レッツ☆ダイナマイ 4/?
メーベルの前に現れた、裏情報部の小松という男。
金髪のオールバック、完全に剃られた眉毛、瞳孔が開き気味のギラついた目、そして前歯の一つが金歯になっているという、怪しさ満載の男。
口元にだらしない笑みを浮かべているのとは対照的に、両目を神経質そうにせわしなく動かしながら、メーベルのことを頭からつまさきまで抜け目なく観察しているようだった。
胡散臭い。
こんなに胡散臭い十代を、メーベルは生まれて初めて見た。人は若さと胡散臭さを、ここまで両立できるものなのか。
「いやぁお会いできて嬉しいですよォ、謎部のメーベルさぁん……あっし感激! ってねェ。涙がちょちょ切れそうですよェ」
「私になんの用なんですか?」
「先ほども言っちゃいましたけどよォ、メーベル女史ィ……貴女にとっておきの報せがあって、こうして馳せ参じたってぇわけなんですよォ、メーベル女史ィ!」
「そのメーベル女史っていうのやめてください。ちょっと、気持ち悪いので」
「気持ち悪いっつった?」
小松が突然真顔になり、顔をずいっと近づけてきたので、メーベルは思わず飛び退いた。
一瞬の間ののち、小松は満面の笑みを浮かべて叫んだ。
「温かい言葉のシャワー、サンキューッ!」
「は、はい……?」
「あっしにとっちゃあ、罵倒は褒め言葉ァ」
「なんなんですかこいつぅ……」
メーベルは助けを求めるように、朱音の顔を見た。
「朱音、なんのためにこんなのを連れてきたんですか!」
「いやいや、待ってくれ。私もこいつのことは好きじゃねえよ。でも、こいつの情報量はすげえんだ。小松はな、この檸文高校で“もっとも真実に近い男”と言われてるんだぜ?」
「どこの誰が言ってるんですか!? 誰に言われてるんですか!? そんな大げさな……」
メーベルが小松に視線を戻すと、彼はいかにも作ったような照れ笑いを浮かべていた。
「もっとも真実に近いっていうのは、あっしには過ぎた評価ですねぇ……へへッ。でも、確かに情報の質と量には自信ありやすよ? あっしは情報屋ですからねェ」
「情報屋?」
「へえ。この檸文高校で、情報屋をやらしてもらってます」
「普通、高校に情報屋なんています?」
情報屋なんて、金と欲望の渦巻く大都会か、剣と魔法の世界くらいにしかいないようなイメージがあるけれど。高校で情報屋って、やっていける?
「それがいるんですよォ~。メーベル女史ィ!」
「その女史っていうのやめてください!」
「旦那ァ……」
「旦那では絶対ないですよ」
「そうカリカリしなさんな。あっしは本当にいろいろと知ってるんすよォ? この高校のありとあらゆる人間関係、学業成績、テスト範囲、教師の悩み、そして部活のイザコザ……たとえばそう、ダイナマイ部の作品が壊された事件についての情報とかねェ」
「なんでそれを知ってるんですか!?」
メーベルは朱音に(小松に事情を話したんですか?)と視線で問いかけたが、朱音は首を横に振った。
「朱音さんはなんも話してませんよォ! あっしが勝手に情報を掴んだんです。独自の情報網でねェ。ッヘ!」
「……信じられませんね」
「正解。あっしを疑うの、正解」
小松はメーベルを指さしながら、ニヤリと笑う。
「得体の知れないやつの情報を軽々しく鵜呑みにするなんて愚の骨頂よぉ。よってメーベル女史、貴女は正しい! あっしからの評価は爆上がりだァ! アァオッ! ……まあ、そんなワケで、貴女はあっしの話を冗談半分で聞いておけばいいんですよォ、減るもんじゃあるまいし」
「…………」
「あっしは情報屋です。普段は料金を取りやすが、今回は初回売り込みお試しサービスってところですからねェ、タダで耳寄りの情報をお届けしますよ。メーベル女史はそれを聞くだけ聞いて、嘘だと思ったら信じなければいい。簡単な話でしょォ?」
この小松という男のすべてが信用ならない。しかし話を聞くだけ聞いて、嘘だと思ったら信じなければいいというのは、確かにその通りだ。メーベル側に損はない。
「わかりました。聞くだけ聞きます」
「まいどありぃーーーーーャッ!!!!!!!!!!」
本当にどうなっているんだと思うようなイカれた口調で小松が叫んだ。喜びを表現しているのだろうか。わからない。
「それでは、ダイナマイ部副部長、久浪里紗についての情報を少々。まず昨日、久浪里紗が歯医者に行ったのは確かですねェ。予約は十七時二十分から。数年前に歯に詰めた奥歯のコンポジットレジンが一部欠けたとのことでしたが、欠けた部分が極々小さなものだったので、研磨だけで終わったようです。治療が終わったのは十七時五十分ごろ。……おおっと、治療内容はどうでもいいですねェ。ここで大事なのは、彼女は歯医者が終わったあとでも余裕を持って学校に戻れたってことですよォ。現に彼女は、学校が閉まる直前の十八時五十三分に、この文化部棟に戻ってきています。確かな情報筋から得た情報です。間違いないェ」
「は……?」
久浪里紗は、歯医者に行ったあとに学校に戻ってきたなんて、一言も言っていない。
そんな重要なことを、彼女は意図的に言わなかったのか? 嘘をついたのか? だとすればなぜ?
