レッツ☆ダイナマイ 5/?
経緯はどうあれ、メーベルたちは、久浪里紗が犯行推定時刻に現場に戻ってきていたらしいという情報を手に入れてしまった。
良くも悪くも、証言を集めて、推理を組み立てて――という展開ではなくなった。こんな爆弾のような情報を手に入れてしまったら、もう久浪本人に直接ぶつけるしかない。
聞き込み調査を開始する前に、ダイナマイ部の二人とは連絡先を交換していた。メーベルは悩んだ末、久浪だけに召集をかける。身内である白鷺がいないほうが、話しやすいこともあるのではないかという読みだった。
数分後、メーベルと朱音としづくは、ダイナマイ部の部室で再び久浪里紗と顔を合わせた。
この場に白鷺がいないことについて、彼女が不審がっている様子はなかった。ちょっと来るのが遅れている、くらいの認識なのだろう。
メーベルは何気ない口調で尋ねる。
「久浪先輩、昨日の夕方、なにか見かけたものはありませんか?」
「昨日は歯医者があって、部活を早退したって言ったと思うんだけど……」
「その歯医者のあとに、久浪先輩がここに戻ってきたという話を聞いたのですが」
久浪の表情に、はっきりと動揺の色が走った。彼女の小動物的な容姿も相まって、まるで怯えたリスのようになっている。
あまりにもあからさまな態度の変化。確実になにかを知っている反応だ。
だが、本格ミステリにおいて、容疑者が素直に白状してくれることはない。たいていの場合はしらばっくれるし、探偵が論理的に追い詰めだすと、「証拠はあるのか!」「じゃあどうやってAさんを殺したんだ! 説明がつかないじゃないか!」とか言ってギリギリまで粘ってくるものだ。
さて、久浪はどう出てくるか。
「ごめんなさい。私が嘘をついてました……」
三秒で陥落した……。
「ど、どうして反論してこないんですか!?」
「そんなことしても、もうバレてるでしょ? 思いっきり顔に出ちゃったし」
「あの、まあ、そうですけど……」
「私が部室に戻ってきたって、誰から聞いたの?」
「小松っていう人からです」
「そっか、小松か。じゃあ、ごまかせないね」
なんだその小松の知名度と信頼感。小松が怖い。
まあ、いい。事件を解決することが目的なのだ。探偵ごっこをすることが目的ではない。
こんなときまで本格ミステリあるあるを考えてしまうのは、メーベルの抗えない性ではあるけれど、それが時に不謹慎であることも、当然自覚している。
現実では、鮮やかな推理ショーは必須ではない。自白で片付くなら、それが一番手っ取り早いじゃないか。
メーベルは心を落ち着かせ、久浪から速やかに話を引き出すことを意識する。
「では、久浪先輩は、一度早退したあとにこの部室に戻ってきたってことでいいんですね?」
「うん」
「一見密室のように思えたこの部室ですが、久浪先輩はダイナマイ部の副部長です。正々堂々と部室の鍵を使って、普通に扉を開けた……ということでしょうか?」
「いや、それは違うよ。学校が閉まるギリギリに、職員室に鍵を借りにいったって、よっぽどの事情がない限りは『今日は遅いから明日にしなさい』って、先生に言われちゃうよ」
「え? じゃあ、どうやって鍵を開けたんですか?」
「合鍵を使ったの」
「あ、合鍵ぃ!?」
メーベルは悲鳴を上げた。
「部室の合鍵なんてあったんですか!? というか、そんなもの作っていいんですか!?」
「私が作ったんじゃないよ。三か月くらい前に部室の掃除をしていたら、その辺に鍵が落ちてて」
「そ、その辺んんん!?」
「そう。あのあたり。作品を飾るラックと壁のあいだにあったの」
と、久浪が壁際の方を指さす。
「そ、それじゃあ、先輩は……『その辺に落ちてた合鍵』を使ったってことですか……?」
「そうだよ」
「そんなのわかるか~い!!! です!!!!!!」
メーベルは奇声を上げながらその場でひっくり返った。
Q.どうやって密室を作ったのか?
A.その辺に落ちてた合鍵を使った。
――なんて解答があっていいわけがない! そんなもの、推理しようがないじゃないですか! その辺に合鍵が都合よく落ちてるって! その辺って! なんですかそれ! 邪道です! ありえないです! ずるいです!!!
