うがいの天才、そして鈴木は宙を舞う 2/4
なにか面白いことを探すと言っても、特にこれといったあてはないので、まずは身内を訪ねることにした。それほど面識のない生徒に「なにか面白いことない?」と唐突に聞いたって、不審がられるだけだろう。
校舎から出て、テニスコートの近くを通りかかる。しづくに話を聞こうと思ったのだが、部活の練習中のようなので、またあとで来ることにする。
グラウンドを通りすぎ、やってきたのは文化部棟。入口のすぐ近くに、謎部の部室がある。メーベルの所属している部活だ。
部室の扉をノックをすると、すぐにメーベルが出てきた。
「どうしました?」
「ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「いいですよ。先輩が二人ともオープンキャンパスに行っていて、ちょうど暇だったんです」
謎部には、一年生のメーベルのほかに、三年生の青柳植人と平間楓という二人の先輩が所属している。
「そっか、先輩が二人とも受験だもんね」
「ええ、遠くないうちに部活も引退ですよ」
その声にはどことなく覇気がない。
メーベルは謎部で唯一の後輩ということもあって、先輩二人にはかなり可愛がられているようだ。その先輩たちがいなくてもこうして部室にわざわざ足を運んでいるということは、メーベルも謎部に居心地の良さを感じているのだろう。
寂しいと口に出しこそしないけれど、先輩たちがいずれ引退することに対して、なにも思っていないわけではないはずだ。
「それで、訊きたいことってなんですか?」
気を取り直したようにメーベルがそう言ったので、ルシアは本題を切り出す。
「なにか面白いことない?」
「は?」
メーベルが戸惑ったように眉間に皺を寄せた。
さすがに雑すぎたかと思い、ルシアはこれまでの経緯を説明する。しかしメーベルは納得するどころか、眉間の皺をどんどん深めていき、やがて「生徒会長、バカなんですか?」と、忌憚のない意見を述べた。なさすぎる。
「大丈夫ですか? それ、いいように使われてるだけじゃないですか?」
「いいの。私の意思でやってることだから」
「それならいいんですけど……ん? え? いいんですかそれ?」
メーベルは一瞬納得しかけて、首を傾げた。
「ルシアは自分の意思で、アニメのような生徒会を目指す生徒会長に加担してるってことですか?」
改めて言葉にされると、『だいぶ血迷ったことをしているのかも、自分』という気になってくる。ルシアは言い訳をするように付け足した。
「会長がよっぽど危ないことを始めたらさすがに止めるけど……独裁とか……」
「まあ、会長は本当に学校を支配しようとまでは思ってないんでしょうけど」
それにはルシアも同感だ。上田会長は権力者になりたいのではなく、ただ単に生徒会という組織にアニメ的なかっこよさを求めているだけだと思う。
「で、なんでしたっけ? なにか面白いこと……でしたっけ?」
「うん。でも、急に言われても難しいよね?」
「そうですねえ」
メーベルは顎に人差し指を当てながら、記憶の引き出しを探るかのように目を閉じた。
「二月ほど前から、駅前のゲームセンターに迷惑行為をする集団が出没していたらしいんですよ」
「そうなの?」
「ええ。しかし、法に触れるわけでもなく、店側の禁止事項を破るわけでもなく、だけど遠回しにほかの客が困るような――決まりを明確に破っているわけでないぶん、かえってタチの悪い迷惑行為をする集団がいて、ちょっとその界隈では問題になっていたようです」
「そうなのね」
「その集団が、最近になって突然壊滅したらしいんですよ」
「…………」
ルシアの想像していた『面白いこと』となんか違う。
しかし考えてみれば、会長が求めている『面白い』がfunnyなのか、interestingなのか、確認してこなかった。普段から春心と朱音の側にいるから、面白いと言えばてっきりギャグ的な面白さを想像してしまっていたけれど、興味深い事件もそれはそれで『面白い』と解釈できそうだ。
「いまのは噂で聞いただけなんですけどね。すいません、ほかに面白いことがぱっと思い浮かばなくて」
「ううん。こっちも急だったから」
無理を言っているのはルシアのほうだ。突然押しかけていって、『なにか面白いことない? ないの? けっ、つまんねえの』とか言う人がいたら、それはもう一種の賊みたいなものだ。
