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乾坤一擲

お前さん、どうしたんじゃ。そんな思いつめたような顔をして・・・。

なに?あの子に、自分の思いを伝えに行くのじゃと?

それでそういう顔つきなのかの・・・。

おまえさん、いちかばちかの勝負はの、安全を確保してから行うもんじゃぞ。

そのあとのことを考えないでよいのなら、何も言わんがの・・・。

まあ、人生いろいろじゃ。失敗してもよいことなら失敗もまた経験じゃろ。

でも、失敗が許されないときにそうしたことをするのには、よっぽどの度胸とここぞという見極めが大事なんじゃ。

そうじゃ、そういう話をしてやろうかの。

なに、その子は逃げんから、聞いていくがよいの。

この書類だ。

俺は目当ての書類を探し当てていた。

最近。奴は居眠りをするようになった。

おれが夜に断続的に活動するようになり、肉体の方がそれを求めるようになってきている。年を取ったということか。

奴の注意が多少なりとも弱まるのは、正直ありがたかった。


今も、こうして書類をかきあげることができた。

デルバーとの約束。ついにヘリオス以外はかなえられなかったが、今度こそは成功させてみせる。そう思い、あと一歩のところで、奴の意識が覚醒した。

「「アイオロスか・・・」」

奴もと俺とは感想が違う。

俺は舌打ちしたい気分だった。

もう少しで奴の眼にはとまらなかったが、瞬間的に奴の眼に書類は見えたと思われた。

もう、あとは成り行きを見守るしかなかった。


「マルス様、くだんの件判明しました。それと、お耳に入れておきたいことがございます。」

アイオロス。お前は優秀な奴だよ。しかし、優秀すぎた。任務を着実にこなしすぎる。


「精霊石は即刻破壊しろ。そうすれば生まれたばかりの精霊は何の自我も持てなくなる。」

奴の目的は精霊石の破壊ではない。これは手段だということはわかっていた。


「マルス様、ここ10年で発見、破壊した精霊石は4個になります。なかでも火の精霊石を破壊後、領内ではたびたび異変がおこっていますが、大丈夫しょうか?」

そう思うなら破壊する前に納得してから行ってくれ。俺はアイオロスに文句を言ってた。

アイオロスは、疑問を口にする方だ。しかし、俺に対して従順すぎた。これでは俺の望みはかなえられない。

お前の主はこの俺だ。

スラムでの生活とその後の面倒を見たのはこの俺だぞ!

一緒に冒険したのも、上流貴族になってからの苦労を共にしたのもこの俺だ。

奴じゃない。奴じゃないんだ。

俺はアイオロスに必死に呼びかけていた。

しかし、それは届かないものだった。


「心配ない。想定内だ。それよりも他の精霊石だ。そしてかの精霊女王の結界石も早く見つけるのだ。かのものを封印してこそ我の願いは一つ進むのだからな。」

重ねて言う、それは俺の願いじゃない。アイオロス、考えろ。精霊石を破壊しまくると、世の中に混乱どころじゃない、混沌がやってくるぞ。

おれは、ため息をついていた。

知らせることができないのは、難しい。

夜中に呼び出して話してもよかったのだが、アイオロスは疑問を口にする。昼間にそれを言われたらおしまいだった。

正直、精霊石に関してはどうすることもできない。ヘルツマイヤーに任せるしかなかった。


「それはそうと、話はそれだけではないのだろう?」

奴がアイオロスに話していた。

俺は嫌な予感がしていた。


「ヘリオス坊ちゃんに何かついてきているようです。」

やめろ、アイオロス。それ以上はいうな!


