39.「殺気」の元凶
そんな悶々とした気持ちを抱えているアイヴォスは、色々な事があって疲れているのを自覚していたのでさっさと眠る事にした。
カシュラーゼ軍にこの町の連中が勝ったとは言え、王国そのものはカシュラーゼの支配下にあるからなのか、昨日露店の女店主と一緒に見かけた時の様にまだこの町にはカシュラーゼ軍の連中が居る様なので、人通りの少ないであろう早朝に起きてから教会に金を取りに向かった方が人目に付き難くて安全だろう……とシミュレーションするアイヴォス。
(私は本当に元の地球に帰る事が出来るのだろうか?)
いや、帰りたい。帰らなければならない。
まだまだやりたい事が地球にはあるのに、このエンヴィルーク・アンフェレイアで一生を終わらせたくは無い。
その思いをもう1度胸に刻み、目を閉じてアイヴォスは眠りに就いた。
……のだが、ふと妙な気配を感じてゆっくりと目を開けてみる。
(……何だ?)
何かがこの部屋に居る。自分以外の、何かがこの部屋の中に。
それも1つじゃ無くて気配は複数。
泥棒か、それとも強盗か。
いずれにしても、一体自分の身の周りで何が起こっているのかと言う事を把握しなければ事態の解決策は見えて来ないのだが、まだ月が沈む前に目覚めてしまったらしくアイヴォスの目が暗闇に慣れていない状況だ。
それでも、目以外からの情報を総動員して身体全体でこの部屋の中の状況を把握する様に努めるアイヴォス。
身体を動かさない様にして寝たフリを続けながら、しかし目は開けたままで色々と考えてみる。
(人間、もしくは獣人がこの部屋の中に居る様だ。数は……暗いからハッキリとは分からないが、私が把握出来る限りでは恐らく3人もしくは多くても4人位か。たまに金属が擦り合う様な音が聞こえるのは武装しているからだろう)
少なくとも、こんな夜更けに武装したまま他人の部屋に忍び込んで来る様な連中がまともな連中であるとはアイヴォスは思えなかったので、その非常識な連中の出方をこのまま待って窺う事に決める。
焦って下手に動けばせっかくのチャンスが台無しになる可能性が高い。
だからこのまま今は動かないでおこうと思っていたアイヴォスの視界に、月明かりを反射してギラリと不気味に輝く「何か」が映った。
それと同時に全身を駆け巡るこのゾワッとする気配。
これはまさか、と考えるよりも速くアイヴォスの身体が動いて右足がベッドの上で大きく振り上がった。
振り上がったアイヴォスの右足は、そのアイヴォスの身体に短剣を突き刺そうとしていた侵入者の右手を弾く。
「うあ!?」
突然の出来事に侵入者の動きが止まる。
その一方で薄暗い部屋の中に目が慣れて来た事もあって、アイヴォスは自分の感覚だけを頼りにしてさっきのゾワッとする気配……全身を駆け巡った「殺気」の元凶である侵入者達を排除する為に動き始める。
ベッドから素早く起き上がったアイヴォスは、まず今のキックでよろけた短剣を持っている侵入者の首に腕を絡めて一気に首の骨をへし折って絶命させる。
それから左斜め後ろから躍り掛かって来た別の侵入者に対しては、振り向きざまの左ミドルキックで怯ませておく。
その横から別の侵入者が短剣で襲い掛かって来たので、アイヴォスはその短剣を持つ右手首を素早く自分の右手で絡め取って、左手で右の肩の関節を抑え込みながら地面に組み伏せる。
組み伏せる時に、さっきのミドルキックで怯ませた侵入者にもう1度キックを食らわせるのも忘れない。
地面に組み伏せた侵入者の背中から素早く首に腕を回し、全力で首の骨をへし折ってこれで2人目を絶命させる。
そしてその絶命させた侵入者の武器である短剣を手に取ろうとしたものの、横から強い殺気を感じてアイヴォスは咄嗟に飛び退く。
飛び退いた場所から今の絶命させた侵入者の場所を見てみると、そこには小振りな斧が床に突き刺さっていた。
どうやら残りは後2人の様だがまだまだ油断は出来ない。
だったらその2人を相手にする為に、人数差を逆に利用する手段に出る。
さっきのミドルキックをヒットさせた侵入者がもう1度向かって来たので、その侵入者の攻撃を回避して逆に侵入者をアイヴォスは羽交い締めにする。
そしてもう1人の侵入者が迂闊に手を出せない様にした……筈だったのだが、何とその侵入者が振り下ろして来た斧はアイヴォスが羽交い締めにしている侵入者の胸にダイレクトヒットする。
「ぐがああっ!?」
自分の腕の中でまた1人の命の灯が消えて行くのを感じつつも、そのままと言う訳にはいかないアイヴォスはその絶命したばかりの腕の中にいる侵入者の身体を、斧を持っている侵入者の方に突き飛ばす。
「ぬお!?」
自分の仲間だった人間の亡骸をアイヴォスから突き飛ばされた侵入者は、薄暗い中で上手く避ける事が出来ずにその突き飛ばされた亡骸と一緒に地面に倒れ込む。
アイヴォスはそれを見て、先程の斧で自分の仲間を絶命させてしまった攻撃は別にワザとやった訳では無くて、この部屋が薄暗くて視界が良く見えなかっただけだと推測した。




