レッツ☆ダイナマイ 6/?
久保田誰?
「だだだだ誰!? 久保田誰!? だだだだ誰ぇ~っ!?!?!?」
久保田誰!? 何部の誰!?
唐突に出現した謎の犯人に、メーベルは動揺を隠せない。
「こ、小松! 本当にこの人が犯人なんですか!?」
「そうですよォ。証拠もありやすし、自白もしてやす」
「そ、そんな……! ふざけないでください! こんなのありですか!? こんな、ポッと出の犯人なんて、一番やっちゃいけないやつですよ!」
ソフトモヒカンの男子生徒、久保田がメーベルをぎろりと睨んだ。
「いまポッと出っつったか……? 俺の名前は久保田ッ! 高校二年生ッ! 十七年前に生を受け、今日まで生きてきたッ! 俺という人間には十七年の歴史があるッ! それをおめぇ、ポッと出っつったのか……? ふざけんじゃねえッ! 俺はずっといるッ! ポッと出って、おめえが俺を見つけられなかっただけじゃねえか! 俺から見たらおめえのほうがよっぽどポッと出だわ! ナメた口利いてんじゃんねえぞこのクソボケがァッ!!!」
「めちゃめちゃ噛みついてくるじゃないですか……」
狂犬すぎる。
そりゃあ、まあ、確かに、この世に突然湧いてくる人間なんていないわけで。ポッと出の人間なんて存在しないという意味では久保田は正しいんだけれども。
「小松、証拠っていったいどんなものなんですか? 本当に証拠として成立してるものなんでしょうね?」
「見ますかァ? 久保田がまさに犯行に及んでいる瞬間の写真ですよォ。手に入れるのに苦労したんですぜェ?」
小松がタブレット端末の画面をメーベルに向ける。そこには、久保田がドリルのようなマシンを振り下ろし、ダイナマイ部の作品を砕いている瞬間の画像が表示されていた。無駄に躍動感のある構図で、おそらく文化部棟の廊下側から撮られたものと思われる。
「決定的すぎますよ! こんな写真、どうやって手に入れたんですか! いや、そもそも、誰がどうやって撮ったんですか!?」
「メーベル女史ィ、それは言えねえですよォ……。栃木県、日光東照宮に並んでる三匹の猿、右からなんて言うか知ってやすかァ? ――見ざる・言わざる・聞かざる」
「その言い回し気持ち悪いんですって」
「温かい言葉のシャワー、サン――」
「はいはい」
「最後まで言わせてくださいよォ~。‟あたキャン”(温かい言葉のシャワー、サンキュー・キャンセルの略)は勘弁してくだせェ。そんな殺生なぁ……」
「変な用語を作らないでください!」
「へへ、まだ証拠はありやすよォ?」
小松は制服のポケットをまさぐり、チャック付きの小さなポリ袋を取り出した。その中には、細かな白い欠片のようなものが収められている。
「これは久保田の愛機、【ブレイクマシン21(トゥエンティ・ワン)】の先端に付着していた紙粘土の破片ですァ」
「そのブレイクマシンってなんなんですか……」
「久保田が持っていたドリルのようなマシンのことですよェ。その先っぽにくっついていた紙粘土の欠片が、ダイナマイ部で使われている紙粘土と同じものだったんです。ですよねぇ、白鷺の旦那ァ……?」
小松に話を振られ、白鷺はポリ袋の中身を凝視する。
「はい。この紙粘土は確かに、僕たちが使っているものです」
「ええ……白鷺先輩って、見ただけで紙粘土の種類がわかるんですか?」
「当然これくらいは。紙粘土は子供の頃からずっと触ってますからね。それに、部活で使っている紙粘土は競技用の特別なやつなので、一般的に売られているものとは微妙に違うんですよ」
それにしたって、見ただけでわかるとは思えないけれど。さすが“ダイナマイの神童”白鷺と言ったところか。
しかし、いくら証拠があるからといって、これまで一度も名前が出ていない、存在が示唆されてもいない、謎の人物が唐突に犯人として現れるという展開は、メーベルとしてはなかなか納得がいくものではない。これはメーベル個人の価値観というよりは、ミステリーのキャラクターとしての本能のようなものだ。
もちろんメーベルだって、これが現実で、推理小説の世界ではないことくらい、重々承知していることなのだが……。
「久保田、本当にあなたがやったんですか?」
「ああ、俺がやったんだよ」
「でも、反論できる要素はまだあるじゃないですか! 写真なんて、AIを使ったフェイク画像かもしれないですし、ドリルの先に紙粘土が付いていたのだって、いくらでも屁理屈こねて言い訳できそうじゃないですか!」
「そんなの、無駄な抵抗だろ」
「犯人はギリギリまで粘るものなんです!」
「なんだおめえ、犯人の味方をするのか?」
「違います! 犯人はギリギリまで粘る! それを探偵はひとつひとつ論破する! それが格式なんです! 犯人が粘らなかったら、探偵が推理を披露する必要がなくなってしまいますからね!」
