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60(最終話).地球に帰りたい気持ち

 後5分と先程言われ、それから大公と話をしていた事で既に幾ばくかの時間が過ぎている。

 もう時間が無い。さっさとこの騎士団長を倒さなければ魔獣が起動してしまう。

 阻止する為には、あの開発資料に書いてあった自爆スイッチを押してこの施設ごと吹っ飛ばすのが最善策である。

 さっきラニサヴが下ろしたレバーを上げれば良いんじゃないかともアルジェントは思うが、それはラニサヴが絶対にさせない様に引き抜いたサーベルでレバーを切断してしまった。

 となればやはりストップ出来るのは自爆スイッチしか無い。

「魔石を大量に使ってこの地下施設のこいつ等のエネルギーにしてたんだな。それからここの機械を動かすのにも魔石が沢山必要だってあの資料に書いてあったし。だからあんたはあの洞窟の時、やたら魔石にこだわってた訳ねぇ?」

「……黙れ!」

「俺を作業に参加させて魔石を見つけたまでは良かったけど、それが仇となったみたいだし……あーんだけ不信感持たされちゃあ、そりゃー俺だって怪しいって思うもんよ」

「黙れと言っている!!」

「うおっ……と!?」


 軽口を叩いて自分のペースに持ち込もうとするアルジェントだが、ラニサヴはかなりサーベルを振るスピードが速いのでそんな余裕は無いとすぐに気付かされる。

 これはもう黙って戦うしか無い。

 突き出された右のサーベルを回避してラニサヴの手首を掴み、そのまま右肩でラニサヴの身体にショルダーアタック。

 手首を掴んでいた手を放してラニサヴの肘を自分の肘で挟み、そこを軸にして投げ飛ばすがラニサヴも投げ飛ばされた勢いでアルジェントを投げ飛ばす。

「ぐう!」

 アルジェントもただでは転ばず、グルッとそこから肘を解いて後転。右手を床について低い体勢からラニサヴの腰に右足でキック。

挿絵(By みてみん)

 その低い体勢での攻撃方法も豊富なのがシラットの特徴だ。


 2人同時に起き上がり、ローキックからハイキックの回し蹴りに繋げるもラニサヴはしっかり避ける。

 避けた勢いで一旦距離を取ろうとするラニサヴだが、させまいとしゃがんでから足のバネを使って一気にラニサヴの腰にタックル。

「がはっ!?」

 後ろの培養装置のコントロールパネルに背中から叩き付けられたラニサヴの髪を掴んで、ガンガンとアルジェントは何度もその頭をパネルに打ち付ける。

「おら、うら、うおらぁ!!」

 コントロールパネルの所にガラスに包まれている赤いボタンが見えたので、おそらくそれが自爆スイッチなのだろう。

「おら、おら!!」

 今度は頭を押さえつけたままラニサヴの顔面を何度も殴り、更に再び髪を掴んでガラスに包まれているボタン目掛けてアルジェントは彼の頭を叩き付ける。

 その衝撃でボタンをガードしているガラスが割れ、破片がアルジェントの手のそばまで飛んで来た。

 その破片を掴んでラニサヴの喉に向け、迷い無く一気に突き立てた。

「こっ……」

 奇妙な音が彼の喉から漏れ、その瞬間公国騎士団長の命が尽きると共に赤いボタンが押される。


 その赤いボタンが押されると、地下室内にアナウンスが響き渡る。

『緊急爆破スイッチが押されました。30秒以内に速やかにこの空間より総員退避して下さい。繰り返します、緊急爆破スイッチが……』

「30秒!?」

 ラニサヴの喉を掻き切ったのでもう終わりかと思っていたが、このままではここに居る全員と一緒に自分も爆死してしまう。

 それだけは絶対に嫌だと思い、アルジェントは先ほど自分が大公を助けるのに使用した金入りの袋を回収して軍服の内側にしまい込みつつ猛ダッシュ。

「はぁ、はぁ、はぁっ!!」

 金を回収する余裕はあっても後ろを見る余裕までは無い。

 そのままダッシュであの階段を駆け上がり、全力で入口のフタを閉めてから再びダッシュした……その時!!


「うおっ!?」

 背後でそのフタが天に向かってぶっ飛び、ぶっ飛んだフタの下からは火柱が上がった。

 思わず前のめりに転んでしまったアルジェントだが、その火柱から逃れる為に素早く起き上がって再びダッシュ。

 森の中なので木に燃え広がる前にとにかくここから離れるべく、アルジェントは安全圏内までひたすら走り抜けた。

「……は、はは……やったぜ……」

 遠くの方で燃え上がる炎と黒煙を見て、アルジェントはそれが自分への祝福の花火の様に思ってしまった。


 大公が無事に逃げたかどうかが心残りだが、今はとにかく自分の身が無事で良かったとアルジェントは胸を撫で下ろす。

「はぁ……何か色々疲れたぜ……」

 前線で戦うのはもうしばらく懲り懲りだと身を持って知ったアルジェントは、ひとまずアジトがある森から何とか町に戻って来たものの、この町から歩いて帰るしか無い……と途方に暮れていた。

 それでも1度公都に帰るべく町で食料を買い込んでから出発したが、ふとバッサバッサと聞き覚えのある音が彼の耳に届いて来た。

「……ん?」

 空を見上げれば、複数のワイバーンがアルジェントの元に向かって来る。

 森の中から立ち上る炎と黒煙を目印にしたのだろうか、そのワイバーンの背中には公国騎士団員が乗っていた。

 空を飛べば徒歩よりも馬よりもずっと早い時間でここまで辿り着く事が出来る。

 城に無事に戻った大公に全てを聞き、そして大公に頼まれて自分を迎えに来たと言う騎士団員達に、これでようやく1つの事件が幕を閉じたんだ……と安堵の息を吐いた。


 無事に公都バルナルドへと夜に戻ったアルジェントを、同じく無事だった大公自らが出迎えてくれた。

「良くやってくれた。これは我が国からの感謝の気持ちだ」

 軍服の胸ポケットの部分に、今回騎士団長の野望を阻止してくれた証として大公から勲章が取り付けられる。

「本来であればそなたを我が騎士団に引き入れたいが、そなたは元の世界へと帰る為にこの世界を見て回るのだろう?」

 名残惜しそうにそう問い掛ける大公に、アルジェントは迷いなく頷いて答える。

「はい。俺は地球に帰りたいんです。その気持ちは変わりません」

「ならばこちらも無理に引き留める事は出来んよ。それじゃあ、そなたはこれから何処に行きたい?」

 その大公の質問に、前に考えていた国の名前をアルジェントは答えた。

「手がかりを少しでも見つける為に、俺はエスヴァリーク帝国に行きたいです」


 その30分後、エレデラム公国の公都から1匹のワイバーンが飛び立った。

 騎士団長の野望を阻止し、自分の世界へと戻る為に手掛かりを探す1人の軍人を乗せて……。


 7th stage(エレデラム公国):アルジェント(シラット)編 完


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