レッツ☆ダイナマイ 8/?
「まだ解けていないもの――それは、里紗ちゃんの嫉妬という名の呪いです。どうか、謎部のみなさんの力で、彼女の呪いを解いてくれませんか?」
上手いような、上手くないような、なんとも言えない言い回しをする白鷺。しかし彼がいたって真剣な顔をしているので、ふざけているとも思えず、メーベルはツッコミを入れることができない。
もしも春心だったら、ここで「うわ、急にメルヘンな台詞言いだした」とか言いそうなものだが。
白鷺がシリアスな雰囲気を保ったまま、話を続ける。
「里紗ちゃんと話していてわかったんです。里紗ちゃんだって、好きでいまのような状況に陥っているわけじゃない。彼女だって苦しんでいるんです。できるものならどうにかしてあげたい。でも、僕が原因のひとつである以上、僕がなにを言ったところで逆効果になってしまうでしょう。だから、あなたたちにお願いしたいんです」
ふいに、嗚咽を漏らすような息遣いが聞こえてきた。メーベルは音のする方に目を向ける。
なぜか朱音が泣いていた。
「な、なんで……? なんで泣いてるんですか?」
「くっ、す、すまねえ! 私は白鷺先輩と久浪先輩に謝らなきゃいけねえことがあるんだ! ……実はな、先輩たちがいないところで、『なんとなくだけど、久浪先輩が犯人っぽいな』みたいなことを、私、勝手に言ってたんだよ! 理由もねえのに、先輩を疑ってたんだ! すまねえ! そのお詫びと言っちゃなんだが、私にできることなら、いくらでも協力するぜ!」
メーベルは思い出す。ああ、確かにそんな感じのこと言ってましたね、と。
ということは――だ。ということは、次はしづくがこの流れに続くだろうなと、メーベルは思った。これはそういう流れだ。今日の朱音としづくの行動パターンが、だんだんわかってきた気がする。
案の定、しづくが涙ながらに語り始めた。
「ごめんなさい……。私も裏で……久浪先輩が怪しいって、勝手に言ってた……。『メタ的に考えて久浪先輩が犯人だよね……?』とか言ってた……。しかも『実は白鷺先輩が犯人だってパターンもあるかもしれないけど、それは一周回って嘘っぽい』みたいな、なんと言っていいかわからないくらい勝手なことも言ってた……。本当にごめんなさい……。そのお詫びに、私にできることなら、いくらでも協力すまっ……協力します……!」
「いまちょっと噛みましたよね?」
まあ、二人が言っていることはわからないでもない。メーベルだって、心のどこかで『結局、白鷺先輩か久浪先輩のどちらかが犯人だろう』みたいなことを思っていなかったと言えば嘘になるし、それについての罪悪感だって多少はある。
まさか久保田が犯人だとは考えてもいなかった。いまだに久保田って誰だよと思ってさえいるし。
ともかく、メーベルにも、ダイナマイ部に協力したい気持ちはある。
「今回の謎を解くのに、私は全然貢献できませんでしたからね。その埋め合わせ……というわけではありませんが、私も協力しますよ。ただ、白鷺先輩、呪いを解くって言ったって、どうすればいいんでしょうか?」
「それは……」
と、白鷺は言い淀む。その様子からして、彼も具体的な案があるわけではないらしい。
すると、白鷺の後方から、かすれたような声がした。
「ろん……して……」
声の主が久浪だということはわかったが、声が小さすぎて、なんと言ったのかがわからない。
すると次の瞬間、突然ボリュームがマックスになったかのような声量で、久浪が叫んだ。
「論破してェッ!!!!」
「……?」
いったいどういう意味なのだろうと、誰もがその真意を測りかねていると、ワンテンポ遅れて、白鷺が両手を叩いた。
「そういうことか! なるほど!」
「白鷺先輩、なにかわかったんですか?」
「謎部の皆さんは、日頃からたくさんの謎を解いているんですよね? ということは、ロジカルシンキングに長けていると言ってもいいはずです」
「え、ええ。そうでありたいですけど……」
「そのロジカルな思考で、嫉妬心を論破し、沈めてほしいと、里紗ちゃんはそう言ってるんですよ! 彼女の弱った心を、論理の力で助けてあげるんです!」
「ほ、本当ですか?」
その解釈には飛躍があるのではないかと、メーベルはちょっと戸惑う。
しかしその白鷺の推測を裏付けるかのように、久浪が再び叫んだ。
「私の心を、論破してェッ!!!!」
……と言われても、そんなこと、できるのだろうか?
