魔獣召喚
ん、なんじゃ。おぬしら楽しそうじゃの。
なに?お互いにプレゼント交換したのか。よかったの。
互いのことを思いあって好感したのであれば、良い結果になるの。
片方でも、それを望まなければ、不幸な結果となるでな。
おぬしらは、お互いにいい関係を結べるようじゃの。
おお、そうじゃ、今日はそういう話をしてやろう。
「今度も失敗か。メルクーアよ。掃除してこい」
奴の魔獣召喚は失敗の連続だった。
砂漠の地で雇った古代語魔術師に召喚の壺を使わせていた。
「ああ、魔獣の壺と妖魔の壺じゃ。ともに台座ごと王都で保管されておるが、あの遺跡のものは特別性じゃ。なにせ実力を伴わなくとも、ある程度のものを呼び出すことができるからの。」
俺はデルバーの話を思い出していた。
あの時、奴は壺から召喚したものとの主従関係を構築できなければ召喚できないといっていた。分不相応なことをすれば、不幸な結果が訪れるとも話していた。
つまり、これまでの魔術師たちはどれも実力が足らないということらしかった。
「やはり、確実な方法を取るか。」
奴の声が低く響いていた。
俺は嫌な予感が絶えず襲ってくるのを必死に耐えていた。
そして、その予感は的中した。
「メルクーアよ、お前の力と体と魂をわしによこせ。以前みたあの人造生命体をあと3体用意しろ。そしてわしの命令に従うようにするんだ。」
そう言って奴はアカデミーの願書を目の前に出すと、その中央を少し割いていた。
「どこまでも卑怯な・・・・・」
俺も同意見だった。
奴はヘリオスの入学を盾にメルクーアに迫っていた。
「あれは、私の魂を割譲してできるものだ。あと3体もできるかどうかわかない。私の魂は禁忌の呪法により、すでにかなり消耗している。能力自体も保証できない。」
メルクーアは自分のすべてを使ってもそれはできない相談といっていた。
「そんなことはしらん。お前が何とかしろ。ヘリオスのことを思えばできるだろう?」
おれは奴を今すぐにでもぶちのめしたかった。
何もできない自分が悔しかった。
メルクーアは、憎しげな瞳でやつをにらんでいたが、何か考えたようで、ふっとその表情が変わっていた。
「一つの人造生命体で1回召喚の壺を使える程度です。そのあと消滅すると魔獣はその支配から解き放たれます。そうならないためには、あなたの魂もそこに封じることです。そうすれば、あなたの命令に従うものを何とか3体作れると思います。ただし、消滅を免れるだけなので、召喚のあとはただの人形に戻るでしょう。それでもいいですか?」
メルクーアは、奴の力そのものを割くつもりのようだった。
メルクーア。己をかけるのか・・・。
おれはその顔に、その頭に、将来を見ていた。
そうだった。俺たちはそのためにここにいた。ならば俺もそれに力を使おう。
「よかろう、こちらにも余分な奴がいるからそれを使えばいいだろう。」
奴は俺を利用するようだった。
俺は覚悟を決めていた。
俺を使って、メルクーアの人造生命体が残ることができれば、ヘリオスに対して直接的な支援ができるかもしれない。
魂が宿るということは、そこでならメルクーアとの対話も可能かもしれなかった。
どちらにせよ、俺にはもう後がない。
ならば、その可能性に賭けるしかなかった。
しかし、メルクーアは奴の言葉を聞いて、何か考えているようだった。
「どうした?」
奴にもメルクーアが変わったことが分かったのだろう。
「いえ、準備に関して考えてました。準備には時間がかかるので、それまで待ってもらってもいいかしら?あと、あなたの魂を封じるのに、血を分けてもらいたいのだけれども。」
そう言うとメルクーアは小瓶を奴に差し出していた。
奴はすぐにそこに血を入れて栓をしていた。
「またくるわ。」
何故かわからないが、それは俺に告げたような気がしていた。
数日後、夜中にメルクーアは俺を訪ねていた。
「あなたは英雄マルスでいいのかしら?」
その瞳はまっすぐに俺を見ていた。
「その名は捨てた。もはや俺はただの生きるしかばねに過ぎない。ただ、将来の英雄に望みを託すものだ。」
俺は正直に答えていた。今はそれが必要な時だと感じていた。
「そう・・やはりね。」
そう言うとメルクーアは、部屋の本棚から、ある魔道具を持ち出していた。
「この部屋にはマルスの弱点を見つけるために、さまざまな仕組みを仕掛けてあります。この魔道具はその一つです。」
そして、それを空中に投影していた。
そこには、おれが学士院の入学願書を書いている姿が何度も映し出されていた。
