冒険者
おお、あそこに見えるのは冒険者じゃな。
そうじゃ、英雄マルスの冒険者になった話を聞かせてやろうかの。
あれは13歳のときじゃったそうな。
なんじゃ?剣聖はどうしたのかじゃと?
そんなことは知らんわ。ええから黙って聞くがよい。
「冒険者。冒険するもの。未知への探検。これぞロマン。」
マルスは往来の真ん中で陶酔していた。
「おっと、こうしれはいられない。未知が俺を呼んでいる。」
そしてマルスはふと立ち止まった。
「しまった、冒険者組合の道のりまで、未知だったということか・・・・。」
頭を抱えたマルスを、道行く人が怪しい目で見ていた。
「こうなったら、必ず見つけ出してやる。未知を求めたこの俺の後に道ができるんだ。」
そう言って、マルスは歩き出していた。
「すみません。冒険者組合はどこですか?」
マルスは聴くという手段をとっていた。
「ふっふっふ。菊野君。自分にとって未知でも他人にとって既知であるならば、聞くということも重要と俺は剣聖から教わったんだ。」
マルスは独り言の多い人だった。
「すみません。冒険者の登録をしたいのですが・・・・。」
マルスはそう言って冒険者組合の扉を開けていた。
突如そう言ってあいた扉に、全員の視線が動いていた。
そして、中に入ってきた人物を見て、その場にいた全員が氷のように固まっていた。
「マルス・・・・・あれが王国御前試合2年連続優勝者」
誰かがそうつぶやいていた。
「すみません。ここでよかったですか?」
マルスは周りの雰囲気など気にせずに冒険者になるための手続きをしたいことを受け付けに話していた。
「マルス=フォン=モーント様。これに記入をお願いします。文字は当然かけますよね?」
受付は一応確認していた。
「おお。かけるよ。この文字は面白い文字だ。ちなみに、言葉も分かる。これで俺もバイリンガルだ。」
受付は訳の分からないことを言われて、適当に流していた。
「よし、これでいいかな。さっそくで申し訳ないが、どうすればいいのか教えてくれないかい?」
マルスはここのしきたりとか、作法がないか確認していた。
しばらくして、一通りの説明を受けたマルスは、さっそく依頼を受けたいことを申し出ていた。
「申し訳ございません、ただいまお一人でできるものとなると・・・・」
そう言って受付は申し訳なさそうにしていた。
「いや、別に一人用でなくてもいいよ。俺がしたいんだから。」
マルスは何でもいいことを告げていた。
「いえ。依頼主の依頼を達成することに意味がありますので、冒険者組合としては、達成率が重要です。そのために最適な人材を派遣しています。」
受付は、それだけは譲れないことを話していた。
「ああ、さっきそれは説明を受けたからわかるよ。そうじゃなくてね・・ああ!実績か。確かに俺にはそれはないな。」
マルスは一人で納得していた。
「よし、じゃあ、まず一人用をなんでもいいから紹介してくれないか。」
マルスは上機嫌だった。
「はい・・・。では、これで・・・」
受付は目をそらしながら、一枚の依頼用紙を渡していた。
「ふんふん。犬さがしね。ほうほう。」
マルスは真剣にそれを読んでいた。
「よし、引き受けよう。依頼主のところにはどういけばいい?」
意外な言葉に、受付は目を丸くしていた。
「この切実な依頼は一刻も早く達成しないといけない。犬の名はカール。これは僕が昔買っていた犬の名と同じだよ。こんな偶然あるのかな」
マルスは妙なところに興味を持っているようだった。
「はい、ではこれが依頼主の情報ですので、さっそくお願いします。」
受付は依頼主の家の場所を記した紙を渡していた。
「ふむ。時にお嬢さん。ここにはどうやって行けばいい?」
マルスはさっそく道が分からなかった。
「マルスさん・・・・このベルン市食べ歩き情報をお持ちください。これでベルンの街で迷うことはありませんよ。」
受付はそう言って一枚の紙を渡していた。
「ほほう。これは便利なものだね。この世界にも地図があるのは初めて知った。では早速覚えるので、この紙は返すよ。」
そうして真剣にその紙を見ていたマルスはしばらくして受付に紙を返していた。
「ありがとう、親切なお嬢さん。依頼を達成したらまたくるよ」
そう言って片手で挨拶したマルスは、受付に手を振って冒険者組合を後にしていた。