「おいメーベルどうした。今日お前なんか変だぞ?」
部室の床に仰向けで倒れているメーベルの顔を、朱音が心配そうに覗き込んできた。
「ふふっ、朱音に変って言われるようじゃ、おしまいですね」
「おしまいってどういう意味だ!?」
しづくがメーベルの傍に寄ってきて、弾むような声で言った。
「そうそう、赤い被り物をかぶって、緑のでっかい布をかけて、何人かで協力して踊るやつ……って、それは『おしまい』じゃなくて、『獅子舞』だね……!」
「ワァ~オ!!!」と、朱音が喜色満面で歓声を上げた。
「そうそう! やたら長い名前の湖があるじゃねえか~って、それは『おしまい』じゃなくて、『チャーゴグガゴグマンチャウグガゴグチャウバナガンガマウグ』やないか~い! つってな! ガハハ!」
「ワァ~オ……!!!」と、今度はしづくが歓声を上げた。
そして明らかに変な空気になった。
(本当に意味がわからないんですけど……)
しづくが『おしまい』と『獅子舞』をかけたのは百歩譲ってまだわかる。しかし朱音の場合はなにもかかっていない。どこをどうボケたらそうなったのかが謎すぎる。
ちなみに『チャーゴグガゴグマンチャウグガゴグチャウバナガンガマウグ』はアメリカに実際にある湖の名前だ。どうして朱音がその無駄に長い地名を暗記しているのかも謎だけれど。
ただ、おかげで、メーベルは冷静さを取り戻すことができた。
おかしな人が、よりおかしな人を目の当たりにすることで、はっと我に返るという現象がある。
確かに今日の自分はなにかがおかしいという自覚がメーベルにはあったが、より様子がおかしい朱音としづくの言動に触れることで、正気を取り戻すことができた。二人には感謝しかない。
メーベルはよろよろと立ち上がり、再び久浪と向き合った。
「すいません。どこまで話しましたっけ?」
「私が合鍵を使って部室に入ったところまで、かな?」
「うっ、合鍵……。合鍵と聞くと頭が痛いです……。まあ、いいでしょう。合鍵がどうして落ちていたのかは後回しにします。とにかく、鍵を開けた。そうしてあなたはこっそりと、無人の部室に戻ってきた。なんのために?」
「それは……わかってるでしょ」
「否定するならいまのうちですよ」
「みんなの作品をぶっ壊すためだよ」
あまりにも物騒な、そして決定的な一言を久浪が発した瞬間、一気に場の空気が凍りついた。
さっきまでふざけていた朱音としづくでさえ、表情を固くしている。
「なんでそんなことをしたんですか?」
メーベルと久浪の視線が交差する。高まっていく緊張感。
だがそれも数秒のことで、次の瞬間には、張りつめていた空気はあっという間に弛緩していった。久浪が、すべてを諦めたように力なく笑ったのだ。
「……嫉妬だったの」
彼女は目を背けながら、弱々しく口を開いた。
「私もね、子供の頃はダイナマイの神童って呼ばれてたんだ。周りも期待してくれていたし、私も自分の才能を信じていた。でも本当はね、私の才能なんて大したことなかったの。どうして才能がないのに、神童なんて呼ばれてたかわかる?」
「いえ、わかりませんが……」
「ダイナマイの競技人口が少ないせいで、神童のハードルがゴリクソに下がってただけだったの」
「…………」
「周りの人たちが勝手に勘違いしてただけ。ううん、一番勘違いしてたのは、私自身だったのかもね」
久浪が深刻な雰囲気で話を進めるので、メーベルは口を挟めないでいるが、正直言って、久浪が発した「ゴリクソ」というワードが引っ掛かってしょうがなかった。
いや、話の腰を折ってまで「ゴリクソってなんですか?」と尋ねるほどのことでもないし、言いたいことも普通に伝わってるからいいんだけれど……いいんだけれど。
どんな言葉選び?
視線を感じて横を向くと、朱音がこちらを見ながら口パクで「ゴ・リ・ク・ソ」と言っていた。
(やっぱり気になりますよね……!?)