謎部の部室からはグラウンドがよく見える。どうやらテニス部が休憩の時間に入ったようだ。いまならしづくに話を聞けるかもしれない。
「メーベルちゃん、急だったのにありがとう。私、しづくちゃんのところに行ってくるね」
「こんな暑いのに、ずいぶんがんばりますね」
言葉だけ聞けば皮肉とも取れそうな発言だけれど、メーベルの口調はどこか柔らかく、嫌味で言っているのではないことがわかる。
「会長のことはよくわかりませんけど、ルシアはそれくらい“はっちゃけてる”のがちょうどいいのかもしれませんね」
「そう……かしら?」
ルシアが首を傾げると、メーベルは口元に軽い笑みを浮かべた。
「ええ、そう思います」
テニスコートの近くまでいくと、しづくがこちらに気づいて、わざわざ向こうから話を聞きにきてくれた。
「どうしたの……? 用事……?」
「ごめんね、せっかくの休憩中なのに」
「いいよ……。夏の大会が終わったばっかりで、いま空気ゆるゆるだから……」
そう言われたからというわけでもないのだろうが、確かにテニス部からピリついた空気は感じない。
生徒会の用事なんだけど――と前置きをして、ルシアはさっそく切り出す。
「なにか面白いことない?」
「…………」
しづくが黙り込んでしまった。さすがに脈略がなさすぎたかと思い、ルシアはこれまでの経緯を説明すると、しづくは困惑ぎみに「生徒会長、どうかしてる……」と呟いた。
「なに、生徒会ってそんなヤバい活動してるの……?」
「どっちかって言うと、生徒会じゃなくて、会長個人の活動なんだけどね」
「じゃあもっとヤバいよ……」
呆れた様子のしづくだったけれど、「まあ、生徒会長はヤバいほうがいいか……」と納得したようだった。
どんな納得の仕方? ヤバいほうがいいの?
「それで、面白いことだっけ……?」
「うん。なかったらなかったで大丈夫よ」
しづくは少し考える素振りをして言った。
「ミサキが言ってたんだけど――あ、ミサキは同じ女テニの部員ね……」
「うんうん」
「一昨日の夕方、駅前でガラの悪そうな男たちが何人も吹っ飛んできたのを見たって言っててさ……」
「飛んできた? 何人も?」
「そのせいで、昨日からミサキ『不良たちが飛んできた!』『不良たちが飛んできた!』ってずっとそればっかり言ってるの……」
「ど、どういう状況? 事故なのかな?」
「事故とかじゃないとは思うけど……。ミサキ、グロいの苦手だから、本当に事故だったら『ムリムリムリ~ッ! グロいのムリ~ッ!』とか言って、不良どころじゃなかったと思う……。不良が飛んできたって言っても、ライトな感じだったんじゃないかなあ……?」
「ライトな感じで不良が飛んでくることなんてあるのかしら?」
「さあ……。ミサキから直接聞いてみる……?」
しづくは周囲を見回し、近くにいたテニス部員のところへ行って一言二言なにかを話してから、ルシアの元に戻ってきた。
「ミサキ、いまパリに行ってるって……」
「パリ?」
「トイレに行ってるって意味……」
「あっ、察せなくてごめんね」
「いやいや、女テニで勝手に流行ってるだけだから……」
そういう部活の仲間内にだけ通じる冗談っていいなあと思いつつも、どうしてトイレの隠語がパリなのか、ルシアはちょっと気になってしまった。
「どうしてパリなの? あ、そっか、トイレに行くことを『お花を摘みに行く』って言うものね。それでパリは別名『花の都』だから、パリ=トイレってことなんだ。しかもパリの道路って意外と汚いって聞くし……その道路の汚れのことを、まるでトイレみたいだって風刺してるって意味もあるのかしら」
「いや、そんな難しいこと考えてないよ……逆によく一瞬でそこまで思いついたね……」
しづくは困惑しながらルシアの説を否定した。
「いつだったかな、トイレに行くときに、ミサキが『鎌倉行ってくるわ!』って最初に言い始めたんだよね……」
「またミサキちゃんだ」
「で、それから女テニのあいだで流行りだして、『京都に行ってくるわ!』『ソウルに行ってくるわ!』って感じでどんどん鎌倉から遠くなっていくっていうくだりが始まって……」
「ああ、その流れでパリまで来たってことね」
「そうだよ、テニス部がフランスの風刺なんてするわけないじゃん……」
