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妄想の帝国

妄想の帝国 その29 封鎖列島  Aウィルスの上陸を阻止せよ!

作者: 天城冴

肺炎ウィルスの対応を怠っていたニホンは実は他のもっと恐ろしいウィルスに感染していた。世界を滅ぼしかねないAウィルスの上陸を阻止するため、ニホンに近いとある国では海岸沿いに国境警備隊を置き、ニホンから脱出したウィルス感染者の上陸を阻止ていた。その一人であるキンは実は…

早春といえ、夜はだいぶ気温が低い。

岩場に身を潜め、息を殺しながらキンは波打ち際に目を凝らす。特殊スコープを装着しているとはいえ、よく見えるとはいいがたい。だが、見つけるべき相手は同じ人間だ、ある程度の大きさだし、それに…

「警戒態勢、船らしきものが近づいている」

無線で連絡が入る。慌てて、海のほうに目を向けたが、まだ何も視界に入らない。

「こちらでは何も確認できない」

「明かりを消しているのかもしれない、接岸したら連絡を」

「わかった、引き続き注意する」

答えているうち、何か黒い塊が近づいてきたのに気付いた。

「何か月ぶりかな、船を見るのは。もう、逃げ出してくるものもいないかと思った。だけど、まだマトモな奴がいたのか、ひょっとして…」

独り言を言いながら、波間の船を見る。

「こんな夜に明かりを消して航行か。いくら見つかると危険とはいえ、考えが甘すぎる。やはり逃げ出した奴か、感染していれば容赦なく撃たないと」

銃を構えるが、いまだに慣れない。もし未感染だったら、どうするか。そして、もし…

「感染の兆候が見られれば、即射殺。機関に連絡して厳重処理のうえ、すべて焼却。とはいえ、普通の人間かもしれないんだ、普通の」

キンは初めて銃を使ったことを思い出した。笑いながら倒れていく男、自分や友人と同じような顔していた。しかし、明らかに言動がおかしくAウィルスに感染していると確信したからこそ、撃ったのだ。

「バンザイだの、ヤトウガーだの、意味不明の言葉をいっていたんだ、やはり感染者だったんだ」

いや、意味不明ではない、かの国の母国語だ。その言葉を学んでいたキンはよく知っていた、その言葉の意味も、そしてそれをよく使うのがどういう輩かも。

「あいつらは感染者なんだ、あんな言葉を使うのは。あの国の、アベノ政権支持者だ、あの連中は上から下まで感染してる、だからあんなことになったんだ!」


ほんの1年ほど前、キンの故国であるこの国と海を隔てた隣国であるニホンは多少険悪なであるにせいよ、経済的、文化的な交流は盛んだった。しかし、あのウィルスが蔓延したのだ。それは重度の肺炎を引き起こし世界中が警戒した。だがニホン国は警戒を怠った、というより警戒するふりをして怠慢な対応をとったのだ。その結果ニホン国は経済的打撃をうけた、だがそれだけではなかった。政府高官まで感染を疑われたが、検査も治療もせず、他の死因で死亡という発表にキンの国だけでなく世界中が驚いた。

なぜそんな自分たちを危険にさらすようなことをしたのか、その疑問は国際会議に出席中のアトウダ大臣が開催国の最先端医療機関にかかったことで判明した。彼からは肺炎ウィルスだけでなく、未知のウィルスが見つかったのだ。

アトウダの名をとってAウィルスと名付けられたそれは従来のウィルスとは異なり、臓器や循環器系は攻撃されず、免疫系にもほとんど影響はなかった。ただ脳の重要な組織、生存には直接関係ないが、前頭前野や海馬など、思考力、記憶力、状況判断能力を著しく低下させるのだった。

 Aウィルスに感染したマウスは学習したことを忘れ衝動性が高まり、サルはエサが取れなくなり癇癪をおこして自傷行為に及ぶこともあった。動物の実験結果をみて学者たちは驚愕した、もし感染したのが人間だったら…

 非人道的措置だが、秘密裏に死刑囚を実験台にした。と、彼らは死刑になることを忘れ、監獄仲間と冗談をいうこともなくなり、仲間の痛みや苦しみに対する共感も失った。だが、いつも機械的に繰り返す作業だけはできた、こんな退屈なことは嫌だということもなくなった。

『あきらかに知能が低下している、言われたことをなぞるだけ。文字を読んでも、読み上げることはできても意味が理解できていないようだ』

『つまりフールか、ニホン語だとAHO、なるほどAウィルスだな』

『あの国のトップはマィティフールと呼ばれていたから、当然だが、これは由々しき事態だ』

『笑い事ではない、ニホンはトップから知的レベルが著しく落ちているのだ。そのためウィルスの対策もまともにできず、感染拡大、国民いや世界中を震撼させている』

『つまりAウィルスとその感染者がこの事態を引き起こしたということか』

『放っておけば、さらに事態は悪化する、なにしろあの国では今年、国際大運動大会が開催予定だ、各国のアスリート、観客がニホンにいったときに、何かあったら』

『うむ、ただでさえ肺炎ウィルスで世界経済も各国の医療機関も疲弊しているときに地震でも起こってみろ。ニホンでろくな対応ができなければ、世界中が混乱する。しかもあの国は地震、台風、津波、噴火など自然災害が起こりやすい、そこに今回のような感染症が蔓延したら』

