うがいの天才、そして鈴木は宙を舞う 3/4
ここまで聞いた『なにか面白いこと』を、ルシアなりに頭の中でまとめてみた。
・駅前のゲームセンターに出没していた迷惑集団が突然壊滅した。
・一昨日の夕方、駅前の路地裏で不良が複数人飛んできた。
・一昨日の夕方、駅前の路地裏で鈴木くんが舞っていた。
まず最初にルシアが思ったのは、『面白いことって、こういうことなの?』という疑問だった。もっと楽しくて微笑ましい話が集まってくると予想していたのに、いまのところ全員が口を揃えて『奇妙な事件』の話をしている。それはそれで面白くはあるのだけれど……。
そして気づいたことがある。この三つの話には意外と共通点が多い。
いずれも場所が『駅前』だし、さらにそのうち二つが『一昨日の夕方』という、時間の点でも共通している。
(鈴木くん……なにかやってる……? いや、まさか……)
いろいろと考えることはできるが、情報が不足しているため、憶測の域を出ない。この件については上田会長に報告してからまた考えることにした。
春心と朱音に会いにラフ&ピース部の部室へと向かったルシアだったが、部室に到着する前に二人と会うことができた。と言うのも、文化部棟の廊下に設置されている水道の前で二人が喋っているのを見つけたのだ。
春心はルシアに気づくと、この世の一大事だと言わんばかりの勢いで話しだした。
「ルシアちゃん、聞いてよー! 朱音ちゃん、うがいできないんだって!」
「うがいができない……?」
「初耳でしょ!? 私もさっき知ってさぁ!」
見ると、春心の横で、朱音がむすっとした表情で佇んでいる。
「うがい、できないの?」
ルシアが尋ねると、朱音はぼそりと「うがいだと思ってたのが、うがいじゃなかった」と呟いた。
その発言がなにを意味するのか、朱音に代わって春心が教えてくれた。
「朱音ちゃんね、口を水でゆすぐのをうがいだと思ってたみたいなの。いやまあ、それもうがいと言えばうがいなんだけど、それってブクブクうがいでしょ? でもうがいって言ったら、ガラガラうがいを指すほうが一般的じゃん。喉の奥でガラガラ~ってやるやつ」
「なんなんだよそのブクブクとかガラガラとか! わかりにくい横文字使いやがって! 意識高い系かっての!」
「ただの擬音でしょ」
不機嫌になっている朱音をいなして、春心はルシアに向き直る。
「で、せっかくだから、うがいのやりかたを教えようと思ってさ。朱音ちゃん、ガラガラうがい、知らないって言うから。逆になんでここまで知らずに来れたのって感じだけど」
「そうだったのね」
事情はなんとなくわかったが、まさか朱音がガラガラうがいができないとは、ルシアも知らなかった。春心もさっき知ったようだし。一緒に暮らしているのに、どうしていままで気づかなかったんだろう。不思議だ。
「いや、逆、逆。一緒に暮らしてるから気づかなかったんだよ」
と、春心。
「だって家族がうがいをしてるところなんて、普通じろじろ見ないでしょ? 小さな子供がいる場合は別かもしれないけど、基本的に家族同士でうがいの観察とかしないじゃん。逆に言いたいけど、最近家族のうがいをじ~っと見つめたことありますよ~って人、いる? たぶんあんまりいないと思うよ?」
「たしかに……」
ルシアは素直になるほどと思った。言われてみれば、家族のうがいを注意深く観察したことなんて一度もない。
「でも、学校では気づかなかったの? 体育のあととか、お昼ごはんの前後で、うがいをしてる人っているわよね?」
そんなふうにルシアは疑問をこぼす。
学校は一般的な家庭と違って、洗面台や手洗い場がずっと広いので、自分が手を洗っている横で誰かがうがいをしていることなんて、ままあることだと思うのだが。
朱音がため息混じりに言う。
「私だって気づいてたんだよ。うがいするときに周りがなんかガ~って言ってんなって。でも、触れちゃいけないやつなのかなって思って」
「触れちゃいけないやつ?」
「だから、人のゲップとかオナラとか、触れづらいだろ。そのうがいのガ~って音も、そういう系のやつだと思ってたんだよ!」
「すごい勘違いをしてる……」
うがいの音をゲップと同列に見ていたなんて。いや、たしかに、『他人の喉から発される異音』という点では一緒なんだけれども。
春心が「どこでデリカシー発揮してるの?」とツッコミを入れてから、
「とにかくそんなわけで、朱音ちゃんにガラガラうがいを教えようと思って」
「まあ、できないよりはできたほうがいいわよね」
「でも教えるのが結構難しくてさぁ」
なかなか苦戦しているようだ。そんな春心の苦労を、ルシアはなかなか想像できない。なぜなら、うがいを他人に教えたことがないから。
朱音が不満げに反論した。
「春心の教えかたが悪いんだって。そうだ、ルシアはどうやってうがいやってんだ?」
「え、私……?」
「ルシアのほうが、うがいを教えるの上手そうだからな」
うがいの教えかたが上手そう。初めて聞く偏見。
