3.映り込んだ物
近場の森の中で、実戦を想定した野外訓練の実施される日。
その日は上官であるリオスが「実戦訓練は久しくやっていなかった」との事で装備を借りて野外訓練に自ら参加しに行ったのである。
ならば自分も副官なので参加するべくリオスに付いて行こうとしたのだが、リオスからは「自室で演習の書類の整理を頼む」と言われてしまったのでアイヴォスは上官の命令に従って自室で書類のチェックや整理に励む。
副官は民間企業で言えば秘書の存在なので、こうした雑用のサポートがメインの立場である。
しかし、このリオスの上官命令はアイヴォスにとって安心感を与える事になった。
自室で書類整理をすると言うのは、持って来てしまったあの刀を常に自分のそばで見張って居られるからである。
正直、最初の訓示を始めとして刀のそばを離れる時には気が気じゃ無かったアイヴォス。
合同訓練の場所とは言え、それぞれの国に割り当てられている区画がそれぞれの施設に存在している。
ヴィサドール帝国軍のテリトリーも勿論存在しており、合同訓練だからと言って無闇やたらと他国軍に割り当てられたそのテリトリーの中に入ってはならないし入らない様に、この演習に参加している軍人達は心掛けている。
アイヴォスも勿論例外では無く、 ヴィサドールの敷地内に他国の人間が入らないのは頭では分かっていたのでそちらの心配は実は余りしていなかった。
だけど、同じヴィサドール帝国軍の人間であればそのヴィサドールのテリトリーは自由に行き来が可能である。
大尉である自分の部屋に進んで入って来る様な人間は居ないだろうが、万が一の事は十分に色々と考えられる事でもある。
いずれにせよ、アイヴォスは自分の刀が何時見つかってしまうかでかなり精神的に疲弊していたが、幸いにも今こうしてデスクに向かって執務をしている時までは刀の存在はバレていない様なので一安心出来た。
それでもまだまだ油断は出来ない。
演習の日程は始まったばかりなのでアイヴォスは何処にこの刀を隠すか心の中で考えながら執務に励んでいた。
(……やっぱりこのままここに置いておくのが1番良さそうだ)
色々と頭の中で隠せそうな場所をイメージしてみたものの、どれもこれもしっくり来ない。
となれば下手に動かさないのが良い。
実際今までもこの刀は見つかってない訳だし、持って来た荷物が多いから上手く誤魔化せている。
プライベート用でこの刀を所持しており、実際に広い場所でこっそりと振り回して楽しんでいる。
今の様に合同演習の場所に持って来る事は言語道断の話になるのだが、プライベートであれば例えこれで人を傷つけたりでもしない限りは特に何も言われる事は無い。
なのでアイヴォスはそうやって楽しみを見い出していたのだが、彼以外にヴィサドール帝国軍では日本の文化に興味を持っている人間が、少なくともアイヴォス以外に居ないのもまた事実なので彼は少々周りから浮いた存在として見られているのである。
キャリア組と言う事もプラスして、そうしたプライベートの事まで踏み入れられる事もあったアイヴォスは「ちりも積もれば山となる」で良い加減にうんざりしてしまった時がある。
その時……今から4年前の2012年に休暇を取って、やっと夢見た日本に旅行に来た事から更に日本の文化に興味を持つ様になった。
軍人である以上、民間企業に勤めている人間の様に1ヶ月等のバカンスは取れないのが軍人の辛い所である。
それでも2週間の日程を取得出来たとあって、ウキウキ気分の日本バカンスは東京観光から始まり、名古屋に大阪に京都、それから沖縄も行ってみたし、沖縄から正反対の位置の北海道も行ってみて最後に東京へと戻って来てヴィサドールへと戻って来た。
東京観光だけでもかなり満足だったのだが、せっかく東の島国にまでやって来たし2週間もバカンスを取得出来たので色々と見回ってみた、最高のバカンスだった。
中でも名古屋城の武将達に出会えた事や、京都や大阪の観光スポットで忍者や侍になりきってみたりした事は日本文化に興味を持っていたアイヴォスにとってはまさに一生の思い出になる観光となった。
何時かまた日本に行ってみたいと思うのだが、この立場になるとなかなかバカンスも取れない。
なので今は日本語の勉強をして、少しでも日本を身近に感じておきたいと思いながら毎日を過ごしている。
だからと言ってこの合同演習に刀を持って来て良い、と言うのはまた違う話なのだが。
(この刀身の輝き、まさに本物だ……)
部屋の中に1人なのを良い事に、そっと鞘からその刀を抜いてみるアイヴォス。
キラリと光る刀身はまさに、その刀の手入れの良さを表わしていると……。
(ん?)
いや、違う。何かが刀身に映り込んでいる。
それも光り輝く物が。
(一体何が光っているんだ?)
アイヴォスがその光り輝く「何か」のある方向に目を向けてみると、そこはデスクの下。
しかしおかしい。今の今まで執務をしていた時には、光り輝いて等無かった筈なのに。
気を引き締める様にもう1本、つまり2本とも刀を握り締めてアイヴォスはデスクの下を覗き込む。
その瞬間……!!
「うぐぅ……っ!?」
デスクの下がまるでフラッシュパンを炸裂させたかの様にまばゆく光り始める。
その光にアイヴォスが目をつぶった直後、彼の姿は執務室から光に飲み込まれて消えて行った。




