラクター側の事情を、白鷺や久浪がいる前で話すわけにもいかない。
白鷺が、真剣な顔で呟いた。
「全員☆論破失敗☆ダイナマイ……」
うるさい。突然うるさい。
とは言え、確かに失敗だ。メーベルも、朱音も、しづくも、結局は「人の心は理屈じゃないのよ」の一言で切り伏せられてしまった。誰も久浪を説得することができなかった。それは紛れもない事実だ。
「なあ、ちょっといいか?」
と、朱音が手を挙げた。改まってどうしたのだろう。部室内の視線が一か所に集まる。
「今回の事件は、放っといてもメーベルのやつが真面目にやると思ったんだ。だからそのぶん、私は絶対に真面目なことは言わねえって、そう誓ってたんだ」
「なんて迷惑な誓いを立ててくれてるんですか」
「でもな、いまだけは、その誓いを破るぜ」
「最初から破ってくださいよ」
「メーベル、ちょっと黙っててくれないか?」
「えぇ……なんか、すいません……」
「私が言いたいのはよ、結局さ、こういうのって、『何を言うか』じゃなくて、『誰が言うか』なんじゃねえの? そう思わねえか、白鷺先輩」
朱音の視線が、白鷺を正面から射抜く。
「部外者の私たちがどれだけそれっぽいことを言ったって、よさげなことを言ったって、それで久浪先輩に伝わるものがあると思うか? 白鷺先輩は、部外者だからこそ私たちに頼みたいって言ったけど、本当にそう思うか? 久浪先輩の心を動かすものがあるとしたら、それは白鷺先輩の言葉なんじゃねえのか?」
白鷺は朱音の言葉から逃げるように、視線を逸らす。
だけどそれも数秒のことで、彼は自嘲気味に笑ったあと、再び朱音を見た。
「いや、そうですね。朱音さんの言う通りです。僕は里紗ちゃんに嫌われたくなかっただけなのかもしれません」
それから白鷺は意を決したような顔つきになって、久浪の正面に立った。
「里紗ちゃん、僕はもう、きみに決定的に嫌われてもいい。その上で、言いたいことがある」
久浪の表情に緊張の色が走る。しかし彼女はなにも言わない。白鷺が再び口を開いた。
「里紗ちゃんは部活を辞めるって言ったけど、きみには、ダイナマイをやめることはできないと思う」
「……どういう意味?」
「いまから僕は、ダイナマイターとして最低なことを言うよ」
「なにを言うつもり……?」
「里紗ちゃん、ダイナマイのなにが面白いんだい? 奇声を発しながら紙粘土を叩く行為の、どこが面白いんだ? 言っちゃあなんだけど、そんなものより、世の中にはもっと面白くて、打ち込み甲斐のあるものはたくさんあるじゃないか」
ダイナマイの天才と呼ばれる白鷺が、そのダイナマイを貶している。
一瞬、久浪が凍りついたのがわかった。やがてその表情は、明らかに険しいものへと変わっていく。
「いくら白鷺くんでも言って良いことと悪いことがあるよ」
「怒ってる?」
「いい気分ではないよ」
「だから言ったんだ。きみはダイナマイをやめられないって」
白鷺の表情に、言葉に、熱がこもる。
「きみはいま、どうして怒ったんだい? ただ紙粘土を叩くだけの競技に、どうしてそこまで躍起になれるんだい?」
「それは……」
「どうしてきみは、こんなマイナーな競技なんかで、嫉妬心でぐちゃぐちゃになれるんだい?」
「…………」
「どうしようもない呪いのような、だけどなによりも熱い情熱があるからじゃないのか!? たかが紙粘土を叩く行為なんかで、怒って、悲しんで、苦しんで、思い悩めるような、きみみたいな人が、本当にダイナマイをやめられると思うのか!?」
「私は……」
「謎部のみなさんの中からあえて一人を選ぶなら、僕はしづくさんの意見に賛成だ。嫉妬心がなくならないなら、そのままでいい! きみはもう、嫉妬心を隠さなくていい! 明日からその気持ちを僕と、紙粘土にぶつけるんだ! 戦え!!!」
久浪の瞳の奥が揺れたような気がした。なにかが、彼女の心に届いたのだろうか。
しかし、それをごまかすかのように、彼女はわざとらしく語気を強めた。
「そんなので説得できると思わないで! 人の心は理屈じゃな――」
「レッツ☆ダイナマイ☆アゲイン!!!!!!!」
白鷺がバカでかい声を出して、久浪の台詞を遮った。
「なによ……急にそんなでかい声出して……」
「もう一度言うよ、きみはダイナマイをやめることはできない」
「あのね、言ったでしょ。人の心は理屈じゃ――」
「レッツ☆ダイナマイ☆アゲイン!!!!!!!」
「人の心は――」