しかし、どうやって普段うがいをしているかと言われたら――
「口に水を入れて、上を向いて、ガアーってやる感じ……?」
「なんでそんな感覚的な説明なんだよ!」
「え?」
感覚的と言われても、ほかに説明しようがないのに。
朱音が「閃いた!」とばかりに手を叩いた。
「わかった! もしかしてルシア、うがいの天才なんじゃねえのか?」
春心が「また変なこと言いだした……」と呟く。
「いいかルシア、天才すぎて人に教えるのが下手なスポーツ選手っているだろ?」
「えっと、たとえば……?」
「『どうやったら上手くボールを打てるようになりますか?』って質問されたときに、『ボールがヒュッて来たらバーンと打つんだ』みたいに答えるやつだよ」
「ヒュッと来たらバーン?」
「そうそう! そういう説明が下手な、感覚派すぎる天才って絶対いるから!」
具体的な人物は思いつかなかったが、『感覚派の天才』というキャラクター性自体はそう珍しいものではないので、ルシアにもなんとなくイメージはできる。そんな天才もどこかにはいるんだろうなあと。
「で、ルシア。うがいのやりかたを訊かれて、さっきなんて答えた?」
「なんて言ったっけ?」
「お前、『口に水を入れて、上を向いて、ガアーってやる感じ』って答えただろ?『ボールがヒュッと来たらバーンと打つんだ』と、ほとんど一緒じゃねえか!」
「いや、まあ、そうかもしれないけれど……」
「お前、うがいの天才なんじゃねえの?」
うがいの天才と言われても……。
そもそも、自分にうがいの才能――うがいの才能ってなに?――があるとは思えない。
「私、普通にうがいしてるだけだよ? そんなに難しいことをやってるわけじゃないし……」
「ほ~ら、天才はみんなそう言うんだよ! 普通にやってるだけだってな! じゃあどうやってうがいしてるか、ロジカルに説明してみろよ!」
「それは……えーと……あれ?」
言われてみたら、うがいってどういう仕組みなんだろう?
喉のどこがどう動いて、水がどうなった結果、うがいという行為が成立するの? なんで上を向いているのに、水が胃に落ちていかないの? ガラガラって音、一周回ってなに? 歴史上で最初にガラガラうがいをした人って誰?
あれ?
うがいの仕組みをロジカルに説明するのって、意外とできない! 自分が何気なくやっていることなのに、なにも理解できていない!
「ほら、理屈で説明できないくせに、うがいができるんだろ? じゃあお前、やっぱり天才じゃねえか!」
朱音に言われて、ルシアはハッとする。
天才というのは、他人がどうがんばってもできないことを、当たり前のようにこなす。
――え~、難しいことはやってないよ~。
――どうやってやってるかって? いや……考えたことないなぁ。
――でもよくわかんないけど、パッとやったらなんかできるようになったよ! 簡単簡単!
そのようなことを口にしながら、凡人にはできないことを平然とやってのけるのが天才なのだ。
その観点から見た場合、ルシアはどうか。
ルシアは、うがいがどういう理屈で成立しているのかを理解していない。しかしながら、難しいことをしているという意識もなく、ごく自然にうがいをすることができる。朱音が習得に苦労している、うがいという行為を、いとも容易く。
それが意味することは、つまり――
「私って本当に……うがいの天才だったってこと……?」
「ルシアちゃんを壊さないで」
春心が堪り兼ねたように会話に割り込んできた。
「っていうか、うがいの才能の話はもういいよ! うがいの才能っていうテーマでそんなに話膨らむ? 朱音ちゃんの基準で言ったら、世の中の大半の人はうがいの天才だよ!」
この春心のツッコミが入ったことで、『ハイ、うがいのくだりは一区切りつきましたよ』とでも言わんばかりに、朱音が急に理性的な目になって言った。
「つーかルシアはなんでここに来てんだ? もしかして、なんか用事があったのか?」
「あ、そうだよね! この時間にルシアちゃんが来るの珍しいもんね! ごめんごめん、気づかなくて!」
――え、待って。なんで二人ともそんなに切り替えが早いの?
春心と朱音がもう次の話題に移ろうとしていることに、ルシアは戸惑いを隠せなかった。うがいの話はもう完全に終わり? ゼロ? こっちは頭の中からうがいの才能の話が全然頭から抜けていないものだから、自分がなんの用事で二人の元を訪れたのか、一瞬思い出せないくらいなのに。
本当になんでここに来たんだっけ?
ああ、そうだ、生徒会の用事なんだけど――と、ルシアが言おうとしたそのときだった。
「おう、お前も来たのか。今日はいろんなやつが来るなぁ!」
朱音が、ルシアの後方に視線を向けながら言った。
自分以外にもラフ&ピース部に用事がある人がいるのかしらと、ルシアが背後を振り返ると――
「え? どうして……」
そこに立っていたのは、誰あろう、クラスメイトの『鈴木くん』だった。
鈴木くん……?




