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記号たちは明日へ進む  作者: 八番出口
第四章

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転がる部長、宝の在処

「探しものがあるんだ」


 と、繰田朱音があまりに唐突に言うものだから、舞込春心はどう反応したらいいのかわからなかった。


 夏休みのラフ&ピース部の部室。朱音は展示物を作っているところだった。


 この部室には朱音の展示スペースなる場所があり、月替わりで彼女の作品が展示される。


 四月のテーマは『ロンリーバスターロンリーバスターロンリーバスター』だった。


 五月のテーマは『お前の父ちゃん破戒僧』だった。


 六月のテーマは『ウミガメVSバーテンダー』だった。


 七月のテーマは『具材のないチャーハン』だった。


 そして今月、八月のテーマは『ゲートボール伯爵の最期』らしい。もう知らん。


 少し前、爆笑王決定トーナメントというしょうもない大会が開催された日の時点ですでに七割方完成していて、いまはラストスパートに入っている。作っているものは意味不明だけれど、朱音の姿勢は熱心そのもので、いまのいままで創作に没頭していた――はずだった。


 それがここに来て、唐突に探しものとは?


「探しものって……なんか失くしたの?」


「探しものがあるんだ」


「だから、なにを?」


「探してるんだ」


「ねえ」


「探してる」


「ねえって」


「ついてこい。一緒に探すぞ」


「おい」


 朱音はすっくと立ち上がり、部室の出入口へ歩きだした。妙にきびきびとしたその動作に、なぜかイラッとする。


「いや、もうちょっと説明してよ」


「探しものなんだ」


「なんなの?」


 朱音は説明責任を一秒も果たさずに、廊下へと出ていく。このまま待っていてもモヤモヤが残るだけなので、春心は仕方なくあとを追った。


 文化部棟。ここ檸文高校の怪しげな部活が集結する魔窟だ。


 朱音は文化部棟の廊下をずんずんと進んでいき、『輪ゴム部』の部室の扉に手をかけた。


「ヘイ!!!」


 そして馴れ馴れしい掛け声と共に開け放つ。


 あ、そんな感じで入っていいくらい仲がいいんだ――と春心が思っていると、輪ゴム部の部員たちが「うわ、なにコイツ勝手に入ってきてんだ」という目で睨んできた。めちゃくちゃアウェーじゃん。


「キョキョ! 来ると思ってましたよ……」


 空気の悪い中、ただ一人だけ、朱音を歓迎している男がいた。


 部室の奥。椅子からも机からも身体が圧倒的にはみ出している、高校生とは思えない大巨漢が座している。輪ゴム部部長、八犬伝ドルマークスだ。名前が信じられないくらい濃い。


「朱音さ~ん、探しもの、してるんでしょォ!? キョキョッ!」


 なぜだろう。彼は朱音が探しものをしているのを知っていた。


 あとキョキョッて笑いかた、なに? 現実でそんな個性の出しかたする人なんている?


「わかってるなら話は早い」


 アウェー感なんてなんのその。朱音はずかずかと部室の奥へと進んでいく。春心はその影に隠れるようについていった。


「これでしょう?」


 待ちかねていたとばかりに、八犬伝ドルマークスは箱を机の上に叩きつけるように置いた。


「デンマークで売ってる輪ゴムでさあ」


(輪ゴム……! そっか、朱音ちゃんは創作のために、特別な輪ゴムが必要だったんだ! デンマークの輪ゴムがどれくらい特別なのかは知らないけれど……)


 疑問が氷解し、納得しながら朱音の顔を見ると、彼女は無表情で「違う」と、高速で首を横に振っていた。あ、違うんだ。


「キョッ!? キョキョッ!? ち、違う!?」


 八犬伝は見るからに狼狽しだす。


「探してるのはこれじゃない」


「そ、そんな。そんなぁッ! キョキョオッ!」


 八犬伝は椅子からひっくり返り、床を転がりだした。回転の加わった巨体の威力は凄まじく、部室の床に置かれた部員たちの私物を巻き込み、踏みつけ、散らかし、そして椅子や机をずらしながら爆走していく。


