続々・あなたの心に異世界転生
【前回までのあらすじ】ダークネス四幹部とダンスバトルが始まった。
あれから俺たちは、八時間――つまり、社会人でいうところのフルタイムで踊り続けた。
俺VS魔王直属の部下、ダークネス四幹部。
“力”のパワー。
“翼”のウイング。
“速さ”のスピード。
“動き”のムーヴ。
こいつら全員を代わる代わる相手取り、俺は踊りに踊り続けた。
ダンシング――あるいは、舞踊。演舞そして舞踏。ワルツ・タンゴ・ルンバ。は?
ダンスバトルのあいだ、女神はヒューマンビートボックス――いや、彼女は女神であって人間ではない。ヒューマンビートボックスという言いかたは正確じゃないだろう。
だから……ゴット……そう、ゴットビートボックス……ゴットビートボックスだ!
そう、ゴットビートボックスで、女神は俺たちのバトルを盛り上げてくれた。ありがとう。
そしてこのダンスバトルの最中、俺とダークネス四幹部の間には友情が芽生え……仲良くなった!
昨日の敵は今日の友。
八時間前の敵は、ダンスバトル後の友……ってね! がはは!
ふう。
八時間に及ぶ死闘を終えた俺たちは、全員で草原の上で輪になって寝転がり、心地いい疲労感に身を委ねながら、互いの長所を讃えあった。
あなたのどこそこが良かったですねと誰かが言えば、いやいや、あなたのほうが素敵でしたよと、すかさずほかの誰かが答える。
あなたの踊りの技術はナンバーワンだと誰かが言えば、しかし技術で勝てないものもあります。それはあなたの情熱ですと、惜しみのない賛辞が返ってくる。
このダンスバトルに勝ちも負けもないことは、もはや誰の目にも明らかだった。
強いて言うのなら、ここにいる全員が勝者だ。
ダンスを通じて心も通じる。
かけがえのない友情を手に入れた俺たち全員が勝者なんだ。そうだろう?
イェーイ、友情サイコー! フゥー!
※
「なんだって? この世界を滅ぼしたのは魔王じゃない……だと?」
ダンスバトルを通じて仲良くなったダークネス四幹部と語らう中で、俺は衝撃的な話を聞かされた。
彼らが言うには、この世界の人類は魔王によって滅ぼされたのではなく、人類が勝手に自滅したらしいのだ。
『さよう。人間は自滅した。核戦争でな』
四幹部一の肉体美を誇る大巨漢、“力 ”のパワーは神妙に頷いた。
「そんなバカな……」
たしか女神は、この世界の人類は魔王が滅ぼしたと言っていたはずだ。
「おい女神、どうなってるんだ?」
「たぶん、女神界の書類ミスね。ごめんちゃい☆」
女神はペロッと舌を出して、おどけるように笑った。
ううむ、美しい。さすがは俺が愛した神。かわいすぎる。その美しさを前にすれば、地獄の沙汰だって九分九厘は解決するだろう。ましてやたかが書類ミス、過ちのうちにも入らない。
俺は許した。女神のすべてを。愛する人がそこにいれば、この世に罪も罰も必要ないのである。
「しかしまた、なんで核戦争なんて……」
俺がパワーをちらと見ると、彼は目に憂いをたたえながら言った。
『それは儂が聞きたいくらいである。なぜ人が人を虐げ、人が人を滅ぼすのだ。我ら魔族には理解できぬ』
「急に業の話を始めるなよ。人の業の話を」
『魔王様は人間の文化を好んでおられた。それゆえ、人間同士の争いにはいつも心を痛めておられたというのに……』
「心配の甲斐なく、滅んじまったってわけか。ていうか、魔王いいやつじゃねえか」
『わかるか、異世界の人間よ。魔王様は我らが誉れなり』
パワーの言葉に同調して、ほかのダークネス四幹部たちがうんうんと頷く。
「核戦争って、魔族は無事だったのか?」
『うむ。人間の領域内で核ミサイルが飛び交い始めたとき、魔王様は魔界全域に結界を張り、さらに人間界と魔界を一時的に空間ごと断絶させることによって、核の炎と放射能から魔界を守り抜いたのである』
「魔王すげえな」
『わかるか、異世界の人間よ。魔王様は我らが誉れなり』
パワーの言葉に同調して、ほかのダークネス四幹部たちがうんうんと頷く。さっきも思ったけど、うんうん頷く仕草、なんでちょっと可愛いんだよ。
しかし、核戦争か……。
俺は改めて、自分がいる場所をぐるりと見回す。廃れた城。生命の気配のない、音のない草原。遠くには、瓦礫の山のようなものも見える。
「この荒れよう……もしかして、ここは人間界なのか?」
『うむ』
「待てよ、じゃあここ、やばいんじゃないのか!?」
俺は飛び起きた。核物質が撒かれた場所で寝転がるなんて、相当危険な行為じゃないか。
『安心せよ。ここは儂らが既に浄化済みだ』
「浄化って、掃除したってことか? お前らが?」
『さよう』
……どういうことだ? 魔族がどうして人間の戦争の後始末なんてやってるんだ?
