33.城の散策
「調べ物は順調か?」
「あっ、クリスピン団長……どうしてここに?」
「仕事が一段落したから様子を見に来たのだが……その疲れ切った様子では余り成果は上がっていない様だな」
書庫に鎧の音をガチャガチャと響かせてやって来たのは、この書庫にある書物の閲覧許可を出した騎士団長クリスピンだった。
「分かります?」
「ああ、とても良く分かる。何だか読書して明らかに疲れました……と言う顔をしているし、目も頭も使って非常に身体が重いのでは無いのか?」
「ええ、その通りですね」
少しは身体を動かして気分転換がしたいですよ……とぼやくロシェルだったが、そのぼやきがクリスピンの口から意外な提案をもたらす事になった。
「ならば、城の中を少し見て回るのはどうだ?」
「え?」
何で? と心の底から疑問に思うロシェルの顔を見てクリスピンは続ける。
「今まで城の外で色々と依頼をこなして貰ったが、城の中では余り無かっただろう? これからは城の手伝いを色々として貰える様に手配を私がしておいたから、その手伝う場所の紹介も兼ねてだ」
「城の中のですか? でも手伝うって言っても、そう言うのは専属のメイドの人とか使用人の人とかの仕事じゃないんですかね?」
「そうだな。私もそう思う」
コラードもロシェルの最もな疑問に同意したが、クリスピンは苦笑いをして理由を言い始める。
「確かに2人の言う通り、きちんと仕事をする範囲は決まっている。しかしそれでもまだ細々(こまごま)とした仕事に手が追いついていない状況だ」
「要するに、この男を雑用係で使おうと言う訳だろう?」
コラードの要約にクリスピンも頷く。
(ギブアンドテイクって言うか……ただで衣食住を提供される訳には行かねーよな、やっぱ)
心の中でそう思うロシェルにクリスピンのセリフが続いてやって来る。
「あくまでもこの男だけだ。城下町の中ではどうしても監視が行き届いていなかったからあの様な路地裏での揉め事が起こってしまった訳だが、城の中では至る所に騎士団員達が居る。ギルドの冒険者の貴方には、今まで通りにギルドからの依頼を色々とこなして貰うとしよう」
こうして、半ば強制的にロシェルはこの城……ルリスウェン公国の都のペルドロッグにあるヴァニール城の中で雇い主は違えども、再び今までと同じ様に仕事を与えられる事になった。
一旦読書を中断して、自分が働く場所を見回る為にクリスピンと一緒に城の中を見て貰う。
ついでに見学として一般開放されている場所もあるので、そこを含めてセキュリティ上問題の無い場所までコラードも見てみたい、と言うので3人で城の中を見て回る事になった。
ただしあくまでもロシェルもコラードも立場としては城の外の人間の為、城の関係者以外は立ち入り禁止となっている場所もあると言う事だけは、事前にしっかりとクリスピンから説明された。
その立ち入り禁止の場所を除いて、クリスピンは色々と城の中を説明して回る。
洗濯場、幾多もの客室、トイレに裏口、それから見学可能な部分だけで騎士団の宿舎に魔術師達の研究施設、そして騎士団員達の馬を飼っている厩舎の方まで一通りのルートを案内してくれた。
「流石に広いですね」
「そうだな。私も子供の頃に城の見学に学校の行事で来た事があったが、その時よりも更に広くなった気がする」
思い思いの感想を述べる2人に、中庭までやって来たクリスピンが足を止めた。
「ここで最後だ。子供の頃と言うと何年前の話だ?」
「確かええと……あれは10歳位の時だから……25年位前の話か?」
以前の城の見学ツアーの事を思い出しているコラードに、クリスピンは何処か納得した口調でああ、と呟いた。
「この城は10年前位に改装工事を行ったからな。その話は聞いていないのか?」
「ああ、それは私も聞いているよ。だけど見学に来た事が無かっただけだ」
だから今の城の内情に関しては知らないとコラードが述べて、ここでヴァニール城の内部見学は終了となった。
だが、ここでロシェルがふとある事を思い出す。
「あれ、そう言えば前にコラードさん言ってませんでしたっけ?」
「……何をだ?」
「ほら、この城の中で新型兵器の開発をしているって」
ロシェルのその疑問を聞いてコラードは自分の発言を思い出していたが、それよりも先に反応を示したのはクリスピンだった。
「ここでは行っていない。兵器の開発に関しては以前大公が演説を行った時に宣言して国民の耳にも入っているが、場所の公表まではしていない」
「え? それはもしかして機密事項だからですか?」
「当然だ。勿論お前にも教える訳にはいかない」
1人の軍人として新型兵器と言うものにはロシェルは少なからず興味があったのだが、地球においてもそう言う開発中の兵器と言うものは強固なセキュリティの中で極秘裏に開発されている事が多い。
(まぁ、確かにそう言うのを易々と見せる訳にはいかないよな。でも……演説でそれを言うのは国民に対しての安心感を与える為だったりするのかな?)
それとも自己顕示欲の表れか? とロシェルは悩んだが、今悩んでも仕方が無いのでそこで考えるのをやめるのだった。