 当然のごとく、部員たちから非難の嵐が吹き荒れた。


「なにやってるんですか!」「やめてください!」「なんでそんなことするんですか!」「落ち着いて!」「部長やめろォ!」「バカクソがよォ!!!」


 だが八犬伝は止まらない。それはまるで自分の意志で停止する術を持たない、転がる岩のようだった。


「キョキョッ! キョキョオッ!」


 どこか悲哀を帯びた声を轟かせながら、八犬伝は転がり続ける。


「お願いですぅ! 止まってくださぁい!」


 眼鏡をかけた真面目そうな部員が、必死に叫んでいた。こっちもこっちで悲哀まみれだ。


 というか、そのキョキョッてやつ、笑い以外の感情表現にも使えるんだ。万能すぎる奇声。


「春心、ここはもういい。出るぞ」


「あ、うん」


 なにがしたかったんだろう。お互いに。


 転がってくる八犬伝ドルマークスをジャンプで飛び越えながら、春心と朱音は部室をあとにした。


「いい経験ができたな!」


「どの辺が?」


「そりゃお前、転がってくる先輩を飛び越えるなんてよ、滅多にできねえ経験じゃねえか!」


「それはそうなんだけど……」


 それが人生になんのプラスになるの?


「そんじゃ、次行こうぜ!」


 朱音が迷いのない足取りで階段へ向かう。今度は文化部棟の一階に用があるらしい。


 階段を下りようとすると、ちょうど同じタイミングで、見知った人物が一階から上がってきた。校長先生だ。


「チッ!」


 彼の顔を見るなり、朱音が舌打ちをした。


 すると校長はその倍の音量で、


「チィッッ!!!!!」


 と舌打ちを返し、憎悪をむきだしにした両眼で朱音を睨みつける。


 そして二人は踊り場ですれ違い、それ以上はなにも起こらなかった。


「な に が あ っ た の」


 春心は朱音に詰め寄った。


「なんで校長先生とそんな感じになってるの!?」


「よくあることだろ」


「いや、校長といち生徒が同じステージで喧嘩することなんて普通ないから!」


「喋るな」


「喋るな!?」


 朱音は気分を害したように春心からぷいと視線をそらすと、足早に階段を下りていった。


 いや、本当になにがあったの……。


 一階に降りてから朱音が向かったのは、文化部棟の角の方、和室が並んでいる一角だった。和室と言えば一般的に茶道部や百人一首部、琴部あたりが連想されると思うけれど、朱音が用があるのはそのどれでもないと春心は予想する。


 思った通り。朱音が足を止めたのは、正座部の前だった。


 正座部。春心はこの学校で、一番ヤバい部活はここだと思っている。なぜなら朱音が個人的に最も親しくしている部活だからだ。それだけでヤバいと言い切れる理由になる。


 入口で上履きを脱ぎ、襖を開ける。すると――


(うわあっ、こわあっ!)


 春心は思わず叫びそうになった。


 畳の上で、六人の部員が正座をしている。そして正座をする以外は特になにをするでもなく、全員が口を半開きにさせ、虚ろな目で虚空を見つめていた。


(なんか談笑するとかさ、それが難しいならせめて目をつむっててよ! 絵面が怖いんだって!)


 朱音がずかずかと畳に上がり込み、ある女子生徒の前で立ち止まる。


 黒髪のロングヘアーに、まっすぐ伸びた背筋。優雅で凛々しい風格を放つ彼女は、目元さえ隠せば、良家のお嬢様に見えることだろう。


 なぜ“目元さえ隠せば”という条件が付くのかというと――彼女の目が、他の追随を許さないほどに、イッているからだ。


 彼女の名前は栃ノとちのき 結善ゆうぜん。正座部の部長で、朱音の親友。つまり危ない人。


「よお、お母さん」


 朱音が声をかけると、結善は口元に笑みを浮かべた。


「あら、なにしにきたの? お母さん」


 なんでこの二人、互いにお母さん呼びなんだろう。頭がおかしくなりそうなんだけど。


「お母さん、実は探しものがあっ――」


「待って、それ以上は言わなくていいわ。全部わかっているのよ。お母さん」


 結善は朱音の言葉を遮ると、すっと立ち上がり――「ギャアアアアアア!」と絶叫しながら崩れ落ちた。正座で足が痺れていたようだ。


「おいおい、急に立ち上がんなよ。無理すんなって、お母さん」


「いいえ、無理なんかしてないわ。お母さん」


 結善は畳に這いつくばった状態から、匍匐ほふく前進で窓際へ向かって進みだした。その間、ほかの正座部員たちは、正座をする以外は特になにをするでもなく、口を半開きにさせ、虚ろな目で虚空を見つめている。どういう空間?


