ファトス1
午後六時。今日は看護師さんがVRマシンの準備をしてくれます。二時間後に取り外しに来てくれるそうです。
「それでね、それでね、ちっちゃい犬とおっきな犬と友達になったの!」
「ふふ、そうなんだ。良かったね。どんな名前にしたの?」
「ちっちゃい方がラッキー、大きい方がディア!」
「そっか」
すぽん、とヘルメットをかぶります。看護師さんに促されて、ベッドに横になりました。
昨日、ゲームを終えてから、この時間がとても待ち遠しいものでした。はやくラッキーとディアに会いたいのです。お姉ちゃんにも街を案内してもらう予定なので、それもとっても楽しみです。
佳蓮が機嫌良く笑っていると、看護師さんは小さく笑いました。
「楽しそうで良かった。今日もたっぷり遊んでくるのよ」
「うん!」
佳蓮は知らないことですが、ずっとこの病室にいる佳蓮は看護師や他の患者からとても心配されています。だからこそ、こうして屈託のない笑顔を見て、彼ら彼女らはとても安心していました。
「はい、それじゃあ、いってらっしゃい」
看護師さんの声に送られて、佳蓮はゲーム内にログインしました。
・・・・・
午後六時少し前。私はれんちゃんと会う前に、報告のためにとある場所に来ていた。来ていた、というか、呼ばれたんだけど。
なんだか古くさい山小屋の中。私の対面に座っているのは、ゲームマスターの一人、山下さんだ。
「なるほど。一応こちらでもモニタリングしていましたが、楽しんでくれているようで何よりです」
「いやあ。本当に、皆さんにはなんてお礼を言えばいいのか。あんなに楽しそうなれんちゃんを見るのは久しぶりで」
「そう言ってもらえると、運営一同とても嬉しく思います。おそらく、あの子がこの世界を一番楽しんでいるでしょうから」
「あははー。私もそう思います」
このゲームは決して戦闘がメインのゲームじゃない。むしろ異世界での生活を主題としたゲームだ、と山下さんも言っていた。だからこそ、戦闘よりももふもふ一直線のれんちゃんが彼女たちにとっても好ましいらしい。
「開発曰く、動物やモンスターのデザインに一番苦労したらしいんですよ。触った時に、リアルのような、むしろそれ以上の肌触りになるように、と苦心したそうで。あの子の映像を少しだけ見せてあげましたが、それはもう狂喜乱舞していて、気持ち悪かったです」
「あ、はは……」
苦労が報われたら嬉しいのは分かるけど、それはちょっと聞きたくなかった……。
「では、そろそろ六時ですし、今日はここまでにしておきましょう。何かあれば、いつでもご連絡ください。最低でも私はすぐに対応できるようにしておりますので」
「すみません、ありがとうございます」
運営にとっても、やはり小さい子の様子は気になるらしい。主に、健康面で。まあ戦闘なんてせずにひたすらもふもふと遊んでいるだけになりそうなので、問題ないとは思うけどね。
「あ、ところで山下さん、れんちゃんがテイムしたあのウルフについて聞きたいんですけど……」
「ああ……。ラッキーウルフが逃げなかった理由と、ボスが簡単にテイムできた理由、でしょうか」
「です」
山下さんは答えていいか少し悩んだみたいだったけど、まあいいかとばかりに話してくれた。
「ラッキーウルフはアクティブモンスターです。ただ、攻撃をしてくることはなく、全力で逃走するの一択ですが」
「あー……。なるほど……。だから敵意なしのれんちゃんは簡単に近づけたんですね」
「そういうことです。ボスについては、テイムしたラッキーウルフが近くにいる時の特殊効果ですね。テイムできる確率が跳ね上がります」
「おお……」
「ちょっとずるいと思うかもしれませんが、戦闘能力皆無のモンスターで、守りながらテイムしないといけなくなる、という内容だったのですが……。純粋な子って怖いですね……」
山下さんもラッキーウルフをいきなりテイムするとは思ってなかったらしい。てっきり運営が気を利かせてくれたのかと思っていたけど、まったくの偶然みたいだ。
「敵意がないために攻撃されなくて、友達になりたいとテイムしていて、さらにはラッキーウルフで確率まで上げられていて……。大丈夫ですかこれ。なんか、こわいんですけど」
「チートをしていたならともかく、公式の設定ですから。さすがにこの合わせ技は我々も予想外でしたけど」
「ですよね……。ラッキーウルフの人気が高まりそうです」
私がそう言うと、山下さんはにやりといたずらっぽく笑った。いや、むしろ、とっても黒い笑顔だ。頬を引きつらせる私に、山下さんは意味深に言った。
「ふふ……。友達になりたい、は敵意なしと判断されますけどね。能力が欲しいからテイムしたい、は当然のように敵意判定を受けますよ」
テイムできる方はいるでしょうかね、と笑う山下さんの笑顔は真っ黒だった。大人怖い。
そんな報告会を終えてやってきたのは昨日の草原。れんちゃんの姿を探すと、昨日と同じ草原の隅に大きな狼がいるのが見えた。そちらへと向かってみれば、案の定と言うべきか、れんちゃんがいた。
ディアが大人しく寝転がっていて、その体をお布団にしてれんちゃんは眠っている。抱き枕はラッキー。こちらも大人しくして……、あ、寝てる。
ディアがこっちに視線を向けてきたので会釈してみる。なんと、会釈を返された。かしこい。
いやあ、それにしても……。いいなあ、これ。もふもふ天国だ。私ももふもふを布団にしてもふもふを抱いてもふもふで寝たい。もふもふ!