「はっきりしない言い方だな、あれに何がつこうが問題あるまい?」

気にかけなくていい。

「私には判断できませんので、ただ・・・」

「ただ、なんだ?はっきりしないな!」

奴のいらだちからか威圧感を放っているようだ。

アイオロスは額に汗をかいている。


「先ほども申しましたが、私には判断できかねるものですが、ヘリオス坊ちゃんとウラヌス様とのお遊戯でウラヌス様の一撃を察知してヘリオス様がかわしたということです。それは、ヘリオス坊ちゃんがしたというよりも、何者かが介在した可能性がある動きでしたので・・・。」

アイオロス、そこに気が付かなくていいんだ・・・。


「ほう・・・・」

「その時に空気の流れはどうだった?」

やばいな・・・。この話の流れは非常にやばい。


「そういわれますと、若干変わった感じがございました。特にヘリオス坊ちゃんの周囲は」

「ヘリオス坊ちゃんには風の精霊がついていると・・・?」

さすがだよ、アイオロス。お前は優秀な奴だ。けど、優秀すぎる。


「信じがたいことではあるがな・・・・。あれは何のとりえもないと思っていたが、まさか精霊がつくとは・・・。」


「それでヘリオスには精霊が見えていると思うか?」

奴は確認のためアイオロスの意見を聞いていた。


「それがしには判断つきかねますが・・・。魔法を行使した形跡はございません。実は先ほどのときもかわす前にヘリオス坊ちゃんは意識をうしなっていましたので・・・。」

よし、いいぞ。

俺は拍手をしたくなっていた。



「なんと・・・。それは気まぐれがついているだけか・・・?」

まれにいたずらで一時的に精霊がその周囲にいることもある。奴はそう理解したようだった。ヘリオスのことを出来損ないと思っているからだ。


「その可能性はございますが、ただ、ヴィーヌス様が来られた時には、影響は消えていましたので、かなり周囲を警戒しているものと思われます。」

奴はアイオロスの言葉を吟味していた。


「ヘリオスには風の精霊の関与があるな。しかし、なんら修行をつんでいない精霊魔術師に精霊が契約したとは思えない。なんらかの協力があれば別だろうが、子どもにそれは期待できまい。となると、ヘリオスを私へのけん制にしたというわけか・・・。やつめ、むだなことを・・・。」

よし。奴はいいように誤解してくれた。

精霊女王が何らかのことをしていると解釈してくれていた。

確かにそうかもしれんが、今のところヘリオスの力に関して疑問を持たないでくれた。

(たすかった。)

俺は正直に思った。

もし奴がヘリオスのことを出来損ないと思い込んでいなければ、加護がついていると考えるだろう。

先入観の怖いところだ。

しかし、今はその先入観に感謝しよう。そして、生まれながらにして、自身の力を封じているヘリオスにいったいどんな力が働いているのか俺は疑問に思っていた。



「向こうの出方を待つとするか・・・、精霊石破壊後、ヘリオスの監視を怠るな。あ奴は何か知っているかもしれんが、とりあえずはきゃつの出方待ちでよいだろうて」

奴はそう決めると、アイオロスに下がるように指示して引き出しをあけていた。



見つかったか・・・。


「油断ならないな・・・まだあがいてくるとは・・・」

そうつぶやいて奴はその書類をゴミに出した。

王立学士院アカデミー入学願書はまだある。入学までまだ時間はある。そのうちにチャンスもある。

王都にさえいければ・・・。

俺はその機会を待っていた。

デルバーに会えたら、その真実の目で俺を見抜くだろう。

しかし、奴は王都には全くいかなかった。しかし、チャンスはまだある。

俺はそれをうかがっていた。






「それで、精霊女王は消失したと・・・?」

アイオロスはその場で小さくなっていた。奴め、アイオロスに威圧をはなっているのだろう。アイオロスが気の毒に思えてきた。


「わしの命は結界石の破壊であったな。アイオロスよ」

アイオロスの方から重圧が取れたようだった。

必死に言葉を紡ぐアイオロスを見て、奴がどれだけ重圧をかけていたのかがわかる。


「私の使命は、報告と結界石の破壊でした。結界石の破壊を優先するために、精霊女王に注意を向けることはできませんでした。お許しください。」

必死の弁明。それもそうだ、奴はおそらくこのままでもアイオロスを殺すことができる。

アイオロスに耐えるという意思がない以上、確実だ。

しかし、本気で殺すわけではないだろう、俺はそのまま様子を見ることにした。


「まあ、よい」

「それで、女王はヘリオスに何をしたかわかるか?」

それは俺も気になる。女王はヘリオスに何をした。何か知っているはずだ。


「黒い球体に包まれておりましたゆえに、何かまではわかりかねます。ただ、その時に女王は隙ができていました。実体化していましたので本体にも攻撃できる感じがしました。また、その時の状態、あれは呆然とした感じに似ています。その隙に結界石を破壊しましたので。」

