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プロローグ

おぬしたちも聞いておいて損はないと思うぞ。

これは貶められた英雄の話じゃ。


なぜ、おとしめられたのか?


それはこの物語を聞いておればわかるわい。

しかし、わしも年を取っての、すべてを話すのはつかれるのでの。


一つ一つ語って聞かせるので、よく覚えておくがよいかの。

「菊野君。そっちの値はどうかね。」

白衣の男が自分の作業を行いながら、そう確認を取っていた。


「こちらはすべて正常です。教授」

菊野と呼ばれた女性はモニターをチェックしながらそう答えてきた。


「おお、じゃあこっちももう少しブーストかけて・・・・」

教授と呼ばれた白衣の男は楽しそうに自らの作業に没頭していった。


「しっかし、加瀬教授も中二全開だな。今回のは転送装置だっけ、菊野。」

長身の白衣を着た男がにやにやしながら聞いていた。


「ロマンだそうですよ。徳田先輩」

菊野は若干引きながらそう答えていた。


「ロマンね・・・。まあわかる気もするけど、それで古流剣術ならってたのか?」

徳田は教授が古流剣術、特に居合の達人であることを話していた。


「なんでも、うまくいったら、自分がそういう世界に行くんだって言ってました。まあ、飲み会の話ですけどね。」

菊野は笑ってそう答えていた。


「やっぱり中二だな。」

「ですね。」

二人は笑いながら、そう話していた。

「この予算って、確か、国土交通省からだろ、良くおりたな。」

徳田は研究費の出所を確認していた。

最近では予算不足の研究室が目立っており、この大学も資金と研究のはざまで。自分のやりたくないこともしなければならなかった。


「けど、この研究室だけは、いつも資金ぶりがよくてうらやましいよ。おれん所なんか、じり貧さ。」

徳田は肩をすくめてそうぼやいていた。


「教授の金言を教えてあげましょうか。」

菊野はそう言って教授のまねをしていた。


「研究は楽しいを忘れたら、いい発想なんて出ない。前を向いていないものに前進なんてありえない。」

人差し指を立てて、目を閉じたままそう言う姿は、まさに教授のまねだった。


「あははは、似てるよそれ、今度宴会芸でどうだ?」

徳田はおなかを抱えて笑っていた。


その時、菊野のモニターに異常値が発生していた。

「教授、この値なんか変です。ちょっと来て確認してください。」

菊野はあわてて教授を呼んでいた。


菊野のもとに帰ってきた教授はモニターの数字を確認していた。

「ふむ、これは確かに異常だね。もう少し、出力を上げてみようか。」


教授はそう言って、出力を上げていた。今稼働しているのは座標探索に使うものだった。

教授の理論では、物質転送には高次元の介在が必要だった。まず、現在の3次元から11次元に座標を変換して、そこに新しい3次元座標を組み込むことで物質は転送されるというものだった。

菊野はこの理論に正直ついてはいけてなかった。

しかし、菊野はその説明を受けたときのことを思い出していた。


「いいかい菊野君。自分の力を過信してはいけない。しかし、自分の力を信じなくては始まらないんだ。自分で考えたことは、否定されない限り、自分で否定してはいけない。たとえ1%以下の可能性だとしても、最後まで自分が正しいと思わなければ、研究なんてできないんだよ。」

そう前置きして教授は説明を始めていた。


「紙を机の上に置くだろ。厚みのない紙だとするとそれは2次元として扱える。そこでは左右と前後の方向はあるんだよ。けど、上下はない。」

教授はそう言って紙を机の下に置いた。

「こうすると、この紙の上では位置は変わらないけれども、上下の位置は変わっている。すなわち、座標が動いたことになる。このように次元が動くと、その位置も変わってしまうんだよ。」

そうして、教授は紙を机の上に戻していた。それは最初の位置とは違うところだった。

「このように、いったん違う座標に置き換えたものは、そこから消えているんだ。そして、その座標に向かう意思、そういう変数が入る次元に行くことで、位置が変わるということだよ。それが可能になるのが11次元というわけさ。」

そう言って教授は、今の説明はこじつけだけどねと話していた。実際には3次元のものが多次元に関して目で見て頭でイメージするのは難しい。それができないからあくまで理論なのだ。