論理の力で、嫉妬心を沈める?
あと、いまさら訂正しづらいことだけれど、朱音としづくはただサポートで来ただけであって、謎部の正式な部員ではない。この二人はむしろロジカルから遠いところにいるタイプなのだが。
「「任せてくれッッッ!」」
朱音としづくが、打ち合わせでもしていたのかと思うほどに、ぴったりと声を揃えて言った。あまりロジカルじゃない二人がやる気を出している。安請け合いしすぎだ。メーベルはまだ引き受けるかどうか悩んでいるところなのに。
いや、しかし、考えようによってはこれでいいのかもしれない。
もしも白鷺に「里紗ちゃんに優しい言葉をかけて慰めてください」とでも頼まれていたら、メーベルは困っていただろう。メーベルはカウンセラーではないし、聞き上手でもない。相手の心情を汲み取って、優しい言葉をかけてあげる――というようなことも、あまり得意なほうではない。
それと比べれば、『理詰めでなんとかしてくれ』と言われるほうが、まだ力になれるというか、自分らしさを発揮できる気がする。
「わかりました。やれるだけやってみましょう」
「ありがとうございます」
「ありがとねッ!!!!」
白鷺が丁寧な口調で、そして久浪が叫びながら、メーベルに感謝を告げた。ところで、なぜ久浪は急に叫ぶキャラになってしまったのだろう。謎だ。
「それで、これは確認なんですけど、『ロジカルな思考で嫉妬心を論破する』というのは、具体的にどうすれば……」
メーベルの質問に、久浪が全力のシャウトで答えた。
「論破してェッ!!!!!!!!!!!!!」
「あの……だから、それはどうしたら……」
こういうときに具体的な説明を求めてしまうところが、自分のよくないところなのだろうなとメーベルは思うが、しかしさすがに目的がぼんやりとしすぎている。いまのままでは手助けのしようがない。
「私に、嫉妬心を起こさせないような合理的な考えかたを教えてほしいの」
久浪が一転して、落ち着いた口調で話し始めた。怖い。
「人に嫉妬するなんて、情けなくて、ダサくて、よくないことなんだって、私だってわかってるんだよ。でも、ただ『よくない』って考えるだけじゃ、抑えられないの。どれだけだめだって思っても、よくないって思っても、嫉妬してしまうものは嫉妬してしまうの。感情だけじゃ抑えられないのよ。だから感情じゃなく、理詰めで、機械的に、人に嫉妬をしなくなるような考えかたを、教えてほしいの!」
「な、なるほど。よくわかりました」
予想以上に明瞭な回答が返ってきた。
つまり、嫉妬心を感情的に否定するのではなく、『これがこうで、こうだから、嫉妬なんてする必要なくなりますよね?』といったような感じで、論理的に久浪を納得させればいいというわけだ。
「では、やれるだけやってみようとは思いますが、さすがにいますぐには難しいです。少し考えさせてください」
白鷺が微笑みながら頷いた。
「もちろん。シンキングタイム☆オーケーです。里紗ちゃんもいいよね?」
「シンキングタイム☆オーケーッ!!!!」
「先輩たち、ちょっと気持ちに余裕が出てきてません?」
今回の事件、犯人がダイナマイ部の人間じゃなかったことがわかって、白鷺も久浪もホッとしているのだろう。いま二人がなんとなくハイになっているのは、きっとそのせいだ。明らかに初対面のときよりもテンションが高い。
まあ、別にいいけども。悪いことじゃないし。
※
十分ほど考えたところで、嫉妬心を論破する準備が整った。
嫉妬心を論破する準備ってなんだという冷静な心の声を抑えながら、メーベルは朱音としづくに声をかける。
「私はそろそろいけそうですけど、二人はどうですか?」
しづくは口元に笑みを浮かべ、肩をすくめながら、首を横に振った。
「ロジックとかよくわかんね……」