「おい、恐ろしく気さくな人じゃないか?」
組合にいた男が、隣の冒険者に同意を求めていた。
「ああ、なんかこう。うまく言えないけど、俺たちとは違う感じがしたよ。」
求められた男は、そう言って同意していた。
その頃受付意をしていた女性は、自分の提示した依頼を断ることなく受け取っていたマルスに申し訳ない思いでいっぱいだった。
「すみません、マルスさん・・それ銅貨5枚の依頼なんです・・・・。」
依頼主はベティ。3歳 報酬 銅貨5枚(奉仕活動)
依頼用紙にはそう書かれていた。
「よし、君がベティだね。俺はマルス。君の依頼を受けてやってきたよ。」
マルスはそう言ってベティに挨拶していた。
その隣でベティの母親が恐縮していた。
「あの・・・本当に?」
それだけ言うのが精一杯だった。王国御前試合2年連続優勝者のマルスはここベルンでは有名だった。王国の御前試合決勝はベルンでも記録魔道具で市民に一般公開されていたからだ。
圧倒的な剣技で優勝した1年目と、さらにその技に磨きをかけていた今年の大会はベルン市民を熱狂させていた。
そのマルスが、娘の依頼を受けて犬の捜索をしに来ていた。しかも銅貨5枚で。
「詳しい情報を教えてもらるかな?」
心ここにあらずの母親にマルスはそう尋ねていた。
「あっはい。この子とベルンの街を散歩していたら、いきなりカールが走り出していったんです。そのとき綱を持っていたのがこの子で、この子がこけたので私はそれに気を取られて、カールがどこに走って行ったのかわかりませんでした。」
マルスは何やら考えていた。
「それで、その場所は?あと、いつも通る散歩道と、カールが好きな食べ物。遊具とか好きなものを教えてもらえるかな」
マルスはその場所を教えてもらっていた。散歩コースはあまり広くはなかった。鳥が好きで、地面に降りているのを見ると走って追いかけることがよくあったということだ。そしてなぜかおばあさんが好きなようだった。
マルスはしばらく考えて、探してくると言って歩き出していた。
「飛び出したのは、鳥を見たからだろうな・・・・しかし、犬が自分の家に戻らない。可能性としては2つか。」
マルスはカールがかわいがられていることはその家を見るとわかっていた。カール専用の小屋が用意され、水は不在なのに清潔だった。そして、ベティは今も泣きそうにしていた。
マルスは考えていた。
1つは何らかの事故にあったこと。
1つは帰れない状況にあること。
2つ目の条件は何かわからないが、今もそういう状態にあるのだろう。
そしてマルスはおばあさんが好きだというカールの特徴に興味を持っていた。
「さて、問題の場所についたが・・・通常この方向で歩いているな。」
マルスの目の前に鳥がいた。
「がうがうがう」
マルスはいきなり犬の真似をして走り出した。
あたりにいた人は何が起こったのかわからずにあっけにとられていた。
鎧はつけていないが、立派な体つきの剣士がいきなり奇声を発して走り出したのだ。しかも体を可能な限り低くして。
鳥は当然逃げていた。マルスは背をまっすぐにしてそれを見上げていた。
「さて、この後カールは何をどう見た?」
マルスはあたりを見回していた。特になにもなかった。
マルスはそこで目を閉じた。意識を犬の鳴き声のみに集中した。
街の喧騒がだんだんと消えていた。
今マルスはベルンの町中にあって、たった一人だった。
そしてついに、真っ黒な空間にマルスは一人立っていた。
何の物音も、何の光もない。そこはそんな空間だった。
しばらくマルスはそこにただ立ち尽くしていた。
「!」
その時マルスはかすかな犬の鳴き声を感じていた。
「こっちか・・」
マルスは目を開けて、周囲を確認していた。そしてその感覚を視覚情報と結びつけて歩き出していた。
マルスはただ何となく歩いているわけではなかった。
時折立ち止まって、周囲を見渡し、そして犬を連れている人に声をかけていた。
「すみません、最近飼い主の中でなにか変わったことってありませんでしたか」
「このあたりで、何か変わったことはありませんでしたか」
マルスはそう尋ねていた。
10回ぐらい尋ねたときに、マルスは手がかりと思える情報を得ていた。
「そういえば、最近アンばあさんを見かけないな。以前はよく散歩がてらここらで犬を触って喜んでたけどな。なんかあったかな?」
