二人の閉回路
私は知らない場所にいた。
どことなく懐かしい。そんな場所。
なぜここにいるかもわからない。
ただ、どうしてかその国言葉だけはわかった。
「道に迷ったのか?」
突然、私はその国の住人だと思われる生物に声をかけられた。
彼は困った顔をしていた。
私の存在は迷惑だったが、見捨てることはできなかったのだろう。
「そうです。ここはどこでしょうか。」
「さあ、俺にもわからん。」
どうやら彼も迷子らしい。
「あなたはどこから来たのですか?」
彼は額から生える角をピクリと動かすと、難しい顔をして答えた。
「緑色と黄色の村だ。」
「それだけではさっぱりですが。」
「俺は旅人だ。細かいことは覚えていない。」
「そうですか。」
彼は迷っているという訳では無いらしい。
自由人というやつだ。
「俺はこのまま次の村へ向かうが、お前はどうする?」
私はどう答えればいいかわからなかった。
今まで、今後の事については何も考えていなかったのだ。
なにせ先程目が覚めたばかりなのだから仕方のないことなのだが。
「どうしましょう。」
私が聞き返すと彼は呆れたように言った。
「俺と一緒に来るか?」
「是非!」
こうして、私は彼についていくことになった。
◇◇◇◇◇
正直に言うと、私が彼と一緒にいたところで金魚の糞のように彼の後ろにいるだけだった。
彼はなんでもできた。
薪を集めるということで手伝おうとした途端、彼は余す程集めていた。
食料くらいは私が捕ってこようとした途端、彼は調理を終えていた。
それくらい実力の差があったのだ。
彼はずっと旅を続けていて、私は迷っていた子羊。
これもまた仕方のないことだ。
この星は意外と過疎化が進んでいるらしく、『次の村』にはなかなかたどり着けない。
ただ、私は『次の村』に行きたい訳では無い。彼が行くから行くのだ。
特にやる事もなく、生きるための行動。
記憶を取り戻したいと思うこともない。ただ生きていたい。
生物的な本能で特に理由はない。ただ、心の底から生きたいと思う。
どことも知れぬ星で一人で生きていくなど不可能なのだ。
そんな日は何日か続いた。
◇◇◇◇◇
「あれだ。」
そう言うと、彼はずっと遠くの方を指した。
「緑と青…ですね。」
「ああ。そうだ。」
彼どこか懐かしそうに言った。
その顔には何故か、悲しげな表情が滲んでいた。
その村は思ったよりも大きかった。町と言っても差し支えないだろう。
村の真ん中に緑色と青色をした円形の大きな建物が聳え立つ、そんな村だ。
「あそこに行ってどうするのですか?」
「消耗品を買いかえる。着火棒だとか縄とかをだ。それと刃を研ぎ直す。」
そう言うと、彼は彼の愛槍の先端を私に見せた。
「欠けているだろう。これは俺の持っている砥石では直せない傷だ。もしかすると新しく買わなければいけないかもしれない。」
そう言うと、彼は自らの愛槍を和やかに撫でた。
恐らく、巨大で硬質な殼を持つ蠍のような甲殻類に襲われた時に破損したのだろう。
彼一人なら逃げれた。
私がいたから戦わざるを得なかったのだ。
「すみません。」
彼はきょとんとした顔を見せた。
彼は私を慰めるように笑いかけると、私の肩を叩きながら言った。
「いいんだ。お陰で良質の殼が採れた。肉もだ。これを元手に直すなり買うなりすればいい。」
「そう言って頂けると助かります。」
私は彼の好意に心から感謝した。
彼は立ち尽くしたままの私を一瞥すると、先に歩いて行ってしまう。
私はそれを追いかけた。
◇◇◇◇◇
その村は思った以上に狭く感じた。
人が多いのだ。
果実を売る者、服を売る者、武器を売る者、奴隷を売る者。
沢山の商人が叫び、溢れるくらいの客がいた。
私は遠目ながらにも色々な商品の値を見ていた。
ただの興味本意からだ。
そしてあの蠍の殼はなかなか良い値をしていた。あれを売れば武器など簡単に買えてしまうような値だ。
それを確認すると、少しだけ罪悪感が薄れてほっと息をついてしまう。
「あれ、取り敢えずその殼を売りに行くのではないのですか?」
殼を抱えたまま武器屋を覗く彼にそんな疑問を投げかける。すると、思いもよらぬ答えが帰ってきた。
「何故そんなことをする必要がある。」
私は彼が何を言っているのかわからなかった。