「じゃあさっきのやる気はなんだったんですか」
朱音は自身の胸を叩きながら言った。
「Don't Think. Feel(考えるな、感じろ)」
「いや考えてくださいよ」
結局、メーベルが一人で出撃することになった。
「えーと、では、始めましょうか」
「お願いしますッ!」
久浪と正面から向き合う。
改めて、誰かと一対一で意見を交わすシチュエーションというのは、なかなかに緊張感があるものだ。
メーベルは呼吸のリズムを整え、話を始める。
「では始めに久浪先輩に言いたいことがあります。それはずばり、【嫉妬心、意味ない】です」
「意味ない……? なんというか、大胆だね」
「はい、意味ないんですよ。それをわかりやすく説明するために、まずは努力の量を数値化してみましょう」
「努力の量?」
「難しいことではありません。たとえば、今日はしっかりがんばれたな、ちゃんとダイナマイに打ち込めたな、と思える日の努力の量を、10ポイントと仮定してみましょう」
「はあ。ちゃんとがんばれたなって日が10ポイントね?」
「はい。そんなふうに、今日はちゃんとがんばれたなと思える日が十日続いた場合、トータルの努力の量は100ポイントになりますよね?」
「うん、まあ、そうかな」
「次に、嫉妬心に邪魔されたときのパターンを考えてみましょう。『なんで自分は上手くいかないんだろう』『なんであの人だけ上手くいくんだろう』『なんで自分には才能がないんだろう』……といったような、余計なことを考えているうちに時間が過ぎてしまったり、モチベーションが上がらなかったりして、一日3ポイント分の努力しかできなかったとします。これが十日続いたら30ポイントです」
「あー。確かに、ネガティブなことばっかり考えてるうちに一日が終わって、ろくに練習できなかったなって日、あるな……」
「ではここで比べてみましょう。無心で十日間がんばった場合が100ポイント。嫉妬心に駆られてしまって、十日間、上手くがんばれなかった場合が30ポイントだとすると、実に70ポイントもの差が生まれます。十日分だからあまり差がないように見えますが、これが数か月、数年単位で積み重なったとき、ものすごい差になります。具体的に言えば、一年間で2000ポイント以上も差がつきます」
「積み重ねってやばいよね」
「急に雑な反応になりましたね」
「でもポイントとか言われてもよくわかんないし……」
「じゃあ簡単に言いますよ。人に嫉妬してる時間をそのまま努力の時間に充てたら、一年間ですげー得するって話です! 2000ポイントくらい!」
「ポイントで言われてもわかんないんだって! でも、言いたいことはわからなくもないかも……」
「いいですか。つまり私が言いたいのは、他人に嫉妬してもメリットが一切ないってことなんです。他人に嫉妬する→余計なことを考えて時間やモチベーションを浪費する→努力の量が減る→実力が伸びない→劣等感を感じる機会が増える→他人に嫉妬する……といった負のスパイラルに陥ることになるんですよ」
「それいまの私じゃん……」
「逆に、余計なことを考えず、ただ目の前の自分のやるべきことだけに集中した場合、他人に嫉妬することもない上に実力も上がりやすくなります。良いことしかないんです」
「良いことしかない、かあ」
「人に嫉妬してる時間って、苦しいですよね? 嫉妬って、苦しい上に自分の実力が伸びなくなるんですよ。デメリットしかないじゃないですか! こう考えたら、嫉妬するのやめようって思いません?」
「た、たしかに……。いや、でも、待って! 他人への嫉妬を力に変えて、努力できるって人もいるよね?」
「でも久浪先輩はそういうタイプじゃないんですよね? 『最初のうちは悔しさをバネにがんばれてたけど、だんだんがんばれなくなっていった』みたいなこと言ってませんでしたっけ?」