聴けばアンばあさんはたいそうな犬好きだったが、以前飼っていた犬をなくした時に自分の足も痛めてしまい、犬を飼えなくなってふさぎ込んでいたようだった。最近はゆっくりと歩くことはできるようになって、このあたりで犬を眺める暮らしをしていたようだった。
しかし、ここ2日ほど姿を見かけないとのことだった。
「んー急いだ方がいいのかな。」
マルスはアンばあさんの家を教えてもらい、駆け出していた。
アンばあさんの家は町はずれの少し入りくんだところにあった。周囲はどれも空き家で、アンばあさんの家は、ひっそりと周りから隔離されているようだった。
マルスは犬の鳴き声を聞いていた。
「ここか・・・。」
マルスは扉を開けて中を見ていた。薄暗い家の中で、犬が必死に何かを告げるように鳴いていた。
「カール」
マルスはそう呼んでみた。
奥の扉から犬が顔をのぞかせていた。その犬はマルスの方をじっと見て、一言吠えて、中に消えて行った。
「呼んでるのか。」
マルスはそう考えて家の中に入って行った。奥の扉をくぐると、ベッドにうつぶせになっている老婆がいた。
犬はそのそばを行ったり来たりして時折顔をなめていた。
「うう・・・・」
老婆は苦しんでいるようだった。
「119番はないよな。さて、じゃあ行くか。カール。」
マルスは老婆を背負うと、家を飛び出していた。犬はマルスの後について行った。
「すみません。この近くに治療院はありますか?」
マルスは老婆を背負って、道行く人に尋ねていた。
「うん、大丈夫だ。これを飲ませれば元気になるだろう。比較的発見が早くてよかったよ。」
治療院の治療師は、そう言って薬を調合していた。
薬を飲んで、楽になったのか、アンばあさんは寝息を立てていた。
「お手柄だな。カール」
マルスはそう言ってカールの頭をなでていた。
「よし、お前も帰るぞ。ベティがお前を待っている。」
マルスはカールの顔を固定して、そう告げていた。カールは意味が分かったのか、視線を下げて、尻尾を垂らしていた。
「まあ、反省するのはベティにあってからな。」
マルスはそう言ってカールの頭を優しくなでて歩き出した。
カールは元気に吠えると、マルスの後をついて行った。
「また明日来ます。」
治療院にはそう告げて、マルスとカールはベティの家に向かっていた。
「カール!」
ベティはたどたどしい言葉で、犬の名前を読んでいた。カールはその声を聞いて、尻尾を振って駆け出していた。
「どうやら依頼完了だな。初仕事にしては上出来かな。」
マルスは歩きながら、そうつぶやいていた。
「まさか、半日で見つけてくださるなんて・・・ありがとうございます。」
ベティの母親は、半日でカールを連れて戻ったマルスに驚きながら感謝をしていた。
「実は少し問題がありまして、明日町はずれの治療院にカールを連れて行ってもらえませんか?俺も行きますので。」
そう言って、ベティとカールの頭をなでるとマルスは立ち去っていた。
「というわけで、依頼自体は完了したけど、これってどうすればここにわかるの?」
マルスは冒険者組合に戻って依頼完了を告げていた。しかし、依頼主を置いてきたので、本当に完了したのか冒険者組合が分かるのか心配だった。
「大丈夫です。依頼主が依頼を完了したと考えると、この依頼用紙の半分を燃やすことになっています。そうすれば、この用紙もなくなります。そして、先ほどマルスさんの依頼主が燃やされていますので、マルスさんの依頼完了を確認しています。」
魔法の紙で契約しているので、片方がなくなると、もう片方も消滅するようだった。
「なるほど、便利だね。」
マルスはそのシステムに感心していた。
「ところで、他に依頼はあるかな?なんでもいいよ。」
マルスは受付にそう言って、次の依頼を見繕ってもらおうとしていた。
「マルスさん。大変申し訳ないのですが、あなたの実力から言って、今は大したものがないんです。先ほど上級者パーティがたくさんいましたので、そちらの方たちがめぼしいものは受注されていきました。」
そう言って受付は申し訳なさそうにうつむいた。
「先ほどの依頼にしても、ほとんどあなたに頼むことでもないと思うのです。依頼料もごくわずかですし、申し訳ありません。」
受付はそう言って頭を下げていた。
「いや、俺は駆け出しだから、なんでもするさ、それにあんたはごくわずかな依頼料といったが、俺にとっては最高の依頼料をもらったしな。」
