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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第四章

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レッツ☆ダイナマイ 3/?

 白鷺しらさぎの案内を受けて、メーベルは朱音としづくを連れて、事件現場であるダイナマイ部の部室にやってきた。


「初めまして。ダイナマイ部二年、副部長の久浪くろう 里紗りさです」


 出迎えてくれたのは、小動物――より具体的に言えば、リスを連想させるような雰囲気の女子生徒だった。


「今日はほかの部員には帰ってもらっているんですけど、彼女は副部長ですから、立ち会ってもらおうと思って。……あ、部長は僕です。言い忘れてました」


 と、白鷺が言う。


 部長の白鷺光流(こうる)。副部長の久浪里紗。どちらも二年生なのは、競技人口が少ないゆえだろうか。


「どうも、メーベルと言います。謎部の一年生です」


 メーベルが自己紹介を返すと、久浪は驚いたように言った。


「わ、外国人……? すごい! 日本語がうまい!」


 真っ当と言えば真っ当な、だけどなんだか間の抜けたような反応をしたあと、久浪は眉を潜めながら白鷺にささやいた。


「ねえ白鷺くん、今回の件は頼れる先輩に相談するって言ってなかったっけ?」


「今日、三年生がテストだって忘れてて……。でも里紗ちゃん、大丈夫だよ。このメーベルさんは、その先輩からの推薦だから」


「いやあ……でもさあ……部活のトラブルを、初めて会う一年生の女の子に頼っちゃうの?」


「そういう問題じゃないよ。植人くんが推薦してくれた人だよ? 学年や性別なんて関係ない」


「うーん、私こそ、そういう問題じゃないと言いたいけど……」


 白鷺と久浪は小声で話しているが、メーベルにもばっちり聞こえている。聞こうと思っていなくても、他人のひそひそ話は意外と聞こえるものだ。


 しかし言われてみれば、初対面の後輩に、身内の深刻なトラブルについて相談するというのは、確かにちょっとずれているかもしれない。これに関しては、戸惑っている久浪の感性のほうが正しいように思う。白鷺はまったく気にしていないようだけれど。


「それで、後ろの二人は……?」


 久浪がちょっと怯えたような目つきで、メーベルの後ろに立っている朱音としづくを見た。


 なぜ怯えたような目つきになっているのかと言えば、朱音としづくの奇行のせいだろう。


 つい先ほど、謎部の部室の中では、両腕を広げて走り回りながら「ぶーん!」と叫んでいた二人だったが、いまはちょっと違う。両腕を広げることもせず。走り回ることもなく。ただ無表情で、棒立ちのまま、小声で「ぶーん……」と呟いている。


 おそらく、ダイナマイ部に気を遣っているのだろう。いきなり部外者がやってきて、部室の中を騒ぎながら走り回るのは失礼にあたると二人は考えたのかもしれない。だから小声で「ぶーん……」と呟いている。


 惜しい。あと一歩なのに。


 そこまで配慮できるなら、「ぶーん……」と言うのをやめることだってできるだろうに……。それさえできれば完璧なのに。


 むしろ無表情のまま棒立ちで呟くことによって、異様さが増している。


「二人とも、その『ぶーん』って言うのやめなさい!」


「ぶーん……」


「ぶーん……」


 メーベルが注意しても全然やめない。どうして?


「久浪先輩、すいません。この二人は私の手伝いに来てくれてるんですけど、いまは壊れてます」


「壊れてるの?」


「こう見えて口は固いのでそこは信用してください。ちょっとうるさいのは、まあ、ハエだと思っていただければ」


「ハエは普通に嫌だけど……」


 久浪が戸惑ったような表情を見せていると、「繰田朱音です。よろしくお願いします」「海羽しづくです。よろしくお願いします」と、二人が急にとんでもなくまともな挨拶をしだしたせいで、久浪はより困惑の表情を深めた。


 こうして挨拶が無事に済んだところで(済んでますか?)、白鷺から改めて事件現場の案内を受けることになった。


 ダイナマイ部の部室は、壁際にスチールラックが並んでいて、残ったスペースに作業机が設置されているという、シンプルなレイアウトだ。


 部室というよりは、図工室、木工室、技術室といった印象を受ける。


 本来ならダイナマイの作品が並んでいるであろうスチールラックには、無数の紙粘土の残骸が転がっているだけだった。


 生々しい、破壊の跡。


「……これは、酷いですね」


 人から話を聞くのと、実物を見るのでは、やはり全然違う。


 白鷺は「半壊か全壊かで言えば、全壊です」と言っていたし、状況としては確かにその通りなのだが、メーベルの感覚では、そんなカラッとしたコメントで済ませられるような現場ではなかった。


