5.俺に賭けるのか?
基本的にこの地下闘技場の戦いで言えば、武器を持って戦う者が圧倒的に大多数。
素手で戦うチャレンジャーも居るには居るのだが、武器を持って戦う人間が圧倒的に多い。
チャレンジャー達のおよそ95パーセントがそうと見て良いだろうか、とリオスは考える。
(ますます参加しにくいな)
素手の自分が出来る事にも限度がある。カポエイラだって軍隊格闘術だって負ける時もある。
決して万能なものでは無い。
一応、入り口で参加者として番号が書かれた木のプレートをヒモで首からぶら下げているものの、リオスが呼ばれる気配は今の所無さそうであった。
やっぱりここは地道に働き口を探そうか……まだ腹の虫も騒ごうとはしていないし……とひそかにリオスが決意した……その時だった。
「あんたも参加するのか?」
「……?」
斜め左後ろから不意に声をかけられ、若干身構えながらリオスは振り向く。
「そんな身構えなくても。別にあんたの相手は俺じゃないんだから」
「そうか、すまない」
身構えた事を謝るリオスに、男は胸の前で右手をブンブンと振って口元に笑みを浮かべる。
「良いよ別に。見かけない服装だけど、何処から来たんだい?」
「他の国から旅をして来た」
「あ、そうなの。どうだいここの闘技場は?」
「さぁ……俺は初めて来たから、良くは知らない」
そんなやり取りをしつつ、リオスは男の容姿を観察する。
地下の闘技場で設置されているライトの幾つかに照らされたその身なりは、黒髪を首の辺りまで伸ばしている若い顔立ち。
赤いタンクトップの様な肩から先がむき出しの上着に、手首から少し先までの長さの黒い手袋を両手にはめており、茶色いズボンを履いて黒い靴を履いている。
そして、リオスが1番気になったのが……。
「それが君の武器か?」
「……ああ、そうだ」
腰のベルトに繋がれた、赤と黒のツートンの柄が特徴的な2つの小さいハンマー。
この世界は中世ヨーロッパ的なファンタジーな世界? かと思うのだが、こう言う場合の武器と言えばやっぱりロングソードとかスピアとか、そう言う類がオーソドックスなんじゃないのかとリオスは疑問に思っていた。
目の前の男は腰のハンマーに視線を注ぐリオスの心の中の愚問を感じ取ったのか、ああ、と同じく視線を腰に落としてハンマーを腰から外す。
「こんな武器で戦えるのかって? まぁ、見れば分かるさ……」
「見る?」
「ああそうだ。けど、俺も呼ばれそうに無いから今日はもう帰ろうかと思ってねー。ここはエントリーした全員が絶対に呼ばれる事はまず無いし。見物に来ただけの奴だって大勢居るんだから。まぁ、エントリーは入り口で強制だから呼ばれてしまった時は出るしか無いんだろうけど、賭ける物が無ければエントリーは無効となってしまうんだ。ああ、後は自分だけじゃなくて試合に出る選手に賭ける事も出来るよ」
「何かややこしいな。強制されながら……か」
回りくどいなーとリオスは思いながらも、その男と一緒に観戦を続ける事にする。
だけど、どうしてもリオスには気がかりな事が1つ。
「……なぁ」
「何だい?」
「ここって」
「うん?」
「もしかして違法な賭け闘技場じゃないのか?」
「そうだよ。それを分かっててあんたも来たんだろ?」
「……」
男の質問にリオスは答えないが、これは犯罪。
軍人の自分としては参加したくない気持ちが一気に強くなった。
国家公務員の立場である以上、世界が変わっても嫌なものは嫌なのだ。
でも。
それでもその立場以上に大事な事をリオスは忘れていなかった。いや、忘れられる筈が無かった。
「だんまり? まぁ良いけど」
「……要る」
「え?」
「金が必要だ。丁度今は文無しでね……俺は手っ取り早く稼ぐ為にここを紹介された。それだけだ」
リオスのそんな言葉、そして彼の瞳の奥に何か強いものを感じ取った男は1つ頷くと、ポケットからごそごそと札を2~3枚取り出した。
「……これは?」
「俺があんたに賭けてみたら?」
「何だと?」
意外な提案にリオスがきょとんとするが、男は不敵な笑みを見せて言葉を続ける。
「まぁ、やってみろよ。あんたの実力を見てみる良いチャンスだ」
それだけ言って、男はスタスタと受付の方へと歩いて行く。
そして受付の男と2~3言話してから戻って来て、リオスに軍服のコートを脱ぐ様に指示。
「そんなコートじゃ動きづらいだろ?」
「俺に何をさせるつもりだ?」
「言っただろう、実力を見せて貰うって」
半ば強引にリオスのコートとネクタイ……はスカーフの要領で外したのか、少々手間取りながらも男がリオスの身体から脱がせてリングの方へと身体を押し出す。
「話はついてる。ほら、行った行った」
「ちょっ……」
半ば強引にリングに立つ事になってしまったリオスは、リングに設置された入り口の1つから金網の中に入る。まるでペットの鳥だ。
そしてもう1つ存在している別の入り口からは、別のチャレンジャーの細身の短剣使いの若い茶髪の男が姿を現わす。
「では次の試合……21番と44番、始めっ!!」