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皇太子

これは内緒の話じゃがの。

歴史には記されておらん本当の話じゃよ。

なに?内緒の話をしてよいのかじゃと?

おぬし、歴史を知らんと見える。

古今東西、内緒の話というのはの、内緒ではなくなるから内緒なのじゃ。

本当に内緒ならば、誰にも知られんわい。

しかし、これは本当に内緒じゃよ。わしも初めて語るんじゃからの。

壮麗帝ジークフリード・クラウディウス・アウレリウス

彼がまだ皇太子のころの話じゃよ。

ここに来るのは久しぶりだった。

あの事件、あれがなければ俺はここにこうしていることもなかった。

ただ、俺も生きていたのかわからない。

俺の今の状態は生きているのか、死んでいるのか。

ただいえることは、目的はまだ達成されていないことだった。


道はかなり険しくなっていた。


一命を取り留めたヘリオスは以前よりも魔法を使えるようになっていた。うわさでは見違えるようになっているとの話だったが、奴は一度もあっていないようだった。

俺も全くあっていない。

当たり前だが、メルクーアはあからさまに俺とヘリオスの対面を拒んでいる。

計画はうまくいっているが、少しさびしい気持ちがしていた。

ヴィーヌスは俺の期待通りの役割を担ってくれていた。

ただ、指輪の効果が発動したのか、していないのかは不明だった。



俺がそんなことを考えていても、奴は歩みを止めずに、ひたすら砂漠の中を歩いていた。

供のものも連れずに、奴は砂漠を10日間歩きつづけていた。

それほど今回の用事は奴にとって重要なのだろう。

俺もその人物に会うのは楽しみだった。


皇太子ジークフリード・クラウディウス・アウレリウス。

ヘリオスよりも2歳年上なだけの11歳の少年に俺は呼び出しを受けていた。


彼からの手紙は簡潔だった。


「砂漠にて待つ。ただし、熟慮されたし。」


その一文と地点地図が添えられていた。


奴は最初一笑に付していたが、思うところがあったのか、今に至っている。

しかし、熟慮とはうまくいったものだった。


文字通りの言葉をとると、帝国の皇太子に会うのだから来るか来ないか考えろという風にとれる。

しかし、この文面は果たし状だ。

交渉ならば、日時、場所、そして用件を伝えるのが筋だった。

奴が最初投げ捨てたのも分かる気がした。


しかし、奴は会うことを選んでいた。

奴のことだ、自分の計画に使えるのかどうかを見定めるつもりだろう。

そしてそれは俺にとっても好都合だった。


皇太子ジークフリード

その年齢に似合わない頭脳をもち、次々と帝国に新しいものを取り入れていると聞いていた。その発想と行動力は驚異的で、竜王の化身とまで呼ばれていた。


その人物を見極める必要があった。

なぜか、そう思っていた。


砂漠に入り12日目にちょうどその場所は見えていた。そこはイングラム帝国とちょうど中間にあたる場所だった。天幕が張られ、警備の兵士もちらほら見えた。

しかし、奴は気にせずどんどんそれに近づいて行った。




「ようこそ、英雄マルス。あなたのことは帝国でも知らない人はいません。あえて本当にうれしいです。」

年齢よりもずっと幼く見える少年が俺に挨拶をしていた。


この子が皇太子。

俺はこの子の危険性を瞬時に悟っていた。

それは奴も同じように思ったが、平然としていた。


金髪の美少年。その笑みは万人を魅了する。

そう言われているのも納得できた。


そしてもう一つ竜王の化身とまで言われるわけが、そこにいた。

幼竜。名前はわからないが、俺に対して敵意を向けていた。


俺というよりも魔剣クランフェアファルに対してかもしれないが、いずれにせよ、この竜にとっては不快極まりないのだろう。


「しかし、その魔剣。うわさには聞いていましたが、これほどとは思いませんでした。申し訳ありませんが、その力、制御できるのなら少しの間遮断できませんか?」

皇太子はなぜか苦しそうだった。


「ああ。」

奴は即答していた。


「ありがとうございます。」

皇太子は魔剣の力を封じた途端、ずいぶん楽そうにしていた。

それは幼竜も同じようだった。