たしかに、日本のいちテニス部が、部員を挙げてフランスのゴミ問題について風刺をしていたらなんだか嫌だ。いや、最初に風刺だなんだと言い出したのはルシアのほうなんだけれど。
「でもこのくだり、もう惰性でやってるところはあるんだけどね……。ミサキが『西安に行ってくるわ~!』って言ってたあたりがピークだったなぁ……」
「西安って、中国の都市よね? だいぶ序盤でピークが来ちゃってない?」
「まあ、すぐ飽きるよね……」
「でもパリまで来てるじゃない」
「止め時を見失ってるの、みんな……」
「あとさっきから思ってるんだけど、ミサキちゃん、よく登場するね」
「ミサキはテニス部のあれだからね……あれ……。なんだっけ、お祭り男みたいな、チーフマネージャーみたいな……」
「ムードメーカー?」
「そう、それ……!」
しづくがルシアの方へ指を差しながら、よくわかったねと笑っている。ルシア自身もよくわかったなと思う。
「……じゃあ私、そろそろ行くね」
このまましづくと話していたいのはやまやまだが、彼女が部活中だということを忘れてはいけない。
「ミサキのこと、待たなくていいの……?」
と、しづくは気を遣ってくれたが、不良が飛んできた件について本格的に話を聞きたいのなら、部活外の時間にしないと迷惑だろう。
「またあとで話を聞きにくるかもしれないから、ミサキちゃんによろしく言っておいて」
「わかった……」
「忙しいところ、ありがとうね」
「ほいよー……」
しづくと別れて、ルシアは再び文化部棟に向かう。次は春心と朱音の所属するラフ&ピースを訪ねるつもりだ。
文化部棟に入ってすぐに、眼鏡をかけた女子生徒とすれ違った。クラスメイトの上木内志保だ。
「ルシアちゃん。珍しいね」
ルシアは毎日のように文化部棟に来ているわけではない。だから志保は「珍しい」と言ったのだろうが、それはルシアも同じ感想だった。
「志保ちゃんこそ。文化部棟に来るの、珍しいんじゃない?」
「最近、映画部に入ってね。それでここに来るようになったの」
「映画作るんだ! すごいね」
「興味があるのは裏方の仕事なんだけどね」
最初から裏方の仕事に興味があって映画部に入るというのは、ちょっと珍しい気もする。
彼女は少し前から弟と一緒に動画投稿を始めたらしいけれど、もしかしたらそれと関係があるのかもしれない。
「そうだ、ちょっと訊いていい?」
せっかくの機会だから、志保にも『なにか面白いこと』がないか尋ねてみることにした。
と言っても、これまでのやり取りから、突然「なにか面白いことない?」と訊いても、相手を戸惑わせるだけだということは学んでいる。
家族であるメーベルやしづくに雑な反応をされるのと、友達である志保に雑な反応をされるのではだいぶ意味合いが違う。
志保に「は?」とか言われたら耐えられる気がしない。
ルシアは生徒会の仕事であることを強調しながら、最近なにか変わったようなことはなかったか、やんわり尋ねてみた。
すると志保は少し悩むような素振りを見せて、
「う~ん、これ、言っていいのかな」
「言いにくいこと?」
「そういうわけでもないんだけど」
志保はルシアを廊下の端に誘い、小声で話し始めた。
「鈴木くんって知ってるでしょ? 同じクラスの」
「もちろん」
とても物静かな男子生徒だ。思い返してみれば、授業で先生に指されたとき以外に喋っているのを見たことがない。
「その鈴木くんがね、一昨日の夕方、駅の近くの路地裏で舞ってたの」
「鈴木くんが……舞ってた……? 誰かを『待ってた』じゃなくて?」
「舞ってたの」
「鈴木くん……?」
全然想像がつかない。クラスで一番大人しいと思ってた男子が、路地裏で舞ってた?
意味がわからない。
「私もよく見たわけじゃないの。大通りを歩いていたときに、ちらっと横から見ただけだから。でもあれは確かに鈴木くんだったと思う」
「舞ってたってどういうことなの? 踊ってたってこと?」
「ううん、『しょーりゅーけぇーん!』って叫びながら、宙を舞ってた」
「鈴木くん……?」
「下手したら建物の一階よりも高く跳んでたかも」
「鈴木くん……?」
わけがわからなくて、ルシアは頭を抱えたくなった。しかし志保が嘘を言っているとは思えない。
これは、ちょっと……なんというか……。
え~……。
鈴木くん……?(四回目)