『核戦争で人間は滅んでしまったが、人間の作った街並みは一部残った。先ほども言ったが、魔王様は人間の文化を好いておられてな。それゆえ魔王様は、汚染地域の浄化と、崩壊を免れた建造物の保護を我らダークネス四幹部に命じたのだ』
「なんだお前ら……死ぬほどいいやつじゃねえか……」
『我らが今日ここに参ったのは、そこに見える城の修繕作業だ。あれほど立派な城を朽ちさせるのは惜しい。我ら魔族は人間を守ることはできなかった。だがせめて、人間が遺したものくらいは守りたいのだ』
「なにが魔の王だよ。なにがダークネス四幹部だよ。お前らもうチーム聖人君子を名乗れ」
いなくなった人間のために活動しても、魔族にはなんのメリットもないだろうに。慈善活動に魂でも売ってんのか。
草原に寝そべっていた翼のウイングがむくりと起き上がった。パワーは人間に近い姿をしているが、ウイングはそうではない。端的に言えば、ものすごくでかい黒い鳥だ。
彼は目を輝かせながら、威勢よくくちばしを上下させた。
『そうだ、思いついたピヒィ! この異世界人たちを、魔王城にお連れしましょうピヒィ! 魔王様もきっとお喜びになるピヒィ!』
「翼のウイング! おい翼のウイング! 語尾がすげえんだお前は!」
急に喋りだしたかと思えば。
ピヒィて。語尾が気になって内容が入ってこないんだが。逆に言いにくいだろ。
「お前は翼のウイングじゃねえよ。もう語尾のウイングだよ。ピヒィって語尾いるか? そこまで人語を喋れるなら、もうピヒィなしでいけるだろ。三文字引くだけなんだから」
『ピヒィ……』
翼のウイングは弱々しい声を漏らしながら、がっくりと肩を落とした。
え、そんなに落ち込まなくても……。魔王直属の部下って、そんなにすぐ落ち込むのか……。なんかごめん……。
『ウイングよ、それは名案だな』
と、パワーが頷く。
『どうだ、異世界人よ。魔王城に来てはみないか?』
俺は返事をする前に、まず女神の意見を聞いてみた。
「女神、どうする?」
「いいんじゃないでしょうか。この世界の魔王は悪いかたじゃないようですし。それに……」
「それに……なんだ?」
「わたくしは、俺さんの隣にいられさえすれば、それ以上はなにも望みません。どこへだってついて参ります」
「女神……」
おいおい。なんてことだ。
おい、なんてことだよ。おいおい。ちょっとこれは……おいおいって。おい。
かわいすぎるだろ。
女神よ、なんてかわいいやつなんだ。自然と口元が綻んじまったよ。
「俺もだよ。俺も女神と一緒なら、どこへだって行ける」
「俺さん……」
「女神……」
『『『『…………』』』』
ダークネス四幹部の痛い視線を背中に感じる。しまった。意図せずして女神と愛を確かめ合ってしまった。
いけないいけない。いまは人前ゾ☆
控えねば☆
自重☆自重、つってな☆
俺は極めて鈍感なふりをして、つまり、ダークネス四幹部の視線に気づかなかったふりをして、何事もなかったかのように爽やかに言ってやった。
「じゃあ、魔王城にお邪魔させてもらおうかな」
こうして俺たちは、魔王城へ向かうこととなった。
移動の際、俺は翼のウイングの背中に乗せてもらった。ウイングはその雄大なる漆黒の翼を躍動させ、一陣の黒い風となり、俺を魔王城へと運んだ。
女神はその不思議な力――まさに神通力だ――を駆使して浮かび上がり、自力でウイングの横を滑空した。
動きのムーヴはその流麗なる動きで、掌の僅かな隙間からこぼれ落ちていく水の如く、どのような悪路もすり抜け、最短距離で魔王城へと向かった。
速さのスピードは、その二つ名に恥じない圧倒的な速度で、弾丸の如く、最速で魔王城へ跳んだ。
力のパワーは、一生懸命走った。
※
魔王城。
その上空には分厚い雲が立ち込め、立ち入る者に警告を与えるかのように、絶えず雷鳴が轟く。城を囲む毒沼が瘴気を放ち、異形の化物が城門を堅く守っている。城内には溶岩が流れ、鉄球やトゲのトラップが侵入者を阻む。
――というのが、俺が勝手に抱いていた魔王城のイメージだったが、実際はそうでもなかった。
普通にいい感じの城だった。
まあ、考えてみれば、それもそうか。魔王にも生活がある。自分の城のトラップのせいで死んでしまったり、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)が著しく下がってしまっては元も子もない。トラップにだって限度はあるんだ。
ダークネス四幹部に先導され、俺は謁見の間へと進んだ。
ウイングが、スピードが、ムーヴが跪く。ちなみにパワーは一人到着が遅れているので、この場にはいない。
ダークネス四幹部が平伏する先――武骨なデザインの玉座に、巨人が座していた。
この城の主。魔王だ。
座っている状態で、すでに見上げるほどに大きい。三メートルは越えているだろう。全身に日本の鎧武者のような武具をまとっているが、頭部の三本角は、兜の装飾ではなく、頭から直接生えているようにも見える。
魔王は眠たげな視線でダークネス四幹部を眺めていたが、俺と女神の姿を認めた瞬間、『カッ!』と目を見開いた。人を射貫き殺すのに弓も矢も必要ないとばかりの、鋭利な目つきだった。
やがて彼は地獄の底から響くような、原始的な恐怖を想起させる重々しい声で言うのだった。
『踊りましょう』
俺と女神は即答した。
「喜んで」
こうして俺たちは踊りだした。
礼儀・挨拶・脈略・自己紹介。そのすべてを無視した空前絶後の無礼千万ファーストコンタクト。
だけど、これでいいと思えたんだ。
俺は人で、女神は神で、魔王は魔族。
生まれも育ちも価値観も三者三様。俺たちは本当の意味での共通言語は持ち合わせていない。
だからまずは、ノンバーバルコミュニケーション。
そうだろう?
さあ始めようぜ、最高の異世界交流を。
それではLOVE LOVE DANCE FOREVER。
またどこかで会いまシンセサイザー。