「では、お互い時間も限りがありますので、本題に入らせていただきますね。」

皇太子は何か焦っているようでもあった。


「あなたは、異世界人ですね。」

皇太子はいきなりの質問だった。いや、質問というよりは確認だった。


「なぜそう思う。」

奴はうまい返事をしていた。


「なるほど、信用してもらえませんか、ならばこちらか名乗りますよ。」

そう言って皇太子は周囲の人間を遠ざけていた。


「俺の名前は皇龍人(すめらぎりゅうと)3等陸佐だ。所属は陸上自衛隊特殊作戦群だ。」

堂々と日本名と職業を名乗っていた。


あっけにとられた奴は、俺の中から知識を探していた。こんな時は奴の思考が読めていた。

俺はなんとなくその言葉の意味を奴に教えていた。

(動揺しているな・・・・)

俺も驚いていた。異世界人に、しかも日本人に会うとは思っていなかった。


そしてその危険性を感じたものこそ、異世界人の証だった。

この世界において、異世界人はその存在だけで脅威だった。知識だけではなく、その存在が特異にして脅威を感じさせた。


「あなたが今何を考えているのか当ててみましょうか?」

皇太子は笑顔で話しかけていた。

「英雄マルス。あなたの存在は脅威だ。そしてその特異性が何より物語っている。俺たちは異世界人という1点で分かり合えるはずだ。」

皇太子は俺を異世界人として見ていた。


確かに、俺の力はそう映るのだろう。しかし、問題はどうしてこの世界に来たのかにもよるのではないか?

俺は無性に知りたかったが、会話の行方も気がかりだった。


「ならば俺も名乗らねばなるまい。俺の名前は加瀬英雄。物理学教授だ。」

俺から引き出した知識を奴は素直に名乗っていた。

これで、皇太子はどう反応するかだ。


「すばらしい。俺の求めていたものが、まさにやってきた感じだ。」

皇太子は欣喜雀躍としてそう告げていた。


「加瀬さん、あなたの力が、あなたの知識がほしい。俺は軍制、戦術論など、実用面に偏った知識しかない。しかし、それは近代兵器におけるものだ。剣と魔法の世界じゃない。魔法はぎりぎり戦術論に組み込んで使えるが、剣、特に近接戦闘など俺の教科書には前世期の遺物なんだ。おれは銃がほしい。戦車がほしい。装甲車でも構わない。この世界を俺たちで変えてやろう。」

皇太子はやはり危ないやつだった。こんな奴に知識を与えるとこの世界がひっくり返る。


そう思うとおれは非常にあせっていた。

この世界がこわれる・・・・・。


「よろしい。その願いはわが願い。」

奴はそう告げていた。

そう、奴ならそう答える。


終わった・・・。俺の頭の中には火薬の原理、からプラスティック爆弾の原理まで入っていた。

俺の中で何かが告げているようだった。


原理は知っている。もう一度俺はその言葉を繰り返した。


そう、原理(・・)は知っている。


しかし、俺は実際に作ったことがない。

これは、幸運だった。


おれは基本的な黒色火薬の配合は知らない。硝石も言葉は知っていても、見たことがない。加工方法も知らない。硫黄はわかるが、この国の近くには火山はない。仮に硫黄鉱物が見つかったとしても、精製方法が分からない。

そう、原理を伝えることはできても、そこから先は教えることができない。


これは俺の知識の盲点だ。


自分で言うのもどうかと思うが、この場合はあえて言いたかった。


(実際には使えない知識だ。)


つまり、俺がしっているものは、実際に作ることを目的にしていたのではなく、用意されたものを組み立てるだけのものだった。


俺はこの世界では電気を作ることもできないのかもしれない。


まだ、間に合うかもしれない。研究にかなり時間はかかる。

いかにこの世界の天才といえど、知らない知識に触れてすぐ、どうかできるものではないはずだ。


問題は、他に異世界人がいた場合だ。

知識を補完することで、何が生み出されるかわからない。


しかし、皇太子はどこの時代の日本なんだ?自衛隊と言っていたので、戦後の生まれに違いなかったが・・・。


「皇太子、あなたは戦後の日本人で間違いないか」

奴が聞いていた。


俺の中で生じた疑問を、奴が確認していた。

俺はこの瞬間、ある仮定を得ていた。


(俺の知識を探っている間は、奴はしらずに俺の影響を受ける)