そう言ってマルスは笑っていた。
「また明日来るから、なんかあったら教えてくれ。」
そう言ってマルスは冒険者組合を後にしていた。
「いや、人から感謝されるのなんか、久しぶりだよ。いいもんだな。」
何となくつぶやいたマルスは、自分の気持ちに驚いていた。
「なんと、自分の中の未知の部分。俺にはこんな感覚もあったんだ!」
新たな自分の発見に、マルスはじっとしていられなかった。
「ふむ、興味深い。実に興味深い。どこまでやれば満足するのか、これは検証してみる価値があるな。」
そう言ってマルスは自分さがしのために依頼を受けて行こうと決意していた。
翌日、マルスはベティとその母親とともにカールを連れて、治療院を訪れていた。
「あなた様が、私を運んでくださったのですね。ありがとうございます。」
アンばあさんはそう言ってマルスに感謝していた。
「ばあさん。礼ならこのカールに言った方がいい。あんたのこと守ってたのはこのカールだ。あんたの顔をなめて、あんたの意識をここにつないでたんだろう。」
マルスはそう言ってカールを前に出していた。
「おお、お前はカールというんだね。いい名だね。このばばをたすけてくれて、ありがとね。」
アンばあさんはそう言ってカールの頭をなでていた。
「お嬢ちゃんがカールのお友達かい?」
アンばあさんはベティを見てそう尋ねていた。ベティは小さく頷いていた。
「そうかいそうかい。カールはねあんたとはぐれてさびしそうにしてたけどね、このばばがもっとさびしそうにしてたのをみて、ばばの話し相手になってくれてたんだよ。」
アンばあさんはカールが数日帰らなかった訳を話していた。
「何度か帰ろうとしてたんだけどね、ばばがかわいそうに思ったのかね、そのたびにばばの方に戻って来てくれたんだよ。本当にやさしい子だよカールは。」
カールの頭をなでながら、ベティの目を見て話していた。
「でも、あんたにはさびしい思いをさせてしまったね。ごめんよ・・・・。」
そう言ってアンばあさんは涙を浮かべていた。
「おばあちゃん、なかないで・・」
ベティはそう言ってアンばあさんを慰めていた。
「おばあちゃん。もうさみしくないよ。ベティとカールがおばあちゃんのお友達になるから。だから元気になってね。」
ベティはそう言ってにっこり笑っていた。
「おお、おお。ありがとよ・・・。」
アンばあさんはそう言って泣き始めていた。
「(アンばあさんはカールがいないとさびしい。ベティもカールがいないとさびしい。その気持ちを両方解決するために、自分が動くのか。まさに感動。3歳児の気持ちのこもった発想に驚きだね!)」
マルスは違う意味で感動していた。
マルスはベティたちと別れると、もう一度冒険者組合を訪れていた。
「さあ、何でもやるよ。なんでも言ってくれ。」
マルスはそう言って受付にかぶりついていた。
「本当にやるんですね・・・」
受付はその目を見て紹介しないわけにはいかなかった・・・。
「これは本当に見習いの仕事なんです。ほとんど奉仕活動ですよ?いいんですね?」
受付は再度確認していた。
「いいとも。さっきも報酬以上の価値のあるものを見せてもらった。それにこれは誰かにもらう報酬じゃないからね。自分の心からもらう報酬だよ。」
マルスはそう宣言していた。
「自分の心からもらう報酬・・・・・」
受付はその言葉に感動していた。
「わかりました。マルスさん。この10個の依頼をお願いします!」
受付は一度に10個のボランティア並みの依頼をマルスに渡していた。
「よし、片っ端から引き受けよう。」
マルスは高らかに宣言していた。
受付とマルス。
そこには異様な熱気と妙な連帯感が生まれていた。
ほっほっほ。どうかの、マルスの最初の依頼はなんと犬さがしだったそうじゃ。その後も、用水路の清掃。時計塔にかかった帽子の回収。街道で亡くした指輪の捜索など実に地味なものばかりを引き受けていったそうじゃ。そんなマルスを街のものはいつしかよろず屋マルスと噂するようになったそうじゃの。
なに?報酬なしでどうやって暮らしておったのかじゃと?
そんなものは御前試合で2回も優勝しておるマルスに関係なかろう。
どれ、今日もここらで帰るとするかの。
シルフィーやすまんがまたよろしくの・・・・。