金を作らなければ武器は買えない。
勿論消耗品もだ。
「売らなければ金が手に入らないのではないのですか?」
「まあ見ていろ。」
自信満々に歩く彼の背中を、不安に駆られながら追った。
◇◇◇◇◇
結論から言うと彼はぼったくられていた。
そのことについて彼には褒められた。
よくあいつが俺を騙していることに気付いたな、と。
あんな高価な殼を物々交換するために安価な武器屋に持って来るやつがいれば、誰だって田舎者だとすぐわかる。
「あの殼がこんなに金になるとは思わなかった。」
「市場を見てください。すぐにわかりますよ。」
「なるほど、お前は頭が良い。」
あまり褒められた気がしないが、気分は良かった。初めて彼に何かをしてやれた気がした。
今までの旅は、なんというか受動的だったのだ。
私が客で彼が傭兵。そんな気分だった。
「私は少し森に戻るが、お前はどうする。」
どうやら彼は味をしめたらしい。大きな篭を背負っていた。
「私はもう少し市場を見ています。気になることもありますし。」
彼は寂しそうに笑った。
「戦う気はないか。」
「私には向いていないようですしね。」
私がそう返すと、彼は森に歩いていった。
◇◇◇◇◇
この村の経済状況は大体わかった。
これは一儲け出来そうな予感がする。
「何かいいことがあったか?」
「はい。良いことを思いつきました。」
私は意気揚々に言った。
「これはお前の人生だ。充分に楽しむといい。」
彼はそう言って笑った。
彼もまたボロ儲けしているらしい。
幸いにも、彼は浪費家では無かったので健気に貯金しているらしい。
毎晩硬貨の枚数を数えては微笑んでいる。なんとも不気味だがそれを口に出すのは野暮というものだ。
ただ、乱獲による個体数の減少と相場の低下は少しずつだが進んでいる。
それだけは意識しないといけないのだ。
「そういえば。同じものばかり売っていると、値が下がりますよ。」
彼もその状況は薄々感じ取っていたらしい。やはりそうか。と頷いていた。
「だが。何故だ?」
「あれはもともと供給が少なかったため、非常に高価で取引されました。
しかし、あなたの乱獲により市場に殼が出回ります。
ところが需要が増えることはない。
だから値段が下がるのです。」
彼は顔をしかめた。
何を言っているかさっぱりという様子だ。
「要するに沢山売ったので、それが欲しかった人たちは皆手に入れてしまったんですよ。」
「なるほど。それならば別のものを売ろうか。」
「それがいいと思います。」
私は鞄のなかに入っているメモを取り出し、彼に渡した。
汚れていて、端が折れている。
それでも彼の助けになるだろう。
「これ、市場で高値で取引されている物のリストです。差し上げます。」
「ありがとう。だが、いいのかこんなもの貰って。なんなら金を出す。」
「いえ、恩返しのようなものです。貰っていただかないと困ります。」
彼はそこまで言うなら、と快く貰ってくれた。
「ところで、まだ聞きたいことがある。聞いていいか?」
「ええ。勿論。」
私達は、村のこと、金のこと、今までの旅のことについて夜まで語り合った。
◇◇◇◇◇
私は今日から仕事を始めようと思う。
具体的な計画はもう練り終わっていて、その手の職に就いている人間の話も聞いた。
頭にははっきりと構想案があり、勝利は確信している。
それは、
奴隷の転売だ。
人間としては許される行為ではない。
だが、この村で一番発展している商業は、奴隷業だ。
奴隷の人数は、村人達よりも人数が多いと言っても過言ではないだろう。
この村は奴隷を売る為の村。もしくは中継地点なのだ。
あの殻が高値で売れるのも奴隷の為だ。
あの固い殻で力の強い奴隷を拘束するのだという。
よく調べてみると、大抵の物は奴隷の為の物だった。そんな村に降りてしまったのだ。
これは言い訳に過ぎないが、私は奴隷を救済する立場となりえよう。
底値で売っている健康体の奴隷を買い占め、再教育をし、売る、
文字が分かるだけで奴隷への扱いが大きく変わる。
肉体的なものから文化的なものに変わるのだ。
当たり前だが、値段も跳ね上がる。
良い仕事だ。
仕事は順調だった。
この星の奴隷は物覚えが良かった。調べてみると、寿命が非常に長いらしい。
