5.言葉は通じるんだけど……
「何故そう言い切れる?」
その言い切れる部分がアイヴォスには疑問だったが、さも当たり前と言う口調で女は続ける。
「だってほら、敵だったらベッドに寝かせたりしないでしょ。それに服だって剥ぎ取ってたりすると思うし、そもそもこんな所にまで連れて来ないって」
「連れて来ない?」
その部分に違和感を覚えたアイヴォスは思わず問い掛ける。
「ちょ……ちょっと待て。私は何処に連れて来られたんだ? そもそもここは何処なんだ?」
身構えつつそう尋ねてみれば、次の瞬間女の口からアイヴォスが唖然とするセリフが出て来た。
「何処って……ここはヴァーンイレス王国の王都、イレイデンの郊外にある林の中よ」
「……何?」
思わずアイヴォスが聞き返してしまうのも無理は無いだろう。
何故ならヴァーンイレス王国と言う国の名前も、それからイレイデンと言う場所の名前も全く聞き覚えが無かったからである。
「……何を言っている? 私はそんな国の名前なぞ聞いた事は無い。ヨーロッパの何処かか?」
当たり前の疑問がアイヴォスの口から飛び出て来るが、今度は女の方がキョトンとする事になった。
「ヨーロッパ……って、貴方一体何を言ってるの?」
「そっちこそ何を言っている? ここはヨーロッパでは無いのか?」
言葉は通じているので、意思の疎通が出来ていない訳では無い。
なのにヨーロッパと言う単語に対して疑問の声を上げる女に対して、アイヴォスもその女に対しての疑問の声を上げるしか無かった。
「ヨーロッパなんて私は知らないわよ。それに見た所貴方は冒険者みたいだけど、持ち物はあの変わった形の剣だけで後は手荷物も無かったから、まさかあの剣だけを持ってこの辺りをブラブラしてた訳?」
「……」
どうにも話がさっぱり見えて来ない。
何かが色々とおかしい気はするのだが、幾ら冷静な性格が持ち味のアイヴォスにだって考えの及ばない範囲と言うものは存在する。
今の状況こそがまさに、その「考えの及ばない範囲」であるとアイヴォスは両目を左手で覆って頭をブンブンとゆっくり横に振る。
「頭が混乱して来たぞ……。これは1回、お互いに状況整理をした方が良いと私は思うのだがな」
それには女の方も同意だった様で、アイヴォスの提案に乗ってくれた。
「そうね。何だか貴方も私も話が噛み合って無いみたいだから、ひとまず向こうのテーブルに座ってお茶でも飲みながら話をしましょ。そうすれば誤解も色々と解けると思うし、お互いに何者かを少し自己紹介しておいた方が警戒心も薄れると思うわ」
と言う訳で最初にアイヴォスが目覚めたあのベッドの部屋に戻り、女の言っていた通りその部屋に置いてある簡素な丸テーブルとセットになっている2つの椅子にそれぞれが向かい合うポジションで座った。
アイヴォスの目の前には湯気の立っているお茶が女の手によって置かれ、同じお茶の入っているカップが女の目の前にも置かれる。
「これで良し……と。それじゃあまずは自己紹介をしましょうか」
最初に名乗るのはまずアイヴォスから。
「アイヴォス・ソリフォードだ。ヴィサドール帝国軍の陸軍に所属している。階級は大尉だ」
「アイヴォスさんね。私はアーシア・マリピエロ。この王都イレイデンの復興活動をするギルドのメンバーよ」
復興活動、と聞いてアイヴォスの頭の中にある仮定が生まれる。
「復興……気を悪くしたら済まないが、何かの災害に遭ったのか?」
そうでも無ければその単語は出て来ないと思うアイヴォスだが、その仮定の更に上を行くレベルの答えをアーシアはレベルの内容に見合わないサラッとした口調で答えた。
「災害って言えば災害だけど、人の手による災害よ。つまり戦争って言う人災の爪痕から、私達は復興を目指している訳」
「戦争……?」
まさかの回答に言葉を失うアイヴォス。
地球で言えば最も戦争に近い立場の職業である軍人のアイヴォスでも、いきなりこうして戦争からの復興真っ只中の場所で目が覚めるとは思ってもいなかった。
「ええ。でもなかなか進まなくてね。やっぱり複数の国が同盟を組んで一気に攻めて来たものだから、その代償は大きくて……って、あ、ごめんね。何だか愚痴をぶつけちゃってるみたいで。それにこの世界の人間なら、その戦争については誰もが知ってる筈だし今更言う必要も無かったわね」
「……第1次、第2次世界大戦の話か?」
ヴィサドール帝国の所在地でもあるヨーロッパがその主な舞台となり、戦火に包まれた第1次世界大戦。
それからその第1次世界大戦を超える規模の戦争となり、人類史上最大の大戦争とまで言われている第2次世界大戦。
まさか、その戦争と同じ様な事が地球上の何処かで自分の知らない間に起こってしまっていたのだろうか?
また頭が混乱して来たアイヴォスは、とりあえず1つ1つ頭の中で話の順序を整理してアーシアに説明を求める。
しかしアイヴォスはこの後、その説明を求めた事によって徐々に今の自分がとんでもない事になってしまっているのに気づかされるのだった。




