レッツ☆ダイナマイ 1/?
ミステリー回ではなくギャグ回です。謎解きはありません(断言)。
二学期が始まって一週間が経った。酷暑はまるで衰えず、天気予報では一週間先まで30℃後半の数字が並んでいる。
夏休みは終わったのに、夏が全然終わらない。
放課後のグラウンドでは、灼熱地獄の中、サッカー部や野球部が練習を始めている。運動部じゃなくてよかった――と、メーベルは冷房の効いた謎部の部室で、心からそう思った。
メーベルは暑いのが苦手というわけではない。むしろ概念として考えれば、夏という季節は好きなほうだ。
じゃあなにが嫌かって、高い湿度と汗。より正確に言えば、『なんか肌がベタベタする』という感覚がどうしても生理的に許せないのだった。
理屈じゃない。
もちろん、知識と謎の探求を愛する謎部の一員として、そしてミステリーの記号として、汗がいかに必要不可欠な身体機能なのかは理解している。
ベタベタした汗をかきたくないのなら、むしろ暑い環境で適度に運動したほうがいいことも知っている。汗には『良い汗』と『悪い汗』があるのだ。
『良い汗』ををかくのは健康に良いうえ、『悪い汗』と比べてサラサラしている。どうせ汗をかくなら、『良い汗』をかいたほうがいい。
そのためには、外に出て運動しよう!
とは、メーベルは絶対に思わない。どれだけ汗をかくメリットを知っていたところで、生理的な嫌悪感にはなかなか勝てない。理屈で説明されたからと言って、それを克服できるとは限らないのだ。
『良い汗』だ『悪い汗』だと言っても、メーベル個人の感覚で言えば、『良い犯罪者』と『悪い犯罪者』くらいの違いでしかないし。
汗は汗じゃないですか、結局ベタベタするじゃないですか――なんて思ってしまう。
理屈の強さを知っているメーベルだからこそ、理屈の弱さも知っている。理屈はしばしば、なんの役にも立たない。
そんな彼女だから、放課後にみんなで汗をかくことが青春だとは特に思っていないし、実は心の奥底で運動部を羨ましがっているということもまったくない。
しかしじゃあ、冷房の効いた部屋でたった一人で引きこもっている自分は、高校生のありかたとして正しいのかというと、それもまた疑問だった。
そう、たった一人。
メーベルは一人で、本を読んでいた。
謎部にはメーベルのほかに、青柳植人と平間楓という部員がいるが、その二人は三年生で、もう部活にばかり顔を出してもいられない立場だ。今日だって、三年生は放課後に実力テストがあるようで、二人揃って欠席している。
部室には、科学かオカルトか、フィクションかノンフィクションかを問わず、古今東西の様々な『謎』にまつわる本が置かれているので、読み物には困らない。メーベルは一人の時間も本を読む時間も好きだから、その気になれば、いつまでも部室に引きこもっていられる。
ただ、せっかくの高校生活、そんな時間の使いかたでいいのだろうか。
本当にこのままでいいのか――と、思わないでもない。
(先輩たちは遅かれ早かれ、卒業してしまいますしね。来年から私はどうしましょうか……)
コンコン、と扉をノックする音が聞こえ、メーベルは考えごとを中断する。
謎部を訪れる生徒は滅多にいない。先輩たちはいま実力テストをやっているから、来るとしたら、春心とかルシアとか、その辺だろうなと予想しながら、メーベルは「はい」と返事をした。
扉が開き、一人の生徒が姿を現す。
「ダイナマイ部二年、白鷺です」
何部の誰?
メーベルが呆気に取られていると、その生徒は再び言った。
「ダイナマイ部二年、白鷺です」
何部の、誰……?
