反撃
おぬし、その怪我はどうしたのじゃ?
なに?野良犬にかまれたじゃと?それは難儀じゃったの。
しかし、なぜ野良犬が現れたのじゃ・・・・
なんと、元はおぬしの犬じゃと?
おぬしの家で飼いきれんようになって捨てたのか・・・・。
ふむ、それは情状酌量の余地なしじゃな。
捨てられた犬が怒って当然じゃ。よいか、因果は廻る。
おぬしの家が捨てなければ、おぬしは怪我をせんでよかったのかもしれんの。
まあ、飼っておっても愛情がなければかみつかれたのかもしれん。
そうじゃ、因果じゃ。異国の国の言葉での。
今日はそういう話をしてやろう。
しかたない、その手を出すのじゃ・・・
「やられた・・・」
思わずうなってしまった。
俺は基本的なことを忘れていた。この体の支配権は奴にある。基本的に俺はその中から見ているだけしかできない存在だ。
奴の意識が働かない間なら、支配を取り戻すことはできたが、奴の意識があるうちに体に介入すれば、俺自身活動するのに休息が必要だった。
そしてそれは記憶の改竄も同じことだった。直接体を動かすわけではないので、奴の意識と拮抗するわけではない。
しかし、奴の意識の中で俺が存在するということがそもそも難しいことなのだ。
たったあれだけのことで、俺の意識はしばらく閉じていたようだった。
覚醒したのか、覚醒させられたのかわからないが、ヴィルトシュヴァインの報告を聞いた俺は愕然としていた。
「葬儀にはメルクーアを派遣しろ、そのままルナを連れ帰れ、王都にはわしの方で後見の手続きを済ませておく。」
奴はエンデュミオン夫妻を殺害していた。
モーント男爵家は謎の死を迎える家系として話題になっているだろう。
まさか、辺境伯が実家をつぶすなんて誰も考えない。
奴の狙いは岩塩事業だ。
モーント男爵は岩塩採掘場の近くの領主なので、そこに影響力がある。
岩塩採掘場自体は王国の直轄になっているが、もともとは実家の領土だった。
そこの割譲と引き換えに、その付近の領土と、運搬事業を任されている。
自然と、商人とのつながりもできていた。
当然俺もそのつながりを持っていた。奴はそれを逆に利用していた。
奴はベルンの岩塩商人を抱き込んでいる。
ベルンを裏から操作するつもりだろう。それには男爵家が目障りだった。
ルナを手に入れることもあったのかもしれない。ウラヌスにやるよりも他家に嫁がせて、うらから支配するやり方。奴はそれも俺の記憶から盗んでいた。
すでにプラネートはエーデルシュタイン辺境伯に嫁いでいる。ヴィーヌスの方も決まっていた。
しかし、ヴィーヌスは理由をつけて婚儀を遅らせていた。
ヘリオスのことが気がかりなのは俺には分かっていた。
ただ、奴があの指輪に何やら細工をしていることも気になった。
気になっていると言えば、例の魔獣召喚の壺を最近持ち出していることだ。各地に持ち出していることだった。
しかし、どうもうまくいってい無いようだった。
もともと、あの騒動自体、台座があってこそだった。
生半可な実力では、魔獣の召喚もおぼつかないようだった。
ヴィルトシュヴァインでようやくまともに召喚できるといった感じだった。そして、そのヴィルトシュヴァインですら、大群は召喚できない。あの台座の役割がいかに大きかったのかがわかるというものだ。
その台座は、デルバーにより封印されていた。だから、この壺も実際にはあまり役に立つものではなかった。
「今回は街道付近の村でよろしいのですか?」
ヴィルトシュヴァインは奴にそう尋ねていた。
「ああ、フールの奴が実権をにぎるのに必要な作戦がひとつ、つぶされているからな。どこのどいつかは知らんが、味なまねをしてくれたもんだ。ベルンにヘルツマイヤーが来ているとの報告もあるが、あいつが人間に肩入れするとも思えん。女王がいなくなった今気ままな旅でもしているのだろう。ベルンでの目撃もたまたまだろう。」
「だから、街道がいい。奴の邪魔は入らないと考えるし、まずは物流の停滞が目的だ。増えたやつはまた違う目的で使うので問題ない。」
奴はそう締めくくっていた。
ヴィルトシュヴァインは恭しくお辞儀をして部屋を後にしていた。
「アイオロス。メルクーアからベルン行きの件何か聞いているか?」
奴はメルクーアの動きを気にしていた。おそらく魔獣の後片付けに使うのだろう。
魔獣があふれ出しては、今は奴も困るといったところか?