『完膚なきまで執拗に破壊されている』と言うほうがしっくり来てしまう。


 絶対に作品を破壊してやるという犯人の悪意が、害意が、いまだに残留しているような錯覚さえ覚える。


 湿度のこもった負の情動がむきだしのまま晒されている。そんな錯覚が。


「これを見て、メーベルさんもなにか感じますか?」


「嫌な感じがしますね。白鷺先輩も?」


 そう訊いてから、愚問だったなと思った。


 芸術に疎いメーベルですら思うところがあったのだ。ダイナマイの天才である白鷺が、なにも感じ取れないわけがない。


「はい。はっきりと感じます。これをやった人の憎悪、執着、悲しみ、やりきれなさ、し……」


「し?」


「……なんでもありません。それよりも、僕、思うんですよ。見る者になにかを感じさせるという点では、これもまたひとつのダイナマイなのかなって。創造と破壊は表裏一体――というのは今回の場合はちょっと意味が違うかもしれませんが、しかし作品が破壊されたことで生まれたものもあります」


「この紙粘土の残骸自体が、破壊行為そのものが、犯人の作品だって言うんですか?」


「いえ、そういうつもりで言ったんじゃないです。僕にはこれを作品と呼ぶことはできません。でも、伝わってくるものがあるのも事実です。それを僕なりに読み解くと、犯人は怒っているというより苦しんでいるというような、そんな印象を受けるんです」


「苦しんでいる……ですか」


「だからこそ、どうして部室の作品を壊すに至ったか、その理由を知りたい。レッツ☆アンダースタン☆ダイナマイなんです」


「そうですか」


 白鷺の表情や声色からは、怒りの感情はまったく読み取れない。


「犯人を罰したいのではなく、理解したい」という彼の発言に嘘はないのだと、メーベルは思う。


 しかしそれが作品を壊された当事者の一般的な反応かと言うと、少し変わっているようにも感じる。普通はもっと怒ったり悲しんだりするものではないのか。


 久浪はどこか陰鬱な表情でスチールラックから視線を外していて、作品が壊れた様をもう見たくないといった様子だ。こちらの反応のほうが自然だという気がする。


 そして朱音としづくは、消え入りそうな声で「ぶぅ~ん……」と呟き続けていた。この二人が一番おかしい。


 ちなみに、白鷺の「レッツ☆アンダースタン☆ダイナマイ」という発言は、メーベルの手に負えるものではなかったのでスルーした。誰もが春心のように特攻ツッコミできるわけではないのだ。


「白鷺先輩、事件が発生する前後で、なにか気づいたことはありますか?」


「いや、特には。登校してきたら、作品がすべて壊されていたとしか言いようがなくて……」


「では、久浪先輩はどうですか?」


 話を振ってみると、久浪は申し訳なさそうに言った。


「そのことなんだけど、えっと……私は昨日、歯医者があって、部活を早退してるの。それで今朝は白鷺くんよりも遅く部室に来たから、本当になにも見てなくって」


「そうでしたか」


 有益な情報は出てこない。


 しかし、こんなものだろう。この時点で有益な情報が出るようであれば、白鷺が謎部に相談するまでもなく、とっくに解決しているはずだ。


 メーベルは窓際に移動し、外の景色を眺める。


 事件当時、犯人は施錠されていたこの部室に、窓から侵入したのではないかと考えたが、現場を見てすぐにそれは無理だという結論に至った。


 ダイナマイ部の部室は文化部棟の二階にあり、窓側がグラウンドに面している。外には壁や木といった、身を隠せるような遮蔽物はない。


 こんなグラウンドから丸見えの場所で、二階の窓から侵入なんてしようとしたら、目立ってしょうがないだろう。遠くからでも見えてしまう。犯人がわざわざそんな危険な侵入ルートを採用するとは思えない。


 メーベルは窓から視線を外し、再び部室の中を観察してみる。しかし現場をどれだけ見つめたところで、事件の真相に辿り着くはずもなかった。


(情報が足りないですね。聞き込み調査でもやりましょうか)


 学校中を歩いて、「なにかいつもと違うことはありませんでしたか」と聞いて回るのだ。泥臭いやりかたではあるが、捜査の基本でもある。


 十年前の事件について聞いて回るなら徒労に終わるかもしれないが、今回の場合は事件発生からまだ二十四時間も経っていない。人々の記憶が薄れていないいまなら、有益な情報を得られる可能性は高そうだ。


「朱音、しづく、聞き込みにいきましょう。手伝ってください」


 白鷺と久浪には部室で待っていてもらおうと考えたが、白鷺が「当事者が黙っているわけにはいかない」と、メーベルに協力することを熱望したので、結局全員で手分けをして聞き込みをすることになった。