「よく覚えてるね。まあ、そうなんだけどね。私は他人へ嫉妬したら、そのぶん自分ががんばるとかじゃなくて、他人に対して『早く失敗しろ』って思うタイプだから」
「そこまで言えたら清々しくて、逆に私は好きですよ。それに、嫉妬をバネにがんばるっていうスタイルには、個人的に思うところがあります」
「え、なんで?」
「だって、終わりが見えないじゃないですか。自分より優れた人が許せないのなら、なにかしらで世界一になるまで嫉妬の苦しみは終わらないってことですよ」
「言われてみれば、嫉妬ってゴールがないのかもね。嫉妬し尽くして満足することって、私の場合はないし」
「そう考えると、世界一になったとしても、嫉妬は終わらないのかもしれませんね。人はどんなに運がよくても、必ず衰え、死んでいきます。世界一という座についたって、いつかは陥落するんです。嫉妬を原動力に世界一になってしまったら、その後は、いつか来る世界一の座から転げ落ちる瞬間に怯えながら暮らすことになるんじゃないですか。台頭してくる次の世代に嫉妬しながら、日々老いていく自分に劣等感を募らせる毎日……そんなの、一生苦しいままでしょう。それって幸せなんですかね」
「うーん、どうなんだろうね…………」
「というわけで、私の考えをまとめると、こうです。嫉妬をするメリットはありません。嫉妬をしている時間をそのまま自分の努力の時間に充てたら、めちゃめちゃ得します。だから、周りを見るのはほどほどにして、自分にできることだけに集中しましょう。以上です」
メーベルが話し終えると、久浪は感銘を受けたかのような晴れやかな表情で頷いた。
「たしかに、そうだね。メーベルちゃんの言う通りだよね。嫉妬なんてしても、いいことは一個もない」
「わかってくれましたか」
「でもね」
久浪は大きく息を吸い、鬼の形相で叫んだ。
「でもねェッ! 人の心は理屈じゃないのよォッ!!!!! 」
「えええええええええええええええええ!?」
「本当だ、嫉妬するのにメリットなんてないんだ! じゃあやめよう! とはならないのよ! やめようと思ってやめられるもんじゃないのよッ! 人間の心は! メリットやデメリットで動くもんじゃないのよッ!!!!」
「ええぇ……」
メーベルは唖然とした。
論破しろって言われたのに、人の心は理屈じゃないと言われた……。球技大会で『なにボールなんか使ってんだよ!』と怒られるような、そんな理不尽さを感じる。
もちろん久浪の言っていることもわかる。人の心は理屈じゃない。でもそれを言われたら、いまやっていることの趣旨がぶれてしまう。
白鷺が小声で「論破失敗☆ダイナマイ……」と呟くのが聞こえた。もう二度と口を開かないでほしい。
突如、不敵な笑い声が聞こえてきた。見ると、朱音としづくが腕を組みながら壁に寄りかかり、「ククク……」と笑っている。
「メーベルがやられたか」
「やつは四天王の中でも最弱……」
「じゃあ二人がやってみてくださいよ! なぁ~にがクククですか! さっきあんなにでかい声で『任せてくれッ!』って言ってたくせして!」
壁にもたれかかっていた朱音が上体を起こし、メーベルの元へ近づいてくる。
「へっ、いいぜ。じゃあ次は私の番だ。メーベル、お前はよくやったよ。あとは休んどけ」
「なんだ、本当にやってくれるんですか」
「ああ。まあ、見とけって」
朱音はメーベルの肩をぽんと叩き、久浪と相対する。
その表情は自信に満ちていて、憂いや不安を微塵も感じさせない。きっとなにかやってくれるだろうというような、見る者に期待を抱かせるなにかがある。
そんな朱音の表情を見ていると、なぜだろう……逆に上手くいく気がしない。




