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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第四章

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うがいの天才、そして鈴木は宙を舞う 1/4

 目が覚めたときには約束の時間になっていた。寝坊だ。


 本日、ルシア・リフレインには生徒会の予定が入っていた。わざわざ真夏の太陽が高い時間帯に活動することもないだろうということで、朝の八時前に集まって、昼前には解散することになっていたのだが――


(見間違いじゃないわよね……)


 枕元に置いておいたスマホで時刻を確認すると、すでに八時を過ぎていた。


 ああ、やってしまったと、猛烈な罪悪感が込み上げてくる。言い訳をするつもりはないのだが、“あの日”以来、うまく起床できないときがあるのだ。


 ルシアは生徒会長に謝罪と遅れる旨のメッセージを送ったあと、急いで支度をして家を出た。





「すいません! 遅れました!」


 生徒会室に飛び込むと、小柄な女子生徒が机に座ったまま、ルシアの方へ顔を向けた。


「かまわないよ」


 髪をド派手なピンク色に染めた、少し気難しそうな目つきをしている彼女は、生徒会長の上田うえだ 恵梨香えりかだ。


 彼女を除いた生徒会役員は全員出払っており、生徒会室はいつもよりがらんとしている。


「すいません、寝坊してしま――」


「いや、いい」


 重ねて謝まろうとしたところを、会長に制される。


「言わなくてもわかる。きみは真面目な生徒だ。寝坊なんてしない。わかっている」


 上田は慈愛で包み込むような優しい笑みを浮かべ、ルシアに言うのだった。


「言えない理由があるんだろう?」


(いや、普通に寝坊ですけど……!?)


 良い意味なのか悪い意味なのかはわからないが、とりあえず誤解されていることは確かだ。


「あの、私――」


「わかってるよ」


「そうじゃな――」


「言えない理由があるんだろう?」


「言える理由ですけど……」


「わかってる。話さなくていい」


「会長、なにか誤解して――」


「言えない理由が、あるんだろう?」


 全然話を聞いてくれない。信頼されているのか、信頼されていないのか、信頼されすぎた結果、信頼されていないのと同じことになっているのか。わけがわからなくなってきた。


 まったく話が進まないので、寝坊のことはしばらく時間を置いて、またあとで改めて謝ろうとルシアは思う。


「私は今日、なんの仕事をすればいいですか?」


「特別な仕事を頼みたい」


 と、会長は言う。


「その前に、私の個人的な話を聞いてくれるか?」


「個人的な話……ですか?」


「まあ、座ってくれ」


 そう促され、ルシアは近くの椅子を移動させ、会長と机を挟んだ反対側に座る。


「私はね、アニメのような生徒会に憧れていたんだ」


「アニメのような?」


「そう。絶対的な権力を持ち、一般の生徒では知りえない秘密を保持し、時には教師たちですら手玉に取り、校内のあらゆる出来事の裏側で暗躍する、そんな生徒会という組織に憧れて、私は一年生のうちからすぐに生徒会役員に立候補したんだ。だが!」


 上田は悔しげな表情で机に拳を振り下ろした。


「だが、現実の生徒会はどうだ? なんと普通の事務作業の多いこと!」


「そういうものじゃないですか……?」


「事務作業を除けばあとはだいたい会議と業務連絡! 決まったことは教師だの委員長だの部長だのにすぐ報告! 秘密なんてありゃしない!」


「秘密があったらまずくないですか……?」


「秘密がない生徒会なんて生徒会じゃない!」


 会長は大きく息を吐く。


「私は……現実の生徒会に騙されたんだ!」


「アニメの生徒会に騙されたのではなくて、ですか?」


「現実に騙されたんだ! いつも騙してくるのは現実のほうだ! いつもいつもそうだ!!!!」


 上田がピンク色の髪を振り乱しながら叫んだ。その有無を言わせない迫力に、ルシアは少し戸惑ってしまう。


「私は失望した。任期が終わったらこんなエセ生徒会、すぐにやめてやると思ってた……きみが現れるまではね」


 私ですか?――と、ルシアは自分自身を指差す。


「きみは綺麗だ」


「は、はい?」


「群を抜いて綺麗だ。しかも銀髪だし、目の色は透き通った緑、おまけに名前はルシア・リフレインと来た! なんて物語の登場人物みたいな名前なんだ!」


(物語の登場人物“みたい”というか……)


 ボツになったとは言え、ルシアは創作上のキャラクターとして生まれてきたので、物語の登場人物そのものなのだが……。


「私なんて、上田恵梨香だぞ!?」


「いい名前じゃないですか!」


「いい名前だよ! でも現実的だ!」


「それが一番ですって!」


 ルシアは自分の名前を嫌っているわけではけしてない。けれども、日本で高校生活を送っていると、ルシア・リフレインという名前はたびたび浮いてしまう。現実的な――と言うより、尖っていない名前が一番だという彼女の考えかたには、それなりの実感が伴っている。


 とは言え、名前はその人だけのものだから、それに付随する悩みもその人だけにしかわからないものなのだろう。上田会長には上田会長なりの名前の悩みがあるのだ。それを否定しようとまでは思わない。