しかしメーベルはそこまで考えて、久浪よりも疑うべき人物が目の前にいることに思い至る。
「その情報、本当なんですか? 久浪先輩が学校に戻ってきたっていうのはともかく、どうして歯医者の治療内容まで把握してるんです? あなた、適当なことを言ってるんじゃないですよね?」
「滅相もねェ! あっしは情報屋! 確信の持てない情報は流さねェ! 自分の情報には誇りがありやす!」
「ううん……あなたの誇りの価値がまだわからないんですよね」
「なんなら母なる大地、父なる空、オリュンポスの神々に誓ってもいい!」
「世界観がよくわからないんですけど……。そうじゃなくて、根拠を教えてほしいんです。どうしてあなたが、昨日の久浪先輩の行動を把握できてるんですか? ちょっと不自然ですよ」
「情報元を言えって? ハハッ、メーベル女史、それはいけねえ。好奇心は人生を豊かにしやすが、余計な詮索は身の破滅を招きますぜぇ? 栃木県、日光東照宮に並んでる三匹の猿、右からなんて言うか知ってやすかァ? ――見ざる・言わざる・聞かざる」
「言い回しが気持ち悪いですね……」
「温かい言葉のシャワー、サンキューッ!」
「私この人嫌いです!!!!」
なんなんだ、本当に。
しかし、小松にペースを狂わされっぱなしだが、ここは引いてはいけない場面だ。正確かどうかわからない情報を、はいありがとうございますと、簡単に受け取るわけにいかない。それはミステリーの記号であるメーベルの譲れない部分だ。
「あなたの情報が信じるに足ると思うだけの証拠を提示してください。昨日、久浪先輩が学校に戻ってきたとなぜわかるんですか? 誰が見たんですか?」
「おいおいおいおいおいおい……よしてくれよ、よしてくよォ……。情報屋が情報元を喋っちゃあいけないってのは、鉄則中の鉄則だろォ? そんなことしてみろ。業界内でのあっしの評判はあっという間に地に落ちる。そうなったら、あっしは破滅だァ!」
「いやいやいや……」
「あっしは破滅だァ」って。海外の冒険小説に出てくるような小悪党くらいしか言わない台詞だろう。現実で、しかもこの日本で、そんな言い回しをする人なんている?