いや、二回言われてもわからないものはわからない。
「すいません、どちらさまですか?」
「ダイナマイ部二年、白鷺です」
「それはわかるんですけど……」
「あっ、そうですよね。説明が足りなくてすいません」
どこか恥ずかしそうに頭をかいているその生徒は、非常に中性的な顔立ちをしていた。男子制服を着ているから男子だと判断できるけれど、女子制服を着ていたら女子だと思っていたかもしれない。ここまで男女の判断が難しい人を、メーベルは初めて見た。
スリッパの色からして二年生――つまり彼は先輩だ。
「謎部の皆さんに相談があって来ました」
と、白鷺先輩は切り出す。そして彼は続けて、ミステリーのキャラクターであるメーベルにとって、ある意味で一生切り離せない、業とも言える言葉を口にしたのだった。
「密室で、事件が起こったんです」
立ち話もなんなので、白鷺先輩には部室のパイプ椅子に座ってもらった。
メーベルは本筋に入る前に、雑談がてら、彼に質問する。
「ダイナマイ部ってどういう部活なんですか?」
相談だの密室だのと言う前に、この聞いたこともない部活の謎を片付けておかないと、気になって気になって先に進めそうにない。
ちなみに、ダイナマイ部という部活の存在自体は疑っていない。この学校には輪ゴム部や正座部のような、妙な部活が当たり前のようにあるからだ。
「そうですよね。マイナーな競技ですから、知らないのも無理はありませんね」
白鷺は若干寂しそうに、しかしどこか納得したようにそう言った。
「ダイナマイとは、濡らした紙粘土を『レッツ☆ダイナマイ』のかけ声と共にぶっ叩き、できあがった形の美しさを競う競技です」
「は、はあ……」
想像がつかない。紙粘土? ぶっ叩く?
「一回見たほうがわかりやすいですかね。いまから僕、道具持ってきますよ」
「そこまでしてもらわなくても。ちょっと気になって聞いただけですから」
「いや、なんにしても、実物を見てもらったほうがいいと思うんです。今回僕が相談したいことと関わってきますので」
「……関わってくる、とは?」
「部室に鍵をかけて保管していたはずのダイナマイの作品たちが、何者かによって、すべて破壊されていたのです」
その犯人を、謎部の皆さんに突き止めていただきたくて、相談しに来ました――と、白鷺は言う。
犯人探し。
メーベルは名探偵のボツキャラクターだ。犯人探しをするにはぴったりの役回りとも言えるが、そんな特殊なメーベルの出自を、白鷺が知っているはずもない。
では、どうして謎部に相談なんてするのか。物が壊されたというのなら、まず報告すべきなのは顧問の教師で、場合によっては警察だろう。
そもそも先輩たちが留守のいま、メーベル一人で、相談を受けるかどうかの即決はできない。
「ククク」
「ククク…」
突然聞こえてくる不敵な笑い声。見ると、部室の入口付近に二つの人影があった。
「話は聞かせてもらったぜ」
「話は聞かせてもらったぜ……」
朱音としづくだ。二人揃って両腕を組みながら壁にもたれかかっている。いつから来ていたのか。
「朱音! しづく! なにやってるんですか! 勝手に入ってきて!」
「ククク」
「ククク……」
「いや、クククじゃなくて」
その笑いかた、ちょっとイラッとする。
「朱音、部活はどうしたんです? 春心は?」
「どっか行った」
「どっか行った!?」
なんだその雑な理由。
「え、じゃあしづくは? テニス部の練習は?」
「なんかなくなった……」
「なんかなくなった!?」
なんで二人ともそんな雑な理由で部活がなくなっているのだろう。部活の練習がなんかなくなることってある?