『世界は破滅だ。すぐにでもAウィルスとその感染者を隔離封じ込めなければ。感染源や感染ルートを何とか特定しないと、これは肺炎ウィルスより害をもたらすぞ』

ニホンを除く世界各国の医療機関、研究者が総力を結集し、Aウィルスの解明に急いだ。

その結果 Aウィルスの感染源はニホンのトップ、アベノ首相の疑いが濃厚。首相と濃厚接触したものほど症状が重い(論理的に矛盾した言動をとる、自省がないなど)、首相との会食が感染ルートの主なもの、会食者だけでなく彼らと接触した(家族、知人、部下)にも症状がみられる場合がありヒトヒト感染の疑いがあることがわかった。

『つまり、ニホンのトップ連中と官僚は感染者か』

『マスメディアや学者の一部も、アベノ首相との接触が多ければ多いほど感染した疑いが濃厚だ。彼の地元の支援者も感染が疑われるような言動を示している、あのサクラなんとか会の出席者は特に』

『しかし、なぜ首相が感染源に?』

『彼の祖父は有名な細菌部隊の実質上のトップだったという、ひょっとしたらその成果の一部が自宅に保管されていたのではないか。彼の祖父はいずれ何かの役に立つと思い、ウィルスをとっておいたが、孫がその保管した箱か何かを開けてしまい、偶然ウィルスにさらされたのかもしれない』

『ありうるな、もともと思慮がなく浅はかな子供だったというからな、アベノ首相は。そういった自分の命にかかわる悪戯をやったとしても不思議はない。だが、そのせいでニホン全体、いや世界が危険にさらされている』

『なんとしても、封じ込めねば。Aウィルスを世界に広めてはならん、たとえニホンを封鎖しようとも』

『幸いにも、彼らと接触した各国関係者はまだ感染していないようだ。アメリカは感染したものもいるが、治療薬が功を奏している。だが、これは初期だからかもしれない』

『重篤な症状は治らない…。アトウダ氏に回復の兆しは全くみられない、他の患者にも…』

治療法がなければ、殺すしかない、感染をひろめないために。重い沈黙の後、研究者たちは国連の首脳部にこのことを報告した。数十回に及ぶ会議のすえ、国連は、ニホンを完全に封鎖し、感染を疑われるニホン人の出国を禁止、破った場合は即時射殺を決定。苦渋の決断だった。


「あの時は大騒ぎだった、ニホンにいた外国人、アメリカ軍までが返されたんだから」

キンもちょうどニホンに旅行中だった、ニホンにいる恋人に会いに行ったのだ。もちろんすぐ退去命令がでたのだが。

「あの時、無理矢理にでも連れて帰ればよかった」

彼女は熱心な与党支持者の両親を置いていけないと泣いていた。彼女自身はアベノ政権の支持者でもなんでもなく留学先のアメリカで評価される研究業績を残すほどの才能があった、だが

「バカでも親は親か…」

そう言われれば返す言葉もない、確かにキン自身も母親が痴呆になろうと見捨てていけるとは思えない。だが、アメリカ軍まで完全撤退、それどころかニホンから出国しようとするものをアメリカ軍が拘束、監禁、いや下手すれば攻撃すらするようになった今、キンは後悔の念でいっぱいだ。研究所の職を捨てて、この任務、沿岸警備隊に志願したのも、もし彼女が逃げてきたら必ず助けるためだ。しかし…

「もし、彼女が感染してしまったら…」

即、射殺だ。だが、感染の有無を見分けるのは難しい、何か、何か知的能力を示すようなことをしてくれれば…。

船がだんだん近づいてくる。

ふいに光がみえた、船に明かりがともったのだ。

「船を目視、人がのっている、ニホン人のようだ、何か旗のようなものをふっている」

無線の声にキンはスコープを外し、双眼鏡で船上を見た。

「彼女だ!」

忘れもしない、その顔、その黒髪。

彼女と数名が布のようなものを振っている。

「あれは、ポスター?」

そうだ、ニホンにいるとき何回か見た、濃いピンクと白が鮮やかでさわやかな笑顔をした野党党首のポスターと、にこやかに笑いながら支持者とハイタッチする別の野党党首のポスター。その2枚を掲げて振っている。

野党の党首たちが乗船しているのか?いや彼らは早期にニホンから脱出したはずだ、支持者たちが説得して無理やり亡命させたのだ。

では、なぜ?

「そ、そうか」

“乗船者は野党支持者であり、アベノ首相の仲間ではない。従ってAウィルスの感染者ではない”

そう言いたいのか。

しかし

「なんて稚拙な方法だ、もしかしてすでに感染しているのか」

支持者でなくても感染している可能性はある。もともと彼女は知的能力が高い、感染してもこれぐらいのことは思いつくのかもしれない。

それとも

「もう、疲れ切って頭がよく回らないだけなのかもしれない。他に知性が高いことを証明する方法は…」

これ以外の方法があるのか、それはキン自身にも思いつかない。

船はだんだん近づいてくる。

「どうだ、旗を振っているようだが感染していないのか?」

無線から声が聞こえる。

キンは銃を構えたまま船を見続けた。


どこぞの国でもトンデモな対応をして未知だか未知でないんだかのウィルスの感染拡大を助長しているようですが、防御するふり、何でもないふりをしても世界は冷静にみています。本小説のニホンのようにならぬよう切に願いますが、果たしてどうなることですやら。

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