28.また変装
「はあ……はあ……はあ……あー……」
無我夢中で必死だったが、エヴェデスはこの世界に来て初めて殺人を犯したのである。
しかもいっぺんに6人も。
だんだん自分のしでかした事が分かって来るに連れて、エヴェデスは辺りを見渡してボーッとしてしまう。
(……あれ、俺……)
こんな大人数に襲われて、良く生き残ってられたなぁと言う思いがまず真っ先にやって来た。
自分の手で人を殺してしまった。それは事実だ。
だが大人数でいきなり一斉に襲い掛かって来て、逃げ切れるシチュエーションでも無く相手は自分を殺すつもりで武器を振りかざして来た。
そんな相手を中途半端に叩きのめすだけでは、後でまた襲われてしまう可能性が高かったからここまでせざるを得なかった。
これが地球ならそれこそ警察に引き渡すとかが出来るものの、スマートフォンの通話も出来ないし何より自分は騎士団に追われてしまっている。
だからそんな状況下なら徹底的にやるしか自分は生き残れなかった。ただそれだけの話なんだとエヴェデスは自分に言い聞かせる。
(地球でも戦場で人を殺っちまった事はあるが……それが戦場だろうしな)
自分が死ぬかも知れないし相手が死ぬかも知れない。
戦場に限らず、どっちかが諦めるまで続くのが世の中の戦いだからだ。
世界が変わった……かも知れないこの状況でもそれは同じだ。
だが、この世界がもし地球だったら誰にもこんな事は話せないだろう。
そしてもし、この世界が地球とは違う世界だったとしてもやっぱり話す事は出来ないだろう。
そこまで考えたエヴェデスは短剣を女の首から引き抜き、その女の服で短剣の血を綺麗に拭い去った。
人間の血で自分の唯一の武器がダメになってしまったらこの先もっと不安だ。
「……さて……」
これから先、何かと先立つ物が必要である。
短剣を手に持ったままエヴェデスは自分が作り上げた死体達のそばに近づいて行き、目当ての物を探って行く。
(ん……ああ、これか)
リーダー格の男の腰の部分から見つけたのは小さな革の袋。
紐の部分を短剣で切って、中身を確認すればそこにはこの世界の通貨と思わしき金が入っている。
(どれ位の価値があるかは分からねえけど、それでも一文無しよりはずっとマシだぜ)
同じ様にして、残りの5人の死体からも金の入った袋をそれぞれ奪い取っておく。
その他にも何か金になりそうな物は無いか一通り見てみるが、特にめぼしい物は見当たらなかった。
それから服を奪って変装に使おうにも、個人個人の血にまみれているので難しいと判断。
(ちっ……このワイシャツにも血が付いちまったからな……。こうなったらあれを着るしかねえか)
マントで隠れているとは言え、風が吹いたりしてマントがめくれて血が付きっ放しのワイシャツを見られては怪しまれる可能性が高い。
かと言って現ドイツ陸軍の制服は騎士団に知られている為、あれを着るのも不安なエヴェデスはまだこの世界で着ていない「あれ」をワイシャツの上から着る事にした。
木々の間から街道へと戻ったエヴェデスは、ひとまず自分の荷物が入っている袋が無事である事を確認。
周りに人の気配が無くなったのを確認し、袋の中のトランクからガサゴソと親衛隊の黒の上着とネクタイを取り出し、それをするすると着用し始めた。
ネクタイまではする必要も無いかな、と思ったのだが意外と血が上着の胸の間にも見える位に付いてしまっているので、それならばとネクタイを締めて少しでも血を隠す様に努める。
(その鉱山の町に着いたらクリーニングに出すか……)
クリーニングのサービスがあるのかどうかは不明だが、それでも血が付いている為に洗濯して貰いたい気持ちで一杯である。
奪い取った札と硬貨入りの革袋も袋の中に纏めて突っ込み、再びエヴェデスは歩き出した。
(あれじゃあ俺の方が荒くれ者じゃねえかよ……)
そのまま歩き続けて2日間。
途中で袋の中の食糧で飢えを満たしつつ、寝る時は街道の脇にある木々の間に入り込んで身を伏せたまま睡眠を取っていた。
そしてようやくそのサーヴォスに辿り着き、安堵の息を吐いたエヴェデスは今の自分の身なりをまずは確認。
(問題は結構ありそうだが、マントで隠してりゃ何とかなるかな……)
それでも不安な気持ちは拭い切れないままだが、もうここまで来たら町までこの格好で入るしか無い様である。
サーヴォスの町も城壁に囲まれている様な物々しい町では無く、鉱山の町だからと言うからか遠くの方に茶色くなった山が見えていた。
出入り口には太い丸太を組み合わせて作り上げられた木のアーチが、この町にやって来る人間達を出迎える様にしてそびえ立っている。
何人か出入りする人間が見える所まで歩いて近づいてみるエヴェデスだが、その大半がいかにもと言った風貌の鉱山で働いている労働者らしい。
筋骨隆々で日に焼けている男達、それに交じって線の細い男も居れば女の姿もある。
いずれにせよ自分のこの冒険者みたいな恰好では目立つかも知れないので、ここでもなるべく目立たない様に行動する事を肝に銘じて、エヴェデスは町の出入り口に向かって歩き出した。




