50.黒いコートの男
リオスはホルガーを倒して、一先ずどっちへ向かうか迷いに迷っていた。
南へ行っても西へ行っても、それぞれ別の理由で魔力を持たない自分の様な人間が危機的状況に陥る可能性が高いとグラディシラの皇帝から謁見の時に聞かされていた。
(西のソルイールは魔力を持たない人間に対して騎士団長殺しの罪状が掛けられていて、南のカシュラーゼは魔力や魔術至上主義だからこそ、俺の様な人間の存在が知られればそれだけで付け狙われる可能性が非常に高い……)
結局どっちに向かっても自分の存在がヤバいものだと言う事だけは分かっていたが、恨みを持たれている方の国に向かうよりはまだ自分の存在を知られていない国に向かった方が幾らかマシだと判断して、こうして南に向かって歩いていた。
徒歩でどの位掛かるのか、と言う事を一応聞いて来たもののやはり遠い。
(盗掘団討伐の報奨金を貰ったから、何処かの町で馬か何かを借りるか馬車に乗せて貰うかしよう)
そこまで考えてリオスはふと足を止める。
(いや……待て。普通にさっきの帝都で移動手段を見つけた方が早いな)
別に自分はこの帝国で恨まれている訳でも無く、むしろ盗掘団を討伐して皇帝直々に感謝された立場なのだから憶する事は微塵も無い。
だから帝都から余り離れていないので、やっぱり戻ろうと思って来た道を引き返そうとした時、バッサバッサと何かが羽ばたく様な音が何処からか聞こえて来た。
「……ん?」
銀髪で覆われた彼の耳にもその音はしっかり聞こえたので、その音がする方向を見上げてみると確かに何か……大きな鳥の様なシルエットが見える。
(何だ、あれは……)
そのシルエットに視線を釘付けにしていたリオスだったが、それが自分の方に向かって段々近づいて来ている事に気が付くのはすぐだった。
何故ならそのシルエットが明らかに大きくなっているからである。
「な……っ!?」
素早く身構えて、何時でも回避行動が取れる様に体勢を低くしてそのシルエットが近づいて来るのを待つ。
ホルガーの盗掘団の生き残りが追い掛けて来たのか? と言う疑問がリオスの頭の中に生まれるが、どうやらそうでは無さそうだと言う事がそのシルエット……ワイバーンが自分の目の前に着地して下りて来た3人の人物達とファーストコンタクトをした事で判明した。
ワイバーンから下りて来たのは全部で3人。
1人は狼の頭を持っており、大きな斧を背負った人間の身体……と言ってもその手足の大きさは人間の平均的なサイズよりもかなり大きなものである、地球では創作物の中でしか考えられない……いわゆる獣人等と呼ばれる存在らしい。
後の2人は人間で、自分より背が高いのが1人でもう1人は背が低い。
背の低い方の人間は自分と同じく銀髪で、白い半袖のワイシャツに黄色い手袋をはめ、水色のジーンズを履いている若い男。
もう1人は紫色の髪の毛に黄色いセーターを着込み、黄緑色のズボンを履いた大柄な体躯の男であった。
その3人は自分をどうやらターゲットにして下りて来たのだろうと判断したリオスだったが、敵か味方かも分からない以上は身構えたその低い体勢を崩そうとしない。
それを見て、最初に口を開いたのは銀髪の若い男だった。
だが、その若い男の口から衝撃的なセリフが出て来る。
「どうだガレディ、この男からは俺達みたいに魔力を感じないのか?」
「……ああ、感じない。御前達と同じだ」
「ほーう、だったらやっぱり当たりだったって事か」
「何だと……?」
今、自分は何を聞いた?
魔力を感じない人間? 自分達と同じ?
その言葉が耳から脳に伝わるとほぼ同時に、反射的にリオスの口は動いていた。
「まさか、地球から来た人間なのか……?」
どうやらエイヴィリンとウォルシャンが待ち望んでいた瞬間が、現実にやって来たらしく自然と気持ちが昂る。
「噂を聞いた時からまさかとは思っていたが、やっぱりあんたも地球からやって来た人間なんだな?」
「そうだ。俺は東ヨーロッパのヴィサドールと言う国からやって来た」
「ヴィサドールか。それなら俺も知ってるぞ。俺はイギリス出身のアメリカ在住だ」
「俺はアメリカ生まれのアメリカ育ちだ」
なら英語が通じるのでありがたい、と思っていたがどうやら言語は自動翻訳されるらしいので、その点についてはそもそも心配する必要が無かったらしい。
ひとまず、このイーディクト帝国ならまだソルイールにも入っていないしカシュラーゼからも離れているので、合流した4人は1度グラディシラへと戻って、何処かゆっくり落ち着いて話せる場所でお互いの自己紹介や今までの経緯をそれぞれ話し合う事にした。
だったら今は秋祭りだし、表通りはどの店も混んでいるだろうから何処か路地裏の酒場にでも行こう、とガレディが提案した事で適当な店を探す事に。
その前にグラディシラの駐機場にワイバーンを再び預けに向かったガレディは、ワイバーンを預けた後に通信機を取り出して何処かへ通話をする。
「新たな異世界人と合流しました。……え? ああ……そうですか。それならここの回収は無しですね。はい、分かりました。それじゃまた何か動きがあれば連絡します」
納得した表情のガレディは、駐機場に来る前に待ち合わせ場所に決めていた路地裏の一角へと向かって、あの地球人達に合流するべくさっさと歩き出した。