アイオロスは、過度な推測を述べない男だ。見たまま、感じたままのことを報告する。


「ヘリオスに何らかの器を期待したが、徒労に終わった感じか・・・。あやつに何かあると思うのが間違いなのだが・・・。」

本当にヘリオスの力が隠されていてよかった。メルクーアは実にいい仕事をしているし、ヴィーヌスもそうだった。

意外なところでウラヌスも役に立っていた。



「しかし、それでも坊ちゃんは一人でゴブリンを対峙していました。これは驚きでした。」

俺は思わずその光景を想像していた。

冒険だ。

5歳のヘリオスは、その年齢で冒険をしていた。

俺のように力があるわけではない。

俺のように意識がすでに成人でない、ただの子供だ。しかも、能力的には一般人だ。

それがゴブリンに向き合うなんて、どれほどの勇気。どれほどの意地か。

わが子ながら、賞賛していた。

叶うことなら、抱きしめたかった。


「蛮勇よ。それに最後のは暴発だろうて。未熟者が最後の可能性をかけておこなったが、不発に終わった。運よくそれが効いたに過ぎぬわ。」


一気に水を差された気分だった。

しかし、ありがたかった。

ヘリオスの状態が気になる。俺は魔法の暴発がどんなものか知っている。

場合によってはかなり危険な状態のはずだ。

見に行くか・・・。俺は緊急モードを発動しようとした。


「とにかく、一つの問題はまあ解決したとしてよいだろう。これからすぐに王都に向かう。しばらくは戻らぬ。なにかあれば、知らせよ。」


王都へ。

この言葉を待っていた。ヘリオスのことは気になるが、俺が言ったところで何かできるわけではない。ここはヴィーヌスの力を信じよう。それに、ここにはマグナス神父もいる。何とかなるだろう。

ここで賭けに出ると、王都でのことが分からない。それにデルバーにはあっておかねばならなかった。

(ヘリオス。お前の力、ヴィーヌスの力を信じている。)

おれは、決意した。






王都までの道のりで、ベルンの岩塩組合を取り込む奴を見ていた。

一部ベルンの行政官も取り込んでいた。

ここの街は俺が守った街だから、皆俺に感謝していた。

しかし、同時のここの街の連中が押し寄せなければ、アデリシアも命を落とさずに済んだかもしれない。

俺は複雑な気分だった。

ベルンでのマルスは裏から捜査しているものの、基本的には商人たちに任せているようだった。


裏からベルンを支配する。

奴はそうしているようだった。





王との謁見ののち、奴はまず聖騎士団長を尋ねていた。

マルクス将軍。俺に心酔するこの男は、俺の言うことに盲目的だった。


「聖騎士団は王都を守るように。周囲で何か起こっても、俺が片付ける。だから、何があっても王都からは動くなよ。」

奴はそう言ってマルクス将軍に命令していた。

「ほかならぬ英雄マルス様のお考えに私の意見はございません。聖騎士団を預かるものとして、いかなることがあろうとも、この王都を死守して見せます。」

マルクス将軍は英雄にあこがれる聖騎士だった。自身も英雄足らんと欲した時期もあったそうだ。俺にいろいろと話していた。

そして、自分がほぼ聖騎士5軍団の実質のまとめ役だとも話していた。


「例え、フリューリンク領のアテムが敵に襲われても、辺境伯たる俺が支えるので、貴公はいかなる援軍要請にもこたえなくてもよい。きっとおれが何とかするから。」

奴は親しげにマルクス将軍の肩をたたいていた。


マルクス将軍は感動しているようだった。そこにマルスは追い打ちを掛けていた。

「マルクス将軍。俺の味方として期待している。」

マルクス将軍は単純にも、それで敬礼を返していた。


(剣まで捧げそうな勢いだな・・・)