「あなたもしかして、人に言えないような情報の集めかたをしてるんじゃないですか? 思えば、やっぱり変ですよ。どうして久浪先輩の歯医者の予約の時間から、治療内容までわかってるんですか。そんなの、真っ当なやりかたじゃあ、絶対にわかるわけがないですよ」
「おお? メーベル女史ィ……あっしのこと、怪しいって思ってやす?」
「それは第一印象から全開でそう思ってますけど」
「これは手厳しいィッ! しかしどうすんでぇ? あっしがもし、まっとうな手段で情報を集めてなかったら……?」
「しかるべき団体や組織に通報します」
「脅しですか脅しですかァ!? ハハァッ! ポリ公になにができるってんでぇ!? あいつら、あっしに指一本触れることすらできやしねェ!」
「なんで国家権力を恐れてないんですか」
無敵か、こいつ。
「安心してくだせェ。情報元は明かせやせんが、神に誓って、不法行為はしていやせん。ジィィィーザァアス……!」
「それキリスト教の人に本当に怒られますからね?」
「あっしは善良な市民ですよォ。あっしはただ、世の中に漂っている情報を、右から左へ、左から右へ、ころころころころ転がしてるだけです。なーんも、法に触れることなんかしちゃいません」
小松はいかにも演技臭い、大げさなしぐさで肩をすくめた。
「まあ、いきなり信用してくれってほうが無茶ですよねェ。巷では『友情の深さに、過ごした時間は関係ない』みたいなことを言われてやすけど、でも実際、時間って大事ですからねェ。今日出会ったばかりのあっしとメーベル女史がマブダチになっちまったら、それはそれで嘘だ」
「あなたとは一生マブダチになりたくないです」
「温かい言葉のシャワー、サンキューッ!」
「それやめてください!」
「メーベル女史ィ……」
「それもやめてください!」
「旦那ァ……」
「旦那でもないです!」
「フヒへッ!」
小松はニュアンスのわからない謎の笑い声を発してから、
「今日はこれでおいとましますよォ。あっしの渡した情報をどう使うかは、旦那に任せますよェ」
「旦那じゃないですって」
「それではまたどこかでお会いしやしょう! 今日この瞬間から、あっしと旦那の絆は始まるんですねェ! アァアアア~ディオス! ハァーッハッハッハッヘッヘッホッヒッホッホッヒッヘッホッハッホッ!!!!」
走ってはいけないと太古の昔から言われている廊下を、しかし小松は全速力で駆け抜け、瞬く間にメーベルの視界から消えていった。
「なんですかその笑いかた。普通笑ってる途中でハッとかヘッとかホッとか、小刻みに音が切り替わることってないでしょう。そのギアチェンジになんの意味があるんですか」
朱音がメーベルの肩をぽんと叩いた。
「よっ、お疲れ」
「ほんとですよ。こんなに噛み合わない会話をしたの、初めてです」
「いや、結構噛み合ってたぞ」
「え?」
そんなバカな。
どこが噛み合っていたのだろう。朱音はなにを言っているのか。
「それにしても、なんて人を連れてきてくれたんですか」
「だって、メーベルに会わせろってうるせえから」
「まさか朱音、あんなのと友達なんですか?」
「いや、よくわかんねえんだ。あいつ、何年の何組かも知らねえし、この学校の生徒じゃないって噂も聞いたことがある。突然現れて、情報を残して去っていく、そんなやつなんだよ」
「そんな妖怪みたいな……」
情報の怪異――と言うと、現代の情報化社会が産み出した化物のようだけれども、小松はそんな大層なやつではなかった。小物臭かった。
「でもよかったじゃねえか。かなり重要な情報だったろ?」
「いやぁ、よかった……んですかね?」
久浪里紗が、犯行推定時刻に、こっそり現場に戻ってきていた――それがもしも本当なら、確かに重要な情報だ。
『推理をする上で重要なピース』どころではない。『ほぼ答えそのもの』ではないか。
「ううん……」
しかしどうにも釈然としない。こんな情報の手に入れかた、ありだろうか? 本格ミステリにおいて、こんな展開はありだろうか?
わけのわからないポッと出の新キャラが、ほぼ真相に近い重要な情報を携えて、唐突に都合よく現れるなんて、そんな展開は――
メーベルは頭を抱えた。
「ありなわけがないです!」
「なにが気に入らねえんだよ。棚ぼたで情報が入ったんだ。ラッキーじゃねえか」
「棚ぼたで事件を解決する探偵なんて聞いたことがないんですよ! こんなの、ミステリじゃない!」
「さっきも言ったろ。ここは推理小説の世界じゃない。現実なんだってな」
「だとしたら現実も大概狂ってますよ……」
「そうだよォ! 現実は狂ってんだよェ!」
「小松みたいな言いかたしないでください!」
もう小松がトラウマになってる。「現実は狂ってんだよェ!」って。どういう発音だ。
小松と入れ替わるようにして、しづくが戻ってきた。
「ねえ、いまそこで、海外のゲームに出てくるハイテンションなサイコパスみたいな人とすれ違ったんだけど……」
「それ、たぶん小松です」
「小松ってなに……?」
「妖怪です」
うわあ、すごいね……と、しづくが言った。そんなにすごいと思ってなさそうな口調だった。