 ダイナマイ部の部室を出て、白鷺と久浪と別行動になった瞬間、朱音がメーベルの傍へ寄ってきて、ぼそりと言った。


「これさ~、まじでなんとなくなんだけどさ~」


「ん、なんですか?」


「なんか、久浪先輩が犯人っぽくねえか?」


「コラコラコラ~ッ!!!」


 つい叫んでしまった。コラコラコラとか初めて言った。


「なんてことを言うんですか! 一応確認しますけど、なにか根拠はあるんですか?」


「勘だ。でもなんかよ、臭わねえか?」


「決めつけはよくないですって!」


「でも、本当はメーベルもちょっと思ってるんじゃねえのか? 久浪先輩のポジション、なんかすげぇ犯人っぽいなって」


「コラ~ッ! そういうのは、思っていても言っちゃだめなんですよ! 邪道です! ポジションとか言わないでください! 推理小説とかでも『あ、この人が犯人っぽいな。雰囲気的に』って思っても、みんな言わないようにしてるんですから!」


「うるせえ! ここは推理小説の世界じゃねえ、現実なんだ! 邪道とか正道とか関係ねえ! 鮮やかな推理とかいらねえから、さっさと犯人を捕まえてくれっていうのが、被害者の気持ちなんじゃねえのか!?」


 朱音が正論っぽいことをまくしたててくるので、メーベルは一瞬納得しかけてしまったが、


「いや、現実のほうが、道筋はちゃんとしてなきゃいけないんですよ! 冤罪っていう大問題があるんですから!」


 まあ、現実では『鮮やかな推理はいらない』というのは、悲しいことに、ある程度真実だとは思うけれど。


 いつの間にかしづくが音もなくすり寄ってきて、メーベルに言った。


「もしもこれが現実じゃなくて、推理小説だとしたら……メタ的に考えて久浪先輩が犯人だよね……?」


「コラ~ッ!!!!!」


 メタとか!!


 言うな!!!


「メタ推理って、一番やっちゃいけないんですから! 禁忌です! ルール違反です! だいたい、なんでメタ的に考えたら久浪先輩が犯人になるんです!?」


「容疑者枠のキャラが、久浪先輩しかいないから……」


「コラ~ッ!!!!!」


「実は白鷺先輩が犯人だってパターンもあるかもしれないけど、それは一周回って嘘っぽいし……」


「コ~ッ!!!!!」


「鶏みたいになってる……」


「しづくがめちゃくちゃなことを言うからですよ!」


 なんなんだ。朱音もしづくも、久しぶりに人語を発したかと思ったら、とんでもないことばかり言って。


 厄介なことになった。


 もしもこれで本当に久浪が犯人だった場合、とても微妙な空気になる。


 そして久浪が犯人じゃなかった場合、根拠もなく疑ったことになり、大変気まずい。


 最悪だ。


「二人ともバカなこと言ってないで、聞き込みに行ってください! 根拠のある、客観的な情報を集めてくるんです! 犯人探しはそれからです!」


 朱音としづくが不満げになにか言い返してきたが、メーベルはすぐに両耳を塞いで、コミュニケーションを拒否した。


 勘とかメタとか、もう聞きたくない!





 それから二十分後。メーベルは文化部棟の生徒に話を聞いて回っていたが、特に進展はなかった。演劇部の部員たちからの聞き込みが空振りに終わり、再び文化部棟の廊下へ戻ってくると、


「よおメーベル。すげえやつを連れてきたぜ~!」


 朱音が金髪の男子生徒を連れて、メーベルのもとへやってきた。まさか、事件の目撃者が見つかったのだろうか?


「朱音、そちらのかたは?」


「裏情報部の小松だ」


「裏情報部!?」


 ――ってなんですか? 部活? 裏情報部? 裏? この学校にそんな部活があるんですか?


 メーベルの脳内で、クエスチョンマークがぐるぐると駆け回りだす。


 小松と呼ばれた胡散臭い雰囲気の金髪の男が、奇妙な笑い声を上げた。


「ヒエーッヒェッヒェッヒェエエエエエエンッ! エッ! お初にお目にかかりますぅ、メーベル女史じょしィ! あっしは、『裏情報部』の小松って言うんでさぁ。今日は貴女あなたに、耳寄りの情報をお届けに参りましたァ~ん! ここはひとつ、よろしくお願いしえぇーやすぅ! ハァ~ッハッハッハッハッハッヒッホッヘッハッホッヘッ!」


「…………」


 朱音、なにやばい人連れてきてるんですか……?

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