この重要な仮定は、検証の必要があった。


「ええ、そうですよ。戦争のない平和ボケした日本です。現実の脅威から目をそむけ、閑雅もせずに与えられた環境にただ浸っていた日本人の一人ですよ。」

奴は、軍事力を抑止力ではなく、純粋な力としてとらえる人種だった。



なぜか、精霊女王の言葉が蘇ってきた。


「それとこれは重要なことですが、私はあなたを招いていません。それは断言します。あなたを招くことは、この世界を混乱に導くことになります。あなたは今後さまざまな困難に直面していきます。そして、あなたの存在は世界をいかようにでも書き換えることになるでしょう。」


これは俺に限ったことではないはずだった。


少なくともこの世界には2人の異世界人がいる。他にもいるかもしれない。名を捨て、この世界に同化するのか、異世界人として世界を変革するのか。


皇太子はまさしく後者だった。そして、皇太子という地位まで持っていた。


イングラム帝国皇太子ジークフリード・クラウディウス・アウレリウス

俺の次に危険な人物として注意しておこう。


そのためには、皇太子の情報が必要だった。おれは強く念じた。


(お前はこの世界にどうやってきた)

この疑問を口にしてくれ。俺は強くそう思った。


「皇太子、この世界にはどうやってきた」

俺は歓喜に振るえていた。やはり俺の知識にアクセスする場合において、奴は俺の影響を受ける。


「それはわからない。俺は黒い渦に巻き込まれた記憶しかない。気が付くと、赤ん坊にされていた。」

皇太子は偶然にそこに巻き込まれたような感じだった。俺とはちがった形だった。

俺はどちらかというと偶然だが、俺がそれを探した感じがあったからだ。


「あと、おそらく異世界人はほかにもいる。」

皇太子は、確信をもってそう告げていた。


俺もそう思った。皇太子が表現した黒い渦、それは時空のゆがみだろう。


俺がつなげたからか・・・・

あくまで仮定だ。しかし、俺にはそうと思えて仕方がなかった。


「これはあくまで推測だが、この世界に異世界人は各国に一人ずつ呼ばれている気がする。帝国には俺が。アウグストにはあなたが。この意味をどう考えるかは自由だが、少なくとも俺はあなたと敵対する気はない。」

皇太子はそう告げていた。

この皇太子が何を考えているのかはわからないが、俺を危険視しているのは事実だろう。

魔剣の存在が大きいのかもしれない。



「さて、俺も質問してもいいかな。火薬の作り方は知っているか?」

皇太子はやはりその質問から来た。

「まずは、銃をつくりたい。そのためには火薬が必要だ。」


俺はその時まだ試していないことに気が付いた。


ウソの情報を流せないか?


俺は意識を集中して、俺の中の知識に修正をかけた。

火薬の原理である可燃物としての木炭と硫黄、酸化剤としての硝石から木炭を消す。俺は俺に対して、火薬は硫黄と硝石の混合物と思い続けた。


「火薬は硫黄と硝石の混合物だ。硫黄は火山がないと取れないな。硝石もその鉱床を見つけないと無理だろう。」


俺は歓喜に振るえていた。

俺には目と耳と頭があるが、その頭は俺の知識に介入できた。


俺はペンという武器のほかに、情報操作という武器も手に入れていた。

これで、帝国相手に少なくとも時間を稼ぐことができる。



俺は新たな脅威と共に、新たな戦い方を得ていた。


皇太子は異世界人じゃった。


なに?そんなことは信用できないじゃと?


やれやれ、いくら真実を語っても、それを理解してくれんとはな・・・。

人は理解できることを信じたがるからの。

わしの話を聞いていれば、そのうち真実にたどり着くじゃろう。

真実というのは意外なところにあるのかもしれんぞ。


例えば、わしが人間ではなかったらどうするかの?


なに?爺さんは半分化け物みたいなもんじゃと!?


ほっほっほ。


それもある意味真実かもしれんの。

これ、ミヤ。そんなに怒るでない。

これはこやつなりの優しさじゃ。ほっほっほ。


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