俺はそう感想をもっていた。

マルクス将軍の後、クラウディス将軍、マルケッルス将軍にも会いに行き、聖騎士の詰所にも顔を出していた。

自分の名声をふんだんに生かした心理戦を仕掛けていた。

そして、そのすべてに勝利していた。



しかし、奴は王都滞在中デルバーには決して会わなかった。

デルバーが一度訪ねてきても、体調を理由に面会を断っていた。

それから王都では様々な貴族にあっていたが、デルバーにだけは会わなかった。


明らかに、避けている。


それはその目に映るのを恐れている証しだった。


しかし、俺は何としてもあわなければならなかった。どうするか・・・。

俺はさんざんに考えて、一筋の光明を見出した。


謁見の間だ。


最後の最後、王都から去る前に必ず王に挨拶する。これはどの貴族も避けて通れないことだった。そこならばデルバーがいても奴は避けることができない。


そう思うと、俺は行動していた。

書類を小さくまとめる魔道具はどこの書斎にもおいてある。それを探し出して、何度も書いて覚えた文書をまねて書いた。多少不備があったとしても、デルバーならなんとかするはずだった。

要はこの文面で俺がこれにサインしていることが重要だった。


そして、俺は王城できるための辺境伯用のマントにその書類を隠しいれた。


緊急モードはそれほど持たない。話している余裕はまずない。

だから、ただそれだけを渡せればいい。


そうすれば、奴も無視はできない。

デルバーも公然と迎えに来ることができる。


あいつは必ず来る。


デルバーも同じ結論に達しているはず。俺はデルバーを信頼していた。あいつが俺の信頼を裏切るわけがない。



奴は慣例に乗っ取り、王に帰るための挨拶をするため、王城に向かっていた。

俺は虎視眈々とその機会をねらう。


謁見の間の扉の前で、俺はいつになく緊張していた。

この乾坤一擲の策は、俺がデルバーが来ていると信じていることに支えられている。

それはこれまでの奴の行動がデルバーに疑念を抱かせていると感じているからだ。

デルバーなら、その疑念は晴らそうとするはず。

だから、俺はこの一瞬にすべてをかけた。


入場の呼び出しをうけ、扉が開き、俺は中へと歩みだす。


正面には王。まだまだその距離は長い。


いつもいる付き人の姿も、近衛の騎士の姿もない。ただ王だけがそこにいた。

そして俺の視界の端、王から最も遠い位置にあいつはいた。


俺の入場と共に、デルバーは俺に近づいていた。

「マルスよ、おぬしに一言言わねばならん。」

その顔は何かを決意したもののようだった。


ここしかない。

今はこいつに何かあっては困る。

俺はこの瞬間を待っていた。俺の全気力を振り絞り、俺は俺を取り戻した。


「デルバー。たのむ、これをたのむ。たのむ。引いてくれ。」

そう言ってデルバーに向けて隠しつけた魔道具を渡した。

「ヘリオス・・・」

俺は倒れる中で、デルバーの手にその魔道具が握られているのを見ていた。

そして俺は闇にとらわれていた。


俺の目が覚めたのは、それから3年の月日が流れていたあとだった。


どうじゃった?

時期をみて、人を信じたからこその行動は、しっかりと身を結ぶのじゃ。

おぬしも気になるのなら、まずはふさわしい努力というものをするべきじゃろうな。

勢いも大事じゃがの。

わしの見るところ、おぬしはもう少し自分を磨いた方がよいと思うがの・・・。

なに?待てない?

まあ、おぬしのすきにするがよい。人の忠告を受けるかうけないかもまた、おぬしの自由じゃ。

のお、ベリンダよ。人に教えるのは難しいの・・・。

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