アリス
「あれ? 私のお店に用?」
そんな声が聞こえて振り返ると、いわゆる巫女服を着た女の子がいた。見た目は私と同い年か、少し上ぐらいかな? にこにこ快活そうな笑顔だ。
「女の子だし、もしかして服を買いに来たりした? ごめんね、今日は片手間にやってるテイマーの道具なんだ。どうせ作るならって売り物用に二つずつ作ってね。それで販売中」
「そうなんですか」
「うんうん。見たところ、初心者さんだよね? テイマーさんなのかな? これらは趣味用のアイテムだから、正直初心者さんにはお勧めしないよ、やめた方がいいよ」
なんというか、露店を出していてそれっていいんだろうか。いや、私が気にすることじゃないのは分かってるけどさ。買わない方がいい、と言われるとは思わなかったよ。
ちら、とれんちゃんを見ると、相変わらずブラシに釘付けだった。
うん。うん。まあ、なんだ。服なんて私の押しつけみたいなものだし。れんちゃんが本当に欲しいものを買うべきじゃないかな。うん。
想像するんだ私。ブラシを持って、もふもふをもふもふする妹を。……天国かな?
「この高級ブラシをください」
「いや、ええ……。人の話聞いてた? 初心者さんには十万は安くないでしょ。その、あれだよ、値引き交渉とか、してもいいよ?」
「人にプレゼントするものを値引きなんてできるか!」
「あ、はい。かっこいいけどなんか違う……」
巫女服の人にお金を渡して、高級ブラシをもらう。それをはい、とれんちゃんに渡した。
「え……。いいの……?」
「いいのいいの。服なんてまた今度買えばいいの。その代わりそれでたくさんもふもふするのだ。配信するから」
「うん!」
にぱっと笑うれんちゃん。天使かな?
思わず頬を緩めていると、巫女服の人の小さな声が聞こえてきた。
「うそ……」
「んー? どうかした?」
「その子、NPCじゃないの!? プレイヤー!?」
「ああ、うん。私の妹。プレイヤーだよ」
「れんです!」
ぴっと右手を挙げて元気な挨拶。何故かラッキーも右前足をあげてわん、と挨拶。なんだろうこのダブルパンチは。写真! スクリーンショット! たっぷり保存だ!
「ああ、ちなみに、ちゃんと許可をもらってるからね」
配信でも言われたしね。先に言っておいた方がいいでしょう。
とりあえず告げておくと、巫女服の人はぷるぷる体を震わせていた。なんだ?
「君! 君が保護者なの!?」
「え、あ、はい。そう、です、けど……」
「名前は!?」
「ミレイです」
「フレンド登録しよう!」
「はい」
は! しまった! なんかちょっと怖くて流れに任せすぎた!
気付けばフレンドリストに名前が登録されました。新規マークで、アリス。
なんか、どこかで聞き覚えがあるような、ないような……。
「ミレイちゃん! お願いがあるんだけど!」
「えっと。はい。なに?」
「この子の服作らせて! お金も素材もいらないから! ミレイちゃんの服も作るから! ね!? ね!? いいでしょ!?」
なんだこの人怖い!? なんでこんなにぐいぐい来るの!?
「だめ? だめかな? じゃ、じゃあ、月に一回ぐらい、タダで作ってあげる! どう!?」
「いや、あの……。ありがたいけど、なんで……?」
正直怪しさしかない。断りたい気持ちにものすごく傾いてる。れんちゃんなんかいつの間にか私の後ろに隠れて顔を半分だけ出すという謎の警戒の仕方。……写真。
私の問いに、アリスさんは勢いを止めると、目を逸らしてふっと笑った。
「今は知り合いの依頼だけ受けてるんだけどね。ほとんどの依頼が、男物なんだよね……。女の子の知り合いもいるけど、バトルジャンキーでかわいさよりも実用性一辺倒なんだよね……。たまに思うわけですよ。私、せっかくのゲームでなにやってるんだろうって」
「うわあ……」
思わず出た声がれんちゃんと重なった。漂う哀愁。とても哀れだ。
でも少し仕方ないと思う。昔よりは敷居が低くなったとはいえ、やっぱりゲームは男性の方が人数が多い。リアルな動物がかわいい、なんて言われて女性プレイヤーが比較的多いと言われてるこのゲームですら、女性プレイヤーは全体の三割ほどらしいし。
「それにこの子ちっちゃくてかわいいし! この子に着てもらえるなら、喜んで作るよ! たくさん作るよ! だから、お願いします!」
ぺこり、と頭を下げてくるアリスさん。えと、どうしよう……。
ちらりとれんちゃんを振り返れば、れんちゃんはじっとアリスさんを見つめていて、そしておもむろにラッキーを突き出した。なんだ?
