33.3年前の2人組
この飲食店に入ってから1番最初にエヴェデスがびっくりした事……つまり、自分と同じく魔力を持っていない人間がこの世界に現れたと言う話だった。
その時はびっくりし過ぎている間に話が色々な方向に移り変わってしまい、今の今まですっかり忘れていたのだがここに来てようやく思い出したのでその事についてもう1度聞いてみる。
「ああ、それについては確かにまだ話が途中だったな。あんたの知り合いかも知れない、魔力を持たない人間についての情報が手に入れられる可能性があるのは、その時言った様にエスヴァリーク帝国だ」
マスターはそう言いながら、さっきと同じ様に右手の人差し指で世界地図の右下に存在している国の名前をトントンとつつく。
「ここがそうだな。ワイバーンでひとっ飛びでもして貰えば良いだろう」
「ん? ワイバーン……?」
地球に居た時、何だか聞いた事がある様な無い様な名前がマスターの口から出て来たのでそれについてエヴェデスは聞いてみる。
「ワイバーンって……そんな移動手段があるのか?」
「この世界じゃ一般的だぞ? あんた本当に何処から来たんだ?」
「いや、あー……ほら、俺の故郷は凄い田舎だったから、馬とか歩きでしか移動手段が無くてよぉ」
またマスターにキョトンとされてしまったので、エヴェデスは咄嗟にごまかした。
「……そうか。だったらワイバーンでの移動手段についてだけど、ワイバーンはこの町にも無いんだ。あるとしたらここからもう少し南の方に向かって歩いた場所にあるガラデンの町って所に行けば良い」
「ガラデンだな。歩いて向かおうと思うけどどれ位時間が掛かる?」
「ここからだとそんなに遠くは無い。歩けば5時間位かな」
何とか次の行き先も決まった。
だとしたら次に聞くのは、そのエスヴァリーク帝国と言う隣国に現れたとされる魔力を持たない人間についてだ。
「そのエスヴァリークって国に現れた、魔力を持たない人間ってどんな人だったとかそう言う情報は無いのか?」
「そうだな……エスヴァリークはその人間についてはなかなか情報を漏らさない様にしてるみたいだけど、人の噂なんてあっと言う間に広がるからな。当然こっちにも入って来てるよ。断片的なのでも構わないなら、その人間は……エスヴァリークの騎士団長と接触し、そして一緒に戦っていたって話がある」
「騎士団長……」
人間が戦うのは地球でも異世界でも変わらないんだな……と妙な気持ちになったエヴェデスに、更にマスターは話を続ける。
「そうさ。しかもその人間……噂によれば男女の2人組だったらしいんだが、その2人は武器も防具も装備していない丸腰の状態にも関わらず、昔この世界に存在していたシルヴェン王国の騎士団に果敢に立ち向かったらしいんだよ」
「騎士団相手に丸腰って……それって相当有名になりそうだな」
ただでさえ武器を持っている相手に丸腰で立ち向かうのはきついのだが、そのハンデを乗り越えて優勝とは……とエヴェデスもだんだんその2人組に興味が湧いて来た。
「それって何時の話だ?」
「3年前かな。確かその2人はいきなりシルヴェン王国に現れて、そしてそのシルヴェン王国で秘密裏に進められていた王国騎士団の恐ろしい計画を止める為に尽力したらしいんだ」
「帝国騎士団長と……か?」
「そうだ。だけど、その2人組がどれ程の実力を持ち、そしてどう戦ったかまでは俺も分からない」
断片的にこうして話を聞くだけでも、素手で騎士団相手に果敢に立ち向かうと言うのはかなりの実力者であると言える。
ここに来るまでの自分も今まで同じ様な事をして来てはいるものの、女も立ち向かっていたと言う事でどんな戦い方をしていたのか更に興味が湧いて来た。
「その2人組の容姿とかの情報は?」
「んー……ちょっとしか分からないな。背の低い男と女で……名前は……聞いた事の無い響きだったな。何て言ったか……すまん、そこは覚えて無いんだ」
「そうか。だったらその男の戦い方は噂になっていたか?」
「戦い方は素手って事と、武器を持っている相手にも全く怯む事無く、攻めの姿勢で立ち向かっていたと言う事しか……」
この状況では手掛かりはゼロに等しい事が分かる。
背の低い男女なんて地球にはそれこそ星の数程居るし、素手で戦う人間だって星の数程居る上に、そもそも自分と同じく地球からこの世界にやって来た人間かどうかも分からないからだ、とエヴェデスは考えた。
「うーん、それじゃあ手掛かりにならねーな。それ以上の情報は無いままなのか? その2人はそのシル何とかって国の騎士団に立ち向かった後、結局どうなったんだ?」
「それ以上の情報については俺も分からないんだ。この件に関しては魔力が無い人間が現れたと言う事で騒ぎを大きくしない為に、都合の良い話に差し替えられているみたいだけど、その戦いに参加していたのはその2人組やエスヴァリークの騎士団長だけじゃなくて、各国から集まって来た傭兵だったり騎士団側についていた冒険者だったりで色々入り混じっているから、情報が錯綜しているんだよな。その後に死んだかも知れないし、何処か遠い場所で幸せに暮らしてるかも知れないし」