ただ、ほどよいところで起こさないといけない。うたた寝の場合、三十分ほどで強制ログアウトだ。気持ち良く寝ていた時に強制ログアウトで目覚めると、なんだか微妙に気分悪いんだよね。体調が悪くなるってわけでもないんだけど。
すぐに起こすのは申し訳ないので、私はれんちゃんの側でシロを呼び出して、とりあえず抱きしめた。もふもふである。
そうして待つこと二十分。それでも起きないのでそろそろ起こしましょう。でも起こす前にもう一枚、写真をとる。……うん、いい感じ。よしよしではでは。
「れんちゃん」
とりあえず呼んでみる。反応なし。
「れんちゃん!」
叫んでみる。反応なし。
仕方ないのでアラームだ。普通は人のアラームなんて聞こえるわけがないんだけど、私は保護者ということで私のアラームはれんちゃんにも聞こえるようになっているのだ。
一分後にタイマーセット。するとぽん、とすごく古くさい目覚まし時計が目の前に落ちてきた。開発の人の趣味かな。その目覚まし時計をれんちゃんの側に置いて、と。
私が耳を塞ぐと、シロとディアも前足で耳を塞いだ。なにこのかわいい仕草。
そしてけたたましく鳴る目覚まし時計! 飛び起きるれんちゃんとラッキー! 一人と一匹はびっくりした顔できょろきょろしてたけど、私と目が合うと頬を膨らませた。
「おねえちゃん、ひどい」
「ごめんごめん。でももう少ししたら強制ログアウトだったよ。どっちみち起こされるなら、ディアたちに囲まれたここで起きたくない?」
「むう……。それはそうだけど……」
ぽふん、とディアにもたれるれんちゃん。そのれんちゃんのほっぺたをラッキーがなめて、れんちゃんがラッキーをぎゅっと抱きしめた。ふわふわしてそう。
「そろそろ街の案内に行きたいけど、いいかな?」
「うん」
れんちゃんが立ち上がって、歩き始めようとしたので慌てて言った。
「ちょっと待ってれんちゃん。ディアには一度帰ってもらっていい?」
「え? どうして? 一緒に行きたい」
「うん。気持ちは分かるけど、こんなに大きな狼が街の中を歩いてたら、れんちゃんならどう思う?」
「かわいい!」
「だよね!」
れんちゃんならそう答えるだろうね! でも違う、そうじゃない、そうじゃないんだよ……!
「でも他の人はやっぱりちょっと怖いんだよ。大人しいって知ってるのは私たちだけだから。連れて歩いちゃうと、怒られるかも」
「そっか……。ごめんね、ディア。また後で会おうね」
れんちゃんがそう言ってディアの体を撫でると、ディアはそれでいいと言いたげにれんちゃんのほっぺたを舐めた。うん。なんか、よだれすごそう。ゲーム内だから表現はとても控えめだけど、これリアルだったらとんでもないことになってるんだろうなあ。
またあとでね、とれんちゃんが手を振ると、ディアは突然出てきた大きな魔法陣で消えてしまった。送還はいつ見ても少し驚く。れんちゃんも凍り付いて動かなくなってしまった。
「お、おねえちゃん! ディアが!」
「うんうん。あとで会えるから落ち着いてね。ほら、行くよ」
「う、うん……」
なんだか不安そうにディアがいたところを何度も振り返るれんちゃんがおかしくて、ちょっとだけ笑ってしまった。
壁|w・)軽く流しているけど盗撮ではなかろうか。
思いながらも姉は気にしなかった。今更なので。
ラッキーくんの効果が高すぎるように思えますが、本来はカンストしたAGIで即逃げするレアエネミーなので、実はこっちをテイムする方が圧倒的に難しかったりします。
今日は夜もこっそりどこかで更新するですよ。
帰宅して家事を終わらせてからになるので、時間は未定なのです。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。