「え、なに?」
アリスさんもちょっと困惑していたが、
「わふ」
ラッキーが鳴くと大きく目を見開いた。どうやらテイムモンスターとは思っていなかったみたいだ。ぬいぐるみだとでも思ったのかな。
「かわいい!」
アリスさんがおそるおそるラッキーを受け取って、もふもふする。おお、すごい。なんか、顔がふにゃふにゃだ。ラッキーもされるがまま、だけどれんちゃんの時とは違って微妙に表情が硬い気もする。仕方なく触らせているような、そんな感じ。
「おねえちゃん」
「ん?」
「お願いしてもいいと思う」
「ふむ。理由は?」
「もふもふ好きに悪い人はいないから!」
なんともれんちゃんらしい理由だ。でもまあ、れんちゃんがそう判断したのなら、れんちゃんに従おう。何か問題が起こったら、それこそどうにかするし、どうにかしてもらうさ。お姉ちゃんらしく頑張ります。
「えと、アリスさん」
「ふへ、かわいい……。あ、はい。あ、呼び捨てでいいよ。年も近そうだし」
アリスさん、じゃなくて、アリスがラッキーをれんちゃんに返しながらそう言う。少しだけ名残惜しそうなのは見なかったことにしておこう。
「それじゃあ、お願いしてもいい? 手持ちは、あまりないけど……」
「や、お金はほんとにいいってば。作らせてもらって着てもらうだけで満足です。んふふー」
本当に大丈夫かな。不安になってくるんだけど。
「とりあえず、お試しということで、作り置きのやつあげる。趣味で作ったやつだけど」
トレードの画面が開かれた。トレードの画面は左に私が出すものを入れて、右に相手が出すものが表示される仕組みだ。お互いに承認すれば合意となって交換される。
アリスはこちらが何かを提示する前に、服を二着出してきた。
「何も入れなくていいよ。そのまま承認押してね」
「あ、うん……。本当にいいの?」
「もちろん。着てくれると嬉しいな。ちょっとファンシー過ぎて他の人に渡せないから……」
「おい待てこら」
それってれんちゃんは似合うけど私がおかしくなるやつ!
「ミレイちゃんミレイちゃん。確かにミレイちゃんは少し浮いちゃうかもだけど、かわいい妹さんとお揃い、着たくないかな……?」
「是非! お願いします!」
「あ、うん。即答でさすがにびっくりだよ」
愛してるし愛されてるなあ、というアリスの笑い声を聞きながら、トレードを完了させる。うん、これはなかなか……。いや、でも、れんちゃんが着てるのを想像すると、ありだ。すごく、ありだ。
「是非とも見せてね。スクリーンショットとか、ほしいかな!」
「あ、それだったら、アリスが嫌じゃなければ配信で着てもいい?」
「ん? 配信してるの?」
頷いて、配信のことを教えると、へえと興味を持ってもらえた。必ず見る、とまで約束してくれる。
「配信中は着てくれてももちろんいいよ! 私も宣伝になるしね!」
「あはは。ありがと。それじゃあ、使わせてもらうね」
「うん!」
ぐっと握手。いきなり声をかけられた時はどうなるかと思ったけど、なかなかいい縁かもしれない。これもれんちゃんの、ラッキーウルフの幸運パワーかな! いやさすがに関係ないだろうけど。
「それじゃあ、そうだね……。三日ほど時間ちょうだい。かわいいもの作ってくるからね!」
アリスはそう言うと、善は急げとばかりに行ってしまった。そんなに急がなくてもいいけど、本人がとても楽しそうだし何も言わないでおこう。
「とりあえずれんちゃん。服をもらったし、帰ったら着てみよう」
「はーい」
「そのブラシも早く使いたいでしょ?」
「うん!」
力強い返事。やっぱりれんちゃんにとっては服よりもブラシか。まあ、れんちゃんだしね。
その後は軽く露店を見て回る程度にして、さっさとファトスに戻ってきた。
壁|w・)準レギュラーのアリスさん。服飾特化、と見せかけて……。
時折顔を出す子なので、覚えておいてあげてほしいです。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。