「そんなわけで時間ができたから、今日は謎部の手伝いをしようと思ってよ。密室の謎、解くんだろ?」
「そんなわけで時間ができたから、今日は謎部の手伝いをしようと思ってよ……。密室の謎、解くんだろ……?」
「私たちが優秀な助手になってやるぜ」
「私たちが優秀な助手になってやるぜ……」
と、朱音としづくが交互に言う。いや、しづくは完全に朱音の言っていることを繰り返しているだけなので、ただ尺がかさばっているだけなのだが。
「謎を解くって、まだ引き受けると決まったわけじゃありませんよ」
「いいじゃねえか。引き受けようぜ」
そう言って、朱音は白鷺の方を向いた。
「‟神童”・白鷺光流先輩だな? 先月の月刊ダイナマイ、読んだぜ」
「僕のこと、知ってるんですか?」
白鷺が目を丸くする。しかし、驚いたのはメーベルも同じだ。
「朱音、先輩のこと知ってたんですか?」
「当たり前だろ。白鷺先輩はな、ダイナマイ界隈では神童と呼ばれてる超天才なんだぜ。月刊ダイナマイ、読んでないのか?」
「読んでないですけど……」
そこまで堂々と言われると、ダイナマイを知らない自分が不勉強なのかもしれないという気がしてくる。
(ダイナマイ、月刊誌があるんですか……)
毎月刊行されているのか。ダイナマイの専門誌が。
「しづくも知ってたんですか?」
「ククク……」
しづくはニヤニヤしながら、イエスともノーとも言わない。たぶんなにも知らないのだろう。
朱音が白鷺に向けて言った。
「先輩、ここはいっちょ、メーベルのやつに本物のダイナマイを見せてやってくれないか? そうしたほうが話が早いだろ」
白鷺が、ダイナマイ部の部室から必要な道具を持って戻ってきた。
「ダイナマイに必要な道具はそれほど多くありません。粘土板と、ぐっだぐだに水で濡らして柔らかくなった紙粘土、健全な肉体、そして周りに流されない強い精神の四つです」
メーベルはダイナマイのことをよく知らないので、「それ、最後の二ついります?」とは言えなかった。
「ダイナマイは紙粘土を叩くことで作品を作る競技ですが、レギュレーションによって叩く回数が決まっています」
レギュレーション……叩く回数……なにを言っているのか、わかるような、わからないような。
「一度しか紙粘土を叩けないノンリグレット制、十回叩けるファイナルダイナマイ制、無制限に叩けるフォーエバーダイナマイ制などがあります」
なにを言っているのかわからない(確信)。
「今回皆さんにお見せするのは、もっともオーソドックスなレギュレーションのひとつ、トリプルダイナマイ制でおこないます」
白鷺が、粘土板の上の濡れた紙粘土に対して、構えを取る。まるで瓦割りをする空手家のようなポーズだ。
彼があまりにも中性的な見た目なので、実は女子なんじゃないかという疑念がわずかに残っていたが、彼の手の甲がゴツゴツしているのを見て、やっぱり彼は男子なんだなと、メーベルはふと思った。
「では、参ります!」
白鷺は手刀を天高く掲げ、そして――
「レッツ☆ダイナマイ! レッツ☆ダイナマイ! レッツ☆ダイナマイ!」
叫び声を上げながら、紙粘土を三回殴打した。傍目には奇声を発しながら紙粘土をチョップしているようにしか見えなかった。
どう見たって、ただの奇行にしか見えない。それなのに――
「できました。作品名……“飛翔”です」
鳥だ。紙粘土の形が、鳥になっているのだ。
白鷺がわずか三回叩いただけなのに、いまにも新天地に飛び立たんとする生命の躍動が、そこにはあった。
もちろん、精巧に作られた鳥という感じではない。だが、必要最小限の凹凸だけでなにを表現したいのかが明確に伝わってくる。むしろ完璧に形作られた作品よりも、味わい深く見えるかもしれない。
おそらく、叩く手の強さ、形、角度、速度、どこをどう叩けば形が変化するのかという紙粘土に対する造詣の深さ。それらを組み合わせた超絶技巧を駆使しているのだろう。いったいどれだけの鍛錬を積めば、この領域に達することができるのだろうか。
「どうだ、すげえだろ?」
朱音は自分のことのように誇らしげだ。
確かに、すごい。素人がたとえ何千回と紙粘土を叩いたところで、あんな形にはならないだろう。
感動100点、「あの『レッツ☆ダイナマイ』ってかけ声、なんとかならないんですか」という感想でマイナス60点、トータルで感動が勝る。
「こんなすげえ作品がいくつも壊されたんだ。ここで先輩の手助けをしなかったら嘘だろ?」
「ええ、まあ……」
朱音の言っていることは間違っていない。メーベルにだって人助けをしようという気持ちはあるし、人並みに許せないという感情だってある。
安請け合いをするつもりはないけれど、『青柳部長がいないのでお引き取りください』では冷たすぎるだろう。それに――
(それに、部室に引きこもっているよりは、ずっとましですか)
わかりました、とメーベルは呟く。
「白鷺先輩、解決できる保証はありませんが、詳しい話を聞かせてもらえませんか?」
「ありがとうございます」
白鷺は後輩であるメーベルに、礼儀正しい態度で、深く頭を下げた。
「ククク……」
そしてしづくは、意味もなく不敵に笑っていた。
誤解を生まないように言っておきますが、作中に以前出てきた『エクストリーム・アイロニング』は実在しますが、『ダイナマイ』はどれだけ検索しても出てきませんのでググらないように!