「わたしも、最初不思議でした。なぜあなたが、こうしているのか。そして、なぜか夜中のあなたは穏やかでした。」
そう言ってメルクーアはその魔道具を抱きしめていた。
「マルスの血から、あなたの存在を確認しました。」
メルクーアはその瞳に涙をたたえていた。
「英雄マルスは生きていました・・。」
うつむくその姿は、かすかに震えていた。
「・・・メルクーア。それはもう死んでいる。お前に告げた、あの夜から。そして、ここにいる者は、お前と同じ願いのために、今も無様な姿をさらしている。言葉の力でやつを何とかしたかったが、言葉だけでは足りなかった。」
「言葉には、つたえる相手が必要だった」
おれは、メルクーアをまっすぐ見ていた。
「そうね。だから私はあなたの意志を受け取りに来たの。今からあなたの半分をここに移しておきます。そして、あなたを封じたように見せかけて、その時にあなたを戻します。そして1体は心を持たない完全なゴーレムを作成します。戻った時の負荷に耐えかねて、あなたはおそらく数年の眠りにつくでしょう。あなたの手記は私が引き継ぎます。」
メルクーアは俺に近づくと、そっとの手を俺に顔に当てていた。
「そして、あの子が再びあなたの前に現れた時、力を貸してあげてください。」
それは俺の中で強制力を持って刻み込まれていた。
「わかった。」
俺は短く頷くと、メルクーアは何事かをつぶやき、召喚陣を形成していった。それを見ていた俺は、急激な脱力感に見舞われた。
「あす、また来ます。そして、おそらく私自身あなたに会うのは最後になるかもしれません。さようなら、私の英雄。」
メルクーアはそう言い残して去って行った。
おれは体を動かすことも、何かを考えることもできず、ただその場所に崩れ落ちるようにして倒れて行った。
「この4体の人造生命体のうち、1体は私を封じています。この子がいなくなれば、他の子も消滅しますので、注意してください。そして私の魂もすべて使いますので、この子はこれから永い眠りにつかせます。」
メルクーアはそう言うと、その人造生命体を封印していた。安らかなの顔とは裏腹に、メルクーアの顔はとても苦しそうだった。
「いまから、3体の人造生命体にあなたと私の魂を入れていきます。もうずいぶん力を使いましたので、最後の3体目は、完全なゴーレムになるかもしれません。ただ、どの子もあなたの命令には従うようにしてあります。もし失敗しても、私の魔法を何回か使えるくらいのものは出来上がるでしょう。」
「魔獣召喚後は、この封印の棺に納めてください。それを通せば、魔獣に命令できるようにしてあります。命令するにはこの子たちがこの棺の中で存在していることが重要ですので、丁重に扱ってください。」
そして、メルクーアは一枚の紙を出していた。
「これは魔術契約書です。あなたの血で作成しました。私はこの後消滅します。だから、あなたがヘリオスを害するようなことがあれば、その魔剣ともども。魔神の生贄になると心得てください。強力な呪いなだけに、期間も3年くらいにしかなりませんが・・・・。」
メルクーアの眼は必死だった。
「ふっ用心深いな。お前が消えた後、奴のことなどしらんわ。学士院には入れてやる。安心しろ。」
奴はため息をつきながらそう答えていた。
「・・・・・では、始めます。」
その儀式が始まった。
かくしておれは、わけのわからないままに進む儀式中、急激な力の喪失と共に強制的な眠りへと誘われていた。
これはメルクーアによる偽装なのだろう。
俺はそう理解していたので、素直にそれを受け入れていた。
再び俺が目を覚ますのは、ヘリオスが奴の前に立ちふさがった時だ。
おれは最後の戦いを前に、静かにその時を待つことにした。
メルクーアという俺の副官にして、最後の戦友の言葉を信じて。
メルクーアは最後の最後で英雄の真の心を知ることができたようじゃった。
彼女の中で、自分たちの子ヘリオスに望みを託す。
そう選択したようじゃった。
そして、彼女の思惑どりにことは進み、2体の人造生命体は魔獣を召還して眠りにつき、1体は完全なゴーレムと化して王都の惨劇を引き起こしたようじゃった。
すべて封印したように見せかけた最初の人造生命体が映像として保管しておった。その棺の中には様々なものが隠されておったということじゃ。
英雄マルスと大魔導師メルクーアはお互いの魂をかけて、ヘリオスに贈り物を届けたのじゃ。それぞれの手元には、希望という名の贈り物が届けられておったそうじゃ。
あーこれこれ。ミミルや。あちこち探しても、それは目に見えんもんじゃて・・・




