夢の世界の中で俺は
おぬしらは夢をどう見るのかの。
今いるこの瞬間が現実なのか、それとも夢なのか・・・・
わしにはわからんのじゃよ。
ただいえるのは、自分の望まないことは夢であれ、現実であれ傍観することはおすすめしないのじゃよ。
それがたとえ悲劇のあとじゃとしてもな。
わしは、そう思うんじゃが、どうかの?
マルスは夢を見ていた。
その夢に自分は出ていたが、自分の体は、自分の思う通りにはならなかった。
なぜか続きが見ることができ、見たいと思わないことを見せられる夢物語。
いつしかマルスはそれを見たいと思わなくなっていた。
最初は見続けていた夢を、マルスの方から拒否するようになっていた。
時折、強い意志がマルスに夢を見させていた。
それがなんなのかはわからなかったが、そのたびにマルスは何かしたいと思っていた。
しかし、体は動かない。
やらなければならないことがある。
マルスの意識はそう告げていた。
マルスの眼に、一つの文書が見えていた。
(学士院入学願書)
そう書かれていた書類に、マルスは自身がしなければならないことを思い出していた。
「(誰を?)」
マルスはその時それが分からなかった。
途方に暮れたマルスは、その場で意識を失っていた。しかし、その衝動だけはマルスの心に刻まれていた。
俺はなぜこうしている・・。
暗い部屋の中で、何をするわけでもなく、俺はテレビを見ている。膝を抱え、小さく丸まって、テレビの前に座っている。
テレビには、何も映っていない。
俺は何もしたくはなかった。
その時、テレビにはある画像が映し出された。
なんだ?
光でよく見えない・・・・・。
誰かが何かを抱いていた。
誰だ?
なんだ?
俺の中で疑問が沸き起こっていた。
(ちゃんと見ないと見えないわよ)
俺の中でまた声が聞こえてきた。
それもそうだ・・・。見えないのと、見ようとしていないのとでは大違いだ。
俺は見ようと思った。
銀色の髪の赤ん坊だ。
母親も銀色の髪。
ああ、これは親子なんだ。
俺は妙に納得していた。しかし、なぜここに俺がいる?
なぜ、俺はこの子を見ている?
疑問がわいていた。
(見るだけじゃわかるわけないじゃない。ちゃんと聞かないと)
俺の中でまた声が聞こえていた。
それもそうだ。
俺は聞きたいと思った。
しかしさっきから俺に語りかける声はいったいなんなんだ?
同時にそれも疑問に思った。
(・・・・・・・)
声は特に聞こえなかったが、おれば別の声を聞いていた。
「そんなやつは俺の子じゃない。」
俺の声。俺が話しているのか?
「いいえ、マルス。この子はあなたの子よ。」
母親の声、銀色の髪、この顔・・・メルクーアか・・?
俺とメルクーアの子供?
馬鹿な・・ありえん・・
「ふっ、メルクーアお前が策を弄して俺を求めた結果がその子か?なんの力も感じない、ごみ同然の子か。お前の子らしい。よかろう。認めてやる。それは俺の子だ。しかし、メルクーア。今以上に俺に尽くせ。さもなくば、その子に未来はないと知れ。」
馬鹿な。
俺とメルクーアに子供ができただと?
何をやってるんだ俺は?
(あなたの子供よ。マルス・・・・)
俺は大切なひとをこの手にかけた。愛すると誓った、守ると誓ったのに俺の手で守りきれなかった。そんな俺が、なにをいまさら・・・・。
(マルス、ちゃんと見て。ほら、あなたを求めるあの子を。あのきれいな銀髪の髪は、穢れを知らないあなたの子なの。)
(ちゃんと見てマルス。このままでは、あの子はあなたに害されるわ。あの子を守らなくていいの?マルス。あなたの子をあなたは守らないの?)
その声は、聞き覚えのある、優しい声だった。
その声は、俺の大切な声だった。
その声を、俺は永遠に失ったはずだった。
アデリシア!
俺はそう叫んでいた。アデリシアがここにいる。アデリシアがそばにいる。しかし、見えない。感じない。
どこだ!アデリシア!
俺は必死に叫んでいた。
(マルス、メルクーアが私をあなたの中に封じてくれた。私はあなたに気づかれないようにしていたけど、あなたは私に気が付いてしまった。)
悲しそうな声だ。
(マルス。あなたが私に気づいた以上、私はあなたの中から消されるわ。あなたの体は今あなたじゃないから。だから、マルスお願い。目をふさがないで、耳を閉じないで。ちゃんと見て。ちゃんと聞いて。そしてちゃんと考えて。あの銀髪の子はあなたを救ってくれる子よ。私にはそう感じるの。あなたは、あの子を見るために、その目を開けた。あなたはあの子のことを知るために耳をすました。あなたはあの子のことを考えたの。何もせず、ただそこにいただけのあなたに、あの子は目的を与えたのよ。)
アデリシアの声は優しかった。
アデリシアの声は心地よかった。
アデリシアの声はおれを導いた。
(おねがいよ、マルス。あの子は、あなたと、メルクーアと、私の子供なの・・・・・)
気が付くと俺は手足を縛られた状態だった。
目の前には、俺がいた。
「お前の中に隠れてたとはな、だが、それももうない。どうやら自分の意志を取り戻したようだが、いまさらだな。お前はここでただ見ているがいい。」
俺はそう言って消えていった。
「アデリシア・・・」
もうあの声は聞こえなかった。
しかし、俺の眼はしっかりとあいていた。俺の耳はしっかりと聞いていた。俺の頭は考えていた。手足の自由は効かない。しかし、この目と耳と頭だけは俺の自由にすることができた。
「アデリシア、君が残してくれた願い。せめてそれだけでもかなえよう。君を守れなかった俺に君が最後にくれたチャンスだ。」
俺の心に目的が生まれた。
俺はマルス。
俺はあの子を守って見せる。
それは俺にとって困難のものだった。もう一人の俺が害しようとする子を守ることで俺は俺に抗っているのだと感じた。
そうすることがアデリシアの最後の願いとなった。
それからの俺は体の優先権を獲得するために、いろいろなことを試していた。
もう一人の俺が睡眠中はこの体を短い時間であれば自由にすることができた。長くなると、体の方がもたないようだった。
それから、その時間で俺は自分が見聞きしたものを手記にまとめていった。
記録と保存は基本事項。これは俺の中でまだ生きていた。
そして、俺は俺に気が付かれないように、俺でいる時間を最小限にとどめ、俺は俺の活動を隠匿していた。
ただ、緊急時にどうしてもこの体を奪う必要がある時のために、その工夫もしていた。
しかし、それには多大なリスクを含んでいた。
俺はそのために永い眠りにつかねばならなかった。ほんの少し、俺の自由を取り返すのに、3か月間の眠りを要していた。
しかし、強制的な眠りはともかく、俺の目と耳と頭は休むことなく外に向いていた。
夢を夢としてただ見るわけでなく、マルスは己の中に新しい目的を見つけ出したんじゃ。
アデリシアの願いが、マルスに意志を与えたんじゃな。
愛の力とは本当にすごいもんじゃの・・
なんじゃ、今日はみんなきてくれたのかの。
それじゃあわしらは帰るとするか。
わしはしあわせものじゃの・・・・。