 結善は緩やかに、しかし確実に前進し続け、やがて窓際に到達すると、ふらつきながらも懸命に立ち上がり、鍵を開け、そして窓の外へと消えていった。さながらゾンビが強引にバリケードを乗り越えていくような動きだった。


「いや、ていうか、外に行っちゃったけど、大丈夫なの!?」


 と、春心は叫ぶが、正座部員たちはぼけーっと正座を続けるばかりだし、朱音も追いかけようとしない。


「なんで誰も気にしないの!? 外行っちゃったんだよ!? たぶんあの人靴とか履いてないよ!?」


 誰も動こうとしないので、しょうがないから春心が一人で窓際まで様子を見にいく。結善は土の上で大の字になって寝転がっていた。


「朱音さん……いえ、朱音お母さん。私がどう見えてる?」


「すいません。あの、私、春心なんですけど……」


「いいえ、あなたは朱音お母さんよ」


「いや、私、朱音ちゃんでもないしお母さんでもないですよ」


「ねえ、朱音お母さん」


「全然話聞いてくれないですね」


 こういうところは朱音そっくりだ。


「朱音お母さん、あなたが探していたのはこれでしょう? ねえ、そうなんでしょォッ!?」


 突然スイッチが入ったかのように、結善は物凄い勢いで土の上を転がり始めた。


「うわ、見た見た見た見た! さっきも輪ゴム部の部長が転がってるの見たよ! もういいって人が転がるのは!」


「これを探してたんでしょォッ!」


「“これ”を探すってどういうこと!? 人が転がっている状況を探してるってこと!? ニッチすぎるって! ……というかやめてくださいよ! 制服が汚れます!」


 結善は制服姿で猛烈に転がっている。つまりセーラー服がどんどん土にまみれていく。だが彼女は止まる気配を見せない。


「ねえ、朱音ちゃんもなんか言ってあげてよ! 栃ノ木先輩が変になっちゃった!」


 春心が振り返ると、朱音は窓際から遠く離れたところでスマホをいじりながら、細い声で「おー」とだけ返事をした。


「なんで見てあげないの!? 制服汚してまで転がってるのに! だいたい朱音ちゃんが栃ノ木先輩に用があったんじゃないの?」


「おー」


「その細い返事はなんなの?」


 朱音の対応に呆れながら再び窓の外を見やると、結善はいつの間にかピタリと動きを止め、土の上で寝そべりながら夏の空をぼんやりと見上げていた。数秒前までの狂気が嘘のように、穏やかな口調で語りかけてくる。


「春心お母さん」


「春心ですけど、お母さんではないです」


「春心お母さん、空を見てごらんなさい」


 なんだろうと思いながら、春心は空を見上げる。その瞬間――


「わたくしを見てッッッッッッ!」


 結善が絶叫した。勢いに押され、慌てて彼女を見下ろすと、


「空を見上げてごらんなさい」


 と、一転して優しい口調で促される。言われた通りに春心が再び空を見上げると、


「わたくしを見てッッッッッッ!」


「無理ですって!!!」


 春心は思いっきり叫び返した。


 空を見れば、大地(に寝そべっている結善)を見ろと言われ。


 大地を見れば、空を見ろと言われ。


 どういう試練? 神殿の謎解きでもやらされてんの?