「レッツ☆ダイナマイ☆アゲイン!!!!!!!」
「ひ――」
「レッツ☆ダイナマイ☆アゲイン!!!!!!!」
久浪が言葉を発しようとするたびに、白鷺は常軌を逸した大声を張り上げる。
メーベルは目眩がしそうになった。まさか、こんな方法があっただなんて。
メーベルたちが全員太刀打ちできなかった、『人の心は理屈じゃない』という無敵の言葉を、白鷺はただただでかい声を出し、久浪の発声を妨害するという、めちゃくちゃなやりかたで乗り越えたのだ。
こんな攻略法があっただなんて。バカすぎる。
久浪は呆然とした様子で呟いた。
「そんな……ずるいよ……でかい声を出して言いたいことを言わせないなんて……」
「相手に喋らせなければ、反論はできない。これが僕の論破法。ビッグボイス☆論破だ」
「そこはダイナマイ☆論破とかじゃないんだ……」
「ダイナマイ☆論破だ」
白鷺が真顔で訂正すると、一拍置いて、久浪が吹き出した。
「もう、バカみたい。急に変なこと言い出して」
「僕は真面目だ」
「真面目だからおかしいの」
久浪が柔らかく微笑む。憑き物が落ちたような、そんな表情だった。
彼女は俯き、一度だけ、息を深く吐く。
「こんな私でも、またがんばれるかな」
「それはもちろん、イエス☆ダイナマイだよ。それが僕の願い――ウィッシュ☆ダイナマイなんだ」
「私は、嫉妬で人の作品を壊そうとするような人なんだよ? ギルティ☆ダイナマイだよ……」
「でも、実際にはしなかったじゃないか。きみは踏みとどまった――モラルキープ☆ダイナマイだよ」
久浪は少し笑ったあと、白鷺の目をじっと見つめた。
「ねえ白鷺くん。私、許されるなら、また一から、チャレンジ☆ダイナマイしてもいいかな?」
「もちろんだよ。アイムハッピー☆ダイナマイ」
「サンクス☆ダイナマイ」
会話の様子がおかしいなとメーベルは思ったが、口を挟むことはしなかった。なぜなら、二人の雰囲気が至って真面目だから。
「レッツ☆ダイナマイ☆アゲイン」
そう言って、白鷺が手を差し出す。久浪はその手を取る。
「レッツ☆ダイナマイ☆アゲイン☆トゥー」
固い握手が結ばれる。白鷺は瞳を潤ませながら、満面の笑みで言った。
「グラッツェ……!」
なんで急にイタリア語になったんだろう。
ともあれ、どうやらこれで、本当に事件は解決したようだ。作品を壊した犯人が判明し、白鷺と久浪は和解した。この上ない結末だろう。
二人の新たな門出に、しづくは拍手を送り、朱音は『ピュー』と口笛を鳴らすことで、ささやかな彩りと祝福を添えた。
こうして、ダイナマイ部にまつわる事件は幕を下ろしたのだった。
めでたし、めでたし。
※
――なんて、メーベルは素直に思えなかった。
事件解決から一日が経つ。しかしメーベルの胸の内には、昨日から黒い靄がかかったままだ。
もちろん、事件が解決したことについては、掛け値なしによかったと思える。
メーベルが納得いっていないのは、今回の事件、なにひとつとして『論理的思考』が力を持たなかったことだ。
小松の異常な情報力で、論理的な推理をしなくても、事件の真相に辿り着いてしまった。
そしてそのあと、久浪を説得する際に、白鷺は結局理屈ではなく、ただでかい声と勢いだけで押しきってしまった。
そこには、名作の推理小説に登場するような、美しい論理は存在しなかった。
滞りなく情報を集め、論理的な推理によって犯人を炙り出し、すべての伏線を回収し、事件を終結させる――そんな展開は、やはり、現実には起こりえないのだろうか。
本格ミステリの世界では、『論理的思考』はすべての闇を暴くほどの、絶対的な力を持っている。
しかし現実世界における『論理的思考』には、実は大した力は宿っていないのではないか?
論理は時に役に立たないし、現実に鮮やかな推理は必要ではないと、メーベルだって以前からわかってはいた。しかし、それをまともに実感してしまうというのは、ミステリーの記号であるメーベルにとって、ある種の絶望だった。
「やあベルナールくん、昨日はお疲れだったね。どうしたんだい? 難しい顔をして」
メーベルが考えごとをしながら謎部の部室に足を踏み入れると、ふいに声をかけられて、思わずびくりとした。
だが、誰が話しかけてきたのかはすぐにわかる。メーベルのことを“ベルナールくん”と呼ぶのは一人しかいない。
なぜだか、ずいぶん久しぶりに会った気がする。部室で出迎えてくれたのは、謎部部長の、青柳植人だった。




