42.太極拳
クラヴマガは試合が無いが、「ベルトシステム」と呼ばれるレベル別の昇級試験が存在する。
実際にベルトを着用する事は無いが、それが一種の目安となって自分が今どれ位の実力があるかどうかを確かめる事が出来る。
ホワイトベルトから始まってイエロー、オレンジ、グリーン、ブルー、ブラウン、そして黒帯のブラックベルトまでが存在する。
最初はパンチやキック等の基本的な動作からスタートし、イエローになるとより多彩なパンチやキック、それから首絞め、ヘッドロック、抱きつき等への護身もある。
オレンジベルトからはナイフ等の武器に対しての護身術、素手の攻撃へのより高度なもの。
そしてベルトがどんどん上に上がって行けば打撃のコンビネーションや寝技への対処、実際に相手が居てのスパーリング、それから自分以外の第3者への護身術と言ったハイレベルなテクニックを習得出来る。
ちなみに上のベルトを受験せずにそのベルトに留まる事も出来るので、上を目指さない程度にトレーニングするにも最適な護身術であり近接格闘術なのだ。
格闘術としてのクラヴマガは、元々色々な格闘技でチャンピオンになっていたイミが考案しただけあって、キックボクシングやフランスのサバットのテクニックをパンチやキックのテクニックとして、また柔術やレスリング等の寝技や関節技から身のこなしのテクニックを取り入れている。
しかし合理的にそして短期間で習得する事も求められるクラヴマガでは、トレーニング方法もその元になった格闘技とは違うものであり、基本理念である「自分が不利な状況においての護身術」としてのテクニックを念頭に置いてトレーニングする。
必ずしも素手の相手ばかりでは無いので、ナイフや拳銃を持っている相手をシミュレーションしてトレーニング。
敵が1人とは限らない、複数で襲い掛かって来るかも知れないのでそうした複数の敵相手に対処出来るトレーニング。
「大会形式の試合が無い」と言われるのはここから来ている。
本格的な実戦を想定したトレーニングでは、霧を発生させる機械を使用したりストロボスコープで光による目くらましをしたりする中で、そうしたイレギュラーな状況に惑わされる事無く敵にダメージをしっかり与える事も求められる。
それから言葉で挑発したり挑発的な態度を取ったりして、実力行使をせざるを得ない状況に追い込んだりする事もある。
その態度でヒートアップせず、冷静に対処して実力行使を出来るだけ回避する精神的なトレーニングも含まれる。
身体的にだけで無く精神的にもトレーニングを行う事で、1人の人間としての成長も出来るのだ。
ウォルシャンはベルトは所持していないものの、軍隊格闘術の中で実戦的なクラヴマガを習得しているので実際はブラックベルト並の実力は持っている。
軍人は「国民を守る為に戦う」のが仕事の1つなのだから。
そんな自分のエピソードをメシを食いながら話していたウォルシャンだったが、何時の間にかガレディのメシを食う手が止まって話に聞き入っているのに気が付いた。
「食わないのか?」
「……ああ、食う」
ウォルシャンに指摘されて再び食事を始めるガレディ。
しかし次に出て来た質問は「そのクラヴマガって奴以外にも何かやってないのか?」と言うものである。
「元々は太極拳をやっていたんだ。それで鍛えた身体で軍に入った様なもんだったからな」
「タイキョクケン……?」
ガレディにとっては初めて聞く名前パート2である。
「ああ、太極拳って言うのはこのエイヴィリンと同じ国の武術なんだ。と言うかそもそもエイヴィリンが習っているカンフーって言う武術の中の1つのジャンル、みたいなものだと思ってくれた方が早いかもな」
「カンフー……とは?」
キョトンとしながらエイヴィリンの方を見るガレディ。
しかしカンフーの説明をし出したのはウォルシャンだった。
「カンフーは非常に多くの流派があるし、そもそもそのカンフー自体が「教える師匠の数だけ型がある」って言われる位だからな。基礎的な部分は一緒なんだけど、それぞれを突き詰めて行くと違うものになったりもする。俺も当然全ての型なんて覚えられる筈が無いし知る訳も無いしな」
でも、とウォルシャンはそこで一息置く。
「太極拳も流派が多い。それこそカンフー程って訳じゃ無いけど、俺が習っている流派以外と交流を持ったりして発見する事も多いからな。それに戦う為の武術って言うよりは、どっちかって言うと身体を動かして正しい身体の使い方を自分で知って健康になりたい、エクササイズ目的でやっている人間の方が多いかも知れないな」
そのウォルシャンの言い分にガレディも納得した表情になる。
「確かに身体を動かすのは悪い話じゃ無い。日常的に身体を動かしている方が健康そうな奴は多いだろうしな。俺達獣人は元々野生動物の血が混ざっているから、身体を動かすのは当たり前なんだけどよ」
じゃあその太極拳の話をもう少し詳しく聞かせてくれないか? とガレディが頼んで来たのでウォルシャンは首を縦に振った。