(ああ。でも「それなんだよ?」って言いづらい雰囲気だしよ)
(朱音が言いづらいと思うって相当ですよ)
ちなみに朱音の横ではしづくが口パクで「ぶーん……」と言っている。再発するな。
「でも白鷺くんは違った。あの人は本物の神童だった。私なんか足元にも及ばない、正真正銘の天才だよ」
久浪の口元に、虚しい笑みが浮かぶ。やはり「ゴリクソってなんですか?」と訊ける雰囲気ではない。
「私と白鷺くんは、七歳の頃に出会った。ダイナマイ界隈は狭いから、もともとみんな顔馴染みみたいなものだったけど、私と白鷺くんは同い年で、神童と呼ばれた子供同士だったから、特に関わりが深くてね。意気投合って感じだったな。一緒にダイナマイの未来を切り開いていこうって、約束したの。このダイナマイ部だってね、私と白鷺くんで一緒に立ち上げたんだよ」
「じゃあなんで、そんな人の作品を壊そうだなんて思ったんです?」
「嫉妬だって言ったでしょう? ……はは、情けないよね」
久浪の態度はどこか投げやりで、すべてがどうでもよくなったかのように見える。その両目には、歪な闇が宿っていた。
「私も白鷺くんも、子供の頃から、お互いに自分の信じる美しさを追い求めてがんばった。だけど中学生になった辺りからかな、私と白鷺くんのあいだに差が生まれだしたの。私はなにをやっても結果が出なくなった。逆に白鷺くんはなにをやってもうまくいった。私だって、自分の審美眼を信じていた。努力の量だって誰にも負けてるつもりはなかった。だけど、私が作るものには、誰かの心を打つ力はなかったの」
「…………」
「白鷺くんの活躍は華々しかった。なにをやっても結果が出る。正直その作品はあまりよくないんじゃないかなって私が疑問に思うようなものでさえも、周りから評価され、さすが天才だと褒められる。でも、私は真逆だった。なにをやってもだめだった! 私もね、最初のうちは悔しさをバネにがんばれてたんだよ。でも自分がいいと思うものほど評価されないって状況が何年も続くうちに、だんだんがんばれなくなっていっちゃった。自分の才能を信じていたときの感覚が、もう思い出せないの」
メーベルは軽々しく相槌を打つことができない。まさかここまで素直に心の内を明かしてくれるとは、想定していなかったのだ。
久浪は罪を逃れたくて、同情してもらうために適当に話をでっちあげているのか?
いや、そうは思えない。彼女の言葉には切実さが滲みすぎている。
「三か月前に、部室の合鍵を拾ったんだ。誰が作ったものかは知らないけど、この鍵さえあれば、私はいつだって部室にこっそり侵入できる。その気になれば、私はいつでもみんなの作品を壊すことができるって、そう思った」
「だから、実際に壊したんですか」
「最初はね、合鍵はただのお守りだったんだよ。私がその気になれば、白鷺くんの作品をいつでも壊せる。白鷺くんが優れた作品を残せるのは、私がその作品を壊さないでいてあげてるからなんだって、そう思うことで気持ちのバランスを保つためだけの、醜いお守りだったんだよ。私はもう、そういうものを拠り所にするしかなかったの。でもね、実際に壊すつもりなんてなかった。ただのお守りのつもりだった。それなのに私は――」
言葉の途中で、勢いよく部室の扉が開いた。そこに立っていたのは、悲しそうな顔をした白鷺光流だった。
「里紗ちゃん……」
「白鷺くん、聞いてたの?」
「盗み聞きするつもりじゃなかったんだ。ただ、どうも嫌な予感がして来てみたら、こんなことになっていて……顔を出すタイミングがわからなかったんだ」
白鷺が、メーベルの横を通り抜け、久浪の元へ歩いていく。
「きみの気持ちはわかった。辛い思いをさせて、ごめ――」
「やめて! 謝らないで! 私がなんでこんなこと、ベラベラ喋ったかわかる!? そこにいるメーベルちゃんたちが他人だからだよ! ダイナマイのことをなにも知らない、どうせ明日から二度と関わることもないような人たちだから喋ったんだよ! 白鷺くんにだけは、知られたくなかった!」
久浪は突然感情を爆発させ、強い口調でまくしたてた。
白鷺は呆気に取られたような顔をしたあと、俯きながら呟いた。
「そうだね。僕に言えることは、なにもない」
重々しい空気が降りてくる。まるでこの場にいる全員を押し潰そうとしているかのようだ。
声を発するのも気が滅入るが、黙っているほうがよりいたたまれなくて、メーベルは平静を装い、無理矢理口を開いた。
「久浪先輩、どうやってこんなにたくさんの作品を壊したんですか? 学校が閉まるギリギリにここへ来たんじゃ、ほとんど時間がないですよね? もたもたしていたら誰かが見回りに来るでしょう」
「それが……わからなくて」
「わからない?」
「私も、どうやって壊したのか覚えてないの」
メーベルは眉をひそめた。覚えていない? どういうことだ? 久浪はなにを言っている?