「春心、もういい。帰るぞ」


 相変わらず窓際から遠く離れたところで、朱音が言った。


「ええ……まあ、朱音ちゃんがいいならいいんだけど……。でも、結局なにがしたかったの?」


「探しものだよ」


「そろそろキレていい?」


 正座をする以外は特になにをするでもなく、口を半開きにさせ、虚ろな目で虚空を見つめている正座部員たちのあいだを通り抜け、春心と朱音は和室の入口に向かう。


 春心たちと入れ違いになるように、黒髪の男子生徒が入ってきた。栃ノ木結善の弟、善行よしゆきだ。爆笑王決定トーナメントという本当にしょうもない大会で、ルシアとモノボケ対決を繰り広げた相手なので、彼のことはよく覚えている。


 お姉さんが制服で土の上を転がっているよと教えてあげると、「姉さぁん……」とため息をつきながら、がっくりと項垂れた。弟の日々の苦労が窺える。


 と言いたいところだけど、春心は忘れていない。この弟も弟で、だいぶヤバい人物だということを。


 和室を出たあと、朱音が文化部棟の出入口へと歩きだした。外に出るつもりらしい。今日の朱音はなにがしたいのか本当にわからない。


 途中、謎部の部室の前を通りかかる。ここはメーベルが所属している部活なのだが、ラフ&ピース部とはほとんど接点がないし、朱音が個人的にちょっかいをかけることもない。身内がいる部活のほうが、かえって絡みづらいそうだ。なかなか微妙な心理だけれど、なんとなくその感覚はわかる。


「フッ……フハッ! フハハハハハハッ!」


 謎部の部室から、男性の高笑いが聞こえてきた。入口の扉が半開きになっていたので、春心は通り際につい部室の中を覗いてしまった。なにをそんなに笑っているんだろう。


 男子生徒が部室の床を転がっていた。彼はたしか、部長の青柳あおやぎ植人うえひとだ。


「やばぁ……」


 なんで笑いながら転げ回ってるの。もういいって、部長が転がるやつは。


「あんな人が部長なの……? 謎部ってもしかして変な部活?」


「ラフ&ピース部も変だろ。人のこと言えんのか?」


「え!?」


 春心は朱音の顔をまじまじと見つめる。


「朱音ちゃんさ、たまに急に正論言うときあるじゃん。それびっくりするからやめて? 『え、そっち側につくの?』みたいな。なんかすごい突き放された気分になるから」


「はいッ!!!!!!」


「声でかぁ」


 朱音は文化部棟を出たかと思うと、今度は一般教室棟へと入り、階段を上り続ける。いまだに意図は読めないけれど、ここまで来たらとことん付き合おうと、春心はあとに続く。


 辿りついたのは、屋上だった。太陽が近く、暴力的な夏の暑さに拍車がかかっている。だけど、朱音の表情は涼やかですらあった。


 朱音はグラウンドを見下ろしながら呟いた。


「探しものは、見つかったぜ」


「え……?」


 探し物が、見つかった?


 なんだろう、嫌な予感がする。そもそもなにを探しているのかもわからないのに。


「朱音ちゃんって結局、なにを探してたの?」


「宝物さ。なあ春心、目を閉じてみろ。そして、今日の放課後に起こったことを思い浮かべてみるんだ」


「ええ……? まあ、やってみるけど……」


 春心は目を閉じる。まぶたの裏に、今しがた見てきたばかりの奇怪な映像が浮かんでは消えていく。


 ――八犬伝ドルマークスが転がり回っている姿。


 ――校長が舌打ちをしている姿。


 ――栃ノ木結善が転がり回っている姿。


 ――青柳植人が転がり回っている姿。


「それが、宝だ」


 と、朱音は言い切った。


「それが、宝だ」


 また言った。


「これが宝?」


 春心の脳裏に、再び奇妙な記憶が浮かび上がる。


 ――八犬伝ドルマークスが転がり回っている姿。


 ――校長が舌打ちをしている姿。


 ――栃ノ木結善が転がり回っている姿。


 ――青柳植人が転がり回っている姿。


 これが宝?


 こ れ が ?


「そうだ、それが宝だ」


「なんて中身のない宝……」


「中身なんかあったら宝じゃねえだろ!」


「うわ、なにそれ名言っぽい!」


 だろ? と、朱音が嬉しそうに笑った。


「結局な、今日みたいな日が一番なんだよ」


「ん~、まあ……そこまではっきりと言い切られたら、反論の余地はないけど」


 だって、平和がいちばんだもんね。

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