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29.通用しないって?

 コルネールとアーシアは内輪でひそひそと話し合っている。

 それを見て、アイヴォスはその2人が交わしていた驚きの感情が出ている会話から疑問を生み出した。

 濡れている? そんな筈は無い。

 魔術を当てられた部分が濡れていると言うのは分からない。

 何故ならアイヴォスには自分の肌から伝わって来るこの感触が、乾いた服を着た状態のままであるとハッキリと分かる。

 自分の肌なのだから間違える筈が無いのだ。

 そしてそんなアイヴォスに向かって、会話を終えたコルネールとアーシアが歩み寄って来てアイヴォスに問い掛ける。

「な、なぁお前、本当に何も感じていないのか?」

「感じる……とは? 私の服が濡れていると言う事か?」

「それだよそれ!! 今のお前、服がビチャビチャに濡れているんだぞ?」


 やっぱり、コルネールとアーシアのコンビとアイヴォス1人とはそれぞれ見えている世界が違う様である。

「私は特に何も感じないのだがな。濡れているのか?」

「そうそう、すぐにでも乾かさないと風邪引いちゃうわよ? 濡れているも何もほら、こうして水滴が地面に向かってポタポタって垂れてて……」

 アーシアもこれ以上どう説明すれば良いのか分からず、明らかなパニック状態なのが説明されている側のアイヴォスには分かった。

 でも自分の服の感触は、この世界に来る前から付けっ放しの黒い革の手袋を外して感じる手の神経がしっかりと「服は乾いている」と言う事を教えてくれている。

 そして今までの事を全てひっくるめて考えた上で、もしかすると自分は……と頭に浮かんだ仮定がアイヴォスの口を動かす。


「思った事があるのだが」

「何だよ?」

「……もしかしたら、私には魔術が一切通用しないのかも知れない」

「通用しない……」

 それを聞いたアーシアの方が先に納得した様な表情を浮かべる。

「突拍子も無い話だけど、そう言われてみるとその話がしっくり来るわね」

「おいおいおい、何言ってんだよアーシア!!」

 魔術を散々披露したコルネールは、自分が否定されている様で納得が行かない様子だった。


 それを見ていたアイヴォスは状況を飲み込んで来て、持ち前の冷静な口調で自分の仮定を口で説明する。

「話がさっきからお互いに食い違っているのは、それぞれが見えているものが違うと言う事だろう? 現に私の感覚としては服が濡れていなければ地面に垂れていると言う水滴も見えないからな。それにさっきコルネールがやってくれた魔術のショーに関しても同じで、私にはまるで見えなかったんだ。どんな魔術がどれだけの大きさで繰り出されていたのかと言うのはな」

 それを横で聞いていたコルネールが、次にこんな提案をした。

「もし本当に魔術が一切通用しねーなら、お前には水系統以外の魔術も効かないって話だな。だけど、お前の言っている事が本当かどうかは実際に確かめてみるしかねーな」

「……ああ、良いだろう」

 要は、まだ実験をさせろと言うのがコルネールの提案だ。


 これはアイヴォスにとっても一種のギャンブル。今の水の魔術の様に本当に何も効果が無いのであればそれで良いが、もし効果があるとしたらアイヴォスの指摘は間違っている事になる。

 それでもアイヴォス、コルネール、そしてアーシア全員にとっても話が食い違ったままではもやもやしてばかりだ。

 だったら実際に実験をして、それで魔術が通用しないのであればそれでスッキリする筈だとお互いがまた同意した。

 そこでさっきと同じ様に、アーシアとコルネールが水属性以外の魔術を今度は「アイヴォスに向かって」出してみる事にする。

「じゃあまず私から行くわね。偉大なる神アンフェレイアの力よ、我の手に猛き炎を。ファイアーボール!」

 アーシアはアイヴォスに向かって手のひらをかざし詠唱する。


 その瞬間、アーシアの手からオレンジに近い赤いボールがアイヴォスに飛んで行き、そしてぶつかった。

 しかし、そのファイヤーボールをぶつけられた方のアイヴォスの反応は……。

「……まだか?」

「えっ!?」

 やはりアイヴォスには何も「見えていなかった」。

 どのタイミングでアーシアからファイヤーボールが放たれたのかと言う事も分からなければ、自分に当たったのもその感覚が無かった。

 そもそもアイヴォスには服すら焦げていない様に見えている。

 じゃあ……と今度は土属性の魔術をコルネールが試してみる。

「偉大なる神エンヴィルークの力よ、我に大地の力を与えろ。ストーンアタック!」

 大きめの石を空中に生み出し、それを相手にぶつける初級魔法の1つなのだが……。


「……石が飛んで来ているのか? 私には何も見えないがな」

「嘘、だろ……?」

 土属性の魔術もどうやら駄目らしいと言う事は、本当にアイヴォスには魔術が効かないのでは? と言う疑問が現実味を帯びて来た。

 残るは試していない風属性だ。

「それじゃ私がやるわ。偉大なる神アンフェレイアの力よ、我に風の加護を。ウィンドカッター!」

 風属性の初級魔術。

 風圧によって相手を切り裂く事が出来る魔術なのだが、アイヴォス自身から見る限りでは自分の髪の毛も服も風を受けた感覚は無かった。

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