30.現実は認めなきゃならない
「……まさか、これも駄目なの!?」
「ああ、私には風が当たった感触は無い」
「……信じられないわ……」
コルネールもアーシアも、この実験結果には腕を組んで悩むしか無かった。
初級魔術とは言え、魔術の直撃を受けても現にアイヴォスはこうして熱がる様子も痛がる様子も見せていない。
ここまでそんな現実をコルネールもアーシアも見せつけられてしまえば、もうこれは本当の事だと認めざるを得ない訳にはいかなかった。
魔術の類が一切通用し無いと言う事は、やはりこの世界の人間とは違う存在だと言うのをコルネールもアーシアも実感する。
そしてアイヴォス本人も認めざるを得ない。もうこれは夢でもドッキリ企画でも何でも無く、今の自分に起きている紛れも無い「現実」なのだと。
「まさか……こんな事が……」
「これは現実よ。仕方無いけど、もう認めるしか無いでしょ」
未だに信じきれないと言わんばかりの表情のコルネールに、一足早く現実を受け入れたアーシアが諭す。
「私だって信じきれていないがな。信じるか信じないかはそっちに任せる」
魔力にも魔術にも縁が無いアイヴォスは、とにかく自分にはその魔術も魔力も関係が無いと言う事で結論を出そうとしていた。
……のだが、ここでアーシアが先程の会話を思い出した。
「……あれ、ちょっと待って」
「どうした?」
「ソルイール帝国の騎士団長殺しと英雄殺しの男の話、もしかしたら魔術の封印が通用しなかったんじゃないかしら!?」
どうも、全くの無関係と言う訳では無い様だ。
「ああ、そうか。それなら封印も何も関係無しにそこに入り込めるな!!」
コルネールも納得したが、アイヴォスは今の今まで衝撃的な体験を2人に味わわせていた張本人だけあってすぐにその話の内容を思い出せなかった。
「すまない、何の話だった?」
「ほら、ソルイール帝国の騎士団長と英雄を殺したって言う男が、地下水路の奥にある封印の掛かっている扉を難なく開けて入り込んだって話をさっきしたじゃない!!」
「……ああ、その話か」
アーシアの説明でアイヴォスも思い出した。確か、戦う時には不思議な構え方をする男の話だった筈だ。
そして、その男と自分の話の共通点もアイヴォスにはすぐに予想がついた。
「まさか、その男と同じく私もそうした封印は関係無しに潜り込めるって言う事なのか?」
「恐らくはだがな。だけどここで実験しようと思っても俺もアーシアもそこまで高度な封印魔術は使えねえよ」
だが、もしその話が本当だと言うのであれば自分は時と場合によっては命を狙われる様な事になってもおかしくないのではないか? とまでアイヴォスは考えてしまった。
「それは構わないのだが……まぁ、私は別に何か特別な用事でも無い限りはそうした怪しい場所には近付かないつもりだから大丈夫だ」
「あ、そう……。別に俺としてはしっかり物資を運んでくれりゃ良いんだけどよ」
ともかくこれで、自分の身体の事に関する重大な秘密がアイヴォスは分かって一安心だった。
もしこれを分からないまま物資を届ける旅に出ていたとしたら、途中であらぬ疑いを掛けられてカシュラーゼ王国軍に連行される破目になっていたかも知れないのだから。
とにかく、この身体で今までの人生を生きて来た以上はこのまま旅に出るしか無い。
揉め事に巻き込まれる可能性も非常に高いが、今はとにかく金を稼げる当ての仕事をこなして無事に報酬を手に入れつつ、地球へ帰るための手掛かりを少しでもそしてどんな小さな情報でも良いから集める事。
それがアイヴォスに与えられた、この世界でのミッションなのである。
その行方不明になっていると言う、自分と同じく魔力を身体の中に持たない2人の男に会えればそれに越した事は無いのだが……と思いつつローブをしっかり纏ってフードも目深に被り、腰にぶら下げている2本の刀はなるべく見えない様にしておく。
「お前の持ち物はそれだけか?」
「ああ。他にはアーシアから貰った地図位しか無いし、こうして地図は内ポケットの中に入れてあるから問題は無い筈だ」
「そうか。だったら出発だ」
コルネールに促され、まずはこの林の奥にあると言う解放軍の本部へと向かう事にする。
その前に、真面目な性格でもあるアイヴォスはアーシアに礼を言う。
「色々と世話になったな」
「私は余り何もしてないけどね。でも、魔力が無い人間に魔術を放つって言う、貴重な体験させて貰ったわ。こっちこそ礼を言うわよ」
「そうか。それなら役に立てたみたいだな。それじゃ元気で」
「ええ、貴方もね。地球って言うそっちの世界に行った時は、ちゃんと案内してよね」
「ああ、分かった」
倒れていた自分の命を救ってくれたアーシアと別れるのは少し寂しかったが、かと言って何時までもここに留まっている訳には行かない。
自分は地球へと絶対に帰る。何としてでもこの異世界エンヴィルーク・アンフェレイアから帰ってやる。
その強い決意を胸に秘めたまま、アイヴォスはコルネールに先導されて解放軍の本部に向かった。