そのため、一度奴隷になりでもすれば死ぬよりもつらいことになるかもしれないのだ。
生き地獄。
まさにその言葉が相応しい。
彼ら奴隷は、文字が分かればより良い待遇になることが分かっていたのだ。
だからこそ、必死になって勉強した。
そして、一人が文字を扱えるようになれば鼠算式に増えていく。
文字を覚えた奴隷は教育係としてほかの奴隷達に教えさせるだけだ。
あとは放っておくだけで商品の値が何倍にも膨れ上がる。
まさに転売だ。
こうして私は奴隷の転売業において大成功したのだ。
◇◇◇◇◇
「おい。あまり派手にやるな。本来は人として許される行為ではないのだぞ。」
彼は怒っていた。心配していたのかもしれない。
「しかし、こんないい稼ぎ口は無いですよ。もう私が触らなくても勝手に成長していくまでに達しました。」
私は喜々として言った。
彼はため息を付いた。落ち着け、と
私は少しムッとなってしまった。
「あなただって森の生物を殺戮しているでしょう。人の事は言えませんよ。」
「それは…。奴らは村人を襲うのだ。仕方あるまい。」
彼は目を反らして言った。私は彼に憤りを覚えた。
「私だって奴隷を救っています。
文字を覚えるだけで奴隷としての人生が180度変わるんです。
それが何を意味するか分かっていますか?」
彼は何も言えなかった。口下手だからだ。
私はそれを分かって彼を責め立てた。
「ああ。これはお前の人生だ。口を出してすまない。」
彼は悲しそうだった。
辛い過去でも思い出したのだろうか。
「そうですよ。まったく。」
私がそう言うと彼は森に行ってしまった。
そして、帰ってくることはなかった。
◇◇◇◇◇
私はあまり彼のことを気にしないでいた。
元々、彼は自由人だ。社会に馴染めないのだろう。それこそ、今までよく居れたなと思ったこともある。
それに、もう次を見据えたような目をしていた。
やりたいこともあったのだろう。
きっと彼は私を見てくれていたのだ。
何事も効率が悪く、弱い私を。
だから、私はあまり彼の事を気にしないようにした。
思い出すと泣いてしまうから。
恩人との別れがあんなものになってしまったのだ。
ストレスは仕事にぶつけた。
◇◇◇◇◇
ある日役人が来た。
よくわからないことを言われ、手錠を掛けられた。
何が起きているかわからなかった。
奴隷転売は禁止行為だ。とかそんな内容だった気がした。
私は他人事のように役人の話を聞いていた。
案外法整備がしっかりしているのだなと感心したくらいだ。
私は飛竜に乗せられた。
宙を舞う浮遊感。どこか懐かしさを感じた。
私はおもむろに自分の額に触れた。
無性にむず痒かった。彼を思い出したのだろうか。もう私の人生は終わったのだ。
きっと奴隷にされるだろう。
急に実感が湧いてきた。
自分が転売しているときには楽観的に捉えていたが、これは人の人生なのだ。
さっきまで住んでいた村が小さく見える。
遠くに緑色と黄色の建物が見えた。そちらの方向に向かっているらしい。
そこに収容所でもあるのだろう、自分がこれから住む場所だ。しっかりと見ておこう。
私は咄嗟に飛竜から飛び降りた。
なぜかわからない。本能的にだ。ただ飛び降りなければだめだと思った。
そうしなければ後悔すると思った。ほんの自然に、本能的に飛び降りたのだ。
死んだ方がましだ。と思ったのかもしれない。
風を受ける。
不思議と死は予感しなかった。自分が死ぬというイメージを描けない。
役人は特に取り乱すことなく見下ろしていた。
私は役人にニッコリと笑いかけると、目を瞑って重力に身を任せた。
きっと役人にとってもよくあることなのだろう。
私は奴隷と死でなら、死を選ぶ。奴隷に関わる仕事をしてきた人間だから、奴隷の辛さがわかるのだ。
地面の匂いがする。
ああ。もうすぐ死ぬんだ。
私は頭に強い衝撃を受け、死んだ。
◆◆◆◆◆
ここはどこだろう。
空を見上げる。
ずっと遠くに鳥のようなものが見えた。
私は知らない場所にいた。
なぜここにいるかもわからない。
ただ、どうしてかその国言葉だけはわかった。
「道に迷ったのか?」
突然、私はその国の住人だと思われる生物に声をかけられた。
その声は期待に満ちていた。
次こそは、と。