21.足手纏い
「んで……結局その魔力を持って無いって2人はどーなったんだ?」
「シルヴェン王国の騎士団と戦って、何と勝利してしまったと聞く。だが、その後の足取りはそれっきり掴めず……だそうだ」
「それっきりか……」
となれば、彼の言う通りこの先もその足取りを掴むのは難しそうである。
「そのえーっとなんだっけ、人体実験の国とそれからエスヴァリークの騎士団長が関わったと言われている2つの目撃情報の人間が仮に同じ奴だったとして、忽然と姿を消しちまったって言うのが引っ掛かるぜ。結局どうなったのかが分からずじまいだけど、共通しているのはどちらの人間も一国の騎士団長に勝ててしまう程の、武術の腕前を持っている達人って事か」
「そうなるな。俺が知っているのは本当にこれだけだ。後は聞かれても分からんぞ」
だからもう聞くなよ、と遠回しに言われている事にアルジェントは気がつく事は無かったものの、聞かれても分からないとまで言われてしまえばもう聞いても有益な情報は得られないだろう、と言う事だけは分かった。
「分かった。……それで、その俺達が向かってると言う洞窟までは結構近づいて来たのか?」
思い返してみれば今から向かうと言っていたその洞窟の内部の情報は幾らか聞いていたものの、あの詰め所がある町から洞窟までの距離と掛かる時間まではまだ聞いていなかったと思い出しつつ、この自分を抱え込んでいる騎士団長に背中越しにアルジェントは聞いてみた。
あの時伝えられていたのは「移動手段は馬」と言う事だけだったからだ。
「そう言えば伝えてなかったな。洞窟まではまだまだ先。ここから後1時間と言った所か」
「い、1時間……」
それまでこの騎士団長に抱えられながらの馬に揺られる旅を続ける事になるのかよ……とアルジェントはテンションが下がって行く。
更に、アルジェントは自分の体験からこんな事も思い出したのでラニサヴに聞いてみた。
「その洞窟って言うのは森の中だって言ってたな。だったらよぉ、その森の中ってあれか? あんたが俺と出会う前に戦ってたあの変な生き物みてーな奴も居たりするのか?」
この世界に最初にやって来て、あの森だか林らしき場所で自分が目にした最初の生物。
今自分を後ろから抱きかかえている存在である、この公国騎士団長のラニサヴよりも早く発見した、いわばこの世界でのファーストコンタクトをアルジェントにもたらす事になった生物。
そして何より、アルジェントとラニサヴが出会う切っ掛けになった生物。
明らかに地球では見かける事の出来ない様なフォルムと身体能力を持っていたあの様な生物が、自分達がこれから向かうと言う森の中に居るのだろうか?
一旦その事を考え始めるとアルジェントは気になって仕方が無くなって来た。
ラニサヴの答えは「YES」である。
「居る。チレグレスと言うあの生き物はなかなかに凶暴で、しかも生息範囲も結構広い。だが安心しろ。貴様の出る幕は無い」
「俺?」
「そうだ。原因が不明とは言え、武器も防具も身につけられない様でははっきり言って貴様は単なる足手纏いの存在にしか過ぎん。勿論俺達としてもなるべくチレグレスを始めとして魔物の類には近付かない様にするし戦闘もしない様に進む方針だが、もし魔物に襲われそうになった場合はすぐに逃げるんだ。良いな」
「あ、ああ……」
足手纏い。
確かにそうだ。武器も使えないし防具も身に着けられない。となれば自分にはプンチャック・シラットの徒手格闘スタイルでしか戦えないとアルジェントは考えた。
でもアルジェントはそのシラットの試合で人間を相手にした事はあれども、ああ言った動物なんて勿論相手にした事は無い。
そもそも人間以外の動物を傷つける様な趣味は持ち合わせていないし、動物を無闇に傷つけたら地球では動物愛護団体から何を言われるか分からないからだ。
それに「魔物」と言う単語もアルジェントには引っかかる。
「魔物……って言うのはこの世界ではどうやら当たり前に煎る存在らしいけど、その魔物って言うのはどう言う存在なんだ?」
魔物と言えばそれこそファンタジーでのお約束かも知れないが、そのファンタジーに詳しくないアルジェントはこのファンタジーな世界の住人に聞いた方が手っ取り早いと考える。
そのファンタジーな世界の住人であるラニサヴからの説明はこうだった。
「魔物と言うのは、この世界に存在している魔力がねじれる事によって生み出される異形の存在だ」
「ねじれる?」
「そうだ。普通、我々人間を始めとしてこの世界に存在している生物であれば草花もその辺りに落ちている石ころでさえも魔力を持っている。勿論俺の中にもある。そして生まれる時に魔力を親の体内から受け継いで生まれるのが一般的だが、魔力のねじれから生み出される魔物と言うのは本当に自然発生するタイプと、魔物を母体として生み出されるその子供の2種類がある。チレグレスは後者だ」
「つまり繁殖するって事か?」
「そう言う事だ。だから数も多くて危険だ」