「私、確かに作品を壊そうと思ってここに来た。でも、自分がしようとしていることが急に恐ろしくなって、逃げたのよ。全部投げ出して、すぐに走ってここから出ていった」
「じゃ、じゃあ久浪先輩はやってないんですか!?」
「やってない……はずなんだけど。でも次の日になったら、作品が全部壊されてるって聞いて。だから私、覚えてないだけで、きっと自分がやったんだなって思って。だってそうでしょう? 状況的に考えて、そんなことをする人、私しかいないじゃない」
「でも、先輩自身は、やった記憶はないんですね?」
「うん。ない……と思う。だけど昨日は精神的に不安定だったから、自分に不都合な記憶を忘れてるだけかもしれないし。絶対にないとは言えないでしょう?」
「それは……どうでしょうか」
メーベルは考える。
久浪は嘘をついている? いや、先ほどまで赤裸々と言っていいほどに心情を吐露していた彼女が、いまさらこんなところで嘘をつくだろうか?
では罪の意識から、彼女が記憶を改竄している可能性は? もちろん絶対にないとは言えない。しかしよくあることだとも思えない。
「先輩は、走ってここから出ていったって言いましたよね?」
「うん」
「じゃあ鍵はどうしたんですか? かけて帰ったんですか? 先輩の記憶ではどうなってます?」
「かけてない……はず。そこまで気が回らなかった」
今度は白鷺へ尋ねる。
「白鷺先輩、登校してきたとき、この部室に鍵がかかってたって言いましたよね?」
「はい。確かにかかってました」
「じゃあ、どういうことになるんでしょうか……?」
久浪は作品を壊さず、鍵もかけずに部室を出ていった。
しかし翌日、朝一番に白鷺が登校してきたときには作品は破壊され、部室には鍵がかけられていた。
もしも久浪が本当になにもせず逃げただけだったのなら、翌朝白鷺が登校してくるまでのあいだに、ほかの誰かがやってきて犯行に及んだということになる。
それは誰だ? 誰にならできた?
まさか今回の事件、思っていた以上に裏があるのか?
「フィーッヘッヘッホッハッホッ! パッパラパァ~ンッ! みなさぁん、お困りですかァ!?」
キテレツな笑い声が響く。いつの間にか、部室の入口付近の壁に、金髪の胡散臭い男が寄りかかっていた。
小松だ。
「こっ、小松!? どうしてここに来て――っていうか、再登場はっっっっっや!」
もう二度と会いたくなかった男の爆速での再登場に、メーベルは思わず声を荒らげる。
「なにしにってぇ、重要人物を連れてきたんですよォ、メーベル女史ィ……。ヒヘッ」
小松は演技がかった仕草で手を叩きながら、廊下に向かって「おい、連れてこい!」と叫ぶ。すると屈強な運動部らしき男子生徒二人に両脇を抱えられ、とある人物が連行されてきた。
ソフトモヒカンの、角ばった顔の男子生徒だ。この人物に、メーベルはまったく心当たりがない。いったい、どこの誰?
小松は誇らしげに言った。
「こいつが今回のダイナマイ部の事件の犯人だったんですよォ……。この元・ブレイクマシン部、久保田がねェッ!」
はっと、白鷺が息を飲んだ。
「まさか、元・ブレイクマシン部の久保田くん……きみだったのか……!」
朱音が顎に手を添えながら、思案顔で言う。
「たしかに元・ブレイクマシン部の久保田なら、犯行は可能か」
しづくが声に怒りを滲ませる。
「くぼた……!」
そしてメーベルは叫んだ。
「いや久保田誰・誰久保田・久保田誰・誰久保田・久保田誰ぇ~っ!?!?!?」
久保田誰?




