6.非現実が「現実」に
「……世界大戦……と言えば世界大戦だけど、実際は一方的な侵略戦争よ?」
「え?」
やっぱり話が噛み合わない。何かが変だ。
第2次世界大戦が侵略戦争、と言うのはドイツがポーランドに対してやった事から始まったから分からないでも無いが、それじゃ自分が旅行に行った日本がアメリカを攻撃したのも同じ事なのだろうか?
「ちょ、ちょっと待て。何処の国がどうやって何処の国を巻き込んで、そして何処を侵略したのかを私に分かる様にきちんと説明してくれないか?」
心の底からのアイヴォスの申し出だが、アーシアは困った顔つきなのか唖然とした顔つきなのか判断が付き難い表情になってしまった。
「説明……って言われても、これはこの世界にいる人間なら誰でも知っている出来事よ? 魔術王国カシュラーゼが同盟国を組織して攻め込んで、このヴァーンイレス王国を滅ぼした戦争よ!!」
「……」
この女は一体何を言っているのか、冷静な性格のアイヴォスでさえもさっぱり理解が出来ない。
「ちょ、ちょっと黙らないでよ。私そんなに難しい事言った?」
「ああ、私にとっては凄く難しい事この上無い」
今度は両手で顔全体を覆い、手の内側で鼻からアイヴォスはハーっと息を吐いた。
また聞いた事の無い国の名前が出て来たのに加えて、自分の聞き間違いで無ければ「魔術」と言う地球では馴染みが全く無い単語が聞こえた筈だとアイヴォスは悟った。
これはひょっとしたらひょっとするのかも知れない。
いや、そんなのは空想の世界の話だろうとアイヴォスの頭の中がその考えの侵入を拒否する。
そんなアイヴォスを見て、アーシアは彼をここに連れて来た時から更に気になっていた事をぶつけてみる。
「ええー……そ、それじゃもしかして貴方の身体の中から魔力を感じる事が出来ないんだけど、その話についても全然分からない感じなの?」
そう聞かれたアイヴォスは、もうこれ以上自分の頭を混乱させないで欲しいとばかりに腕全体で顔を覆って丸テーブルに顔を突っ伏した。
傍から見れば、疲れてそのままテーブルに顔を伏せて眠ってしまった人間そのままだった。
アーシアはアーシアで、困った表情がありありとその顔に出ている状態である。
「……どうも、凄く深い事情があるみたいね」
そのアーシアのセリフにゆっくりと顔を上げたアイヴォスのその顔は、心なしか少しだけ老けた様にも彼女には見えた。
「こっちもヴィサドール……だっけ? そんな名前の国は聞いた事が無いわ。それからさっきのヨーロッパって単語も私は聞いた事が無いし、貴方も貴方でヴァーンイレス王国もイレイデンも知らない感じだし……」
それだったらいっその事、実物を見てから判断して貰えば良い。
その考えに辿り着いたアーシアが席を立ち、その部屋の隅に置いてある本棚の中からガサゴソと1枚の紙を取り出して丸テーブルの上に広げる。
「それじゃこの地図を使って戦争の事を説明した方が手っ取り早いと思うわ。口だけで説明するのは限界があるしね」
それは大きな地図……の筈なのだが、アイヴォスの顔が凍り付いてしまった。
「えっ……何だ、この地図!?」
「何って……この世界の地図よ。生きていれば普通に見た事があるでしょ?」
そんなの嘘だ。こんなの信じられない。
ショックを通り越してしまい、もはや乾いた笑いしか出て来ないアイヴォス。
何故ならアーシアがテーブルの上に広げた「世界地図」は、アイヴォスの知っている世界地図とはまるで異なった地形を表していたからである。
ユーラシア大陸の様に大きな大陸が1つあり、その周辺の 細々とした島が存在している。
大陸は一部陸地が切れている部分こそあれど、基本的には全ての陸地が繋がっている。
その大陸の中に色々な国がひしめき合っているらしく、領土はそれぞれ色で区切られているので分かりやすいと言えば分かりやすい。
「……私を騙そうとしているのか?」
「えっ? 何言ってるのよ。何で私が貴方にそんな事しなくちゃならないのよ?」
若干ムッとした口調でそう答えるアーシアだが、彼女の言い分に特におかしい所は無いとアイヴォスは思う。
それにこの世界地図の使い込み具合から考えると、手に入れてからかなりの年月が経っている様で所々破けていたり小さな穴が空いていたり日に焼けていて一部変色していたりする。
その地図を見ている内に、アイヴォスの中で少しずつ非現実が「現実」になろうとしている。
地図にはしっかりと、最初にアーシアが教えてくれた「ヴァーンイレス王国」の名前も青い枠で囲まれている部分、つまりはヴァーンイレスの領土の範囲を示している中にしっかり記載されている。
そして各国の都は黒い丸で記載がされているが、その上の部分にもアーシアの言った名前と一致する「王都イレイデン」の文字が若干掠れてはいるもののちゃんと読み取れるレベルで書かれている。
そして「エンヴィルーク・アンフェレイア」の表記がその世界地図の上の空白部分に書いてある事を知ったアイヴォスは、その瞬間自分の頭がまたクラクラして来たのを感じ取った。




