4.異世界人のもう1つのエピソード
この世界にも差別と言う物がある、そして魔術王国カシュラーゼには近づくなと言う忠告をロシェルが貰った所で男は次の話に移る。
「さて、それではもう1人の異世界人の話をしようか」
「ああ、そうでしたね。もう1人はえーと……このソル……」
「ソルイール帝国。だが、この帝国も少し厄介な帝国なのだよ」
「えっ? カシュラーゼとどっちがマシとかそう言うレベルでの話ですか?」
そのロシェルの問い掛けに、またしても男は渋い顔になった。
「うーむ、どっちが酷いと言うよりも……酷さの方向性が違うと言えば良いのか?」
「方向性……」
どんな? とロシェルは聞いてみたのだが、まさかの回答が男から返って来ると同時に「聞かなければ良かった」とロシェルは思い知る事になってしまう。
「一言で言えば人体実験だ」
「え……」
その昔、同じヨーロッパのドイツではナチスによる人体実験が行われていた事は、2016年の現在でもまだまだ語り継がれている最悪の行為だ。
そんなナチスドイツと同じ様に、人体実験が行われている国と言うのがこの世界にも存在していたなんて。
「人体実験……?」
「地球にもあるのか?」
「あった、と言う方が正しいです。昔……70年位前に近くのドイツって言う国でそういう人体実験が行われて、世界中から批判を浴びてますよ。今でもね。となれば、そこのソルイール帝国でも……」
ロシェルの地球での話を聞いた男は1つ頷いた。
「最近露呈したばかりだからな。ソルイール帝国の地下の施設で人体実験が行われていたんだ。それも、そのソルイール帝国騎士団の騎士団長自らが指揮を執ってな」
「騎士団長が……? それって結構な大事じゃないですか?」
仮にも国の軍隊を率いている立場の人間がそんな事をすれば、普通にクーデターだって起きてもおかしくは無い。
そう考えたロシェルだったが、その人体実験が異世界人に関係しているのだと男は言う。
「その実験の事を、何かの拍子で異世界人の男が知ってしまった。と言うのもこの異世界人の男が、その騎士団長を殺した人間だと言うらしい」
「殺した……?」
何だか色々とぶっ飛んだ噂が連発しているこの状況に、流石のロシェルも頭の中がパニック状態になって来た。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ……えっと、一旦さっきの騎士団長から逃げ切ったって言う人の事は忘れて……今はソルイール帝国の異世界人の事か。と、とりあえず……そのソルイール帝国の異世界人の事について教えて貰えませんか?」
「噂で伝わっている位の事ならで良いか?」
「勿論です」
ロシェルの承諾を得た男は、ソルイール帝国にやって来たとされるその男についての情報を話し始めた。
「その男も中年だったと言う。同じく茶髪の男で……見た事も無い様な構え方をする不思議な武術を使うと言う情報だった。そして騎士団長ともう2人殺された人間が居てだな」
「ま、まだ居るんですか?」
ロシェルは少しドキッとしてしまう。騎士団長を殺しただけで無く、まだ2人殺したとなれば結構な殺人犯じゃねーか? と思った。
しかし、実際はちょっと事情が違ったらしい。
「いや、それがだな……。殺されたのは騎士団長のセレイザ、それから帝国内のギルドでトップの実力を誇っていた国民的英雄で有名な冒険者のエジット、そしてそのエジットの彼女で同じく人体実験に協力していたユフリー。いずれも、この3人の部下だった騎士団員達が自白した事で人体実験に関わっていた事が判明した。これは私の勝手な推測なのだが、この3人はその異世界人の男を殺そうとして返り討ちにされたんじゃないか、と思う」
「まぁ、そう考えるのが自然な流れではありますよね」
どうやって殺されたかにもよりますけど……とロシェルが呟くと、騎士団長のセレイザは首を斬られて、ギルドトップのエジットは首を折られて、そしてユフリーは高い所から突き落とされて……と男が教えてくれた。
更に男は、その3人が計画していたとんでもない計画をロシェルに伝える。
「その3人は他にも侵略の為に他国にギルドの冒険者集団を派遣していたらしくてな。その異世界人のおかげで、計画が露呈する事を恐れて異世界人を殺害しようとしたらしい」
「他国への侵略……何だかマルチに色々やってたんですね、その3人と部下達は」
そこまで手広くやってて、良くその時までばれずに済んだもんだなーとロシェルは感心するポイントを見つけてしまって複雑な気持ちになりながらも、ここで1つの疑問が浮かんで来る。
「あれ? そう言えばその異世界からやって来た男って言うのはどうなったんですか? その騎士団長とギルドのトップの人とその彼女を殺して、その後騎士団に捕まったんです……か?」
そんなに地位の高い2人とその彼女と言う3人を殺したとなれば、しかるべき罰をやはり受けるのが当然では無いのかとロシェルは考えていたが、どうやらこの疑問に関しての納得が行く様な答えは男の口からは得られそうに無いと言う事がこの後に判明するのだった。




