48.足元に注意
エヴェデスはこんな時だからと言う事で、登山道に入る前にナチスのブーツに履き替えてからスタート。
元々儀礼用みたいなこのブーツではあるが、乗馬用としても使われていたとエヴェデスは聞いた事があったので、現ドイツ軍の革靴よりはマシだろうと思ったからだ。
食料にも余裕がある訳では無いので、さっさと頂上まで登って昼食にしたいとエヴェデスは思いながら登山道を登って行く。
(うわっ、狭えなー)
そしてその登山道は仕入れておいた情報通りかなり狭い。
狭い狭いとは聞いていたものの、その狭さは横の岩壁に背中をくっつけた状態で人が2人すれ違えるかどうかと言うレベルだったので予想以上だった。
それでも彼はここまで来てしまったのだからもう進むしか無い。
川が多いから道も狭くしなきゃいけなくなったとあのワイバーンタクシーの男は言っていたが、もうちょっとやり方があるだろうに……とブツブツぼやきながら地面を踏みしめる。
(この登山道じゃ、申し訳程度って言う言葉が妙にしっくり来るぜ)
むしろ、川が多いからと言うのは建前で本当に間に合わせの状態で作ったのかも知れない。
もう少し時間を掛けて何とか拡張工事を出来なかったのか……と言う位の手抜きかも知れない言うのがエヴェデスには感じられてしまったが、それでも山を越えられるだけの道がある事には感謝しておく。
こんな場所で山賊に襲われたり、それから野生動物に襲われたりでもしたら逃げ道なんて無いに等しい。
いや、無いと思った方が良いだろうと思いつつブーツで地面を踏みしめながら登山道を登って行くエヴェデス。
革靴だったら歩き辛い事この上無かっただろうが、一応ロングブーツではあるので足の保護をしてくれるのには役に立っていた。
(今の所は1本道だから迷わなくて良いけどよ)
分かれ道があったらどちらに進めば良いのだろうか?
誰かが案内板でも立てておいてくれれば良いのだが、実際に分かれ道があるかどうかすら分からないのでその分かれ道が無い事を祈って更に進む。
(山の夜は冷えるだろうし、さっさと上ってさっさと下りちまおう)
山の麓とは違い、太陽に近い分だけ山の日暮れは遅い。
だから明かりに関してはかなり時間に余裕がありそうだが、頂上まで自分の体力が持つかどうかがエヴェデスには気掛かりだった。
(あのワイバーンの奴、確か山越えをするなら半日は見ておいた方が良いとか言ってたよな)
半日って言う事は、この世界が仮に地球と同じく1日24時間だったとして単純計算で12時間。
アップダウンの地形で見通しも悪く、地面の状態もフラットでは無いこの登山道ではもっと時間が掛かるかも知れない。
それにこうした山は登り切ったからと言って、その先も油断出来る地形では無い事をエヴェデスは山中での行軍経験も踏まえて考える。
(普通、登ったら下りるよな? だったら下りに入れば幾らかスピードアップできるかも知れねーけど……)
この世界でも地球と同じ様に重力が存在しているので、下りの地形は一旦滑落してしまったら止まらない。
今の所は登りなのでまだ大丈夫な方であるが、下り側の斜面に入ってしまったら一旦滑ってしまえば体勢を立て直すのは難しい。
車の運転でも下り坂ではスピードが出る為にブレーキを早く踏まなければならないので、早め早めの対処が肝心なのは変わらない。
(山で滑落して怪我したり、最悪の場合は死ぬって事は当たり前にあるからな……)
自然現象には人間の力では到底敵わない事を、地球の人間達はこれまでにその身を持って長い歴史の中で思う存分色々な災害で経験して来た。
この世界では魔法が当たり前に存在している為、自然現象に立ち向かえるのかも知れないが魔法が使えないエヴェデスには知る由も無い。
そのまま黙々と登山道を上に上にと登って行く。
騎士団の待ち伏せ等は今の所無い様だし、山賊や魔物の類も気配を感じない。
しかしそれでもエヴェデスは気を緩めない。この山そのものが時として自分の命を奪いかねないスポットだからだ。
だから何時でも油断は出来ないとばかりに気を引き締めて歩いていたのだが、ふとそこである事を思い出した。
(そう言えばあの空気清浄機の話……あんな話が出回っているんだったらこの国の奴等は何で流通を止めねーんだろ?)
あの図書館で自分の隣で話していた3人組の冒険者達の話。
その話をもっと詳しく聞かせて欲しいとエヴェデスはあの時に頼み込み、空気清浄機にまつわるエピソードを色々と聞かせて貰った。
結果的にその空気清浄機が原因で、使った人間は体調を崩した可能性が高いと言う事までは分かったが、そんな危険な物を国はどうして流通させているのだろうか?
リコールの案件としてそれ以上に妥当な物は無い筈なのに。
(ってかリコールじゃなくて、もうあの空気清浄機の開発そのものをやり直したら良いんじゃないのか?)
全くの素人の彼でもそう考える事が出来るのだから、エヴェデスはそれが心底不思議でたまらなかったのだ。