「うるせえなぁ。細けえ反論なんて意味ねえ意味ねえ。ちょっとした時間稼ぎにしかならねえだろ。……つーかおめえ、さっき俺のことポッと出って言ったよな? 俺は久保田ッ! 十七歳ッ! 俺という存在には、十七年の歴史があるッ! ポッと出の人間なんて存在しねえんだッ! それをおめえ、人を突然現れた謎の人物扱いしやがって……ナメた口利いてんじゃねえぞクソカスがァ!!!」
「なんでそこにだけは執拗に噛みついてくるんですか!」
諦めるところと諦めないところのメリハリがすごい。
ここまで沈黙していた朱音が、珍しく真剣な表情をしながら、久保田に質問をした。
「ちょっといいか? お前の『クボタ』って字、どう書くんだ? 荻窪の『窪』か? それとも、久しく保つの『久保』か?」
「久しいのほうだよ」
「なるほどな」
朱音は険しい表情のまま、続けて久浪に尋ねた。
「久浪先輩の『クロウ』って字も、たしか久しいのほうだったよな?」
「そうだよ」
それを聞いた瞬間、朱音が膝から崩れ落ちた。そして悔しさに顔を歪ませながら、拳を床に叩きつけたのだった。
「クソォッ!!! なぜ気づけなかったんだッ!!!」
「なにしてんですか朱音、急にどうしたんです?」
「久浪先輩も、久保田も、最初の字が『久』という漢字だ……。つまり、伏線……だったんだよ……」
「どこがです?」
「最初に久浪先輩と出会ったときに、私たちは気づくべきだったんだ! 『久浪里紗……? 久という漢字から始まる名前なんて怪しいな……犯人か? いや、違う、これはミスリードだ! 本当に怪しいのはほかに久から始まる名前の……そうだ、久保田が怪しい! 久保田が犯人だ!』って、最初に気づくべきだったんだよ!」
「いや、そんな発想、ヤバいクスリで頭をトバしてる人でも出てこないですよ!」
そもそも、久という漢字から始まる名前のなにが怪しいのか、さっぱりわからない。言いがかりの天才か。
朱音に続き、しづくが呆然とした表情で膝から崩れ落ちた。
「そっか……そうだったんだ……」
「今度はしづくですか。なにがどうしたんです?」
「久浪先輩と、久保田……両方から『久』という字を引いたら……『ロウ』と『ボタ』になる……。全部、伏線だったんだよ……」
「え? ど、どういうことですか?」
「『ロウ』はつまり、蝋燭のロウのこと……。『ロウ』が溶けて、床に落ちるときの擬音は……『ボタ、ボタ』……」
「伏線ナメてんじゃないですよ!!!」
伏線をナメるなという発言も、冷静に考えたら意味がわからないけれど、ほかに言いようがないのだからしかたがない。
「そもそも、誰も説明してくれないから質問しますけど、ブレイクマシン部ってなんなんですか!」
「なるほどォ、メーベル女史は一年生だから知りませんよねェ。それについてはあっしが教えてさしあげましょオ」
と、小松が解説を引き受けてくれる。なんでも教えてくれるな、この人。
「ブレイクマシン部ってえのは、破壊に特化した部活動ですねェ」
「高校の部活がそんな方向に特化することあります?」
「あっしに訊かねえでくだせェよ~。そんで、ブレイクマシン部はその名の通り、物を破壊するためのマシン――ブレイクマシンを開発することを第一の目的とした部活ですァ」
「はあ」
「そして第二の目的は、そのブレイクマシンを使って、物を破壊することですェ。ブレイクマシン部は、破壊こそがもっとも美しい表現活動だと信じて疑わない者たちの集団でしたからねェ」
ここで久保田が目を輝かせながら、小松の解説に割り込んできた。
「ああ、そうだ! 破壊こそが、この世でもっとも崇高で美しい行為だ! この腐った現代社会は、なにかを生み出すことを高く評価しやがるが、俺に言わせりゃそれは誤りだ。人間の本質は、破壊! 破壊なんだよッ!」
「この人、怖いんですけど……」
「怖がってくれて結構、理解してもらわなくてもいい。それよりもおめえ、さっき俺のことポッと出って言ったよなぁ!? 俺は久保田ッ! 十七歳ッ! 俺という人間には――」
「わかりましたから!」
やかましい。メーベルはもう、久保田がいちいち突っかかってくることに反応しないことにした。
まあ、人間の本質は破壊だってのは、一理ありますァね――と、小松が言う。
「【生みの苦しみ】って表現がありやすが、その反対に、物を破壊するのは無条件で気持ちがいいもんです」
「そんなことあります? 野蛮じゃないですか?」
「野蛮じゃあないっすよォ~。プチプチを潰すのって気持ちいいでしょオ? あれだって立派な破壊行為ですよォ。それに、人はイライラしたときに物に当たりやすよね? あれは破壊が気持ちいいからやるんですよ。じゃなきゃストレス発散になりませんよェ」
人間が本能的に求めているものは、創造か、破壊か――という議論に、メーベルはいまこの場においては関心が持てない。どうでもいい。いまはもっと気にすべきことが山ほどある。
