21.また俺やらかした?
場所が良かったのか、結局そのまま見つかる事無く肥溜めのすぐ横に着地したエヴェデスは、その肥溜めの臭いに顔をしかめて右手の親指と人差し指で鼻をつまんで、逆の左手で臭いをパタパタと払いながら柵の下から押し込んだ袋を回収した。
(あーくっせぇ。さっさと離れよう……。
そうした経緯で村の中に入ったエヴェデスは、ふと自分の生い立ちについて振り返ってみる。
(そういや俺には両親が普通に居たし、それから父方の親戚の家には良く顔を出していたが……母親の親戚の方には余り顔を出して無かったな)
母親がめんどくさがりって言うのもあったかも知れないが、そう言えば自分は生まれてから1度も母方の祖父と祖母の顔を見た事が無いなとエヴェデスは思う。
そもそも自分が生まれた時には、もう既に2人とも亡くなっていたと言う事を子供の時に母親から聞かされていたエヴェデスはその時点で納得したのだが、その母方の祖父が原因で今こうしてとんでもない事態に陥っているのだと思うとふつふつと怒りが湧いて来てしまった。
(こーなったら何が何でもドイツに戻って、そして俺のお袋にしっかり聞いてみる必要があるな)
エヴェデスが軍人になったのだって本人が自ら望んで志願した訳では無く、彼の母親から「将来は生活に困らないから」と言う理由で軍への入隊を進められたからであった。
その時のエヴェデスも特に将来の進路を決めていなかったので流されてしまった面はあるものの、こうして士官学校を卒業して少佐の地位にまでやれるだけの実力はあったのだと彼自身が証明していた。
ただし勉強が余り得意では無かったので、フリーランニングのトレーニング以上の時間をその勉強に割いて来た訳なのだが。
肥溜めの臭いに顔をしかめたまま、エヴェデスは袋を背負って村の中へと歩き出す。
時刻はまだ太陽が沈みそうに無いので昼過ぎと言った所だろうか。
それこそ下手に動くと目立つ可能性が高いので、マントで身体を隠してから世界地図を手に入れる為に行動し始めた。
気休め程度ではあるもののやらないよりマシである。
村の大通り……と呼べる様な場所は無いものの、それでもそこそこ大きな村だけあってかエヴェデスのイメージする田舎の村よりは民家の数も店の数も多い様だった。
(武器と防具のショップもあるし、それからアクセサリーショップに……あっ)
色々と建ち並んでいる民家やショップの中に、「雑貨屋」の文字が描かれている看板のついた建物を発見。
(これはもう目的達成出来るのか!?)
もしかしたらそこで世界地図が手に入るかも知れないとワクワクしながら足を進めようとしたエヴェデスだったが、そこでふと自分の持ち物に気が付いた。
(あっ、ちょっと待て待て!! 俺、この世界の金って持ってねえじゃん!?)
またうっかりミスをする所だった。
そうだ、もしこの世界が「本当に」地球と違う世界ならば流通している通貨が違う可能性はほぼ100パーセントと言って良いだろう。
財布は連邦軍の軍服のポケットに入れっ放しだが、その中に入っているのはEU加盟国の共通通貨であるユーロだけ。
それから自分が軍に入隊した2001年まで使われていたドイツマルクが、例えその財布の中に入ってたとしてもやっぱり使えないだろうと思ってしまう。
これまで3回うっかりミスを犯しているエヴェデスは、そのミスの回数から用心する癖がついてしまったらしい。
(どうする……このまま雑貨屋に入ってユーロが使えるか試してみるか? それとも世界地図の入手は諦めて違う町に向かうか?)
余りもたついていると自分の姿が怪しまれるだろう。
ここはそのミスでツキが無かった分、自分にようやくツキが回って来た事を信じてエヴェデスは雑貨屋に足を運んだ。
その結論から言ってしまえば、エヴェデスはここで4回目のうっかりミスを犯してしまう事になった。
どうやらツキは自分に回って来るどころか、どんどん離れてしまっているらしいと雑貨屋を出た彼は痛感していた。
雑貨屋に入って目当ての品物である世界地図を見つけたまでは良かった。
問題はその後の支払いの段階であった。
「ええと……この金は使えるかな?」
事前に取り出しておいた財布の中のユーロ札を取り出してみたものの、その金を見た雑貨屋の中年の女店主はキョトンとした顔になった。
「これ、何処の通貨だい?」
「あー、これは遠く離れた国の通貨だよ。見た事無いか?」
適当に濁しておけば何とかなるだろうと考えていたエヴェデスだったが、その考えは甘いものだったと次の瞬間気付かされた。
「変ねぇ、この世界の通貨は万国共通の筈なんだけど」
「え?」
「子供でも知ってる事さ。共通通貨のルーログから何時こんなものに変わったんだい?」
そんなまさか。
この世界の全ての国が同じ通貨を使用しているだなんて。
自分の住んでいるドイツを含めたヨーロピアンユニオンなら分かるけど……とエヴェデスの首筋に冷や汗が流れる。
(あれっ、この状況ってまた俺やらかしちまったか?)
半分予想していたが半分予想出来なかった展開に、まだまだ地球には帰れそうに無いと思ってしまった。




