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57.甲高い音の違和感

(連絡が何も無いと言う事は、どうやらあの男を見つけ出すのは失敗している様だな)

 自分が雇っている傭兵や盗賊等のアルジェント捜索部隊から何も連絡が無いと言う事は、あの男は着実にこちらに向かっているのだろうか。

 それとももう始末してしまって、その後に連絡するのを忘れているのであろうか。

 いずれにせよ自分が仕掛けておいた罠に対して、あの男がどうなったのかを知る由は今のラニサヴには無かったのである。

 だけどこの開発施設はなかなか見つけ難い所に造ってある。

 あの資料にすらその事は書いてはいない。

 ここをあの男が見つけるのが先か、それともこちらの開発が終わってキメラが世の中に解き放たれるのが先か。

(後30分もすれば全ての実験終了。いよいよ俺の野望が叶う時が来たんだ)

 表情に何とか出さない様に押しとどめていたものの、その口元が思わず緩んでしまうエレデラム公国騎士団長。


 その背後では、ゴボゴボと泡が浮かび上がる黄緑色の液体の中でじっと出番を待っている巨体で異形のキメラの姿が。

 この彼の後ろにあるキメラこそが、ここにあるキメラ達の中で1番の自信作なのである。

 一応キメラ達が暴走した時の為に緊急停止装置を付けてあるし、緊急停止装置が間に合わずにキメラ達が暴走した時の為に証拠を残さない様に開発施設の自爆スイッチも取り付けてある。

 勿論簡単に押せない様に人間の足で思いっ切り踏みつけなければ作動しない位の硬さでその自爆スイッチがあるので、これがこの施設の最後の切り札である。

 これはあの紛失した開発資料にも書いてある。

 だがそれとは別に、ラニサヴが考えている方の「最後の切り札」を使う時がそろそろ来たかも知れないと彼自身は考える。

(あんな国、捨てても良いさ)


 自分自身の実力で今の地位にまで上り詰めたが、それでも自分が孤児だったからと言う理由で今でも蔑まれる事が多い。

 自分の意見もそれが理由となって、城の中での会議では却下される事も良くある話である。

 例えそれが民の為に自分が考えたものだったとしても、出身が理由で却下される位ならいっその事、あんな国から最初に潰してやる。

 そしてその次は、自分の愛する人間と大切な「家族」達を奪った国々に対しての復讐が待っている。

 その復讐前に、あんな得体の知れない男に計画を邪魔されてなるものか。

(あの男は公都に連れて来るべきでは無かった。城に連れて来た段階で早々に始末しておくべきだったな)

 今更後悔してももう遅い。だったら、ここに乗り込んで来る前に始末してやる。

 それが駄目だったらここで何としてでも食い止める。そう決意し、ラニサヴは立ち上がって歩き出した。


 ラニサヴの始末対象になっている異世界からの来訪者は、その開発施設があると思われる森まで歩いて来た。

(怪しそうなドアも無えし、それから何か目印みたいなもんも無え。あの資料にも確か開発施設への道のりは書いて無かったから……)

 今回ばかりはノーヒントで開発施設への入り口を探さなければならないと言う事らしい。

 しかし探さなければならないと言った所で、全くのノーヒントで探せって言う方がハッキリ言って無茶である。

 何時キメラの開発が完成するか分からないので、アルジェントの心の中に段々と焦りの気持ちが湧き出て来る。

 それは次第に彼の顔にも表情となって表れ始めた。

(ここか……あそこか……それとも向こうかよ!?)


 森の中を右往左往して、アルジェントは必死の形相ではぁはぁと息を切らせながら問題の開発施設への入り口を探し回るが、この森はかなり広い場所なのでなかなか探索が捗らない。

 それに探索に夢中になって、自分まで森の中で迷いましたと言う事で遭難したら更に状況が悪化する事になる。

 その気持ちが、アルジェントの足に無意識の内に森の奥まで踏み込む事に対してブレーキを掛ける原因にもなっていた。

(それに、またあいつみたいな奴が出て来ねえとも限らねえ訳だしよ!!)

 この世界にやって来て最初に自分が出会った、あの時ラニサヴに倒されてしまった――アルジェントは名前を忘れてしまったがあのフォルムだけは今でも鮮明に頭の中に記憶されている。

 今の状況は 場所こそ違うものの、何時何処からでもその時のあの生物を始めとした魔物が出て来てもまるで不思議では無いシチュエーションである。


 そのシチュエーションに焦りばかりを感じ、息を切らせて木の幹に手をついた。

「はぁ……はぁ、くそっ!!」

 切り開かれた道はあるものの、森の奥まで踏み込んでそこにある広場にある一際大きな木がアルジェントを待ち構えてその森の道は終わった。その先は行き止まりである。

(時間よ止まってくれ!!)

 その気持ちがアルジェントの心の中に響くが、だからと言って時間は止まってくれないらしい。

 時間を止める魔術みたいなのがこの世界にあれば話は別なのだが、魔術が使えない彼にとってはそれがあっても無くても変わらなかった。

「……ちきしょう!!」

 地面を思いっ切りブーツの底で蹴り付ければ、カァーンと甲高い音が響いた。

「……えっ?」

 土と草の地面とは到底思えない様な、それはそれは甲高い音だった。

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