それに、さっきからずっと久保田が横でごちゃごちゃ騒いでいるので、静かに思索を深めるという雰囲気でもない。
ちなみに久保田の両脇では、朱音としづくが「ベロベロベロベロバァ~カ☆」「ピピラポー☆ピピラポー☆ピピラポー☆」と、意味不明な煽り文句を唱えまくって、久保田の怒りに油を注いでいる。
「まあ、ブレイクマシン部は野蛮と言って間違いない集団でしたけどねェ、メーベル女史ィ……。やつらは去年の夏、一線を越えてしまいやしたから」
「去年、なにがあったんですか」
「三年生が引退するのに合わせて、『夏の大行進』というイベントを開催したんですよォ」
「絶妙にダサいネーミングですね」
「ところがそんなネーミングに反して、ブレイクマシン部のやったことはエゲつなかったんすよォ? 部員全員がブレイクマシンを持って、目に映るものを破壊しながら街中を行進するというのが、『夏の大行進』というイベントだったんですからねェ」
「は……? 街の物を破壊してまわったってことですか?」
「ええそうですよォ。器物損壊に次ぐ器物損壊で、参加者は全員補導されやした。主犯格の生徒数名は退学処分になったんでしたかねェ。もちろんブレイクマシン部は廃部ですよォ」
「大事件じゃないですか!」
「ちなみにそこにいる久保田は盲腸で入院してて、『夏の大行進』には参加できなかったんですよねェ。なにもしてないからお咎めなし。いわば、ブレイクマシン部の生き残りってところです」
久保田は相変わらず、ポッと出と呼ばれたことについて怒り狂っていたが、話題に自分の名前が挙がったことに気づいたのか、突然会話に混ざってきた。
「ああそうだ! 俺はあのとき、先輩たちと一緒に大行進できなかったことを、いまも後悔してんだよ……。しかし学校側も酷えよな!? なにも廃部にすることはねえじゃねえか!」
「当たり前じゃないですか! 街の物を壊しといて!」
「うるせえ! 世の中の連中はバカだから、俺たちがどれだけレベルの高い芸術活動をしているか気づいてねえんだ! だが、なによりもムカついたのは、俺たちが廃部になったあと、ブレイクマシン部の部室が、ダイナマイ部の部室になっちまったことだよ! 本当はこの部室は、俺たちの居場所だったんだ! それを奪いやがって!」
メーベルはふと、久浪が言っていたことを思い出す。
――このダイナマイ部だってね、私と白鷺くんで一緒に立ち上げたんだよ。
白鷺と久浪は共に二年生。その二人が立ち上げた部活だから、ダイナマイ部は比較的最近できたものと考えられる。
昨年、ブレイクマシン部が廃部になったことで、部室が一つ空いた。そこに新設のダイナマイ部が入ってきたという経緯なのだろう。
どうやら久保田はそれが気にくわなかったらしい。
「なにがダイナマイだ! 俺たちのほうがずっとすげえのに! なんで俺たちが廃部になって、こんなわけわかんねえしょぼい部活が、俺たちの場所を奪いやがったんだ! ファッキンダイナマイ! クソどもが!」
「それはただの逆恨みですよ。別にダイナマイ部が奪ったわけじゃないでしょう。あなたたちが勝手に消えただけです。……まさか、そんな理由でダイナマイ部の作品を壊したんですか?」
「ああそうさ! へへ、俺は部活がなくなっちまったからなあ、放課後は暇で暇でよお、復讐の機会を待つ時間はいくらでもあったぜぇ。そしたら昨日、そこのダイナマイ部の女子が、鍵を開けっぱなしにして帰りやがったからな。こんなチャンスはそう来ねえ。俺はすぐに部室に忍び込んで、ブレイクマシン21で、破壊の限りを尽くしてやったよ! いやぁ~、人が一生懸命作ったものを壊すのは、最高に気持ちよかったなあ……」
「そうか!」と白鷺が声を上げた。
「どうりで作品を壊す手際がよかったわけだ。ブレイクマシン部は物を壊すスペシャリストだから、放課後のわずかな時間でも、充分に犯行に及べた」
「おおそうだよ、白鷺くん! 神童とか呼ばれて勘違いしてるクソがよぉ。女みてーな顔しやがって、ナヨナヨしてんなぁ。ははは!」
久保田は開き直ったように、高らかに笑う。
「あー、すっきりしたぜぇ~! さあどうする? 俺を捕まえるか? まあ、俺を捕まえたって、壊れた作品はもう二度と帰ってこねえけどなぁ~? なあ、いまどんな気持ちだ、白鷺ちゃんよ~! 悲しいか? 悲しいかぁ? あははははははははははは!!!」
高笑いする久保田の肩に、ぽんと、白鷺が手を置いた。
「なんだ白鷺ちゃんよぉ、やんのか? あ?」
「…………」
白鷺は無言のまま、柔らかい笑みを浮かべた。やがて彼はゆっくりと拳を振り上げて、こう言ったのだった。
「レッツ☆久保田の顔面☆ダイナマイ!」
ゴッ!!!!
白鷺の鉄拳が、久保田の顔面を正面から捉えた。
やったか!?