「とにかく、ルシア、きみには華がある。きみが入学してきて、私の中に光が再び灯ったんだ。きみがいれば、この現実的な生徒会を変えることができるかもしれない……ってね」


「それであんなに私のことを誘ってくれたんですか」


 ルシアが一年生のうちから生徒会役員に立候補した理由のひとつに、上田が激烈に勧誘してきたからというのがある。結果的に生徒会の仕事はルシアの性に合っていたので、お互いにとっていい出会いだった。


「私の髪の色、アニメみたいな色してるだろう?」


 上田会長は、自身のピンク色の前髪を指しながら言った。


「すごくいい色ですよね」


「ありがとう。この学校、髪色は自由のはずなのに、いざピンク色に染めたら教師と親から『黒に戻せ』ってプレッシャーをやたらかけられてね」


「はあ」


「だから私は言われたとおり、黒髪に戻して――それからもう一回ピンク色にしてやったのさ! アッハッハッハッ!!! ちゃんと黒髪に戻すことは戻しましたよ~ってねぇ! この根比べ、私の勝ちさ! 将来の毛根と引き換えにねぇ! 根だけに!」


 ルシアは反応に困った。


 こんなとき、春心だったらどんなツッコミを入れるのだろう? 「脳髄のうずいまで変な色に染まってんのか!」とでも言うのだろうか。


 春心はスイッチさえ入ってしまえば、相手が誰だろうと構わずツッコミを入れる。その点ルシアはツッコミのワードがあまり思いつかないし、相手が嫌な気持ちにならないかとか、変な空気にならないかとか、そもそも相手は先輩だしとか、いろいろなことを考えてしまって結局なにも言えないことが多い。


 だから、春心の誰にでも特攻をかます姿勢は、一種の狂気ではあるものの、ルシアからすればちょっと羨ましい部分なのだった。


「なんで私みたいなのが生徒会長になれたかわかるか?」


 高笑いしていた会長が、急に真顔になった。


「現実には生徒会に興味がある人なんてほとんどいないんだよ。やりたい人がやればって感じ。生徒会長の名前を知らない生徒だって普通にいる。アニメの生徒会長とは天地の差だ。私……くやちいよ!」


「くやちい?」


 あ、悔しいって言いたいのか。


「この髪色はね、決意の表れなんだ」


 上田はいたって真剣な表情で言う。


「三年生の前半で会長職は引退だ。私に残されているのはあと一年弱しかない。この一年間で私はこの生徒会を変えたいんだ。アニメのようなかっこいい生徒会に」


 めちゃくちゃな願望だなあとルシアは思ったが、それで会長に幻滅することはなかった。むしろそのめちゃくちゃさにこそ惹かれるものがあった。


 “あの日”以来、ルシアは自分を変えたいと思っている。真面目な優等生であることを、自分自身に強いてしまう性格を変えたい。


 でも、その生きかたしか知らないルシアには、どうすれば自分を変えられるのかがわからないのだ。


 最近になって、身体に形があるように、心にも形があるんだなと感じるようになった。


 痩せたい、筋肉をつけたい、身長を伸ばしたい、顔を変えたい――そう思ったところで、身体の形はそう簡単に変わってはくれない。


 それはきっと心も同じで、自分の考えかたや性格を自覚したところで、心の形を変えるのは難しい。気合いや雰囲気だけではどうにもならないのかもしれないと、ルシアは思い始めていたところだった。


 以前、流れで、爆笑王決定トーナメントという大会に出たことがある。あれは不思議な体験で、とてもいい刺激になった。そこに自分を変えるためのヒントがあった気がした。


 普段の自分と違うことをするのが、殻を破ることに繋がるのかもしれない。


 だとすれば、上田会長の風変わりな願望に付き合うことが、自分を変えるきっかけになるのではないか?


「わかりました。私にできることなら」


 ルシアがそう答えると、会長は満足げに笑った。一見して気難しい顔つきの彼女だが、笑顔はとても人懐っこい。そのギャップにやられた人は一人や二人じゃないと、生徒会副会長が以前言っていたのを思い出す。


 上田は再びキリッとした表情になると、早速ルシアに指令を出した。


「それでは、なにか面白いことを探してきてくれ」


「なにか面白いこと?」


 頼みが漠然としすぎている……。


「いま、学校は夏休み中だが、部活動はおこなわれている。なんかこう……夏休み中だからこそ起こるドラマとか事件とか、あるだろう? あるはずだ。ある。なんでもいい。とにかくアニメっぽいなにかが始まりそうな、面白そうなことを探してきてくれ!」


「…………」


 もしかして生徒会って、今日はそんなに忙しくないのかなとルシアは思いかけたが、遅刻してきた身分ではなにも言えない。


 この場に春心がいたら、なんてツッコミを入れるのだろう。「なにかが始まるっていうか、終わってるけどな! お前の頭がな!」とか言うのだろうか。いや、これはただの暴言? 


 ルシアはこれまでツッコミというものをろくにしてきていないせいで、ツッコミと暴言の匙加減がよくわからない。


「わ、わかりました……。それでは、探してきます」


 結局ルシアはなんのツッコミも入れることなく、素直に返事をして、生徒会室をあとにした。


 さて、『なにか面白いこと』とは言うけれど……本当に見つかるかな?


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