3.見えて来た現実
屋敷となっている民家から、メインストリートに出るまでにはさほど時間は掛からなかった。
時刻は夕暮れ時ではあるが、その時間帯においても聞こえる程の喧騒に向かって歩いていけば自然と大通りに出る事が出来たからである。
そうしてリオスは路地をやっとの事で抜ける事に成功し、改めて今の状況を確認する事にする。
でも、この状況が自分にとって異質な者であると言う事を理解するまでには5分もあれば十分だった。
今の自分が着込んでいる黒いコートの軍服とは、明らかに似ても似つかない中世ヨーロッパ的な服装の人間が沢山。
それにプラスして、所々では腰にロングソードをぶら下げた明らかに中世のストーリーに出て来そうな騎士のイメージそのもの……と言うよりも、先程自分が戦った3人組の様な人間も居れば、屈強そうな体格に大きな剣を背中に背負った男も居るし、ドレスを身に纏って優雅に談笑しながら歩く中年の女の姿や、楽しそうに駆け回る子供の姿まで実に様々な光景がリオスの目に飛び込んで来たからだ。
そう言った光景を見ていると、逆に自分の今の服装が場違いでは無いかと言う不安感に襲われる。いや、如何考えても場違いだろう、とリオスは自分で自分を納得させてみるが、だとしたら一体ここは何処なのであろうか。
そもそも自分が今ここにこうして立つまで……いや、あの路地裏に立つまでの出来事を回想して必死に思い出そうとする。
(確かあの時、俺は……)
そうだ、確かあの時自分は……軍の演習中だった筈なんだ。
ヴィサドール帝国軍でも、他国の軍と同じ様に勿論演習がある。陸軍に所属するリオスも勿論参加が義務付けられている。それが仕事だ。
今回の合同演習は勿論その名前の通り、ヴィサドール帝国軍のみの演習では無い。
同じヨーロッパの他の3ヶ国……ガラダイン王国軍、ドイツ軍、そしてロシア軍と言った合計で4つの国の軍人達が演習に参加する事になっていた。
それも陸軍だけでは無くて海軍、更に空軍と全ての軍人を収集し、決められた場所で1週間の泊まり込みだった。
リオスの所属するヴィサドール帝国陸軍も当然同じスケジュールをこなすのだが、海軍とも空軍とも違う場所でその演習のスケジュールが決められている。
彼の副官や同期の軍人達と一緒に、勤務している基地から5キロ程東に歩いた場所に存在している森林地帯で、チームごとに分かれて作戦をブリーフィングし、そこから実際に行動に移すと言う実戦形式の演習だった。
この演習中に、リオスはいきなり目まいがしたかと思えば次の瞬間には景色が移り変わっていたのである。あの時の路地裏に、いきなりだ。
本当にそれだけだった。予兆なんて何も無かった。
まさか自分は夢遊病なのか? それとも一時的に意識を失って、何処か違う場所で意識が戻って現実を把握したのか?
そんな思いがグルグルとリオスの頭の中を駆け巡っていたが、ひとまずは状況把握の為に歩き出して……あの3人と出会う事になって……と言う流れだった。
(奇妙な話だ。だけど、この肌に伝わって来る風の感触。この踏みしめている地面の感触。俺の目に映っているこの中世風の人間達が多く行き交いしている風景。そして、先程の俺の目の前で起きたメイドの転落事故、もしくは転落事件……)
リオスの頭の中が段々パニック状態から解き放たれ、冷静な思考に再び切り替わって行く。
(冷静に考えてみても奇妙なものは奇妙なものだが、かといってこの五感の全てを総動員して、この身体に刻み付けられているこの体験。これは……)
ふ……と、そこまで考えてしまったリオスの頭の中に1つの考えがよぎる。
「異世界」。
いや、そんなバカなとリオスはかぶりを振るものの、この状況ではそんな突拍子も無い事を考えてしまう程に頭が混乱しているらしかった。
以前、そう言ったファンタジー映画を観る機会があったのだが、ああ言うものはいわゆる作り物、フェイク、空想の中の世界でしかありえない事。
現実と妄想がごちゃごちゃに混ざり合ってしまう程、リオスはまだまだ頭がやられていない筈だった。
でも。
それでも。
この状況は認められたものでは無いけど、現実を受け止めるのは軍人にとって……いやそれ以前に人間にとって大切な事の1つだ。
だったら自分でそれを確かめてみるしか無い、と言う事でリオスはこのメインストリートを歩き出す。
今の服装で怪しまれる様な事になるのは、この際もう構ってはいられそうに無かった。
ひとまずは人間が多く集まりそうな場所を探すか、その辺りに居る人達に聞いてみるかのどちらかを選ぶ事になる訳だが、リオスが取った行動は勿論……。
「すまない、ちょっと良いかな」
軍人にとって大切な事の1つは決断力。
戦場では一瞬の行動力が問われるので、瞬時に最善策を決断しなければならないからだ。
そしてこの行動が、リオスにとって思いもよらない事態に巻き込まれて行くストーリーの第1歩になる事を、彼は当然知る由も無かった。