「ここにロマンがあるのだよ。」

教授はそう言って自分の理論を追及していた。

菊野はあいまいに笑うしかなかった。




「教授大丈夫ですか?」

菊野は出力を上げ続ける教授の目が狂気の色に染まっているように見えていた。


「菊野君。わたしはね、いま何となくだけど、違う生命体との交信をしている気分なんだ。なんだろうな。この感覚。わからないだろうけど、今私はそういう感覚だよ。」

そう言って教授はわらっていた。


「おい、大丈夫か・・・なんか、いっちゃってないか?」

徳田は教授の様子がおかしいと感じていた。


「時々ああなるんです。人が変わったみたいに。でも、そういう時ってだいたい、教授は何らかの発見するんですよね。不思議です。」

菊野は見慣れた表情をただただ眺めるしかなかった。


「でも、今日は一段とやばそう・・・・。」

思わずそうつぶやく菊野だった。


「とらえた。」

教授はそう言って、データ解析を行っていた。その瞬間、電源が落ちていた。


「くそ、逃げられたか・・・」

教授は意味の分からないことを口走っていた。


「なにかいたんですか?」

菊野は教授が見たものを聞いていた。


「感覚でしかないよ、菊野君。でもわたしは確かにその存在を感じていた。」

そして教授は伸びをしたあと、自らに気合を入れていた。


「よし、今の感覚だ。いま何となくわかった気がする。」

そう言って教授は何やら計算をし始めていた。


「ああなったら、もう自分の世界です。」

.菊野はそう言って徳田を案内していた。


「先輩、コーヒーでもどうですか?」

菊野は教授の邪魔をしないように部屋を後にしていた。




「よーし。これなら、捕捉可能だろう。」

教授はもう何度目かわからない試みに終止符を打つべく、意気込んでいた。


「教授、なんだか趣旨が変わってますが・・・・・」

菊野は転送装置そっちのけで、未知との遭遇に情熱をかける教授を無駄だとわかりながら、いさめていた。


「菊野君。科学の基本は好奇心だよ。これなくしては科学を語れないよ。いま私は非常に知りたいのだよ。」

そう言って教授は今日も自分の道をひた走っていた。


「さあ、今日も始めるぞ。」

教授は意気込んで、測定を始めていた。

昨日までと同じ繰り返し。菊野はそう思っていた。

そして、それはいきなり始まった。


「おお、この反応。菊野君。これはこちら側に干渉した証拠だよ。ああ何ということだろう。今日は記念すべき時だよ。菊」

教授が出力を上げていく途中で、それは起こっていた。大気を震わす振動と、どこからかやってきた光に、思わず目をそむけた菊野は、たしかに教授の声を聞いていた。しかし、自分の名前を呼ぼうとした教授は、それを最後まで言うことなく、この場所から消えていた。


「教授・・・・?」

光がおさまり、振動がやんでいた。静まり返った部屋に、菊野は一人たたずんでいた。


「教授?」

あたりを見回した菊野は、呆然としながらも、自分のすべきことを考えていた。


「とりあえず、電話しよう。」

今日は遅くなりそうだった。





加瀬は興奮していた。光と振動により、自らを包んだ空間は、自分の想像できないものだった。

途端、体が分解される感覚に襲われた。

実際に分解されたことはないのだが、おそらくそんな感じだろうと認識していた。


「おお、これは自分の理論が実証されるのか。観測者が自分というのは腑に落ちんな。」

加瀬は少し残念に思っていた。


「いや、しっかりするのだ加瀬英雄。お前は科学者だろう。最後の最後まで、観測し、検証するんだ。」

そう思いながら、加瀬は気を失っていた。


ふと、目を覚ました加瀬は、自分の体が思うように動かないことを不思議に思っていた。

それにあまりよく見えない。研究疲れがでたのか、確かめ薬はカバンに入れていたはずだ。

そう思ってカバンを撮ろうとしても、横にすらむけなかった。


「(なんだってんだ・・・・)」

加瀬は自分の状況を把握するべく、自分の体を見回していた。


「(やけに小さい手だな。)」

加瀬は何故自分の手がこんなに縮んだのか不思議だったが、もっと不思議なことがあった。それは、どんなに手足を動かそうとしても、思ったようには動かないことだった。

手足をばたつかせて、思い通りの動きができるか確かめたが、結果はやはり同じだった。


「まあまあ。マルス。元気いっぱいね。」

大柄な女が、そう言って加瀬を抱いていた。さあさあ、マルス。ミルクの時間ですよ。

そう言って自らの乳房に加瀬の顔を押し付けた女は、鼻歌交じりに加瀬の背中をさすっていた。


「(状況的に、赤ん坊だな。)」

加瀬はそう理解していた。なぜかはわからない。しかし、加瀬は赤ちゃんになっていた。


「(ふむ、これでは検証もできないな。)」

加瀬は思ったよりも冷静にこの状況を受け入れていた。


「(科学の基本的なことは、仮説の提唱とその証明だよ。菊野君)」

加瀬はここにはいない菊野に、そう講釈していた。


「それにしても、赤ん坊とはなかなかに不自由な存在だな。」

加瀬はこの状況が不満だったが、本能のように母乳を吸っていた。


「ふむ、味が分からん。やはり赤ん坊になどなるものではないな。」

加瀬はそう結論付けていた。


加瀬は努力を重ねた。母乳を吸い、手足を思うように動かす。その訓練を何度となく繰り返す。ある程度筋力が付くと、体を回転させて移動していた。手足の力が付きだすとハイハイを積極的に、そしてつかまり立ちができると、歩行を開始していた。半年がたち、加瀬はつかまって歩くことに成功していた。


「(ふむ、実に長かった。)」

加瀬は自らの訓練をとても長く感じていた。しかし、目標があると自然と力が湧いていたのだった。

そして3年の月日が流れていた。

加瀬は自分を加瀬英雄ではなく、マルスと認識した。


「これはロマンだね。」

マルスは自分の2度目の人生を悔いのないように生きようと決心していた。

ここは科学文明が謳歌する世界ではなかった。夢にまで見た剣と魔法の世界だった。


「ある意味。面白い。この世界は未知にあふれている。そして、私にはやはり剣がふさわしい。」


マルス=フォン=モーント 3歳。

初めて剣を握った年だった。


どうじゃった。

信じられんと思うかの。


しかしこれは真実じゃよ。マルスの手記を読んだわしが言うのじゃからの。


わしか?わしはただの爺じゃよ。ほっほっほ。


どれ、続きはまたこんどの。


ほれ、シルフィや。またわしを運んでくれんかの・・・・・・。

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