俺はそう考えていた。
「メルクーア様はヘリオス坊ちゃんを連れて、すでにベルンに向かっております。目的は坊ちゃんの社会見学とのことでした。」
アイオロスは口元をわずかにほころばしていた。
「なんと、社会見学!」
奴の笑い声が部屋に響いていた。
「メルクーアめ、冒険者にでもするつもりか?まあそれもいいだろう。最近は少しできるようになったとは聞いていたが、わしは奴に期待などしておらん。それよりも、いつでもメルクーアに帰還できるように早馬は待機させておけ、砂漠の方も気になるのでな。」
しばらくしてもたらされた知らせに、奴も驚いていたが、俺も驚いていた。
「ハイマンティコアとマンティコア・・ハイマンティコアロードだぞ?」
奴はその召喚を聞いていたのだろう。その驚きは尋常ではなかった。
「バーンにシエル、ヘルツマイヤーが絡んだのか?」
ヘルツマイヤーのことを聞いて、若干納得していた。
バーンとシエルについては若干の評価はしていたが、ここまでのことはできないはずだった。それにヘルツマイヤーが加われば、話は別だった。
「やつめ、人間嫌いと言いながら、なんだかんだと介入してくるな。あのでしゃばり女め。まあいい。目的のベルンの掌握はほぼ終わっている。メルクーアには別の役目を担ってもらうか。」
そう言って奴はメルクーアに帰還の命令を出していた。
しばらくして、ヘリオスが戻ってきたが、相変わらず奴はヘリオスには無関心のようだった。ただ、一応報告書をよんでわらっていた。
「惰眠をむさぼっていた。」
アイツらしいな。臆病者だ。ある程度使えるようになったと聞いていたが、結局はその程度か。
嘲笑。まさに奴の笑だった。
ルナの失踪事件の後、奴はヘリオスに何らかのことをしようとしていた。
危険を感じた俺は、そっとその記憶を改竄し、そのまま意識を失っていた。
「メルクーアか」
その言葉に俺の意識は強制的に目覚めていた。
「マルス。今日はどうしても聞いてもらいたいことがあります。」
メルクーアの眼は決意に満ちていた。
「どうした?ヘリオスのことで何かお願いか?」
奴はなぜかヘリオスのことだと思っているようだった。
「話が早くて助かるわ。ヘリオスも11歳になっています。来年、学士院に入学できる年齢です。あの子を学士院に入れてあげてほしい。」
メルクーアは入学願書を前に出しながら、一歩も辞さない決意でやつをにらんでいた。
「ふっダメだと言ったら?」
奴は不敵な笑みを浮かべながら、そう尋ねていた。
「あなたの魔剣には魔法が通じないけど、あなたの体の中に直接取り込ませたものはどうなるのでしょうね?魔法植物のお味はどうだった?私がこの10年何もしていないと思ってたの?異界の書にまつわる伝承、その植物。そう言ったものを集めるには苦労したわ。ああ、ちなみに、この体に攻撃を仕掛けても無駄よ。この体は人造生命体私の魂を宿らせた人形にすぎないから。」
メルクーアは小さな瓶に種を入れていた。その種を一粒取り出し、何かを振りかけていた。
途端、その種は爆発していた。
「このとおり、このままでは無害。けれど、あるものを口にすれば、それが引き金となるわ。あなたに耐えられるのかしら?」
メルクーアの決死の覚悟が見てとれた。
奴は剣をぬき、その瓶ごとメルクーアをたたき切っていた。
「無駄だと言ったでしょう?」
上半身だけとなったメルクーアは、それでも話し続けていた。血の一滴も流れていないその切り口をみて、奴は不敵に笑っていた。
「面白い、メルクーア。まさかここまでとは思わなかった。その力、これからも十分に役立てろ。」
机の引き出しから、何かをとると、奴はメルクーアの前に投げていた。
「これは・・・・」
メルクーアはその書類と奴を交互に見ていた。
「デルバーの奴がかってに送ってきた、手紙には、もう俺の承諾は得ているとサインまでいれてあった。俺には覚えがないが、奴とは昔約束していたので、その時のものかもしれん。いずれにせよ、ヘリオスは入学させる。しかし、あそこでへまをするようなら、即刻縁を切る。あと、1年後にはルナもいれるので、そのつもりでいろ。」
そうして奴は用がなくなったとばかりに、メルクーアの体を切り刻んでいた。
体を切り裂かれながら、メルクーアは笑顔だった。
俺はあの時、デルバーにまいた種が発芽したことを実感した。
この感情を高ぶらせないように意識しながら、おれは必死に自分の高揚感を抑えていた。
ながかったな。
メルクーアの努力に俺は言い知れない感動を覚えていた。
ありがとうメルクーア。
誰にも聞こえない感謝の言葉を、動かなくなったメルクーアの体に手向けていた。
「くっくっく。メルクーアめ、面白いものを見せてくれたわ。」
言い知れない不安感が、俺の中で産声を上げ、奴の高笑いにより、どんどん大きく育っていくようだった。
メルクーアはずっと狙っておったのじゃろう。
ぼ・・・ヘリオスのために、その身を犠牲にしてまでも・・・。
いかんの、続きはまた今度じゃ!
シルフィード。わしをはこんでおくれ・・・・




